複雑・ファジー小説

七話 ( No.8 )
日時: 2019/09/18 19:56
名前: おまさ (ID: cZfgr/oz)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=article&id=1241&page=1

更新が遅くなりすみませんでした、皆様。最近忙しくなり、カキコに顔を出せませんでした。

この先、更新速度が落ちてくるかもしれませんが、どうか皆様気丈に、 気丈にお待ちくだされば幸いです! 

今後も、この作品をよろしくお願いしますm(__)m

あ、上のリンクから、新たに投稿したイラストが見れますのでぜひ。



・・・でわ、前置き長くなりましたが本編どうぞっ。

*****

1

『オスティム』。地上の生物としては異常なほどの巨躯を誇示するかの如くこちらを睥睨する、「恐怖」というものを具現化した怪物。高い殺戮能力を誇り、けれど繁殖行動はしない生物。ただ、大地を血に濡らし骸を蹂躙することのみが生き甲斐だと、存在意義だと己に定める羅刹。
 ーーーーーこいつは最早、生き物としての可能性が終わった、只の失敗作だ。故に、生かしておく理由はない。
 私は、薙刀を空振りし、刃に付着した返り血を落とした。

27式歩兵用近接武器甲型。その紫黒が僅かに残った相手の血を以ててらてらと輝く。

 私以外でこの武装を選択している者は見たことがない。今回が私にとって初の戦闘任務ということもあるが、戦闘中に敵攻撃をまともに食らうかそれとも味方の援護射撃に当たったりして、大破するのが目に見える武器なので、大半の場合使わないのだろう。むしろ、この武装が今も選べることすら珍しいくらいの選択数の少なさである。

 “たったの”83キロの薙刀だ。軽い割には威力も高い。白兵戦ではアサルトライフルよりも高い制圧能力を誇る。特に、腕を切り落としたりして無力化できる分のメリットは、戦場において莫大なアドバンテージとなる。
「ーーーー、」

 私は再び得物を低く構え、距離をとった相手を吃と睨む。

 岩のような巨体は片腕を失い、白い鱗に包まれた体表には篝花が咲く。肘の少し上で切断された右腕の断面からは綺麗に血肉が覗き、そこからぶら下がっているのは血管か神経か筋繊維か。いずれにせよ、両者が停滞を得るきっかけになった。
 しばらくすると、砂の大地に滴り落ちていた血液が止まる。早くも傷口からの出血が止まった。おぞましい自己修復能力だ。これは早急に決着をつけた方が良さそうだ。
「・・・煩わしい」
 思わず、顔をしかめて呟いていた。零れた言葉は誰の耳にも届くことはない。それでいい。


 しかし、片腕を失うもなお、羅刹の本能は生にすがろうと足掻く。
 地鳴りがしていると錯覚するようなけたたましい絶叫をあげ、害悪生命は突貫する。『オスティム』との距離が刹那で消失し、砂煙の中からその磨いた骨の色をした巨躯が躍り出た。

「ーーーー、っ!」
 初撃ーーーー運動エネルギーと速度を以てこちらを切り裂こうとした左腕を薙刀で払いのけ、右前方に前進。敵の攻撃を回避すると共に、最適な攻撃位置まで移動する。
 私が跳躍し、地に突き刺さった左腕を飛び越えたとき、羅刹は中隊の援護射撃に曝される。約1000メートル毎秒にも迫る5.56ミリアサルトライフルの弾幕が、大気を震撼させ巨体に殺到。白い鱗はたちまち硝煙に包まれる。
 その間、私は硝煙が視界を奪わずーーー尚且近接攻撃に最適な位置を模索、到達し薙刀を一閃、




 

 しかし、その奇襲を羅刹は第六感にも近い感覚を以て防ぐ。後方に振るわれた、凶悪な獣爪を備える左の豪腕と私の得物とがぶつかり、擦れ、剣花が散る。僅かに相手の鱗を削り爆ぜさせるが、それでどうこうできる戦況でもない。

 『オスティム』は鱗数枚を割られるのみで腕を振り上げ、私はーーーーその、振り上げられた豪腕に吹き飛ばされた。
 奴の鋭い爪が、私の脇腹に一本突き刺さり、引っ掛かっていたのだ。故に振り上げた左腕の動きに追随して、宙を舞ったということだろう。

 蒼穹に打ち上げられた私の視界に、小さくあの少年の姿が見えた。
「ーーー、」
 その時、私が何を無意識に呟いたのかは分からない。

 ただ、インターフェースに迫る砂丘の地面を目前に目を瞑った。そして、











暗転。

2

 嘘だ。
 こんなこと、あり得ない。あってはならない。
 虚構だ。
 
 嘘だ。
 
 嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ止めろ!!

