複雑・ファジー小説

Re: 自由と命令〜宵と白黒・外伝〜 ( No.12 )
日時: 2021/01/24 23:43
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

第二話 

 蓮の視界の大半から、色相が喪失した。

 かつて、緑色の髪をした少女が、自分にの隣にいて。彼女が、とても大事だった気がした。けれどそれが誰だか分からないし、名前も思い出せない。
 いや。名前を思い出すとは何か。誰のものを思い出すのか。思い出さなくてはならない人がいたか。
 何もわからなかった。蓮は脳内で自問自答する。顔を上げた先の夕焼けの色は、もっと鮮やかで豊かな色を持っていた気がした。振り返ると見える山は、もっと赤かったはずなのに灰色に見える。
 
「どう……して……?」

 微かに言葉が零れ落ちる。分からない、分からないのだ。けれど、絶対に忘れないはずの何かを忘れているような気がして、蓮は辺りを見渡した。
 けれど、そこには彼自身と楓樹しか居なくて。
 
「光を見ちゃった、所為かな……」

 蓮はそう呟いた。そうだ、強い光を見ると失明すると聞いたことがある。多分、先程の光の所為で目がおかしくなったのだろう。それの影響を、頭も受けただけだろう。
 ─────最初から、居なかったはずだ。僕は、何を思い出そうとしてたんだろう。
 蓮は、そう思うことにした。

「おーい、蓮。列車、乗りに行くぞー」

 楓樹の声が、後ろから聞こえてくる。蓮は楓樹の方へ振り返った。

「あ、はーい。……どこ行くの?」
「タリスクだぞ。あれ? 蓮には言って無かったか?」

 首を傾げた蓮は、ゆっくりと記憶の糸を手繰りよせる。ああ、と蓮は呟いた。そうだ、叔父さんが休暇だからタリスクに行こうと言ったんだったか。

「うん、行こう叔父さん!」

 返事をした蓮は、一瞬振り返った。瞬きをしてから、夕焼けを見つめる。場所が変わったことで見えた山も、夕焼けも。蓮の視界には、灰色に見えた。どこか空疎を感じる。泣きたくなるほどの郷愁と共に。
 
 行きと同じ道を帰って行く蓮は、何処と無く手のひらが寒いような気がしていた。