複雑・ファジー小説
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.2 )
- 日時: 2020/08/28 09:57
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
【第一の依頼 パンドラの黒い箱】
◇
異世界“アンダルシア”。独特の魔法システムがあり、人間と神々が時に関わり、時に交わる、どこかにある世界。
その世界の片隅に、不思議な店がありました——。
『頼まれ屋アリア 開店中!
〜願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ〜』
木造の店の入り口には、そんな言葉の書かれた木の看板が下がっている。
木でできた扉を開ければ、赤髪の少女が、木造のカウンター越しに来訪者を迎えてくれるだろう。
今は、店が出来てから一年ほどになる。
◇
扉の開いた音とともに、カランコロン、ドアベルが鳴る。「頼まれ屋アリア」の非日常は、このドアベルの音から始まる。
「はーい、ようこそっ!」
ドアベルの音に来訪者ありと知った赤髪の少女——アリア・ティレイトは、元気よく返事をして扉を見た。彼女は自分の右後方のあたりで誰かが反応したような感覚を覚えたが気にしない。
「やぁ、こんにちは。ちょーっと頼みたいことがあって来たんだけれど……いいかな?」
穏やかな声とともに入ってきたのは、茶髪に青の瞳、くたびれた印象の茶色のコートを羽織り、膝下までの焦げ茶のロングブーツを履いた、旅人めいた青年。彼は肩に掛けていた鞄から何かを取り出し、カウンターの上に置いた。軽い音が鳴る。それは中にそこまで重いものが入っているわけではないような箱だった。色は漆黒で、幾重にも巻き付いた魔法の鎖で厳重に封じられている。
謎の箱を見せながらも、青年の唇が開く。
「あのね、この箱を、王都にあるアンダルシャ神殿へ持っていってほしいんだけれど、頼まれてくれるかい? ああ、お代は先に払うよ。ざっと五千ルーヴだ、悪い条件ではないだろう」
ちょっと待ってよ、とアリアはその目に警戒を浮かべた。
「運び屋としての仕事もやってるわ、引き受けるのもやぶさかじゃない。でも、聞きたいのよ。その箱の中にあるのは、一体なぁに?」
しかし彼女の問いに対し、青年は静かに頭を振る。
その口元に、謎めいた笑みが浮かんだ。
「生憎と、それを話すことはできないのさ。でもすごい秘宝だよ? ああ、君にひとつ忠告しておこう」
決してそれを開けてはいけないよ——と、囁くような音が洩れる。
「それはアンダルシャ神殿の祭壇まで持っていかねばならないものだ。それ以外の場所で迂闊に開けたら、絶対に良くないことが起こるだろう。それは幸運を約束するが、ルールを破ったらおしまいだ」
アリアは難しい顔をした。得体の知れない依頼を受けるか受けないか、心の中に迷いが生じた。しかしそこに青年が追い打ちをかける。
「受けなくていいのかな? 来訪者の依頼料が生活の糧となっている店で、この依頼を蹴っ飛ばしたら次に依頼が来るのはいつかな? その間はずっと貧乏生活だねぇ」
アリアは唇を噛み、観念したように頷いた。
「わかった、わかったわよ。依頼、受けるわ。じゃあお代を頂戴。あたし、まだあなたを信じてないから」
「警戒心が強いのは良いことだね」
笑って、青年は肩掛け鞄から布袋を取り出した。じゃらん、と金属の音のするそれを青年はカウンターの上に置く。「確かめてみたら」の言葉に、アリアは中身を覗き込んで金額を確認、頷いて袋を受け取り、いつもの宣言をした。
「頼まれ屋アリア、依頼、承りましたっ!」
「じゃあ頼むよ」
口元に謎めいた笑みを浮かべ、青年は店を出た。
カランコロン、見送りのドアベルが鳴って、やがてすべては静寂に包まれた。
その静寂の奥から、小さな物音を立てて黒髪の少年が現れる。
黒髪黒眼、黒のマントに黒のコート、マントの留め金は白い髑髏、黒のズボンに黒のブーツ。背に鈍色の大鎌を背負い、首から木で作られた素朴な笛を下げた少年は、アリアにその黒い眼を向けた。
「話は聞いたが……姉貴、面倒なことになったな」
「仕方ないじゃないヴェルゼ。要は開けずに王都のアンダルシャ神殿に届ければいいだけでしょ。簡単よこんなの」
彼女は黒の少年——二歳下の弟、ヴェルゼ・ティレイトの方を向いた。
「とりあえず、この箱はすごい秘宝だけれど良くないものなのかもってことはわかったわ。こんなものとはさっさとおさらばしてしまいたい。まだ陽は高いし、出掛けるのには悪くない日だわ。さっさと用意して行っちゃいましょ?」
「……わかった」
頷き、ヴェルゼは店の奥に消えた。アリアも店の二階に上がり、自分の鞄を用意し始める。
◇
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.3 )
