複雑・ファジー小説
- 二話 ( No.3 )
- 日時: 2019/08/17 10:42
- 名前: おまさ (ID: 79DeCD8W)
暗く静かな闇の帳の中、目を開く。ぼんやりする意識の縁に、彼女は声を聞いた。
《外部電源からの電力供給を感知》
《家庭用電源と推定。コード65dを実行》
《待機中。OS起動まで推定32秒》
《残量規定値をクリア、バッテリー現在85%》
《これより、nd4リアクターによる内部供給を開始する》
《外部電源遮断。回路切り替え、問題なし》
《内部隔壁閉鎖。リアクター始動》
《小機に点火、、、、正常》
《主機始動を確認。冷却システム、出力モード:パッシヴ》
《nd4リアクター正常。稼働率21%》
《フライホイール、回転数上昇中》
《ソレノイドバルブ、油圧、リアクター温度、オールグリーン》
《アクチュエータを活性化、、完了。回路接続》
《OS起動。ver:1.74》
《タスクコマンドを実行中》
《確認、認証中。・・・承認。コンタクト可能》
《カウント省略。インターフェース接続》
《UZF製戦闘用アンドロイド、個体名〈M-43GL2〉ユニット起動》
《視覚情報を反映します》
*
目を開けると、そこには知らない天井があった。
「ーーー。」
状態を起こし、部屋を見回す。錆びたトタン板一枚の天井に、半壊している鉄筋コンクリートの壁。二つのトタン屋根の微かに空いた隙間からは蒼いそらが見えた。時代の流れを感じるものや真新しい小型通信機など、あらゆる時代のものが揃っていた。
立ち上がろうとして、足に何かが絡まる感触。見れば左腿の外側にある外部電源用のジャックに、自動車用のバッテリーが繋がれていた。
首を傾げながらそれを取り外してから、置いてある手鏡に映った自分と目があった。
少女は屋根の隙間から漏れる朝日を乱反射させ輝く絹の様な銀髪を二つ垂髪にし、雪の如く白い肌も相成って、天女が下界へ降りてきたかのような神秘的な美貌というものを具現化している。髪と同じいろをした無垢な瞳を持ち、四肢は細く長い。もし、仮に美しさが人を殺めるならば、少女には人を殺せるだけの儚い美しさがあった。
「ーーーーッ」
思わず息を詰めたのは、聴覚センサーの反応があったから。しかし、その警戒は杞憂に終わる。
「あぁ、おはよう」
まだ少し眠そうに目を擦るのは黒髪を後ろで刈り上げた少年だ。僅かに寝癖がある。ーー声音から敵意は感じられない。故に、敵生体ではない、中立の存在として判断する。
少年がふわぁー、と欠伸をするのを、少女は完璧な休めの体勢で見る。
「おはようございます、少年。今日は何日でしょうか」
今度は少女が声をかけた。少年は「ぇーっと、」と伸びをして、
「今日は・・・13日、かなぁ。最近暑くて。だからあんまり寝れてないんだよね」
今日が13日。少年の言葉が正しければ、私はどれだけ眠っていたのだろうか。うまく思い出せない。前回起動した日時を確認ーーーーーと同時に、少女は少年をスキャンしていた。右目が仄かに紫色の輝きを帯び、幻の熱が伝わってくる。
ーーーーーースキャン終了。16歳の男性と判断。
ようやく衛星の電波を受信して起動したGPSの位置情報から推測するに、この少年は〈ジルク〉出身者ではない。
もうひとつ分かったのは、〈ジルク〉にある最寄りのケージまで直線距離で3000キロほどあるということか。内心溜め息をついた。
さて友軍に救助を仰ぐか、とも思ったが、プロテクトにより禁止事項のため行動不可。
しょうがない、自分で「始末」をつけるか。そう考え、少年の横を通り過ぎて部屋の外に出ようと一歩ーー、
「ちょっと待って」
少年が、私の手を掴んでいた。私は、警告と威嚇の意を込めて露骨に瞳の温度を下げる。
「・・・これ以上の私への干渉は、宣戦行為と判断します」
しかし、少年はたじろぐことなく答える。
「君、〈ジルク〉から来たんでしょ?なら、尚更一人で外に出ちゃダメだ」
「私は戦闘用アンドロイドです。戦闘力に欠けるとでも」
「そういう意味じゃない。〈ジルク〉のアンドロイドが、普通の民家にいる状況が問題なんだ」
「・・・索敵完了。問題なし」
「とにかく、今は家にいろ!」
ーーーなるほど、強引だ。だが、不思議と悪くない。そう感じてしまう自分がいるのは何故だろうか。・・・ともかく。
「何故、ですか」
「・・・君は、〈ジルク〉の技術で作られた。ーーもし仮に、その技術が地の人々に渡ったら。そう考えれば分かりやすいよ」
「ーーーー。」
そういうことか。
つまりは、今の「地の人々」たちの排他的な社会には、新たな技術を導入する土壌が整っていないのだ。警察はおろか、法律すらない荒廃したこの地では、新たな技術が世界の均衡を崩す。やがて待ち受けるのは「破滅」の一途だ。
