複雑・ファジー小説

Re: 【幽離病棟零街区】 ( No.2 )
日時: 2020/06/05 22:51
名前: 供花想赤 (ID: XLtAKk9M)

【幽離病棟零街区】2話



 アルカとの約束通り、空いた時間で薦められたライトノベルに手を出してみた。
 普段は陰鬱で平凡な少年が非日常に巻き込まれながら、果敢に強大な敵へ立ち向かっていく物語だ。クライマックスで少年は化け物になってしまった少女に口づけをし、呪いを解く事に成功する。
 あとがきを読んでいる途中で、俺はその日一番の深いため息を吐いた。

『どこかの誰かさんによく似た主人公だと思ってね』

 アルカの言葉が反響する。
 けれど違う、俺はこんなにカッコ良くない。桜をあの姿に変えたのは俺だから。
 書庫で本の山に背中を預け、天井を仰ぎ見る。
 かれこれ3年来、桜が元の姿に戻る手がかりを探している。

『例えば外面だけを元の姿に直しても、きっと彼女は目を覚まさない』

 今度は3年前のドクターの言葉が過ぎる。
 桜の脳と内臓の一部は、肉塊の奥で蛹(さなぎ)みたいにドロドロに溶け合っているのだという。
 見た目を整えても植物状態のままらしい。ドロドロの部分を元通りに治す必要があった。

 きっと俺はもう一生、この島から出られない。それはもう仕方がない。
 けれど桜は何も悪くない。一刻も早く彼女だけは外界に帰してやらないといけない。
 焦りが募る。手がかりは何も掴めていない。

「ひとまず『新入り』について、回診の時にでもドクターに訊いてみるか」

 誰も居ないのに独り言ちたのは、たぶん鬱のループに入りかけた自分をリセットする為だと思う。
 今日も大量に引き出した本をせっせと元の場所に戻す。
 放っておいてもドロイドが片付けるだろうが、何となく居心地が悪い為、自分で片付ける様にしている。







 この島に来る『患者』は、大別して2種類が居る。
 まず1つ目に外界を脅かしかねない災厄。2つ目はそれら災厄の被害者である。
 俺は前者、そして桜は俺から被害を受けた後者だ。
 今回この島に来た新入りは、どうやら前者の災厄であるらしい。

「しかし君ねー。いつも言ってるけどさー、いちおう患者の守秘義務ってモノがあんだからね?」
「いつもすみません。ありがとうございます」
「まあ良いけどさー。君の事情もわからんでもないし」

 良いのかよ。
 俺はこうして島へ『新入り』が来る度に情報を聞き出していた。
 どのような災厄なのか、あるいは被害者なのか。
 俺の力が異常なモノなら、同じく常軌を逸した患者達から、桜を元に戻す為のヒントを得られるかもしれない。そう考えていた。
 ドクターも都度こうして色々言いながら、最低限の事は教えてくれる。

「まあ今回の新入り君は結構やんちゃみたいだねー。外界で暴れ回っていたらしいから」
「それでこの島……って事は、つまり超能力持ちとかって事ですか?」
「ご明察。お見事。チカラ自体は珍しくもないテレキネシスの類だろうけれど、何分その質と強度が結構なものらしくってねー。廃車およそ30台をまとめてスクラップにしたとか何とか」

 なるほど話を聞く限り、かなりの暴れん坊らしい。

「けれどテレキネシスじゃ、桜を治せそうにはないですよね」
「うーん、今ちょっと面白い仮説を思い付いたんだけど」

 ドクターがくるりと椅子を回して人差し指を立てる。開け放した窓際のカーテンも揺れた。
 病室には俺達2人と、ドクターに付き従うドロイドが3機居る。
 今は回診が終わったところだった。

「テレキネシスは『実体のない腕』とも言える。桜ちゃんを治すにあたって最大の課題は、何より溶け合った脳と内臓部をどうするかだよね。通常の手術じゃまず不可能、中身を切開した時点で流れ出しちゃう」

 ドクターの言わんとするところを察する。

「つまりテレキネシスなら直に内部をいじれるかも……って事ですか?」
「そうそう。液状になった脳と内臓をそれぞれ分離できないかなーって……ダメ?」
「それが無理っぽいのはドクター自身が一番分かってるんじゃないですか?」
「だよねー……」

 それは既に混ざり切ったコーヒーとミルクを分けるようなモノだ。
 お互い肩を落としてため息をつく。
 なぜか俺とドクターが揃う時はため息の回数が増える。
 お互い辛気臭いツラをしているからだろうか。

「君さー、何か失礼な事考えてない?」
「安心してください、お互い様です」
「こう見えて僕は結構モテるんだぞー?」
「ドロイドに?」
「君さー、僕にドロイドしか友達が居ないと思ってないかな? かな?」
「その前に仕事用のドロイドを友達にカウントするってどうなんスか」

 閑話休題。大体、そんな乱暴者に桜の身を預ける訳にはいかない。
 いずれにしても今回の新入りにあまり興味は出なかった。
 久しぶりの入棟者だったので少し期待したが、まだしばらく書庫にカンヅメの日々は続きそうだ。
 埒が明かないな、などと考えてぼんやり窓の外を眺めると、何か黒い影が飛んでいる。鳥にしちゃデカいなと思った。目を凝らそうとしている間に、それはみるみる大きくなる。

 こちらへ飛んできていた。人が一直線に。
 それは間違いなく俺を目がけている。
 何かを言う間も無い。
 反応するのも遅かった。
 ジェット機の様に飛んできたそいつは両脚で俺の顔面を踏み抜き。
 そして俺の首から上はダルマ落としの様に吹き飛ばされた。



【幽離病棟零街区】続⇒3話