- 日時: 2020/08/30 01:20
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: lh1rIb.b)
「よーっし、準備完了! そっちは?」「できた」
互いの用意ができたことを確認し、二人は一緒に店を出る。
店を出た際に、「開店中」の札をひっくり返して「閉店中」にして戸締りも済ませ、旅の用意は万端だ。アリアが例の漆黒の箱を布で丁寧に包み、懐に入れて鞄に仕舞った。
「王都までは何度も行ったことがあるし、届けるだけなら簡単よね」
「その間に何もなければよいがな……?」
姉の暢気さにヴェルゼは呆れた顔。
彼は何かあった時に備え、背負った鈍色の大鎌がしっかりとそこにあることを再確認した。
王都へ続く街道は、大きなアイルベリア川の近くを通る。川はつい最近まで大雨が降っていた影響でか、随分と水量が多くなっていた。
その傍を通っているとき、ヴェルゼは不意に何かを感じた。
「姉貴ッ!」
叫び、姉を突き飛ばす。瞬間、ヴェルゼの目の前に何かが迫ったが、反射的に振り抜いた大鎌で何とかそれを受ける。万全の態勢で受けたわけではないためにヴェルゼの腕が少し痺れたが、そのくらいならば立て直せる。
「ヴェルゼ……大丈夫!?」
「別に、この程度」
心配げに駆け寄ってきたアリアに、ヴェルゼは素っ気なく返す。
ヴェルゼは油断なく辺りを見回し、鋭い声を投げた。
「何者だ。そして何故襲撃を?」
「黒い箱。黒い箱を寄越せ」
声と同時、ヴェルゼの腕に衝撃が走る。目の前には黒づくめの謎の男たち。今度は読めていたために受けることができたが、ヴェルゼは受けるよりも避ける方が得意である。このまま受け続ければ身体が持たない、そう判断したとき炎が飛んだ。
「あたしの弟に手を出さないでよっ!」
アリアが怒りの声を上げ、生み出した炎を黒い人影に向かってぶつけていた。
「あたしは箱なんて渡さないわよ。依頼をしっかり果たしてこそ頼まれ屋、何が目的かはよくわからないけれど、あんたたちの自由にはさせないわ!」
叫び、アリアは心配げな目を弟に向ける。
「ヴェルゼ、下がってていいわ。ここはあたしが何とかするから」
「攻撃を二回受けただけで戦えなくなる男かオレは。大丈夫だ、まだ行けるさ」
「無理しないでね?」
「うるさい、オレは子供じゃないんだ。姉貴は過保護すぎるんだって……の!」
アリアに言葉を返しつつ、ヴェルゼは鈍色の大鎌を一人の黒づくめに向け、横に薙いだ。
当たった感触。黒づくめは後ろに吹っ飛ぶが、裂けた服の間から金属が見えた。一撃で倒せると思っていたが相手の方が一枚上手だった。思わずヴェルゼは舌打ちした。
「くそっ、鎖かたびらか? 周到な準備してやがる……!」
「それなりに訓練された襲撃者みたいね。それほどの人たちが狙うなんて……この箱の中身、本当に一体何なのかしらね?」
アリアも難しそうな顔をする。
「まぁでもともかく」
言って、彼女は自分の周囲に炎を纏った。
「要は、倒せばいいんでしょ! 箱の中身が何なのかは、目的地に着いたらわかるかも? まずは目の前の敵を打ち倒せ! 難しいことは考えない!」
纏った炎を黒服にぶつけた。襲撃者の纏った衣が炎に包まれ、たまらず何人かの襲撃者たちは濁流の川に身を投げた。
その様を見、ヴェルゼは呆れ声でアリアに言った。
「何だ、姉貴のほうが効いてるじゃないか」
「相性というのもあるわよね。でも、あたしはヴェルゼの物理攻撃だってすごいと思うのよ? 魔法特化のあたしには、あんたみたいに華麗に立ち回れないし」
「どうも」
ヴェルゼは素っ気なくお礼を言った、
瞬間。
「……ッ、姉貴——ッ!」
◇
アリアは、自分が大きく突き飛ばされたのを感じた。
何があったの、そう思って咄嗟にそちらを見上げれば、不意を打って飛来した襲撃者の剣を、ヴェルゼが大鎌で防いでいるところだった。彼のすぐ後ろには濁流の川があった。
ヴェルゼは襲撃者の攻撃を防ぎ切ったが、バランスを取るために後ろに一歩踏み出そうとした右足は、空を掻いていた。陸の端に辛うじて踏みとどまっていた彼だがうまく地面を踏めなかったがためにバランスが崩れ、真っ逆さまに川に向かって落ちていく。
「ヴェルゼ————!」
アリアの悲痛な叫びがこだまする。アリアは地面につかまりながら川を覗き込んだ。するとヴェルゼはいつもみたいに口元に皮肉な笑みを浮かべ、大丈夫だ、と言い残して川の中に飲み込まれた。ちらり、視線を上げれば。その隙に逃げだしていく襲撃者の背中が見えた。
アリアは頭を抱えた。
「ヴェルゼ、ヴェルゼ、あたしの弟! ああっ、もう、どうしてなの。どうしていなくなっちゃうのよっ!」
彼女はすぐにヴェルゼを追おうと考えたが、依頼の箱が手元にある。そのため追いたい気持ちを何とか抑え、思い留まった。それは開けてはいけない箱だ。もしも川に飛び込んで、濁流にのまれている間に箱が開いてしまったら大変である。
