複雑・ファジー小説

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.19 )
日時: 2020/10/14 09:11
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)

【双頭の魔導士】

 異世界“アンダルシア”。魔法素《マナ》を操作することによって魔法の生まれる、人間と神々が時折交わる世界。その、北大陸東方、アンディルーヴ魔導王国に不思議な不思議な店がある。その名も、「頼まれ屋アリア」と。
 二階建ての木造の店。その入口に掛けられた大きな看板には、こんな文字が。

『願い、叶えます! ――アリア&ヴェルゼ――』

 ドアベルを鳴らしてドアを開ければ、真っ先に赤髪の店主アリアが来客を迎えるだろう。弾けるような笑顔で、彼女は依頼の内容を聞くのだ。
 そして店の奥に目をやれば、黒髪黒眼に黒の衣装、背に大鎌を背負った少年が、何だと文句を言うようにこちらを見るだろう。彼こそアリアの弟、死霊術師ヴェルゼである。

  ◇

「用事は済ませたし……後は帰るだけ、か」

 ヴェルゼ・ティレイトは呟いた。
 場所はいつもの頼まれ屋ではない。彼は所用で、イェレルの町まで来ていた。
 陽はまだ高い。今から歩けば夕方までには帰れるだろう。
 ヴェルゼは町で買った荷物を手に、町の出口へ向かって歩いていく、
 その時、耳に聞こえたのは。
 馬の驚いたようないななき。人々の悲鳴。
 反射的に駆けだし、そこで見る。
 馬車に一人の人間が、轢かれそうになっているのを。

「危ないッ!」

 疾走。一気に加速、轢かれそうになっていた少年を救出し、横っ飛びで道の端に転がる。荒い息を吐きながら体勢を整え、「大丈夫か」と腕に抱えた少年を見た。その瞬間、息が止まりそうになった。
 少年は頭が二つあった。胴から、二つの頭が生えていたのだ。
 左の頭が申し訳なさそうに礼を言い、青い瞳を伏せた。右の頭は眠っているのか、反応がない。
 ヴェルゼは動揺を隠すように、問うた。

「あんなところで眠っていたら危ないぞ。寝不足ならちゃんと寝てこい」
「……ルゥの眠りに引き摺られたは事実」

 左の頭はすっと眼を細めた。真剣な輝きが瞳に宿る。
 彼は問う。

「おぬしは……わしらのこんな見た目を、怖いとは思わないのか」

 ヴェルゼはフンと鼻を鳴らした。

「外見で差別していた日々は終わった。オレはそんなので人を差別などしない」

 かつてヴェルゼは、白い髪に赤い瞳を持つ一族、イデュールの民の少年によって騙されて故郷を追放された。以来、ヴェルゼは白い髪に赤い瞳をもつ人々を毛嫌いするようになり、引いては異種族、異民族への差別意識へとつながった。
 しかし頼まれ屋アリアにイデュールの民の少女、ソーティアが助けを求めに来た時、凝り固まっていたヴェルゼの意識は変わった。最初は彼女を嫌い遠ざけ姉に文句を言われた彼だったが、彼女に命を救われたことによって、イデュールの民は悪人ばかりしかいないわけではない、と気付けたのだ。
 普通ではない見た目の人を目にしたら、驚くことはあるだろう。しかしそれ以上の感情を抱くことはなくなったのだ。
 左の頭はふふと笑う。

「それなら重畳。そんなそなたに折り入って頼みがあるのじゃが……」

 左の頭が心配そうに、右の頭を見た。

「わしの相棒のルゥは、ご覧の通り、時折深すぎる眠りに囚われることがある。前はなかったことなのじゃが……その理由を、調査してはもらえんかのぅ?」

 つ、と瞳を細くする。完全に仕事をする時の目に切り替える。

「構わないが……報酬は何だ。報酬次第で協力するか否かは決める。オレはヴェルゼ・ティレイト、リノールの町の『頼まれ屋アリア』の一員だ。依頼をこなして報酬をもらい、日々の糧を得る。あんたのそれは、正式な依頼ととらえて間違いないんだな?」
「おやおや、頼まれ屋アリアの一員じゃったか。今から訪ねようと思うていたのじゃが手間が省けたのぅ」

 左の頭は懐を探る。左手しか動かせないらしく、動きは不器用だった。
 悪戦苦闘することしばらく。左の頭は赤い宝石のついた指輪を探り当てた。

「報酬はこれじゃ。わしらの作った魔法の指輪。魔法を使う才能がなくても、頭でイメージするだけで魔法が使える。……ただ、これは炎属性限定じゃがの。魔道具は貴重な品じゃろう? これでどうじゃ」

 頷き、指輪を懐に仕舞う。珍しい品だ、報酬として十分だろう。

「……受けた。で? オレはまだ依頼人の名を聞いていない」
「それは失敬」

 くすくすと笑い、左の頭は首を動かす。礼をしているつもりなのだろう。

「わしはリーヴェ。リーヴェ・ラルフヘイヴェンじゃ。眠ったままのこっちは相棒のルーヴェ。……なぁ、ヴェルゼとやら。双頭の魔導士の伝説について、聞き覚えがないかのぅ?」

 はっとなって、驚きに目を見開いた。
 この国アンディルーヴ魔導王国に、とある伝説があったのだ。双つの頭を持った魔導士のこと。片方は攻撃魔法、もう片方は防御魔法を得意とし、不老不死のままで永遠を生きるという、そんな伝説。双頭の魔導士は人々に幸運や不幸をもたらす存在であり、現れた場合、必ず何かが起こるという。

「その双頭の魔導士とは、わしらのことじゃよ」
「……伝説直々の依頼か。これは腕が鳴るな」

 ヴェルゼは驚きの目で相手を見ていた。
 確かに伝説と一致する。双つの頭、『わしらの作った』魔法の指輪。こんな代物を作れるくらいなのだ、優秀な魔導士でないはずがない。
 と、不意に眠ったままだった右の頭がまぶたを動かした。ぼんやりと開けられたその目の色は赤だった。右の頭、ルーヴェは不思議そうに相棒を見た。

「えっと……何が何だか」
「ようやく起きたのかルゥは。ええと……お前が急に眠りだして、わしもその眠りに引き摺られそうになってのぅ……」

 リーヴェは簡潔に事の次第を説明した。そう、とルーヴェが頷く。
 赤の瞳がヴェルゼを見た。

「あなたがぼくの……恩人さん」
「反射的に動いただけだ。礼を言われる筋合いはないね」
「でもこれからしばらく一緒に動くんでしょ……? なら……よろしく」

 右の手がすっと差し出された。ヴェルゼはその手を握り、離す。

「さて……頼まれ屋アリアに戻るぞ。それなりに歩くことになるが……大丈夫か?」
「二人起きてりゃなんのその、じゃ!」
「眠っちゃってごめんね……」

 まるで性格の違う双つの頭がそれぞれ返す。
 そうしてヴェルゼは依頼人とともに、頼まれ屋アリアへ帰還する。

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.20 )
日時: 2020/11/03 09:17
名前: skyA (ID: 2AFy0iSl)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12886

え、えーっと。これは、コメントを書いてもいいパターンなのでしょうか……?
書いている途中なのに、すみません。スカイアと申します。
キャラが濃くて、ストーリー的にもとても面白い作品だなぁって思いました(←なんか上から目線でごめんなさい)
これからも応援させてください。自分のペースで頑張ってください!

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.21 )
日時: 2020/10/15 09:17
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)

>>20 SkyAさま
 コメントありがとうございます。
 いえいえ、荒らしでない限りどのタイミングでコメントを下さっても構いません。
 嬉しいお言葉、大変励みになります。
 ありがとうございます。これからも頑張りますね!

