複雑・ファジー小説
- Re: 自由と命令〜宵と白黒・外伝〜 ( No.15 )
- 日時: 2021/01/24 23:57
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
終章 常闇
恐怖に押されて走り続けていた蓮の目の前が、不意に暗くなった。ドンッ、という音が響き、身体が誰かにぶつかった感触。
「ッ……すいません!」
ここが何処だか、蓮には分からない。
けれど謝って顔をあげ、蓮は辺りを見渡す。随分と街並みが変わった気がするのだ。より暗さが強調されるかのような、色彩の少ない街。それでも蓮は、ひどく居心地の良い街だ、と思う。無駄な色がない、鮮やかでもない。記憶が揺さぶられることも無い。
蓮がぶつかった相手は細身の男ようだった。
男は少し蓮の言葉に驚いたような顔をしたが、ちらりと一瞥くれると何事も無かったかのように立ち去って行く。少し拍子抜けしながらも、蓮の脳内に思考がまたたいた。
言葉は、通じているのだろうか。
「ッあの! ここは何処ですか?」
その声に、男は足を止めて振り向いた。黒いコートの裾が、ふわりと揺れる。焦げ茶色の髪のしたから覗く黒の瞳が、蓮を射る様に見つめた。微かに冷気の様なものが男から発せられる。
けれど蓮は全く動じない。否、何も感じていない。
緑の目が微かに見張られる。すなわち、彼は何も知らないのだ。そして、男は蓮へ向けて呟くように言う。
「此処は殺し屋の街。常闇街だ」
低い声で、しかも秋津の言葉で男は端的に言った。蓮へ彼は問い掛けを放つ。
「……お前、秋津の人間か? 服も綺麗だし、殺気に反応しなかった。黎明から来たお坊ちゃんなら帰りな、ここは宵闇と違って餓鬼を取って食う様なことはしないから」
男のその言葉に、蓮は黙り込んだ。
叔父に恩はあるし、あの生活は嫌いじゃ無い。けれど、明るすぎる。彩度も明度も色相も。何か頭が割れそうで仕方ない。苦しいのだ。ちくり、と左手に痛みが走る。乾いた血が、ぱりぱりと落ちていく。ごめんなさい叔父さん、母さん、と呟いて、蓮は決断した。それは気の迷いであったかもしれないし、理性的な判断であったのかもしれない。
「貴方に、着いて行かせてもらえませんか」
蓮がしばらくの沈黙の末に出したその答えに、今度は男が黙り込んだ。左手に傷があることに気づいたのだ。
そして、彼は顔を上げて言い放つ。
「……深くは聞かないが。ここで生きられる様になるまで。それまで、お前を預かってやろう。……殺しの仕事も教えるから、仕事をしたら金を払え。お前が依頼主だ」
殺し、と言う言葉に蓮は動揺した。けれど。けれど、赤い血が。
「分かりました」
それに頷いた男は、くるりと振り向くと歩き出す。
着いてこいと言いそうな背中を追いかけて、蓮は常闇で生きることを決めた。
その後、力を開花させて一人で生きることになった蓮は、その力から【人形使い】と言う二つ名で呼ばれるようになる。
そして、ある依頼で紺色の髪の青年たちと出会うのだ。けれどそれは、また別の話。
自由と命令(完)