けれど、と彼女の中の過保護な自分が叫ぶ。ここで大切な弟を見捨てたら、もう二度と会えなくなるのではないか。そう思ったら怖くなった。
昔、ヴェルゼが出掛けたっきり、長い間帰ってこなかったことがあった。アリアは心配してひたすらにヴェルゼを捜し回ったが、それでも見つかることはなく。いなくなってから二ヶ月が過ぎた頃にようやく戻ってきたが、満身創痍になっており、その背後には灰色の霊がついていた。そう——ヴェルゼがデュナミスと出会うことになった事件だ。その時ヴェルゼは「安心して待ってろ」などと言いつつも、長い間帰ってこなかったのだ。そんな事件を経験し、ヴェルゼのいない時を過ごし、アリアはこの弟を失うことが怖くなった。彼は彼女の唯一の家族なのだから。過保護になるのも当然なのだ。
「あの子を失うくらいなら……依頼なんて、どうだっていいよね」
アリアの瞳が揺れる。そうだ、あの子を救うことが何よりも優先だ。そのためならば、たとえこの箱が開いてしまったって関係ない。
そう思い、川に飛び込もうとした時だった。
その状態で再会したヴェルゼの顔を想像し、アリアは固まった。
そうだ、ヴェルゼはこんなこと望んではいない。自分のために誰かの目的を捻じ曲げることなど望まない。あの日も最終的には帰ってきたのだ、次は戻ってこないなんて単なる思い込み、そのために依頼をふいにしたと知ったらヴェルゼは激怒するだろう。『見失うんじゃない』きっと、そう言うはずだ。
それに。
「……あたし、泳げないのよね」
だから彼女が川に飛び込んだって、リスクの方が大きいのである。ここは冷静に、冷静に。気持ちを落ち着けて慎重に陸路を進むしかない。ヴェルゼならば、圧倒的にリスクが高く、リターンの少ないことはしない。現実的なあの子なら。
彼女は混乱していた。いつもならそんな状態の彼女を支え、冷静に状況分析をしてくれるヴェルゼが今はいない。
アリアはぎゅっと歯を噛み締めて、しっかりしないとと自分に言い聞かせた。
「……大丈夫、死んだって決まったわけじゃない。あたしはあたしにできることを、しないと」
小首を傾げて少し考えるような仕草をした後、うんと頷いて呟いた。
「まずは王都を目指すわよ。最終目的地ならそこだし、きっとヴェルゼもそこを目指すよね」
目的地を改めて定めて、彼女は歩き出す。
心の中で、弟が生きていることを願った。
(ヴェルゼ、あたし、信じてるから——!)
◇
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.4 )
- 日時: 2020/09/01 11:00
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
「……ッ、とんだ目に遭ったな」
何とか岸にたどり着きながらも、ヴェルゼは荒い息を吐いた。飲み込んだ水を吐き出し、ふらふらと地面に座り込む。そんな彼の背後から、ふわり、灰色の何かが現れた。それは穏やかな声をかける。
「ヴェルゼ、結構消耗したんだから無理しないほうが良いよ」
「余計なお世話だ」
「僕は君のことを気遣ってるのになぁ」
「……悪い」
灰色の何かは淡く透き通った人間の姿をしていた。灰色の髪に灰色の瞳、身に纏うは灰色の衣装。何もかも灰色の彼の名をデュナミス・アルカイオンと言った。数年前、ヴェルゼに救われて共に旅をするうちに大親友になり、旅の果てでヴェルゼを庇って命を落とした、元天才死霊術師の亡霊だ。彼は自身が死んだあと、ヴェルゼの願いと自分の最後の力により起こった奇跡によって霊体として甦り、二人一緒に戦って最大の敵を倒した。以来、霊体のデュナミスはいつもヴェルゼの傍にいる。
「デュナミス、落ち着いたら王都に向かうことにするぜ。今更あの岸には戻れないし、姉貴もきっと、王都を目指しているだろうから。で、無事を伝えなくちゃな……」
言って、ヴェルゼは首から下げていた笛をそっと口元に当てた。
彼は笛作りの町エルナス出身だ。そこでは笛の演奏も盛んであり、笛を極めた者は「笛言葉」という特殊なメロディーを奏でることができる。笛言葉は言葉を笛の音色に置き換えたもので、分かる人にはその演奏が、しっかりとしたメッセージに聞こえる。ただし「笛言葉」の演奏には相当な技術が必要で、現に「笛言葉」を聞き取ることができる者が多くても、奏でられる者は非常に少ない。
ヴェルゼはそんな数少ない、笛言葉の奏者の一人であった。
そして彼の持つ笛、エルナス特産のエルナスの笛もまた特殊な力を持っており、その特性としては「音色を伝えたい相手にだけその音色を届けられる」「いかなる距離をも無視し、たとえ相手が冥界にいたとしても伝えられる」というものがある。
その笛の特性と、ヴェルゼの操れる「笛言葉」が合わされば?