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.22 )
日時: 2020/10/17 09:26
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: HijqWNdI)


「いきなり現れたら驚くだろう。オレが姉貴に話をつけてくる」

 言って、ヴェルゼは双子を店の前で待たせておくことにした。
 ふっと耳を澄ますと何やら店の中が騒がしい。嫌な予感を抱きつつ、ヴェルゼは店の扉を一気に開け放った。やかましいくらいにドアベルが鳴る。
 そこで見たのは、

「姉、貴……?」

 謎の男たちに刃を向けられ迫られている姉と、居候の少女ソーティアの姿だった。
 ヴェルゼの守るべき大切な人たち。彼女たちが、怯えた眼をしていた。
 男の一人は笑う。

「依頼を受け付けないから悪いんだよ! 俺たちは客だぜ? ああん?」
「殺しの依頼は受け付けない! それがあたしたちのポリシ……」
「黙りやがれこのアマ!」

 言い返そうとしたアリアが殴られる。
 その光景を見て、ヴェルゼの怒りに火がついた。
 普段は冷静で滅多に感情を乱すことのない彼だが、大切な人に危機が迫った時は状況が違う。
 ヴェルゼは背負った大鎌に手を掛け、一気に鞘から引き抜いた。
 と、男の一人がアリアとソーティアの首に刃を押し付ける。

「おっとぉ! こいつらがどうなってもいいのかぁ? お前がその鎌を振る前に、俺たちのナイフが首を掻っ切るぜぇ」
「……ッ」

 ヴェルゼは一瞬、躊躇した。その一瞬の隙を、見逃すような男たちではなく。

「あ……がッ」
「ヴェルゼッ!」

 アリアの悲鳴。
 別の男の振られた拳がヴェルゼの腹を強打、ヴェルゼは吹っ飛ばされて床に身体をぶっつける。構えた鎌も飛ばされて、手の届く場所にない。それでも血の混じった唾を吐き捨てながら何とか立ち上がり、鋭い瞳で男たちを睨む。
 アリアたちを人質に取られ、武器も奪われた。こんな状態で、どうやって現状を打破すればいいのか。
 痛みに明滅する視界。ぐっとこらえて思考、
 したとき。

「風の使者、解放の子らよ!」

 凛、とした声が響いて。
 次の瞬間、男たちだけが綺麗に、店の左へ吹っ飛ばされて、折り重なるようになって積み上がった。その身体に、風をより合わせて作った糸が何重にも絡みつく。

「これから依頼をするというのに、こんなんじゃ寝覚めが悪いからのぅ」
「えっと……大丈夫?」

 飄々とした声と内気な声。
 店の入り口に現れたのは、双頭の魔導士だった。
 驚くヴェルゼにほっほっほとリーヴェが笑う。

「伝説と呼ばれた力の片鱗じゃ。どうじゃ? わしら、格好良かったじゃろうそうじゃろう!」

 そこへアリアとソーティアが駆けつけてきた。困惑したようにアリアが声をあげた。

「ヴェルゼ、大丈夫? 殴られてたよね……。ところで、この人、は?」
「過保護。あの程度なら問題ないさ、姉貴。ええと……事情を説明しよう。適当に座ってくれ」

 ヴェルゼは店の中に置いてある、机と椅子を指し示した。

  ◇

「……そういうことね。了解したわ」

 ヴェルゼの説明を聞き、アリアが頷いた。
 その後、男たちは町の警備隊を呼んでしかるべきところに連れて行ってもらい、頼まれ屋に平和が訪れた。
 ヴェルゼはアリアに悪戯っぽい目を向けた。

「で? 依頼、受けるんだろう?」
「当ったり前でしょ!」

 アリアはえっへんと胸を張る。いつもの台詞を口にする。

「頼まれ屋アリア、依頼、承りましたっ!」

 ヴェルゼは依頼の内容を思い返す。
 最近、ルーヴェが異様な眠りに包まれることが多くなったそうだ。その原因を調査してもらいたい、とのこと。
 ヴェルゼはちらりと横目で双子を見た。ルーヴェの瞳が閉じている。再び、眠ってしまったということだろうか。

「……眠り病という病があるんだが」

 首を傾げ、ヴェルゼは口にしてみる。

「人が眠ったまま、そのまま目覚めなくなる病気。もしかしてルーヴェの症状が、それに関連するものだったとしたら……?」
「それはわしも疑っていたのじゃが……」

 リーヴェは難しい顔をする。

「セウン、という町がある。眠り病で全滅したと伝えられている町じゃ。以前、わしらはそこへ調査に向かったのじゃが、問題が発生してのぅ……」

 その町には謎の瘴気が漂っている。それを避けるため、リーヴェはルーヴェに防御魔法を張ってもらったのだという。

「しかし町に入ってすぐに、ルーヴェに例の眠りの症状が表れたのじゃ。眠ったままでは防御魔法は維持できん。その後も何度か接近を試みたが結果は同じじゃった。あの町には何かある、そうわかってはいるのじゃが……」

 ふむ、とヴェルゼは顎に手を当てる。何か考え込む表情だ。
 目的地は決まった。しかし良い方法が、見つからない。
 しばらくして。

「……要は、ルーヴェが眠らなければいいのだろう?」

 何かを閃いた眼をして、ヴェルゼは言葉を発する。
 何か浮かんだのか、と問うリーヴェに頷いた。

「オレの固有魔法を使えば……何とか」
「ちょっと待ってそれ、自傷が必要なやつじゃないの?」

 ヴェルゼの言葉にアリアが反応する。
 彼女は心配げな目でヴェルゼを見ていた。

「過保護」

 対するヴェルゼはばっさりと切り捨てる。

「痛みには慣れている。自傷による傷なんて、今更」

 ヴェルゼはナイフを取り出した。

「この魔法が有効になるかは、ちょっと試してみないとわからんな。さて……血の呪い《ブラッディ・カース》、紅の接続《ロート・ノードゥス》!」

 唱え、取り出したナイフを自分の腕に振り下ろす。アリアが顔を背けた。振り下ろしたそこから赤い血が滴り、そしてそれはたなびくスカーフのようにひらひらと動きだしルーヴェに迫った。
 血のスカーフはルーヴェの首に巻きついた。その動きが止まった時、ルーヴェが閉じていた目を開けた。ヴェルゼはにやりと笑みを浮かべる。

「成功のようだ。この魔法を使えば行けるぜ」
「え……と。どのような仕組みなのじゃ?」

 驚き問うリーヴェに答える。

「対象の体調を、術者の体調で上書きする呪いだ。術者が大怪我を負っている時に掛ければ、自分の怪我を相手に上書きし、痛み分け状態にすることが出来る。だがこういう使い方も出来なくはない。要は」

 血の滴る右腕に手慣れた仕草で包帯を巻きながら、ヴェルゼは言う。

「ルーヴェの眠り病を、オレの体調で上書きした。そう長くは保たないが、こうすれば一時的に眠り病を遠ざけることが可能だ。この状態ならばセウンの町を探索出来るだろう?」
「でも欠点があるわね」

 アリアがびしっとヴェルゼを指さした。

「これってあなたが傷を負えば、その分お客さんにも返ってくるってことでしょ? この状態の時は無茶禁止ね! ヴェルゼ一人の命じゃなくなったんだから!」
「だがこのメンバーで前衛として動けるのはオレだけだぜ? 多少の無茶は覚悟してもらわないとな」

 で、とヴェルゼは窓の外を見た。

「……今から出掛けるには遅い気もするが。今日は客人にこの家に泊まってもらうというのは、どうだ?」

 太陽はもう中天を過ぎて、夕暮れ時になりつつある。そうねとアリアは頷いた。
ヴェルゼは包帯を巻いた右腕に触れた。するとルーヴェの首に巻きついていた血のスカーフが解け、霧散した。同時、ルーヴェの首がかくんと落ちる。上書きしていた体調が元に戻ったため、眠りの症状が再発してしまったらしい。
 ヴェルゼの申し出を受け、リーヴェが頷いた。

「そうじゃな。ではありがたく、泊めてもらうとしようかの」
「了解したわ! ご飯の準備してくるわね。ソーティア、行くわよ!」
「ま、待って下さいー!」

 アリアに引っ張られて、消えていくソーティア。それを見ながら、ソーティアも大変だなとヴェルゼは苦笑いを浮かべた。
 リーヴェたちの方を見る。

「居住域に案内しよう。使っていない部屋があって、客人用としている。今日はそこに泊まってくれ」
「ありがたいのぅ」
「お気遣いなく。依頼を受けたからには、客人の安全も守らなけりゃならんのでね」

 さらりと口にし、居住域へ続く階段を上っていく。その後を、右足を引き摺りながらもリーヴェがついてきた。それを見てヴェルゼは不思議そうな顔をした。

「身体が……不自由なのか?」

 いいや、とリーヴェが首を振る。

「わしは左半身しか動かせぬ。右半身を動かすのはルゥの役割なのじゃ。いつも二人で息を揃えて動いているのじゃぞ? しかしルゥが眠っている今とあっては、右半身を動かすことは出来ぬでな」
「……その状態で階段を上るのは辛いだろう。背負ってやる。掴まれ」
「それはそれはありがたい」

