複雑・ファジー小説
- 四話 ( No.5 )
- 日時: 2019/08/17 10:43
- 名前: おまさ (ID: 79DeCD8W)
———右脚が砕け散り、バランスを崩して前に倒れ込む。
《警告》
《右脚部ショックアブソーバ断裂》
《脛部損傷》
《擬似神経回路断裂。損傷率22%》
《右脚アクチュエータを放棄。回路閉鎖》
《脛部冷却系破損、バイパスバルブA6を開放—————、
「——うるさい」
視界————インターフェースいっぱいに広がるアラートを舌打ちしながら黙らせ、私は柔らかな砂の地面に顔面から着地した。
———レーダーに警告、同時に着弾。
私のレーダーでは詳しいことは分からないが、計算し終わった弾速からスナイパーライフルによる狙撃とみた。敵生体か、あるいは地の民か——、
「ああ、なんだ」
インターフェースの左端に展開するミニマップ、その中に幾つかのブリップが浮かぶ。
緑色のブリップ、つまり友軍だ。
それによく見れば、これはミマス中隊——ちょうど私が副長を務める北部戦線の部隊だ。隊長機は無事であるようだが、明らかに出撃時に比べ機体数が少ない。長期間に渡る持久戦を強いられたのだろうか。
何にせよ、外に出た目的は果たせた。今頃、隊長機が私のことを認識しているところであろう。
本来であれば、即座に本隊に合流せねばなるまい。しかし、右脚が吹き飛んだ今の私は、誰かの手を借りないとまともに歩行できない。
考え至り、腕の力で上体だけを起こすと、まだ呆然となっている少年と目があった。
イオトには力を借りれそうにない。そもそもアンドロイドは、人間が持ち上げられるような重さではない。軽量化が施されている機体でも、だ。
それに、この人には十分すぎるくらい世話になった。地に暮らす身でありながら、機構人形を助け、追手を退け、そして何より名前をくれた。彼の優しさに私は救われ、ここにいる。
—————「奴ら」から彼のような人を守る立場である私が。
もうこれ以上、彼の優しさは受け取れない。その優しさは、もっと他の人々に与えられるべきものなのだ。私のような、人間の紛い物なんかに向けるべきではない。
私は少年から目線を外し、踵を返した。すると、
「————なるほど、無事であったな、副長」
上体を両腕で支える私を見下ろし、厳かな声が淡々と言う。見返すと、その切れ長の黒い瞳と目があった。
腰より長い嫋やかな黒髪を毛先近くで1つに纏め、白い四肢を徹底的に規律を守った紺の装いに包んだ其の女性は、どこか男性的にも見えた。
彼女こそがミマス中隊現隊長機———、
「申し訳ありません、隊長。本隊への合流が遅れました」
「構わん。あんな顛末があった、無理もない。・・・しかし、連絡が遅れた理由に関しては貴官の弁明を聞こう」
「はい、無線用のアンテナがどうやら損傷し、復旧が見込めませんでした。故に本隊と直接合流するという考えに至りました」
「右脚に関しては、〈ジルク〉内の第五工廠で修復可能だろう。・・・・その、少年は?」
「彼は——、」
言おうとして、口を噤んだ。———これ以上、彼を巻き込みたくはない。
「——いえ、唯の通りすがりです」
司会の縁で、彼の瞳が傷ついたように揺れるのを、私は奥歯を噛んで無視した。
***
シザの脚が吹き飛んだ後のことを、自分は実はあまり良く覚えていない。あまりにも、目の前の光景が信じられなかったんだと思う。
はっきりと覚えているのは、ひどく傷ついたことと、シザが他のアンドロイドと共に去っていく様を、呆然と見送ったことくらいだ。今頃は、彼女は〈ジルク〉のケージ内にいるのかも知れない。
あの後、イオトは妙に心に引っかかるものを感じていた。その正体がよくわからないまま、イオトはシザと再開することになる。