複雑・ファジー小説
- Re: 自由と命令〜宵と白黒・外伝〜 ( No.14 )
- 日時: 2021/01/24 23:55
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
第二話
溢れ落ちる赤を写して、がくがくと瞳孔が揺らぐ。
「あ、かい?」
ふわりと、無色が舞い落ちた。見えるのだ、色が。望んでいたはず。なのに、苦しくて仕方ない。何でだろう、と蓮は思う。指先は酷く震えて、目頭も熱かった。
その感情に名前をつけるならば、それは哀惜か。くらくらする思考に苦しくなって、蓮は視線を落とした。左手の傷の血は、止まっていて。ちからを抜いたことで、右手に握られたカッターの刃先が床に着き、かすかに音を立てる。
目に入った刃先にも付着した赤色に、蓮の記憶が揺さぶられる。糸が、海が。苦しい。頭がいたい。微かに、声。糸は繋がるのか。無意識に、再び刃を持ち上げる。もっと。もっと、赤。心の奥が酷く渇望する。乾ききった喉から、嗚咽のような声が溢れ出た。
蓮の左手首に、赤が走る。乾いた笑みすら零れ落ちる。手を伸ばす。視界に、赤が写りこむ。清冽な赤。手首に赤。それと同時に痛み。空気に触れて酸化していく、血。
手首への線は増えていくのに、外の景色は見えないまま。なにも変わらない。
その代わり、心が。罅が入って、割れて、砕けて。
頭痛がして。
書き換えられた記憶に、罅。けれど、何も。頭がおかしくなりそうだ。荒い息が吐かれる。
不意にしたおとに、びくりと蓮の肩が跳ねあがる。後ろの方で、箱が倒れたのだ。
するりと右手からカッターが滑り落ち、だらりと力が抜ける。左手の血が乾いて、剥がれおちていく。
「ぁ────!」
己のしていたことに、震えが駆け抜ける。心臓が鳴っていた。血でぬめる手。何をしていた、と激しく己に問う。立ち上がった蓮は、ドアを押し開けて逃げ出した。でも何故か、カッターは手放さぬまま。
「蓮? どした!? おいその血……! くそ、蓮!」
帰ってきて、偶然ドアを開けかけていた楓樹の声がするのにも関わらず。蓮は走り出す。そこから遠ざかりたくて、苦しくて仕方がなかったから。