 屈み、背中を差し出してヴェルゼにリーヴェが掴まった。しかし左半身しか動かせないためか、掴まり方がぎこちない。ヴェルゼは両手でしっかり支えてやると、階段を上りはじめた。
 伝説の魔導士、リーヴェとルーヴェ。伝説を聞く限りでは成人男性の姿だと思っていたが、実際目にしたのは十代前半くらいに見える少年の姿である。伝説には尾ひれがつくものだな、とヴェルゼは思った。背負ったその身体は軽かった。

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.23 )
日時: 2020/10/18 10:20
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: z5ML5wzR)


 アリアとソーティアの作った夕飯を皆で食べ、翌朝。

「おはよー、ヴェルゼ! そしてお客さんも!」
「お、おはようございます……」

 いつも通り、階段の下へ降りるとアリアとソーティアが迎えてくる。
 今日はルーヴェも目覚めていたみたいで、双頭の魔導士は危なげなく階段を下りてきた。

「今日、行くのよね」
「今日、行くんだぜ」

 確認し合うように姉と言葉を交わし、ヴェルゼは食卓についた。
 料理をするのも選択をするのも、いつも姉の役割だった。ヴェルゼは生まれてこの方、家事というものをやったことがない。幼い頃は母が、母が死んでからは母代わりとなった女性が、故郷を追放されてからは姉が、それぞれやってきた。それを当たり前だと思っていた。
 その日の朝食は焼いたパンにバターを塗ったものと蜂蜜を掛けたヨーグルト。いつ客が来るのかわからないこの店の食事はいつも質素だ。ヴェルゼのパンにはサラミが挟まっていた。血の魔術で血を失いがちな彼に配慮して、あえて肉を多めにしてくれたものと見える。アリアはそういった些細な気遣いの出来る子だった。

「……いただきます」

 挨拶をしてご飯を食べる。双頭の双子は右手と左手をそれぞれで器用に使い分けて、お互いの頭に食べさせていた。
 腹ごしらえを終えて、早速出発だ。セウンの町へ向かって歩き出す。町の場所は地図で確認しているので問題ない。そのまま歩く。
 いつか、眠り病で全滅したという町、セウン。そこに行けば、ルーヴェの眠りについて何かがわかるはずだから。

  ◇

 遠くにセウンの廃墟が見えた場所で、ヴェルゼは一行を止めた。

「この辺りでいいだろう。……血の呪い《ブラッディ・カース》を掛けるぞ」

 言って、黒の瞳でルーヴェを見た。ルーヴェは真摯な顔で頷いた。
 では始める、とヴェルゼはナイフを構える。

「血の呪い《ブラッディ・カース》、紅の接続《ロート・ノードゥス》!」

 唱え、昨日包帯を巻いた場所とは少しずらし、右腕へナイフを振り下ろす。飛び散った血液が赤い帯となってルーヴェの首に巻きついた。
 傷口に包帯を巻きながら、満足げにヴェルゼは頷いた。

「ふむ、これでいいだろう。ただ、この呪法は術者の血液を消費する。そう長くは続けられないから……さっさと行くぞ」
「待って」

 ルーヴェが歩き出そうとするヴェルゼを止めた。

「防御魔法……掛けていかないと、ね?」
「……そうだな」

 ヴェルゼは頷いた。
 ルーヴェが天に右手を差し伸べ、詠唱を開始する。

「あまねく照らす父なる空よ、守護のヴェールを我らが元に」

 短い詠唱。その直後、輝く光が薄い膜となって、ヴェルゼたちをそれぞれ包み込んだ。
 はにかむようにルーヴェは笑う。

「これで瘴気から守れるよ」

  ◇

 町の廃墟へ入る。建物は皆倒壊し、屋根の残っているものは珍しい。至るところに白骨化した遺体が転がっており、町がこうなったのはずいぶん昔のことなのだと思わせる。そこには死の空気が漂っていた。

「こんなところで、何か見つかるのでしょうか……」

 ソーティアが不安そうな顔をした。
 するとリーヴェがソーティアの方へ首を向け、にっこりと笑った。

「こんなところだからあるんじゃろう。瘴気の漂うこんな廃墟に、わざわざ訪れる者など普通はいまいて。本の置いてある場所を目指すが良かろう」

 町を少し歩いた時だった。不意に妙な音がした。それは骨の軋むような、聞いていて怖気を発する音だった。

「……何の音だ?」

 振り返ったヴェルゼと、そこらに転がっている髑髏の目が合った。ヴェルゼは確かに見る。その髑髏が、ニタァと笑みを作ったのを。
 背筋に怖気が走った。

「……このッ!」

 反射的に背から鎌を引き抜き、向かってきた一体を横薙ぎにする。骸骨の頭と胴が分離した。その頭は笑っていた。

「え? え? 何? 何なのよ?」
「杖を構えろ」

 混乱する姉にヴェルゼは囁く。

「死霊の気配がする。人々の亡骸に悪霊がとり憑いて、悪さをしているとオレは見る。転がっている骸骨に気をつけろ。そいつらは皆……敵だ」

 アリアの目の前で不意に骸骨が跳び起き、その腕でアリアを貫こうとする。アリアは炎の魔法を浴びせてこれを撃退した。

「気をつけるのじゃ! 広範囲で炎の魔法を使ったら、貴重な資料も燃えてしまうぞ!」
「細かい制御って苦手なのよねっ! ったくもう!」

 リーヴェの言葉に、アリアは苛立たしげに返事をした。
 リーヴェも炎の魔法で援護しているようだが、その勢いは弱めである。ルーヴェと身体を共有している以上、リーヴェが魔法を使いすぎたら、防御魔法を張っているルーヴェにも影響が出てしまうということだろうか。
 骸骨は鎌で斬っても死なず、バラバラに分離したパーツで襲ってくる。ヴェルゼの斬撃はこの場では不利だった。
 攻めあぐね、何か他に手はないかと懐を探った手に何かが触れる。それは報酬としてリーヴェの差し出した、炎魔法が使えるようになる赤い指輪だった。属性魔法に適性のないヴェルゼだが、これを使えばもしかして。
 この世界“アンダルシア”の呪文詠唱はアドリブである。頭の中にある魔法イメージをしっかりとした形にするために、魔導士たちは詠唱を行う。効果の大きさに比例してその分詠唱は長くなるが、ベテランの魔導士は短い詠唱で大きな効果を生み出すことが出来るらしい。
 ヴェルゼは指輪を左手に嵌め、炎の魔法をイメージした。試しに詠唱。

「赤く染まれ、白き骸《むくろ》よ!」

 狙ったのは、骨だけをピンポイントで燃やす魔法。属性魔法は不慣れだが、細かい制御には自信があった。感覚的に魔法素《マナ》を組み、組んだそれを破壊してエネルギーを生み出す。
 瞬間。
 ぼうっと火柱が立ち上った。それは今まさにヴェルゼを襲わんとしていた白い骨から。しかしそれは近くに転がっていた何かの書物も燃やしてしまう。

「ああっ、もう何やってんのよ馬鹿! 属性魔法はあたしに任せて、あんたは余計なことしないの!」

 アリアに頭をはたかれた。済まない、と返事をして指輪をポケットに仕舞った。
 誰だって魔法を使えるようにする代物らしいが、慣れぬ者が使った場合、上手くいかないのが道理である。ならば、とヴェルゼは鎌を構えた。この鎌で障害を排除するのみ。
 しばらくして、ソーティアが歓声をあげた。

