複雑・ファジー小説
- Re: 自由と命令〜宵と白黒・外伝〜 ( No.11 )
- 日時: 2020/05/21 13:47
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
第四章
第一話
光が強く煌めき、何故か一瞬だけ頭痛がする。
楓樹は、黒髪の甥を目の端に捉えながら辺りを見渡した。
此処が何処か、一瞬だけ分からなくなる。けれど、涼やかな風が吹いて川が流れていて。川の向こうを透かし見れば、建ち並ぶ家々が見えるような気がする。
「ここ、秋津原だよな………なんで、俺たちここにいるんだ……?」
旅をしていた若い頃に、一度だけ訪れたことのあるここの記憶を楓樹は掘り出す。
その時、かすかに緑色の髪をした少女のことが脳裏をよぎった。
けれど、それは楓樹の意識の上層には登らない。
俺たちはここに何をしに来たのだったか、と楓樹は思う。
川を越えればタリスク国で、ここに来た。ということはタリスクに行く予定が合ったのだ、と楓樹は思い出した。
本当は、楓樹たちは赤蜻蛉を見に来たはずだ。
しかし、楓樹の記憶はタリスクへ行く、と言うものへ変わっていた。なぜなら、華鈴が己の存在した記憶を全て書き換えたからである。
華鈴は赤蜻蛉を見てみたいと言った。それを前提として蓮が秋津原に行こうと言い、実現した。
けれどその前提が消失したことで、蓮の言葉も無かったことになる。
すると、楓樹の記憶は都合を合わせるためにタリスク国へ行く予定が合った、という予定を作り出したのだ。
「タリスクに行く予定あるなら、もうちょい先まで列車乗らないと行けないのにな……」
楓樹はそう呟きながら、蓮の方へ歩き出した。
- Re: 自由と命令〜宵と白黒・外伝〜 ( No.12 )
- 日時: 2021/01/24 23:43
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
第二話
蓮の視界の大半から、色相が喪失した。
かつて、緑色の髪をした少女が、自分にの隣にいて。彼女が、とても大事だった気がした。けれどそれが誰だか分からないし、名前も思い出せない。
いや。名前を思い出すとは何か。誰のものを思い出すのか。思い出さなくてはならない人がいたか。
何もわからなかった。蓮は脳内で自問自答する。顔を上げた先の夕焼けの色は、もっと鮮やかで豊かな色を持っていた気がした。振り返ると見える山は、もっと赤かったはずなのに灰色に見える。
「どう……して……?」
微かに言葉が零れ落ちる。分からない、分からないのだ。けれど、絶対に忘れないはずの何かを忘れているような気がして、蓮は辺りを見渡した。
けれど、そこには彼自身と楓樹しか居なくて。
「光を見ちゃった、所為かな……」
蓮はそう呟いた。そうだ、強い光を見ると失明すると聞いたことがある。多分、先程の光の所為で目がおかしくなったのだろう。それの影響を、頭も受けただけだろう。
─────最初から、居なかったはずだ。僕は、何を思い出そうとしてたんだろう。
蓮は、そう思うことにした。
「おーい、蓮。列車、乗りに行くぞー」
楓樹の声が、後ろから聞こえてくる。蓮は楓樹の方へ振り返った。
「あ、はーい。……どこ行くの?」
「タリスクだぞ。あれ? 蓮には言って無かったか?」
首を傾げた蓮は、ゆっくりと記憶の糸を手繰りよせる。ああ、と蓮は呟いた。そうだ、叔父さんが休暇だからタリスクに行こうと言ったんだったか。
「うん、行こう叔父さん!」
返事をした蓮は、一瞬振り返った。瞬きをしてから、夕焼けを見つめる。場所が変わったことで見えた山も、夕焼けも。蓮の視界には、灰色に見えた。どこか空疎を感じる。泣きたくなるほどの郷愁と共に。
行きと同じ道を帰って行く蓮は、何処と無く手のひらが寒いような気がしていた。