 呪詛のように自身に言い聞かせ、イオトは目を擦る。そうして、無慈悲な現実を直視できない言い訳をしなければ、心は今頃打ちのめされ、ひび割れ砕け散っていただろう。

 でも、嘘だ。

 ーーーーーーーーシザが、喰われた。そんなの、嘘だ。



 地に、堕ちたのでもない。自爆でもない。
 あの銀髪の愛しい機構少女は、怪物によって存在を蹂躙され、咀嚼されたのだ。宙に放り投げたシザを、奴は口を開け牙を以て己の糧とした。

 彼女がきっと、何を言ったのか覚えていなくとも、イオトは全て覚えている。
 さっき、シザの体が宙に待ったとき。
 あの人の唇は。























ーーーーーーーーイオト、と呟いていた。

 そんな彼女を、こいつが。

 許せない。
 
 己の中に、シンプルな敵愾心が宿ることまでは自覚したイオトも、しかしそれが「殺意」というものだとは気付かない。

赦せない。

赦せない。

ゆるせない。

故に、






殺す。

「・・・死ね死ね死ね死ね死んじまえぇ!!このクソ害悪幼虫豚風情がぁぁぁぁあああ!!」

 イオトは、使命感と殺意に突き動かされ、前に一歩ーーー、


「ーーーーーー復讐の妄念に憑かれた人ほど、愚かな者はいまい」
 隊長機が、逸るイオトの肩をひしと掴んでいた。
「離せよ」
 苛つくイオトは、乱暴に振り払おうとする。しかし、所詮人間がアンドロイドに勝てる道理はない。隊長機はイオトの腕の関節を極め、地面に叩きつけた。
 苦鳴を零すイオトを、隊長機はゴミを見る目で見下す。
「ク、ソ・・・がぁぁ!」
「舐めるな、人間」
 再び立ち上がり、掴みかかろうとするイオトを避けた隊長機は、右足を横に一閃し少年を再び地に伏せさせる。
 悶絶するイオトに歩み寄り、隊長機はイオトの襟元を掴んだ。
「復讐とは、なかなかな事をするな、卿は」
「・・・な、にを言、って」

「ーーーしかし、無力である卿に何ができる。自身の力を弁えず、無駄な足掻きをすれば、持って帰れる筈だった物まで手から零れ落とす事になると、卿・・・まさか知らぬわけでは無かろう?」
「ーーーッ」
 分かっている。己の力不足を誰よりも理解しているのはイオト自身だ。分かっているから、尚更に。イオトは唇を噛んだ。噛みきって鉄の味がした。
「そ、れでも・・・オレはッッ・・!」
「成程、強情なことだ。ーーーー否、この場合、卿は傲慢だと言った方が正しいか」
「傲慢・・・?」
 想定外の言葉に、思わずイオトは瞠目する。すると隊長機はその間にイオトの襟元を離した。

 理解出来ていないような少年に、隊長機は嘆息を噛み殺した。
「ーーーーーー卿が「シザ」と呼ぶ機体ーーー43は、己の運命を自分で定めた。それに、部外者である卿が口を挟む権利が?」
「・・・それなら、お前があの子を!」
「結局のところ、自身の身は自身にしか守れない。それを他人に強いるとは・・・卿、イヤ、」
 そこで一度言葉を切り、隊長機はイオトを睨み付けた。

「ーーーー貴様は、只の偽善者だ。傲慢のみならず、己の理想論を世界の総意だと嘯く。私と同類の人間だ」
「ーーーーッ」
 イオトは我に帰った。そして自分を呪いたくなった。

 オレは。どこまでも。
 狭量なんだ。

 シザを救うつもりで、彼女のことなど考えずに自分の理想を掲げ、善人を騙り思い遣りを謳って、シザの死を汚そうとしてしまった。ーーーー無意識のうちに、彼女には感情がないと、人形だと、そう思って。
 確かに、酷く傲慢で狭量だった。
 彼女を傀儡に変えて彼女の気持ちを無視し、彼女に自分の上っ面な理想論を強要し、一人で使命感と復讐に駆られ、自分もおっ死んで、シザの望みを蹂躙しようとしてしまったのだ。自分が殺され、シザがどう思うか考えもせず。ただ、自分で悲劇に酔いたい、それだけの理由で。
 何が、赦せない、だ。心底、反吐が出る。