「あ、ありました! この病に倒れた人の日記です! これを読めば何かわかるかも――って、きゃあっ!?」

 上がった悲鳴。
 先行していたソーティアの背に迫るのは、骨の腕。ソーティアは胸に日記を抱きかかえ、思わず目を閉じた、
 その時。
 ふわり、穏やかな風が吹いた。


「やあ、遅れてごめんね」


 現れた灰色の人影が、ソーティアを貫く寸前で骨の腕を止めていた。
 ヴェルゼは驚きに目を見開く。

「デュナミス!」

 灰色の人影は悪戯っぽく笑った。

「今からでもこのメンバーに、入れるかな?」

 もちろんだ、とヴェルゼは頷いた。
 デュナミスは亡霊である。数年前か。ヴェルゼは悪しき死霊を追って遠い町まで来ていた。その先で出会った天才死霊術師の少年デュナミスと大親友になったが、旅の最後、デュナミスはヴェルゼを庇って死んでしまった。しかし「死にたくない」デュナミスの想いと「死なせたくない」ヴェルゼの想い、そしてそれぞれの死霊術が絡み合って奇跡を起こした。その時の奇跡のお陰で、デュナミスは亡霊であるにもかかわらず冥界に呼ばれることはなく、ヴェルゼの相棒として、ヴェルゼが死ぬまで一緒に居続けることが可能となったのだ。
 デュナミスは亡霊であるがゆえに、決して死ぬことがない。それに透けた身体を実体化させることだって出来る。そんな彼の登場は、とても心強いものだった。
 ヴェルゼは相棒に問うた。

「デュナミス、例の調査は」
「済ませたよ。とりあえず、この悪霊たちを撃退すればオーケイ?」
「任せた」

 頷き、ヴェルゼは皆に声を掛けた。

「ソーティアが資料を入手したらしい! これ以上ここにいるのは危険だ、一旦帰るぞ!」

 ヴェルゼの声に従い、皆、町の入り口へ向かっていく。ソーティアがぺこりと頭を下げた。

「あの、ありがとうございました」
「同じ頼まれ屋の仲間じゃないか、当然だろう?」

 デュナミスは優しげな笑みを浮かべ、ソーティアの背中を押した。
 ヴェルゼとデュナミス。二人だけが町に残る。死霊術師である彼らには、やらなければならないことが残されていた。
 この町で骨に潜み、操っていたのは悪霊だ。しかし霊である以上、鎮めなければならない。それが死霊術師の役割である。
 ヴェルゼはいつも首から下げていた笛を、そっと口に当てた。そんなヴェルゼを守るように、デュナミスが身体を実体化させた。
 全ての悪霊を骨の器から解放出来たわけではない。だが、少しでもいい、鎮めなければ。
 ヴェルゼの笛から清浄な音楽が流れ出す。

「暴れるな、眠れ。冥界への路《みち》はここにある」

 その音楽に乗せ、歌うようにデュナミスが囁いた。骨の器から解放された魂たちが、きらめきながらも天へ昇っていく。それは幻想的な光景だった。
 だが、そうしている間にも他の骨たちが向かっていく。デュナミスはそれらをヴェルゼに近づけさせんと遠ざけ続けた。死者であるデュナミスならば、いくら傷付いたって死ぬことはない。
 それからしばらく。骨から解放された魂を皆、冥界に送り終わり、ヴェルゼはデュナミスに守られながらも町から出る。町の入り口では、アリアたちが心配そうな顔をしていた。

「ヴェルゼ! もうっ、全然戻ってこないんだから、心配したわ!」
「姉貴は過保護過ぎ……」

 アリアの方へ向かおうと伸ばした足は、何故折れたのだろう。
 何故、皆がこんなに大きく見えるのだろう。

「……ッ」

 ヴェルゼは激しく息を切らし、地に膝をついていた。
 当然のことだろう。血の呪いでただでさえ血を消耗しているのだ。その状態で骨どもを撃退し、弔いの儀式まで行って。アリアのように膨大な魔力量を持つわけではなく、魔法の技術でもって戦ってきたヴェルゼがこうなるのも自明の理だった。
 ヴェルゼの不調につられ、ルーヴェの顔色が悪くなる。ヴェルゼはナイフを取り出し、それで空を切った。するとルーヴェの首に巻きついていた血の帯がはらりと落ちて、ルーヴェの顔色が元に戻った。
 が、そこで限界だった。視界が明滅する。アリアの悲鳴が耳に聞こえたのを最後に、ヴェルゼの意識は消滅した。

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.24 )
日時: 2020/10/20 09:16
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)


「ったく……ヴェルゼったら。無茶し過ぎなんだから」

 意識を失った弟を見、アリアは溜め息をついた。
 どうしようかと考えた結果、アリアがヴェルゼを背負って帰ることになった。「重いなら手伝うよ?」とデュナミスが申し出たが、大丈夫と首を振る。
 背負った身体は軽かった。とても、十五歳の男の子とは思えない。

「ヴェルゼ……あたしよりも軽いんじゃないかしら。このまま力を使い続けたら、そのうちに抜け殻になって死んじゃわないかな……」
「死ぬよ」

 答えるデュナミスは、どこまでもにこやかに、かつ冷静に。

「長生きした死霊術師なんていないよ。僕だって死んだし、ね。ヴェルゼは君よりも早く死ぬ運命なんだ。力を使うなって言ったって……君は今の魔法なしで生活できると思うかい? それと同じこと。ヴェルゼが命を削って魔法を使うのは、彼が彼である証拠」
「わかっては……いるんだけど」

 アリアは背負ったヴェルゼの方を見る。固く閉じられた目、苦しげな表情。幸せに長生きしてほしいとは思うけれど、それは絶対に叶わない夢で。
 暗い雰囲気になった一行を、ソーティアが励ました。

「えっと、帰ったらみんなで例の日記を読んでみましょう! それで色々情報をまとめて、ヴェルゼさんが目覚めたら伝えるんです。どんなことが書いてあるんでしょうね?」

 彼女なりの精一杯。そうじゃそうじゃとリーヴェが乗った。

「凹んでおる場合か? この先、こんなことは何度もあるじゃろう。そんなことより今を見よ」
「うん……」

 こくり、とアリアは頷いた。
 その顔には、いつもの笑顔。

「そうよね、そのとおりよね! あたしったら、どうかしていたわ」

 けれどヴェルゼなら見抜けただろう。その笑みが、無理をして作ったものだと。
 ヴェルゼが力を使うたび、その命の時間は減っていく。
 どんなに別れたくなくったって、確実に別れは迫っていた。

  ◇

 頼まれ屋に戻り、ヴェルゼを部屋に寝かせた。「見張りをしておくねぇ」と申し出たデュナミスを部屋に残し、アリアたちは居間にやってきた。大机の上には件の日記が置いてある。
 発見者、ということでソーティアがそれを読むことになった。
 大きく息を吸い込んで、ソーティアが緊張した面持ちで内容を声にしていく。

「三月八日。新しい日記に変えた。町の入り口に魔導士みたいな変な奴がいたが、睨んだらいなくなった。近所のレィさんが眠ったまま起きなくなったらしい。過労だろう。しっかり休んでほしい。自分は特に問題もなく、いつも通りの毎日である」

 眠ったまま起きなくなった。眠り病の初期だろうか。
 アリアは頭の中で考察を始める。ソーティアが次のところを読んでいく。

「三月九日。レィさんの奥さんが仕事中にあくびをした。生真面目な彼女らしくない。今日はもう休んでいいと、言われているところを目撃した。最近少し暖かくなってきた。春の陽気にやられたのだろうか」

 話はそんなところから始まっていき、次第に町中の人に似たような症状が起こっていく様が語られるようになった。

「三月十八日。大変だ、レィさんが死んだ。眠ったまま動かなくなって、気が付いたら冷たくなっていたらしい。レィさんの奥さんも同じようにして亡くなった。八百屋のサーヤさんも、警備員のリューさんも。みんなみんな眠ったまま死んでいった。何かがおかしい。これは病なのだろうか?」

 そしてさらなる急展開へ。話を聞きながら、自分の顔が青ざめていくのをアリアは感じた。

「三月三十日。町中の人が眠ったまま死んだ。生きているのはもう自分だけだ。何処へ行けばいい。この町から出れば助かるのだろうか。そうだそうだこの町を出よう。出るのだ私はで……る? えっと……文字が歪んで読めないです」

 ソーティアはそのページを皆に見せた。
 そこにある文字は途中で歪み、判読不可能になっていた。まるで、うとうとしながら授業を受けた時のノートのように。
 考えられることは。