この少年の言動から推測するに、ここでは〈ジルク〉の技術を求め、私達のような〈ジルク〉のものを破壊して回る輩が跋扈しているらしい。戦闘力では引けをとらないだろうが、「始末」をつけたあとでは残骸から技術が伝わることも考えられる。
そも、「始末」をつけてしまえば、資源不足に喘ぐ〈ジルク〉に負担をかけることもまた事実。
ーーしょうがない。外を彷徨いて友軍と接触しよう。
「ーーーそれなら、」
少年の、黒い瞳が向く。
「あなたが一緒にいてください。そうすれば、外出は可能ですか?」
*
・・・なんか、外に出たがってる子犬みたいだな、とイオトは思った。
なるほど、このアンドロイドはどうしても外に出る必要があるらしい。分かった。ならばー、
「ーーーー分かった。それでも、出来るだけ目立たないでくれ」
「了解。光学迷彩を展開します」
「イヤイヤイヤ!そういう意味じゃなくって・・・ってSUGEEEEEEEEEE消えた!って違くて!」
冗談はこれくらいにして。
「光学迷彩解いて、このパーカーを着てくれ。その方がいい。・・・街に入っても離れるなよ」
少女はうなずいてパーカーを羽織った。
ーーーーーー合理的じゃないな、と少女が思っているのにも気付かず。
*
やはり美少女というのは、何を着ても似合うものだと思う。
近郊の、砂漠の中にポツンとある街の中、イオトはアンドロイドとともに歩いていた。今朝はエソローが朝早くから仕事で外出している。勿論外出許可はもらっているが。だからまあ、叱られる謂れはない。
今日はいつもよりも早く店が開いていたりとなんだか賑やかだ。卸売市場も賑わっている。
それにしても。
「・・・何かさっきから近くない?」
フードを被った銀髪の美少女が、自分の手を胸の前でひしと抱いている。周囲には兄妹と思われてほしいが、辛いことに背丈が少ししか変わらない上に髪の色も違うから別の目で見られる。
「離れるな、と少年に言われましたので」
淡々と、かつ不思議な顔をして少女が見上げてくる。パーカーはイオトのものを貸している形だが、自分より似合っているのでもうあげようかなー、ぐらいに思っていた。
そうだ、とイオトは足を止めた。少女もそれに倣う。
「そういえば、まだ君の名前を訊いてないんだけど」
「私もでした、少年」
この子はどんな名前何だろう。今までアンドロイドと話したことなんてなかったし。・・ちょっと馴れ馴れしいかもだけれど。
銀髪の機構少女は、抱いていたイオトの腕を離し敬礼する。
「私は、UZF製戦闘用アンドロイド、北部戦線所属第56期機構中隊〈ミマス〉副長、〈M-43GL2〉です」
ーーーーーー。
ーーーーーーーーーーーーーー。
ーーーーーーーーーーーーーーーーぱーどぅん?
「え、えっと・・・呼びにくいから渾名でいい・・・?」
「別に構いませんよ、少年」
呼びにくいから、という理由だけでなく、街角で機体番号を言ったりすれば余計に周囲の目を集めることになるからだ。
さて、どんなニックネームにしたものか。うーむ。
・・・「43」か。
「ーーーーシザ、なんてどうかな」
少女は、口の中でその名前をボソボソと何回か呟いたようだった。そして、
「・・・悪くないですね。ありがとうございます、少年。・・・少年の名前は?」
「オレの名前はーーーー、」
言いかけたときだった。柄の悪いチンピラ二人とぶつかった。イオトたちが足を止めた状態で露骨にぶつかってきたのだ、金目目当てだろう。
一人は、常人の二倍程もある巨体の持ち主。もう一人は、何だか粘着質そうな細身の男だった。細身が腰の後ろにつけているのは自動拳銃か。なんにせよ、状況がややこしくなったと言わざるを得ない。
巨漢がガンをつけてくる。イオトは、気付かれないようポケットの中に手を入れた。
「・・・てめぇら、どこ見て歩いてーー、」
「ーーーー敵意があると判断します」
「って、ちょっ、シザ!?」
瞬間、シザが弾かれたように動いた。体を沈め、右腕を軸に両足が一閃。相手の足を払い巨漢がふんぞり返った。やはり、戦闘用アンドロイドなのだなと身をもって実感した一方、
其の卓越した技能は称賛に値するが、最も厄介なことが起きた。
ーーーー回し蹴りを炸裂させた勢いで、シザのフードが脱げたのだ。ならば当然ーー、
「・・・・・・これ、オレにも先が読めた」
「おい!あの女だ!!」
「いたぞ、アンドロイドだ!」
「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイバイバイバイ逃げろーーーー!!」
イオトはポケットに入っていた煙幕弾をばら蒔き、シザをつれて走り出した。
***
追伸:シザのイラスト描きました。近日公開予定。