複雑・ファジー小説
- Re: ただ、そのために生きて ( No.2 )
- 日時: 2019/11/15 01:42
- 名前: えだまめ (ID: 6fVwNjiI)
「それで、執事が主をわざわざ呼び出した要件はなにかな?」
「坊っちゃま、ここからお逃げください」
本来ならば学習せねばいけない時間帯に呼び出されて、足を運んだ先で執事は小声でそう言うと城の地下へ通ずる扉を開ける。青年には執事の言葉の意味が理解出来ると眉間にシワを作る。
「なんのつもりだ」
「貴方様は失った記憶を取り戻すべきです、日に日に痩せていく貴方様を見るのは、とても辛い」
「お前に何がわかる……お前の方が俺より過去を忘れていそうじゃないか、随分と年老いたお前を残して俺だけここから追い出そうってのか?」
「追い出すのではございません、帰りを待っております」
幼い頃から専属でついていた執事だ。青年の本心もお見通しなのだろう。青年は扉を潜る。
「外へ出たら自由に生きて良いのですよ、記憶を取り戻したければ私のプレゼントを受け取り下さい」
「プレゼントとは、計画的だな?」
はっはっは、と軽快に笑う。
計画的に行動しなければこんなことは出来ないことは知っているし、貴族の血が流れる子供を危険な場所へ放とうとしている者を家の者が知ると、逃がした者がどうなるのかも知っている。
これが最期になるのは嫌だから和ませるようにからかった。
執事は薄く笑う。
「お帰りになられた際は、私めもプレゼント、期待しておりますゆえ、どうかお気をつけて」
「……まったく、こんな薄汚い所を歩かせる事を後悔させてやるからな」
丁寧に頭を下げてお辞儀をした執事に憎まれ口を叩きながら背を向けて暗がりを壁に手をつけて進む。背中から執事の声は聞こえず、頭もきっと下げたままなのもわかって、扉が閉まった音を聞くと我慢していた涙が目から零れ落ちた。
目頭も熱くなって足を止める。
今、引き返すことだってできる。だがそんな事をしたら永遠に暗い海を泳ぐ生活を繰り返すだけだ、それに執事の彼の苦労はどうなる。
思い出せない過去の記憶にモヤモヤする日々から抜け出したいと思ったのは自分なのだ。
待ち受ける未来に不安が募るが、行動しなければ何も始まらない。
また、足を前へ踏み込んだ。