複雑・ファジー小説

In the birdcage, ( No.1 )
日時: 2020/01/19 11:42
名前: おまさ (ID: MlM6Ff9w)

 白磁の建造物が建ち並ぶなか、唯一青々とした芝が萌える中庭で、子供が遊んでいる。
 四人くらいだろうか、小さな少年少女が、子供らしい他愛もない遊戯を満喫していた。
 追いかけっこで、中庭の端に追い詰められた少女は、中庭の端にある白い柵を背に追っ手と対峙していた。
 追っ手の少年は、悪戯っぽくその純真無垢の双眸を輝かせ、じりじりと少女との距離を詰めてくる。遂に、互いの距離は三歩ほどまで近付いた。
 追い詰められた少女は、追っ手の追撃から逃れるべく、全力で視界のなかに活路を探した。追っ手の脇、左斜め方向に全速力で突っ込めば、この窮地から逃れられるだろうか。少女は、足の速さに自信があり、また同時に負けず嫌いでもあった。韋駄天たる自分が、足の遅い友人に追いかけっこで大敗を喫すのは、少女の幼い矜持を傷付けると同義だったのだ。
「ーーーーん、」
 ふと、物音がし振り返ると、どうやら鳥が飛び立ったらしい。急にバサバサと近くで羽音がしたので驚いてしまったが。
 たった今飛び立ったその白い鳥は、蒼穹と、その下に広がる虚空に向かって飛翔する。西向きの暖かい風をつかまえて、高く高く碧落に昇っていく。

 空。

 それこそが少女が真に憧れ、そして焦がれたものだ。風を受けて、高く、自由に。それこそあの鳥のように飛ぶことが出来たなら。
 少女が住むこの街は、どうやら空中に浮いているらしい。生まれたときからずっとこの街に暮らしている少女にはあまり実感は湧かなかったが、以前読んだ本には、人間は地に家を建て大地と共に暮らしてきたと書いてあった。
 そういう観点では、なるほど自分は最も空に触れられるわけであろう。ただ同時に、地に住む人たちに疑問を感じないと言えば嘘になった。
 正直、あり得ないと心底思った。別に本を鵜呑みにするわけではないが、こんな高い所から、鳥や大地をーーー美しい世界を望めるのだ。それなのになぜ、地に住むというひとたちは、自分達の世界を空から俯瞰しようとしないのだろう。

「ーーー、」
 不意に地響きと、それに伴う轟音が聞こえてくる。音が聞こえた方角ーーー先程の鳥が飛んでいった方角を見据える。

 そこには、鳥のように翼を広げた巨大な金属塊が、紅玉の光を浴びて煌めいていた。鴉のようなフォルムは轟音と共に加速していく。大きい鷲が目の前で飛び立つような迫力があった。
 加速、加速。およそ動物では到達できない速度に達してもなお、軽く軽蔑するかの如く猛然とそれは加速する。巨大なぎんいろの翼を使って、此方にも吹き付ける強い東向の風を以てその巨躯を浮き上がらせんとしていた。

 話は戻るが、少女の住むこの都市ーーー空中都市国家ニーヴ市国には、空中都市建造を可能とする高い技術力があった。そこで培われた学術や理論、時には魔術を実践し、都市の人々は他民族よりも遥かに早くから空に進出した。鳥を模して空を飛び回れる乗り物を作ったのだ。
 それこそが、たった今少女の視界に入った金属製の鳥である。

 十秒にも満たないだろう、僅かな時間ーーーぎんいろの鴉が宙にふわりと浮き上がり、飛び立った時間。それが少女の瞳にはスローモーで映り、ひどく長い時間に感じられた。
「ーーーーー、」









ーーー数秒の停滞と自失、しかしそれは追っ手にとっては十分すぎる時間だった。

「捕まえたーーーー!!」
「わ、っ!?」
 いつの間にか追い付いた追っ手が、少女の両肩に両手を重ねた。追っ手交代だ。
 思わず少女は、油断した自分に歯噛みしてしまう。
ーー捕まってしまった以上、逆に全員を捕まえてやる。
 ここに来てもなお、負けん気を最大限発揮してしまう少女は、心のなかでそう宣言するのだった。
「十秒たったら、始めるよ!」
 前置きし、少女は十秒の猶予をターゲットに与え、カウントダウンを始める。その時、ちらと少女は柵の向こうーー蒼い空を見た。
(そういえば、さっきの鳥、どこにいっちゃったんだろう?)
「おーい、もう十秒経ってるよ!」
 その一言で我に返り、少女は駆け出す。













ーーーー飛行場には、「朱」に彩られた白い羽毛が落ちている。




*空港では、飛行機のエンジンに鳥が吸い込まれて重大な事故になること(バードストライク)を防ぐため、鳥撃ちの専門職の方がいるそうです。

さて。
生きているだけで迷惑なことって、あるんでしょうか。