「……これを書いた人も、同じ病にかかってそれっきりになったってこと?」

 アリアは思わず身を震わせる。

「何よこれ、一体何なの。みんなみんな死んでいった……。これがセウンの町の滅びた原因なの!」
「落ち着くのじゃアリア・ティレイト」

 静かな声でリーヴェが言った。

「これは疫病ではない。疫病に見せかけた、魔法じゃ」

 断言する。

「日記の最初に、変な魔導士について書かれていたじゃろう。あの町……歩いてみてわかったのじゃが、妙に魔力の匂いが濃いのじゃ。あの瘴気も自然ではない。魔法によるものだとすれば、納得がいく」
「そんな魔法、存在するんだ?」

 純粋なアリアは、そういった暗い領域の魔法には疎かった。アリアが知っているのは属性魔法と回復、防御の魔法くらいで、ヴェルゼの死霊術のことも詳しくは知らない。
 あるね、と右の頭、ルーヴェが頷いた。

「人を……病気にさせる魔法。暗い魔法、良くない魔法。もしもあの町がそういった類の魔法にやられたとするならば、ぼくのこれも……解呪出来る可能性がある」

 にやり、とリーヴェが笑い、背伸びしてソーティアの頭を撫でた。

「ソーティア・レイ、よくやった。これで決定的な証拠が掴めたわ。あの町で感じた魔法の匂い……ルーヴェが眠ってしまう時のとよく似ている。これは……詳しく調査せねばのぅ」

 情報は共有できた。これでひとまず解散ということにして、アリアは皆に問うた。

「ところで! お腹空いてなぁい?」

 するとリーヴェもルーヴェも、子供みたいに目を輝かせた。

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.25 )
日時: 2020/10/22 09:12
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)


 夕飯を食べ終わり、それぞれが眠りについて翌朝。
 居間に降りてきたヴェルゼは、真っ青な顔をしていたらしい。
 ヴェルゼを見るなり、アリアが叫んだ。

「……ッ、ヴェルゼ! 消耗し過ぎたあんたは部屋で休んでなさいよ!」
「昨日の……日記は?」
「そんなことより」
「教えろ」

 ヴェルゼの黒い瞳が鋭く輝く。そこには有無を言わせぬ光があった。
 アリアは溜め息をついた。

「わかったわ、話すわよ。ご飯はあんたの部屋に持っていくから、そこで話をするわよ。あんたは絶対安静! わかったわね?」
「……話を聞かせてくれるなら」

 不承不承、ヴェルゼは頷いた。

  ◇

 アリアたちから話を聞いて、成程なとヴェルゼは頷く。
 布団から出ようとしたが、貧血からくる眩暈のせいで、そのまま布団の上にダウンした。
 苛立たしげに舌打ちする。

「くそっ、この身体がもっと強けりゃ……」

 文句を言ったって状況は変わらない。さてどうしようかと顎に手を当てる。
 少なくとも自分は動ける状態にない。デュナミスもきっとヴェルゼの傍にいるだろう。となると、現状動ける人はアリアとソーティアと、客人二人である。

「疫病の魔法……確かに実在する。だが、仮にそうだとして。何故あの町が狙われた? 原因を知らなければな」

 はーいとアリアが手を挙げた。

「なら、あたしが図書館に行ってセウンの町について調べてくるわ。狙われる原因が分かったら、その先のこともわかるかも!」
「任せた」

 ヴェルゼは頷いた。

「えっと……ヴェルゼ、さん」

 遠慮がちに、ソーティアが手を挙げた。

「あの町は魔法でああなったかも、ということですよね? ならば、魔法素《マナ》の見えるわたしが適しています。もう一度あの町に行って、わたしの眼で見れば何かがつかめるかも知れません」

 ソーティアは異民族『イデュールの民』の一人である。彼女の一族は何故か、目に見えないエネルギー物質である魔法素《マナ》を直接見ることが出来た。そんな彼女にとって、魔法の解析はお手のものである。
 しかしソーティアがセウンの町へ行くとして、あの町を安全に通るためにはヴェルゼの血の魔術は不可欠だ。アリアがぎろりとソーティアを睨んだ。

「言っとくけど、ヴェルゼはもう動けないから」
「わかってますよ、大丈夫です」

 ソーティアはルーヴェの方を見た。
 問う。

「ルーヴェさん、遠距離からでも防御魔法、掛けられます?」
「……距離にもよるけど、出来ないことは、ないよ」

 彼女が提案したことはこうだった。町の眠りの影響を受けないギリギリのところでルーヴェには待機してもらう。その先を、遠距離からの防御魔法に守られたソーティアが進む。

「ヴェルゼさん、あの指輪、貸して下さいね?」

 ソーティアの手に、ヴェルゼは赤い宝石のついた指輪を落とした。確かにこれがあれば、魔法の使えないソーティアでも自分の身を守れる。
 ソーティアは言う。ルーヴェの魔法に守られた状態で、この指輪を武器に魔法の痕跡の調査をするのだと。危なくなったらすぐ退散するから……と。そんな計画だった。
 ヴェルゼは難しい顔をした。

「悪くはない計画だが……ソーティアへのリスクが大きすぎる」
「じゃあ代わりに、あなたが血の呪いを使いますか?」

 ソーティアが華やかな笑顔を浮かべた。
 流石にそれは出来ないと、ヴェルゼは仕方なく彼女の計画を受け入れることにした。
 アリアはセウンの町を調べに図書館へ。ヴェルゼは休養を取り、デュナミスはその護衛。ソーティアは双頭の魔導士と共にセウンの町へ向かい、魔法の痕跡の調査。三つに分かれて行動することが決定した。

「そんなわけで、行ってきます」

 ソーティアの気弱な瞳に、強い輝きが宿った。

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.26 )
日時: 2020/10/24 10:36
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: z5ML5wzR)


「あまねく照らす父なる空よ、守護のヴェールを我らが元に」

 ルーヴェの防御魔法を受け、ソーティアは途中で双子と別れる。
 たった一人で町の中へ入る。あの、動く骨だらけの不気味な町へ。
 怖くはない、と言ったら嘘になる。けれどソーティアしか適任はいないのだ、やるしかない。

「一人で行動するのは……里が滅ぼされて以来でしたっけ……」

 ソーティアらイデュールの民は、「異種族狩り」と称する人々によって迫害された。かつてソーティアはイルヴェリア山脈の奥地のカディアスという里で静かに暮らしていたが、そこもまた異種族狩りによって蹂躙された。
 生き残り、一人きりで各地をさまよっていた彼女。助けてくれたサルフという人物としばらく過ごし、別れ際に頼まれ屋アリアについて教えてもらい、今に至る。サルフに助けられてから、ソーティアは一人ではなくなった。
 一人になれば、思い出すのは里が滅ぼされた日のこと。固く眼をつぶり、首を振って記憶を追いだす。今目の前にあることに、集中せねば。サルフやアリアたちとの幸せな思い出を頭の中心に置いて、深呼吸して町へ入る。
 魔法素《マナ》を見る眼を起動させた。意識して視れば、確かにわかる、異様な魔法の痕跡。

「疫病の魔法、ですか……。見るからにおぞましい魔法式。……って、この式は!?」

 ある痕跡を見つけ、ソーティアは驚きに目を瞠る。そうかそうだったのかと手を叩き、見た痕跡を頭の中にしっかりと叩き込む。
 不意に殺気を感じた。反射的に飛び退けば、ついさっきまで彼女がいた場所を骨の腕が薙ぎ払っていた。
 赤い指輪を手に、ソーティアは不敵に笑う。

「魔法が使えないからって……何もできないわけじゃない……」

 魔法素《マナ》を視るその眼は、これまでたくさんの魔法を見てきたのだ。見識だけは、積んできた。
 赤い指輪をつけた手を握りしめる。感じたのは、確かな魔力の鼓動。行ける、とソーティアは思った。魔法の使えない自分だけれど、その原理は理解出来ている。
 唱えた。

「山の底にある爆炎よ! 胎動せよ動き出せ。眠れぬ者たちを包みこめ!」

 指先から、炎が爆ぜた。それは大きな壁となり、向かってきた骨たちを包み込んだ。

「わたしは……出来るよ。そう、わたしは! 役立たずなんかじゃ、ない!」

 指輪の力を制御して、最低限の敵だけを追い払い町の入り口へひた走る。全てを相手にしている余裕はない。そんなことしていたらきっと、指輪の魔力が尽きてしまうだろう。
 炎で道を切り開き、必死に走って町から出る。町の外までは、骨たちは襲ってこなかった。
 息を切らしながら、双頭の魔導士の待つ木蔭へと向かった。