 思わず、拳を強く握り締めた。ーーこの力で、首を絞めて死ねれば良いのにと、そう思った。

 そんな覚悟も本当はない自分が尚、赦せなかった。


 自己嫌悪に苛まれる時間を唐突に途切れさせたのは、近くの爆発音だった。
 何かが破裂したような爆轟が重く轟き、鼓膜を伝わって骨の髄までビリビリと響く。砂煙が殺到し視界を奪う。
「チッ、奴め。・・・中隊の残存戦力はおよそ6割だ!射撃部隊は下がり、本隊は前へ!私も出る」
『了解、ですが中隊長、近接部隊は壊滅状態です。副長はロスト、その他も大破し、援護射撃の弾幕により回収は困難を極めます』
「ーー。・・・やむを得ん、捨て置け。近接部隊には私が赴く。指揮は戦隊小隊長に任せる。・・・長期戦になろうが、何としてもここで奴を仕留める」
『了解しました。武運を』
 ザッ、という音ともに無線が途切れ、同時に、

「ーーーー私も卿と同じ偽善者だ。身勝手な理論で敵を駆逐する点は、卿との共通点とも言えるな」

ーーーーーーーーそう言い残し、隊長機は砂煙立ち上る戦場に突貫した。



「・・・、っそ・・・・ッ」
 自分も戦陣に駆け出そうとしたところで、イオトは奥歯を噛み締めて一歩を堪える。



ーーーーイオト。

「・・・畜生、畜生畜生、畜生ッ・・・!」
 銀髪の少女の呟きを思い出し、踏み出そうと思った足を戻し、イオトは逆方向へ走り出した。


 ここから離れろ。足を止めるな。だって足を止めたら、二度と走れなくなる。ーー走れ。

 背後からは、戦場の喧騒と轟音、戦禍と殺戮の気配が押し寄せ、亡霊のようにこころを蝕む。

 耐えろ。耳を塞げ。走らなければ、彼女に顔向けができない。
「畜、生・・・」
 
 イオトはエソローの愛車に飛び乗り、エンジンを再始動。後ろ髪を引かれる思いを振り切り、走り去った。





















ーーーその後、『オスティム』がシザの残骸の自爆によって内側から崩れ落ちたことを、イオトは知らない。

3

 走った。イオトは砂を撒き散らし走った。スロットルを全開にして走った。走った。走った。


 ーーーどのくらい走っただろうか。数々の村を越え、エソローの愛車の燃料が尽きる寸前まで砂漠を疾走し、たどり着いた先は目も疑う光景だった。

 廃墟と化した、数多の巨大な建造物が、水に沈んでいる。超巨大な水溜まりに都市が浸かり、人の気配はない。硝煙のいろをした建造物に絡み付く蔦が、長い長い年月の経過を物語っている。
 あれは、道路だろうか。支柱に支えられた巨大な幹線道路が、ビルディングの間を縫うように走っている。道路の脇にある緑色の看板には、『一之橋』と書かれていた。恐らくこの辺りの地名だろう。
 かつては大都会だったらしい。透き通った水面の下には、入りくんだ幹線道路が敷き詰められている。もしかしたら、燃料もあるかもしれない。

ところで。
「・・・今まで『遺骨』だの言ってきたけど、こいつにも名前をつけなきゃな」
 エソロー爺の愛車のボディを軽く叩きながらぼやいた。

 さて、何にしたものか。出来るだけカッコいい物がいい。



「ーーーーーーレヴァトノフ」
 よし、しっくりしたものが見えた。こいつを『レヴァトノフ』と呼ぶことにしよう。イオトはそう決めた。
 さて、いい名前も決まったことだしと、燃料を探し始めようとしたとき、背後から足音が近付いてきた。







「ーーあれ?お兄さん、何してるの?」
 警戒したイオトは、返った可憐な声に振り返る。

 見た目は十二歳前後の、帽子を被りタイツをはいた、銀髪を二つお下げにした少女が、重そうなバックパックを背負い立っていた。

ーー首を傾げる少女の容姿は、どこか「彼女」を連想させる物だった。