複雑・ファジー小説

六話 ( No.7 )
日時: 2019/09/13 18:49
名前: おまさ (ID: cZfgr/oz)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode

「ーーーー少年。貴方は、何者ですか」


 警戒と共に、私は頬を固くして目の前の少年に聞く。彼は、脳裏に無理解を示しているようだった。そう顔に書いてある。
 なるほど、分かりやすい人間だと内で呟きながら、しかしそれを表情にすることはしない。

 彼の瞳は、無理解、困惑、そして疑念の順に色を変えた。
「・・・だ、っ、誰って。オレだよ、イオトだよ。昨日会ったばかりじゃないか!」
「ーーーーーイオト」
「そうだよ。昨日遠距離射撃から、オレを庇ってくれたじゃないか」
 誰だそれは。ーーー昨日私は、第九ケージにいたのだ。地上に降りたことなど、今日が初めてだった。
イオト。知らない名前だ。今までそんな人物に会った覚えはない。ーーーーーーーーない、筈だ。
 しかし、イオトというこの少年は私のことを知っている。私が地上に降りたのは今日が初めて。・・・ということは。
 『上』で私に会っていたことになる。


「・・・まさかとは思いますが、貴方は〈ジルク〉を脱走し、この地に?」
 だとすればこの少年の罪は重い。絶対禁忌を破り天から地に降り立つなど、議論の余地なく死罪に処される。

 そもそも、あの天の要塞から脱出することは到底不可能だ。針の山ほどの防衛設備が内にも外にも張り巡らされていて、現在ではアンドロイド部隊以外の大気圏内突入は赦されていない。
 過去に一度だけーーー十六年前に脱走者が出たと聞いたことがあるが、それ以来警備は強化されている。十六年前の脱走劇でも、十人が同時に挑みその内の一人しか脱出に成功していない。それ以外は全て、射殺された。

 そんな警備を掻い潜り、この少年は地に降り立ったのか。・・・いや、あり得ないだろう。

 年齢は十代後半、筋肉質でも何でもない平凡な肉体に、IQもそんなに高いわけでもない平均レベルだ。そんな凡人に、誰が破られようか。

「そんなわけないだろ。オレは、ここで生まれてここで育ったんだ。君も、分かっていた筈だ」
 その疑問は、他ならぬ少年自身によって砕かれた。声音は、不安と疑念、それと僅かな苛立ちに震えているように感じる。

 少年は続ける。
「じゃあ君は、昨日のことを忘れたって言うのかよ」
「ーーーーーー。ーーーーー私は、」
「あの短くても濃厚な時間を、君は忘れたって・・・覚えてないって、そう言うのかよ・・・ッ」
 言い募るにして、少年の顔に悲痛な色が浮かぶ。私は、強引にそれを意識の外に置いた。
 

「・・・私は、貴方のことは知りません」
 口を開く直前、少年はすがるように私を見たが、表情を取り繕って私は言いはなった。すると、少年は絶望したかのように一、二秒俯き沈黙した。しかし、こちらが何か言う前に彼が叫ぶ。






「ーーーーーど、うして、覚えてねえんだよッ!!」




 思わず鼻白むと、彼は自分の胸を掴み糾弾する。
「一昨日オレは、君を砂漠の中で見つけた。助けるために連れて帰ったんだ。エソロー爺に手伝ってもらって、君に貴重なバッテリーをあげた。寝床をあげた。君が起きてからもそうだ。パーカーをあげた。名前もあげた。それに君は微笑んで答えてくれた!!!」

 顔をくしゃくしゃにして、泥を吐くように少年は叫ぶ。叫ぶ。その姿は、まるで癇癪を起こした小さい子供のようにも見えた。

「火の中を駆け逃げ回って!お互いに名前を聞きあって!互いに同じ時を過ごして!同じものを見て!同じ空気を吸って!笑い会った!!」
 痛切な感情は、私の心を掻き乱してゆく。私は必死に表情を取り繕った。
 虚しく響く少年の怒声は、しかし確実に私のことを責めようとーーーー否、違う。