「その様子だと、何か収穫があったようじゃな?」

 問うリーヴェに。
 ソーティアはびしっとルーヴェの首を指さした。

「そこに! 町で見掛けたのと同じ魔法の痕跡があります!」

  ◇

 頼まれ屋アリアに戻り、それぞれの成果を話し合う。ヴェルゼは黙って聞いていた。
 アリアの方は収穫がなかった。セウンの町は至って平凡な町で、疫病の呪いを掛けられる原因なんて見つからないという。
 ソーティアの方は大収穫だった。
 彼女は語る。セウンの町で見つけた魔法の痕跡のこと、それと同じものがルーヴェの首に巻きついていること。
 ソーティアが問うた。

「えっと……双頭の魔導士さま。町に眠り病をもたらした人物に、恨まれるようなことしました?」

 そもそも心当たりがあり過ぎるのぅ、とリーヴェは苦い顔をする。
 そんなことなら、とアリアが提案した。

「王都にね、客の過去を読み取る魔導士がいるんだって。その人の力を借りれば犯人が分かるかも!」

 ああ、と納得のいったようにヴェルゼは頷いた。

「幻想使イリュースか。話には聞いたことがあるが……。確かに、彼を頼れば良さそうだな」

 こういった呪いの類は、呪いを掛けた本人に解いてもらうか、本人の名前を知った上で、解呪師に解いてもらうかのいずれかの方法でないと解除できない。どちらの方法をとるにせよ、呪いを掛けた相手について知る必要がある。
 アリアがヴェルゼを見た。その顔には心配。

「じゃあみんなで王都に行く……ってことになるんだけれど。ヴェルゼ、体調大丈夫?」
「今日一日休ませてもらったからな。明日まで休めば問題ないさ。オレに気遣って出発を遅らすようなことはするな。こうしている間にも、呪いは進行しているんだ」

 ヴェルゼはちらりとルーヴェを見た。その目は閉じている。それに引き摺られているのか、リーヴェの瞳もとろんとしてきていた。
 王都出立は次の日にすることに決め、その日はそのまま休むことにした。

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.27 )
日時: 2020/10/26 09:01
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)


 翌朝。朝食を食べ終え、一行は王都へ。王都の入り口へ着く前に、アリアが皆を止めた。

「えっと……お客さんたちってさ、普通の……見た目じゃないわよね。王都の検問で止められたら嫌だから……ちょっとあたしの魔法に付き合ってくれる?」

 許可を取り、杖を構える。

「幻惑の風よ、風のヴェールに真実を匿え!」
 
 唱えた途端、巻き起こる風。
 そこにいるのは双頭の魔導士ではなかった。頭が一つだけある、普通の人間。その顔はリーヴェの顔をしていた。
 ごめんね、とアリアは謝る。

「幻影の魔法よ。えっと……しばらくルーヴェには喋らないでいてほしいの。王都を出たら解除するからね!」
「……大丈夫、慣れてる」

 リーヴェの首の辺りから、リーヴェよりもやや低い声がした。姿は見えなくなったけれど、ルーヴェは確かにそこにいる。
 じゃあ僕も、と言い、デュナミスがその姿を透明にした。だがヴェルゼはその存在を感じている。見えなくたって、彼は確かにそこにいる。
 準備を整え、王都の門をくぐった。アリアたちは、何も言われることはなかった。

  ◇

 王都を少し進み、「運命屋」と書かれた看板の前で止まる。ここを経営している双子はアリアたちの同業者で、アリアたちと同じく、人々からの依頼をこなして日々の糧を得ているらしい。件のイリュースはその一員なのだという。

「お邪魔しまーす」

 早速アリアが扉を開けると、一人の少年が出迎えた。

「やぁ、お客さん。運命屋に何の用かな?」

 黒い髪、白い瞳。着ているのは黒づくめの服。
 噂によると、運命屋の双子は他者の運命に干渉する力があるらしい。
 アリアの後から店に入ったヴェルゼが答えた。

「『過去の導き手』イリュースに用があって来た。どうしても読み取ってもらいたい過去がある」
「話を聞かせてもらおうか?」

 黒の少年に、ヴェルゼたちはこれまであった出来事をかいつまんで話した。成程、と黒の少年は頷いた。
 後ろを見ずに、声を掛ける。

「だってさ、イリュース」
「僕がいたの、わかってたの?」

 店の奥から、一人の少年が現れた。黄昏の空のような橙色の髪、宵闇の紫の瞳。
 彼は笑みを浮かべ、リーヴェに近づいた。

「いいだろう、読み取ってあげる。でも僕の能力って、少し特殊なんだ。この場にいるみんなにも、一緒に記憶の世界を旅してもらうよ」

 その手がリーヴェに触れた時、世界が暗転した。

  ◇

「双頭の魔導士。俺と勝負しろ」

 双子の背に声が掛かる。なんじゃ、とリーヴェは訝しげな眼を男に向けた。
 振り乱した銀髪に赤紫の瞳。異様な風体の男は声をあげた。

「大魔導士ヘイズ・ラグルーンが、伝説を倒しに来た」
「ヘイズ・ラグルーン? 大魔導士ではなく堕魔導士の間違いじゃろうが」

 呆れた顔でリーヴェは答えた。
 ルーヴェがリーヴェに言う。

「何か、嫌な気配。まともにやりあっちゃ駄目。逃げよっ」
「そうじゃの……」

 リーヴェがつっと目を細めた、瞬間。

「喰らいつけ淀みの底の大蛇よ!」
 
 声と同時、禍々しい紫の帯が、双子目掛けて飛んできた。

「不意打ちとは……卑怯なものよのッ!」

 その帯はルーヴェの首に巻きついたかと思えば、その場で霧散した。
 相棒を攻撃されたリーヴェの瞳に怒りが宿る。爆発的な魔力がその身の内から燃え出でた。

「空高き地の、烈風の子らよ! 獲物はそこぞ、とくと味わえ!」

 詠唱。唸りを上げて迫りくる風の刃が、反応する暇もなく男の身体を微塵切りにした。
 ふう、とリーヴェは息をつく。その頭に、ルーヴェが頭をもたせかけてきた。

「……何じゃ、ルーヴェ。あの男に何かやられたか」

 ううんとルーヴェは首を振った。

「なんか……眠いんだ……ふわああ……」
「わしが魔力を使い過ぎたせいかの。なら一旦、この辺りで休むとするかのぅ」

 にっこり笑い、二人して近くの木陰に来ると、木に頭をもたせかけて眠った。

  ◇

 現実に戻り、ヴェルゼは驚きに目を見開いた。

「今のは……何だ」
「僕の能力」

 さらりとイリュースが言う。

「僕はその場にいる人を直接過去の記憶に導いて、その記憶を追体験させることが出来るんだ。『過去の導き手』なんて呼ばれているのはそういうわけさ……」

 イリュースはふっと笑った。

「で? お望みの記憶は見つかったでしょ?」

 そうじゃの、とリーヴェは難しい顔。

「しかし……術者が死んでおったか。本人に解いてもらう、という方法は使えぬな。ならば解呪師を頼らねば」
「解呪師ならばカレッダの町にいるだろう。東国呪物店のリンエイを頼ればいい」

 黒の少年がぼそっと言った。

「俺は運命屋のデスト。今回は俺たちデスティニーが動いたわけではないし、お代は要らない。同業者さん、また縁があったら御贔屓に」
「あたしは頼まれ屋アリアのアリアで、こっちが弟のヴェルゼね。ふふっ、ありがとう。また会えれば面白いわね」

 アリアがデストに挨拶を返す。
 目的の人物の名は手に入れたし、次の目的地も決まった。
 ヴェルゼたちは王都を発って、カレッダを目指す。

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.28 )
日時: 2020/10/28 08:58
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)

「何だ、まだ死んでいなかったのかい」

 カレッダへ向かう途中、冷たい声がした。殺気を感じて飛び退いたそこに、飛んできたのは金属片。
 紫の長髪に赤い瞳、紫のローブを身に纏い、手に杖を持った女が不敵に笑っていた。
 ぞっとするような魔力の気配。危険な奴だとヴェルゼの本能が警告する。
 彼女の瞳は双頭の魔導士を見ていた。その赤い唇が言葉を紡ぐ。

