複雑・ファジー小説

八話 ( No.9 )
日時: 2019/10/08 18:51
名前: おまさ (ID: cZfgr/oz)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=article&id=1249&page=1

イラスト描きました。上のリンクからどうぞ。

*****
「ーーあれ?お兄さん、何してるの?」
 自分より背の低い、可憐な少女に見つめられ、イオトは今の状況を整理しようと努めた。
 粉雪の肌を、芥子色の砂漠仕様のジャケットに包み、同じ色の平らな軍帽の下から流れ出る、簓の銀髪を二つお下げにした少女。髪の色と同じぎんいろの丸い瞳に見つめられ、イオトは既視感のようなものを覚えた。
 ————そう、シザに似ているのだ。

 年齢的にも(正直アンドロイドに年齢という言葉を使っていいか甚だ疑問ではあるが)この少女の方が下に見えるけれど、髪型や顔貌はシザを少し幼くした印象だ。

 まるでーーーそう、妹のような。
「あ・・・えぇっと、君アンドロイドだよね?」
 思い切って声を掛ける。傍から見てみればいきなり過ぎる話の振り方であったろうが、もうこの際どうでもいいとイオトは思った。
 少女は、此方の問いにしばらくキョトンとしていたが、次の瞬間ぱぁっと表情を明るくした。
「うん・・・・じゃなくて、はい。私はUZF製探査管制型アンドロイド、東部戦線第三十六期ロザリオ大隊所属観察・管制補佐及び索敵機、〈M-47mp5〉だよ!」
「・・・。」
 自己紹介には違いないのだろうが、言っている内容が完全に硬派すぎて声音ほど明るい印象をイメージしづらかった。沈黙していると、少女ーーM-47がイオトの周りをちょろちょろと動いて、イオトを観察する。僅かに困惑しているイオトの顔を、下から覗き込むように見て、M-47は瞳孔を細める。まるで、動き回る鼠を前にした猫の如く、その白銀の双眸は爛々と輝いていた。
「お兄さんは?」
「え、?」
「私が名乗ったんだから、お兄さんも名乗らなきゃダメ!これ、シャカイジンのジョーシキ!」
 小さな体をぶんぶんと振り回す少女に何か釈然としないものを感じつつ、イオトは名乗る。
「ごめんごめん。オレはイオトだよ。・・・あ、えーと、何て呼べばいい?」
「?フツーに、M-47でいいよ?」

 ・・・それはそうなのだが。
 何故か、機体番号にはとっつきにくい。その上イオトは、機体番号の響きに何か隔たりを感じるのだ。
 そういえば、シザの時もそうだったろうか。
「・・・お兄さん?」
「———。何でもないよ。じゃあ、ニックネームで呼んでもいいかな」
 少女がこくりと頷くのを尻目に、イオトは脳内辞書の全ページを参照しニックネームを考えた。

———。
—————。————。・・・結局、前と同じ感じになった。

「シーナ、なんてどうかな」
 もうマンネリ化が止まらないと心の中で苦笑いする。イオトの語彙力など所詮こんなものだ。
「————」
 しかし、機巧少女は唐突に黙り込む。今のイオトの発言を己の内に溜め込み、内容を吟味しているーーーそんな印象を受けた。
「あ・・・の、」

「—————お兄さん」
 語調を僅かに変えたシーナが問うてくるのを、(語調を変えたのを辛うじて耳で拾いながら)イオトは思わず少し、背筋を正した。
「な、なに?」






「お姉ちゃんに、会ったことある?」


・・・・・はい?

「お姉ちゃん・・・君は、その・・・姉妹なの?」
 訳が分からない。肉親のいないアンドロイドに、「姉」や「妹」といった概念が果たして存在するのだろうか。それとも、そういう新型のアンドロイドがあるのだろうか。無理解に不可思議な証言が重なり、意識が刹那、漂白される。
「————。あ、ごめん。そういうソンザイの人がいるってだけ」
「———そう、なんだ・・・」

「よく、お世話をしてくれてね。だからお姉ちゃんみたいなひと」
「お世話」
「そう。優しくて、そっけないけど」
 懸念は、こちらを察したシーナによって砕かれたが、イオトは少し心苦しかった。

 ———彼女の発言から、彼女に肉親がいないことーー己が唯の、機構人形であることを自ら告白させてしまったのだと、そう思って。
 その空しい思考を噛み殺し、それを塗りつぶすように問うた。
「————、何でオレが、君のお姉さんに会ったんだって思ったの?」

「だってお兄さん、私を『見て』ないもん」

——っ!!
 瞬間、イオトは心臓を掴まれたような錯覚に襲われる。その発言はつまり、イオトがシーナに『別の誰か』を重ねて見ていたことを示唆する。
 絶対に、「彼女」の姿を重ねていけないと———少なくとも目の前の少女には悟られたりしまいと、そう思っていたのに。
 鼻白み、一歩後ろに下がる。柔和な外見からは決して想像できない、鋭い観察能力に畏怖に近い念を抱きながら。
 シーナは苦笑した。
「これくらい解らなきゃ、カンセイホサなんてできないよ」
 もしかすると、先の会話の中でのイオトの逡巡は全て見抜かれていたのかもしれない。
 そのことが酷く、情けなかった。思わず、唇を噛む。
「・・・その、お姉さんの名前は」
 感情が軋み、変な声が出た。シーナは、気付かないふりをしてくれた。
 そのことに感謝しつつ、イオトは想像を絶する言葉をーー否、何となく察していたのかもしれない。
ただ、シーナは自らの姉の名を一言だけ。






「M-43GL2」