 今解った。彼は私のことを責めたいのではない。この世界を呪いたいのだと。
 その想いと、自分の中にある感情の蟠りが渦巻き、どうしていいか分からずにただ子供のように叫び続ける。感情のコントロールが利かず、私にあたってしまっているのだと。

「そうだろ!?・・・・・・・・・何とか言ってくれ、ーーシザ!!!」
「ーーーーーーッ!?」

 電撃的に思考に火花が散り、私はふと我に帰る。




 ーーーーーーーー彼は今、私のことを何て・・・?







 その時だった。
 突如爆発が起こり、きっ、と振り返ると仲間の体が真っ二つに千切れるのが見えた。
「49!?」
 真っ二つになったM-49GL2の体が宙を舞う。 M-49GL2は沈黙。インターフェースにアラート表示がされた。敵襲だ。
「総員、迎撃戦用意ッ!陣形を取れ」
 隊長機であるM-38cGL1が叫び、ミマス中隊は戦闘体制に移る。
「話し合いは終わりのようですね」
 私は少年にそれだけ告げて背を向けた。彼はなにも言わなかった。




「ーーーーーー。」
 ーーーー私と少年が話している様を、38cは複雑な表情で俯瞰していた。


 訳が、分からない。

 何で、シザは自分を覚えていないのだ。ただ、起きている事態が想像を遥かに越えているということだけは解った。

 呆然と立ち尽くすイオトの目の前では、ミマス中隊が『何か』と戦っている。その『何か』は砂を撒き散らし、至近距離の物理攻撃において群を抜く戦闘力を発揮していると、素人目にも一目瞭然だ。

「・・・何だよ、この生き物は」
 イオトは絵図の現実感のなさに呆然とこぼすことしか出来ない。

 しかし、その『何か』に機構少女たちは戦闘力において拮抗している。
 
 隊長機が後陣で全体を俯瞰し、部隊の指揮を執っている。迅速に、かつ恐ろしいほど正確に。瞬時に物事を決定し、淡々と部隊を動かす様は人間でないからこそできるものだ。
 だが、何よりも驚くのは想像を遥かに越えるアンドロイドの動きだ。人間の何十倍も早い速度に刹那で到達し、敵の攻撃を避けるため急制動し静止速度に近くなったところから再び加速、加速。音速のような速度で戦場を駆け、恐ろしいほど正確に敵の急所を狙い撃ち、敵を駆逐する。

 特にシザの動きには、こちらはひやひやさせられっぱなしだ。

 他の隊員とは違い、シザが持っているのは薙刀のような武器だ。彼女はそれを唯一の武装とし、決して懐に差す拳銃は抜かずに仲間の弾幕の間を正確に縫って敵の懐に潜り込む。そして、

一閃。

 刹那戦場が漂白され、『何か』の腕らしき部位が落ちる。血飛沫にその銀髪を斑に染めたシザが後ろに飛び最前線を離脱。
 砂埃と戦塵の帳が無くなり、イオトはついにその、『何か』の姿を目にした。
 
 白くぶよぶよとした鱗、体長五メートル程にもなるその巨躯。シザに切り落とされ根元から欠損した右腕に比べ、左腕には比較にならない程の凶悪な爪と、それを獲物に叩き付けるための鋼の筋肉があった。イオトの知識では、この『何か』は既に絶滅した爬虫類のガマガエルに少し似てるといった印象だ。

「ーーー卿は先程、この生物は何だと口にしていたな」
  不意に掛けられた凛とした声に振り向くと、隊長機が『何か』を睨みながら話し掛けてきた。イオトが無言でそれを肯定すると、隊長機は目をすがめた。

「これこそが、我々が作られ、地に送られた理由であり、又汚染に侵食される大地を跋扈する害悪の存在、」






「ーーーー『オスティム』だ」