「伝説と呼ばれた存在なんて、さっさと死んで次の世代に伝説の名を渡すべきだろう? あたいは伝説になりに来たんだ、そのための手段は厭わない。あたいが言いたいのはさ、伝説」

 魔力が膨れ上がる。来るぞ、とヴェルゼがアリアを見ると、わかってるわよとアリアが防御魔法を紡ぎ出す。


「――さっさと死んでくれないかねぇって、ことさ!」


 大地が盛り上がった。爆発するように地面の一部が崩落する。ヴェルゼは一瞬だけ反応の遅れたアリアを抱えて慌てて後ろに跳び退った。隣を見ると、デュナミスが実体化してソーティアを抱えていた。
 だが、双頭の魔導士は。
 ヴェルゼは見る。崩落した地面の真ん中にちょこんと残された地面に、呆然と立つ双子の姿を。ルーヴェは再び眠っていた。リーヴェは、

「……眠りかけているのか? おい、反応しろ!」

 呼び掛けたら、赤い瞳がぼんやりとヴェルゼを見た。
 どう考えても普通の状態ではない。ヴェルゼは病み上がりの身体に鞭打って、血の魔術を放つことを決める。
 掲げたナイフは、誰かを救うために。

「――血の呪い《ブラッディ・カース》、血色の縛鎖《ブラッディ・バインド》!」

 唱え、ナイフを右腕に振り下ろす。二度傷つけられた右腕に、三つ目の傷が走る。傷口から迸った血は真紅の鎖となって双子の胴体に巻き付き、強引に安全な地上へ引き戻した。それを確認するなり鎖を切る。この呪いは本来、相手に巻きついてその魔力を吸いとったり相手の行動を制限したりするものだ。緊急事態でもない限り、味方には使わない。

「おや、外したか。孤立させて殺すつもりだったのに」

 悠々と女は言う。
 ヴェルゼは右腕に包帯を巻きながら、鋭い瞳で女を睨んだ。

「貴様、何者だ」
「名はルーリヤ・ケイト。伝説になろうとして、なれなかった女さ」

 不敵に笑う女から感じられるのは余裕。対するヴェルゼは病み上がりの身体に鞭打って戦っている状態だ、長期戦になったらきっと倒れる。
 大丈夫だよとデュナミスが寄り添った。温かな魔力の波動を受け取る。ありがとなとデュナミスに笑みを返した。
 ヴェルゼは双頭の魔導士を見る。リーヴェもルーヴェも深い眠りに落ちていた。戦闘前は二人ともしっかりと目が覚めていたはずである。この女が原因しているのか。

「まぁいいさ、邪魔をするならこのあたいが切り捨てるまで。大地の胎動、目覚めよ命! 偽りの器に宿れよ心!」

 止める間もなく始まった詠唱。彼女の周囲の地面がぼこぼこと膨れ上がり、無数の土の兵隊を練成した。

「そんなもの!」

 アリアが炎を放つ。

「土の兵隊なんか飛び越えちゃって、その先にある本体を燃やせばいいのよ!」

 炎球は勢いよく女にぶつかった、かと思えたが。
 炎球がぶつかると、女は空気に溶けるように消滅した。どう考えてもそのままやられたとは思えない消え方だ。
 アリアがその目に真剣な輝きを宿す。

「幻影魔法? 来なさいよ! あたしの炎で吹き飛ばしてあげるんだか――きゃあっ!」

 炎を放とうとしたその瞬間、アリアの足に土の兵隊の腕が絡みついた。

「姉貴ッ!」

 姉を助けるために走るヴェルゼの前に立ちふさがる土の兵隊。ヴェルゼの瞳がきらりと輝いた。
 斬撃。背負った鎌を振り抜いて、土の兵士をまっぷたつにする。疾走。ただ大切な人を救うために、必死で脚を動かして。跳躍。迫りくる土くれどもを追い越して、姉の元へ。大切な人が危機に陥った時、ヴェルゼの真価は発揮される。

「無事か」

 倒れていた姉に群がっていた土の兵隊どもを薙ぎ払い、姉を守るように立つ。うん、とアリアは頷いたが、難しい顔をしていた。どうした、と問うヴェルゼに、彼女は困ったような顔を向ける。

「魔法が……使えないの……」
「何ッ!?」

 女が、笑っていた。

「ただの土くれだと思ってくれるな。ヘイズ・ラグルーンの呪いのこもった土くれさ。触れた魔導士の魔力を吸い取るんだよこいつらは! 厄介な炎使いは潰したし? これでもう勝ち目はあるまい」

 だから土の兵隊はアリアを狙ったのだ。しかし炎使いを真っ先に潰したということは、相手は炎が苦手だということだ。何か利用できるものはないか。
 ヴェルゼの視界の端、デュナミスがソーティアと双頭の魔導士を守りながら戦っている。しかし身体全体が魔力で出来ているようなデュナミスに、魔力を吸い取る相手は天敵だ。早急に対処しないと、デュナミスが消滅しかねない。
 ヴェルゼとソーティアの目が合った。閃く。あれがあれば、魔力がなくたって魔法が使える。何度もヴェルゼたちを助けることとなった、あれがあれば。

「指輪を使え!」

 ヴェルゼの叫びに頷いたソーティア。ヴェルゼが渡したままだった赤い宝石のついた指輪をはめ、唱える。

「大地の底にある熱き炎よ! 理《ことわり》乱す者に鉄槌を!」

 赤い指輪が炎を上げて燃え上がる。ソーティアは歯を食い縛って、肌の焼かれる痛みに耐えた。
 次の瞬間。
 爆炎。指輪から放たれた炎が、悲鳴のような音を上げて土の兵隊たちに突き刺さる。悲鳴。土の兵隊たちが甲高い音を立てて崩れ落ちていく。蒸発。水分を奪われた土の兵隊たちは、ただの砂に戻る。ソーティアの鋭い瞳が、きっと女を睨みつけた。
 はははと女は笑っていた。

「魔道具か! 確かにそれなら魔力を吸われたって関係ないな! ならばこれはどうだ!」
「させるかよッ!」

 ヴェルゼは吼えた。
 疾走。大切な姉をその場に置いて、今はただ勝利のためにひた走る。女とソーティアの間に割って入り、構えた鎌に衝撃。金属音。最初に女の投げた金属片を、ヴェルゼの鎌が的確に弾く。女の顔が、初めて歪んだ。

「なぁ少年! あんたはさぁ、伝説がいつまでも生き続けることをどう思う! おかしいとは思わないか!」

 必死な声で叫ぶ女に、ヴェルゼはさらりと返す。

「思わないね。伝説は伝説なんだよ、好きに生きてりゃいいじゃないか。だが……」

 鎌を構え、死神の如き足取りで、一歩、一歩、近づいていく。

「――そのためだけに卑怯な手を使うのは間違いだと、オレは思うぜッ!」

 ぶんっと鎌を振り下ろす。振り下ろしたそれは女に刺さる直前で止まる。
 それでも、女は笑っていた。
 ヴェルゼはふんと鼻を鳴らす。

「ヘイズ・ラグルーンを操ったのはお前だろう。お前がセウンの町の、関係ない人々を殺したんだ。その罪は償ってもらおう」

 今度こそ、殺す気で鎌を構える。

「ルーリヤ・ケイト。名前だけは覚えておくぜ」

 次の瞬間。
 振り下ろされた鎌が、女の命を奪った。

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.29 )
日時: 2020/10/30 16:56
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: XsTmunS8)


 ふうっと大きく息をつき、ヴェルゼはその場に倒れ込む。これから東国呪物店に向かわなければならないというのに、身体はもう言うことを聞いてくれないらしい。

「ヴェルゼ!」

 そんなヴェルゼに真っ先に駆け寄ってくるのはアリア。彼女はいつもそうだった。ヴェルゼが怪我をするたびに、誰よりも先に駆け付けるのだ。その後ろから遠慮がちにソーティアが歩いてくる。そのさらに後ろを、実体化したデュナミスが意識を失った双頭の魔導士を背負ってきていた。
 心配げな姉に、笑い掛ける。

