複雑・ファジー小説
- Re: 自由と命令〜宵と白黒・外伝〜 ( No.7 )
- 日時: 2021/01/24 23:16
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
第二話 茜色
「ごめんくださーい」
蓮の家の前に辿り着いた華鈴は、軽やかにインターホンを押してそう言う。
『……華鈴ちゃん?』
華鈴の予想に反して、スピーカーからこぼれ出たのは若い男の声だった。この声は楓樹さんだな、と当たりをつけた華鈴はインターホンに向かって返事をする。
「はい、そうです。少し用があって来たのですが……」
数瞬の時間差、足音がスピーカー越しに響いた。それは雑音としてしか聞こえないが、華鈴にはその足音の主が分かり切っている。
『華鈴さん!? 何やってんですか、ともかく……入ってください!』
そんな声がした後、ガチャリと鍵を開ける音が目の前の引き戸から響く。引き開けられた戸の向こうで蓮が呆れた様な、はたまた悟った様な顔をして華鈴を見ていた。
「……えと、こんばんは?」
「こんばんは、じゃ無いですよ。貴女何やってんですか、また抜け出して来たんですか?」
その言葉に華鈴は首を振り、笑って自慢気に答えた。
「抜け出して来たんじゃ無い。飛び出して来た、と言うか……追い出されて来た?」
蓮の表情が呆れたを通り越して徐々に怒っている様な表情になるのをみて、華鈴はひょいと肩をすくめた。その動きにあわせてさらりと髪が揺れる。ほんの少しの静寂に華鈴が何故かいたたまれなくなり、言い訳しようと口を開きかけた時、蓮の後ろから声がかかった。
「取り敢えず、上がって座ってよ華鈴ちゃん。蓮、お茶淹れて?」
「叔父さん……分かったって」
「あ、どうも……お邪魔します!」
靴を脱いで華鈴は蓮の家に上がる。蓮の家に上げてもらうのは何気にまだ二回目ぐらいなのか、と思いながら蓮の背中を追って階段を登った。
「華鈴ちゃん、取り敢えずそこの椅子座って」
楓樹が指差した椅子に腰掛け、華鈴は軽く会釈した。ことり、と音を立てて目の前に置かれた茶から立ち昇る湯気に目を細める。ありがと、と小さく礼を呟けば、どういたしまして、と静かに言葉が返ってきた。
蓮がすとん、と華鈴の目の前の椅子──楓樹は向こうのソファだ──に座る。真っ直ぐに華鈴を見つめて蓮は口を開いた。
「今更何をしたかは聞きませんが。なんでこんなことしてるんですか?」
「だってさ。父様が酷いんだ、私の気持ちなんて分かりもしないで。だから出て来た。ついでに言うと、勘当されたからもう帰れない」
口を尖らせて華鈴が言い訳を呟いた。それを茶を飲みながら聞いていた蓮は、勢い良くむせると華鈴に問いかけた。
「なんですって? 勘当された? アホですか貴女は」
「華鈴ちゃん……」
二人からの視線の集中砲火を受けて華鈴が僅かにたじろぐ。
「……でね、私は秋津原に行かないといけないんだけど。」
無理矢理話題を変えた華鈴に蓮が一層冷ややかな視線を浴びせる。一方楓樹は、秋津原と言う言葉に首を傾げていた。
「華鈴さん、貴女ね……」
お説教状態に移行しかけている蓮の口調に華鈴が首を竦めていると、楓樹が横から割って入る。
「いいじゃ無いか、ちょうど良い。俺たちも秋津原に行こうって言う話してたんだ、華鈴ちゃんも一緒にどうだい?」
「良いんですか?」
「ちょっと叔父さん!?」
華鈴が身を乗り出して叫び、それを止めるかの様に蓮が叫ぶ。まあまあ、と2人を宥めつつ、楓樹は笑った。
「いいじゃない、別に。蓮もどちらにせよ華鈴ちゃん誘ってみるつもりだったのだろ?」
「まあ、そうだけど……」
「大丈夫です! 絶対、何があろうと迷惑はかけませんから!」
渋々蓮が頷くと、華鈴は力強く頷きながらそう言った。それを見た楓樹はにこりと笑いながらカレンダーを開き、それを見ながら言った。
「明日から行けるからな……明日からで良いかい?」
「はい! 私は大丈夫です!」
「はー……分かった、僕も行くよ!」
蓮が肩を落としながら、それでもどこか嬉し気にそう言った。華鈴も満面の笑みを浮かべて同意し、楓樹はニッコリと笑う。
蓮の黒の瞳が窓から射し込む光を映して茜色に染まる。窓の外の空は、果てしなく広い。