複雑・ファジー小説

Re: 自由と命令〜宵と白黒・外伝〜 ( No.4 )
日時: 2021/01/24 22:50
名前: 心 ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

第三話 縹色

「そういえば、さ。……華鈴さんが、赤蜻蛉見てみたい、って言ってたんだけど」

 夕飯を食べ終わった後、のんびりとした会話の中で、蓮が唐突にそう切り出す。
 それを受けて、楓樹はかなり驚いたように目を見開いた。なにか考え込むように彼はずっと黙りこんでいたが、意を決したのか顔を上げると口を開いた。

「……よし! 今度俺が休暇が取れたら、秋津原に行くか!」

 楓樹がさも楽しそうにそう言うと、蓮は驚きに目を見開いた。

「良いの? 大丈夫なの叔父さん?」

 それもそのはず、楓樹はいつも仕事に追われていて、しっかり休みを取れるのは一年で夏に一週間と冬に一週間程度なのだ。それを知っている蓮からすれば、当然の疑問と言えた。

「休暇さえ取れれば問題ないよ! あー、でも……華鈴ちゃんは大丈夫か?」

 蓮の顔が曇ったのを見て、楓樹がやっぱりか、という顔をする。神社の権禰宜がふらふらと遊びに行っていいわけないのだ。今、蓮と話せていること自体がもはや例外なのに、旅をしに行こうとはどうなのか。
 頬杖をついて楓樹は取り敢えず、と笑って言った。

「先ずは華鈴ちゃんに話してこいよ。明日とかでも良いだろ?」

 ばっと顔を上げた蓮は、うんうん、と激しく首肯した。


 夜から雨が降り出した。夏特有の、滝の様な大粒の雨。

 そして次の日の朝には、雲一つない縹色の空が一面に広がっていた。
 雨上がりの後の特徴的な、何だか切なくなる様な匂いで満たされている家の前を、蓮は箒で掃いていた。どうやら夜の雨は風も酷かったらしく、沢山の葉が飛ばされている。
 昨日楓樹から言われたことを思い出した蓮は、ほんの少しだけ心臓が高鳴っていた。