複雑・ファジー小説
- Re: 自由と命令〜宵と白黒・外伝〜 ( No.3 )
- 日時: 2021/01/24 22:48
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
第二話 留紺色
蓮は華鈴と分かれてから、神社に参拝してから帰り道を歩いていた。
命風神社はこの街の東の奥にある。参道とでも言うのだろうか、神社の前から伸びる道には人通りが多い。買い物をしているらしき女たち、仕事の帰りに一杯飲んで行きそうな男たち。
ちょうど日が沈む時間帯なのもあって、向こうの空から射した強烈な西日が蓮の目を焼く。
「うわ、眩しい……」
目を思い切り眇めながら、蓮は小走りで魚屋の隣の道へ駆け込んだ。魚屋はどうやら今日も盛況のようで、夕飯の支度に来たらしき女たちが蓮へ口々に喋りかける。
「あら、蓮くんじゃない!」
「ちょっとおかず作り過ぎちゃったんだけどいるかしら?」
「お魚一尾わけてあげましょうか?」
次々と話し掛けて来る女たちに若干身を引きつつ、蓮は丁寧に答えた。
「あ、どうもこんにちは……え、良いんですか。あ、ありがとうございます、楓樹おじさんも喜ぶと思います……良いですよ、貴女方の家も家族さんたくさんいるでしょ?」
蓮が一気に答えて一息継ぐ間も無く、今度は腰に小さな子供達が群がって来る。
「蓮にぃ、俺この間ね……」
「蓮! 俺としょうぶしろー!」
実を言うなら、小さな子供特有の舌の回らなさと声の高さが蓮はあまり好きではない。しかしお母さん方がいる手前、良いように追っ払うわけにもいかない。そう思ったのか、蓮は真面目に対応しようとして息を吸う。
「もう、この子達ったら……蓮くん、ごめんなさいね。それじゃ、私はこれで。おかずはなるべく早く食べてね!」
だがどうやら蓮が気を回す必要はなかった様で、先程の子供達を引っ張って若い母親が帰っていく。
「あ、ありがとうございます……僕もこれでお暇します」
ぺこりと魚屋の店主と女たちに向けて一礼した蓮は、片手に荷物をぶら下げて再び家へ歩き出した。
割と古風な一軒家の戸をガラガラと横へ開け、蓮は三和土を見る。革靴が一足、自分のサンダルが一足。
「楓樹おじさん! ただいま!」
廊下の先にある部屋からだろうか、楓樹と呼ばれた男の声が返ってくる。
「お帰り、蓮! 夕飯、ちょっと待っててくれ!」
「はーい!」
そう返事をしつつ、階段を上がり手を洗う。キッチンの前のテーブルに先程貰ったおかずを置いて、リビングのソファの上へ寝転がった。ぼんやりと窓の外から見える景色を眺めている内に、陽は沈んでいく。一片の残光すら消えようとした時、ぎしぎしと階段を登る音がした。
「おーい、夕飯にするぞ!」
そこに現れた男が、蓮の叔父たる風間楓樹である。
□ △ □
かちゃりと音を立てて箸を置き、楓樹が唐突に顔をあげる。いきなりの動きにきょとんとする蓮の目を見て、彼は口を開いた。
「そういえば、さ。今日、咲織姉さんの命日、だよな。」
「……あ……そうだね。今日だ。お墓は行ってないけど、命風でお参りはして来たよ」
蓮がふっと俯きそう答えると、楓樹は謝意を滲ませながら目を伏せる。
「悪いな、毎年お前に行かせて。……潤義兄さんは?」
「音沙汰なし。……大方もう母さんの事なんて忘れてるでしょ」
井上咲織、旧姓風間。蓮の母であり、楓樹の姉である。
蓮を産んだあと、病を患いそのまま亡くなったのが五年前。蓮が五歳の時の事だ。父親だった井上潤は咲織が亡くなった後、蓮を置いて失踪した。
───遊び人でもあったから、誰か別の女を見つけたのだろう、と言うのが楓樹の考えである。
その後ひとりになってしまった蓮を引き取ったのが楓樹である。まだ独身で、この家で一人暮らしをしていた。
「その、本当に……ありがとう、楓樹叔父さん」
「家族なんだから当たり前だろ」
楓樹がそう言って快活に笑うと、蓮もうっすらと笑う。しばらくそこは静寂で満たされていた。