「疲れただけだ、気にするな……。少し休めば、また歩けるから。今日中に東国呪物店へ……着くぞ……」
「おやおや、私たちに何か御用かい?」

 と、不意に聞き慣れない声がした。
 音もなく現れたのは、謎の青年だった。円筒形で先が折れた形の見たこともない黒い帽子を被り、髪は黒、瞳は青。水色を基調とした、袖の長い独特な衣装を身に纏い、足にはサンダルのような謎の靴。彼が歩くとカランコロンと音がする。
 どこか異国の装いを感じさせる服を着た青年は、軽く礼をして、名乗った。その動きに合わせて、さらさらと石のこすれあうような音がした。

「やあ初めまして。私はアイカゼ。東国呪物店の一員さ? お店はこの近くにあるよ。君たち、運が良かったねぇ」

 悪戯っぽい笑みを浮かべ、彼はそっとヴェルゼに近づいた。

「君さえ良ければお店まで運んであげるけど?」

 動けないヴェルゼは、相手の申し出を受け入れることにした。

  ◇

 アイカゼに背負われて、店に入る。木造のその店は、異国情緒にあふれていた。
 美しい模様の描かれた陶磁器、黒一色で描かれた絵。木でできた器は黒く塗られ、金や紅の模様が輝く。
 ヤマトワ、という国がこの世界の東方にある。アイカゼの服やこの店の内装はどうも、ヤマトワのもののように見える。

「あーっ、アイカゼお帰りなさい! えっと……お客さんなのね。ようこそ、東国呪物店へ!」

 アイカゼが店に入るなりした、元気な声。黒髪の赤い瞳、赤い着物を身に纏った少女が笑っていた。

「みんなみんなボロボロねぇ。……大丈夫、傷は癒えるわすぐに早く! 私が言ったんだから間違いない!」

 元気よく笑う少女。
 アイカゼは少女に軽く挨拶をし、きょろきょろと店を眺めているアリアたちを見た。

「さて、落ち着ける部屋に行こう。話はそこで聞くよ。店のメンバーはあと四人いる。いずれは会えるだろうさ」

  ◇

 アイカゼに案内された部屋で、ヴェルゼは事の次第をかいつまんで話した。すべて聞き終わり、アイカゼは成程と頷いた。

「それでリンエイの出番ってわけ。確かにリンエイなら、解呪出来るかもねぇ……」

 アイカゼは窓から外を見た。夕焼けの赤い光が部屋の中を照らす。
 不意にアイカゼが立ちあがった。怪訝な目を向けたヴェルゼに、言う。

「帰ってきたよ。まったく、家の中でまで気配消す必要はないだろうに」

 迎えに行ってくるから少し待ってて、と言い残しアイカゼは消えた。
 それからしばらく。鈴のように澄み渡った声が、部屋の外から聞こえてきた。

「お客様はこちらに?」
「そうだよ。リンエイの力を借りたいってさ。疫病の呪いなんだって」

 澄み渡った声に応えるアイカゼの声。部屋の扉が開き、美しい女性が現れた。
 棒状の髪飾りを使って高く括った黒い髪、紫の瞳。真珠のような肌に熟れた林檎のように赤い唇。紫を基調とした袖の広い服の、胸の上辺りを赤い帯で縛っている。
 ヤマトワ……のものと似通ってはいるが、どこか違った雰囲気の衣装を身に纏う少女は、ヴェルゼたちに両の腕を組み袖の中に仕舞い礼をする、という独特の挨拶をした。

「初めまして、お客様。わたくしはコウ・リンエイ。解呪師にございます。アイカゼから話を聞きましたわ。呪いを掛けられているのは……この方でしょうか? 呪いを掛けた相手の名前はヘイズ・ラグルーン」

 彼女の視線の先には、眠ったまま動かない双子の姿がある。ああ、とヴェルゼは頷いた。

「頼まれ屋アリアの……依頼人だ。最終的に他の『店』を頼ることになってしまったのは面目ないが……」
「助けあうのが『店』ですわ。お気遣いなく」

 頷き、リンエイが双子に近づいた。絹のように白く美しい手が、双子の胸のあたりに触れた。
 成程、と彼女は頷く。彼女の瞳に、魔法素《マナ》によって織り成された複雑な世界が映る。
 しばらくして、彼女は双子の胸に置いた手を離した。少し疲れたような顔で、微笑む。

「終わりましたわ」

 アリアが素っ頓狂な声をあげた。

「そんなに早く終わるんだ!?」

 ええ、とリンエイは頷いた。

「わたくしが感じた時間は結構長いものですが、実際はこんなものです。こんな術式の解除なんてまだまだ序の口ですわ。ですから」

 リンエイはにっこりと笑った。

「お代は要りませんの。だって実際、大した手間ではなかったですもの。わたくしはこの辺りでは一番の解呪師という自負がある。もっと難しい呪いを解いたことだってありますし、それに比べれば……」

 そしてその時、眠ったままだった双子の目蓋が、同時に開いた。
 それを見てヴェルゼらは、依頼の完了を悟った。

「頼まれ屋アリア、依頼、完了しましたっ!」

 アリアがいつもの台詞を口にすると、目を覚ました双子が交互に言葉を発した。

「おはようなのじゃ」
「おはよう……。何だか良い気分だよ……」

 双つの頭はうーんと伸びをして、互いに顔を見合わせあって、笑った。
 ルーヴェが自分の胸に手を当てる。

「うん……もう大丈夫。眠くない……」
「ルーヴェさんの首にあった、魔力の痕跡も完全に消えています」

 ソーティアが安心させるように頷いた。
 紆余曲折あったけれど、これで問題は解決した。
 その先にあるのはお別れの時間だ。

「頼まれ屋アリアの皆よ」

 リーヴェが微笑みながら、呼び掛けた。

「このたびは非常に世話になった。我ら双頭の魔導士、その恩は決して忘れぬ。最初にお代は渡したが、これは感謝の気持ちじゃよ、受け取ってくれ」

 ひょいと何かを放り投げる。慌てて拾ったのはアリアだった。
 それは一枚のカードだった。魔法の紋様の刻まれた紙片だった。

「このカードに強く願えば、一回だけ、わしらはどんな状況にあっても必ず、おぬしらの元へやってくる。空間移動魔法を封じ込めた魔法の紙片じゃ。一回しか使えないがゆえ、使いどころは考えるのじゃぞ」

 伝説の魔導士の召喚券。それはたった一回きりだとしても、すごいことだ。
 アリアは受け取ったそれを、大事そうに懐に仕舞った。
 それを見て、双頭の魔導士は背を向ける。

「さらばじゃ、頼まれ屋の姉弟よ。今回の件、非常に助かった。おぬしらに幸せのあらんことを」

 一陣の風が吹いた後、もうそこに二人はいなかった。
 あっという間にいなくなった、伝説の魔導士。その別れは呆気なかった。

  ◇
 
 その後、アイカゼたちの好意でぼろぼろのアリアたちは店に一晩だけ泊めてもらうことになり、その翌日、礼を言って頼まれ屋アリアに帰った。ヤマトワでは自分たちの名前をこう書くんだよ、と、アイカゼは最後に名前の書かれた紙片をくれた。そこには

「藍風《あいかぜ》」「香《こう》鈴瑛《りんえい》」

 とあった。ヤマトワの文字である「カンジ」というものらしい。

「色々あったわねぇ」

 アリアの呟きに、ああとヴェルゼは頷いた。

「セウンの町に王都にカレッダに……。こんなに各地を移動した依頼は久し振りだよな」

 頼まれ屋アリアに転がり込んでくる依頼。その大半は、ひとつの町で完結してしまう依頼なのである。
 でも楽しかったんじゃない、とデュナミスが微笑む。

「伝説の魔導士にも出会えたし? 他の『店』の人たちとも知り合いになれたしね」
「わたし……活躍、出来ました」

 噛み締めるようにソーティアが言う。

「わたしだって戦えるんだって……。わたし、役立たずなんかじゃないんだって……」
「ソーティアはもっと自分に自信持ちなさいよ?」

 アリアがソーティアの髪をわしゃわしゃと撫でると、くすぐったそうにソーティアは笑った。
 ひとつの依頼を解決し、日常へと戻る。
 これから先も、また様々な依頼が来るのだろう。解決するのが困難な依頼だって、きっと来る。
 けれど、きっと解決できる。自分たちなら、このメンバーなら。
 穏やかな顔で、ヴェルゼは微笑んだ。
 そんな彼の無茶がたたって体調を崩し、またアリアに心配されることになろうとは、今の彼には分かっていない。

【双頭の魔導士 完】