届かせたい相手にだけ、確実にメッセージを送ることができるようになるのだ。
ヴェルゼはアリアを思い浮かべ、笛に息を吹き込んだ。慣れた手つきで指がおどる。彼は明らかに笛を奏でているように見えるのに、周囲にその音が聞こえない。「伝えたい相手限定でその音色を届ける」エルナスの笛の特性だ。その指はまるでそれ自体が意思を持っているかのように動き、常人では真似できない技だとわかる。
《——こちらは無事。そっちも無事か? 無茶な行動しているんじゃないよな? オレがいないと姉貴は不安定になるから心配なんだが……。オレたちは王都に向かうから、そちらも王都を目指してほしい。集合場所は宿屋『アンダルシャの虹』だ。箱はそちらにあるな? ならば絶対に開けるなよ。そちらからも何か伝えたいことがあったら伝えてほしい。姉貴の笛言葉は下手くそだが、少なくとも付き合いの長いオレにならわかる》
そんなメッセージを笛言葉に乗せて奏でる。
——届け。
◇
王都に向かう道すがら、アリアは聞き慣れた笛の音を聞いた。
いつもの音、ヴェルゼの笛だ。ならば伝えられているこれは笛言葉だろうと察し、ヴェルゼが無事なことに安堵しながらも集中して耳を傾ける。
聞こえてきた音を頭の中で言葉に変換する作業。ヴェルゼはこれをごく自然にやってのけるらしいが、アリアは必死で集中して変換するのがやっとである。何かをしながらできるようなことでもないため、アリアは王都へ向かう足をいったん止めて、街道から少し離れた木陰に来て、そこでその音を変換していった。
そこそこ長いメッセージ。要点だけはとりあえず理解し、届いたことを伝えるために自分の笛を取り出して息を吹き込む。彼女の笛の腕は下手くそでヴェルゼほど綺麗には奏でられないが、長い付き合いの彼にならば、いくら拙くても音は通じる。それをわかっているから奏でた。彼女の細い指が、不器用に笛の穴の上を踊る。
《——わかった。ヴェルゼぶじ。おうとをめざす。しゅうごうばしょは、アンダルシャのにじ。はこはぜったいにあけちゃだめ。
あたしもぶじ。もんだいない。おうとであおうね。おうとついたられんらくしてね。あたしもするから。れんらくありがとう》
拙い音を弟に届け、小さく息をつき、呟く。
「王都に行けば再会できる……。なら、さっさと行かないと!」
相手が無事だと分かったから、その足取りは軽い。
◇
「よっし、もうすぐね!」
歩き続けてどれくらい経っただろう。
日が暮れてきた時間帯、アリアは遠くに王都の影を見た。
世界で一番魔法の栄える国、アンディルーヴ魔導王国。その王都ともなれば、夜でも魔法の光によって、昼のように明るいのも当然だ。世界広しといえど、夜でもここまで明るいのはここぐらいのものであろう。炎の魔導士と光の魔導士が協力して生み出した魔法の灯りは、この王国の、もっとも有名な発明品だ。
「うーん、呆気なく辿り着きそうだけど……襲撃が一回だけっていうのも何だか変よねぇ。いや、ないに越したことはないんだけど、さぁ……」
巨大な王都の影が見えたからって、すぐに辿り着けるわけがない。歩きながらもアリアは様々な可能性を考える。
「まぁ、気にしてたって何も進まないわよね! もうヴェルゼは着いたかしら? いや、連絡来てないしあたしが先かぁ。まぁ気長に待——」
呟いた、瞬間。
感じた、頭に強い衝撃。何かが奪われたような感触。仕舞っていた箱が、消え失せる。
「え……?」
戸惑いと共に、アリアの意識は落ちる。
◇
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.5 )
- 日時: 2020/09/09 09:43
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
アリアの返答を聴きつつ、ヴェルゼは亡霊デュナミスと共に王都を目指す。川に流された分、こちらは王都から遠い位置にいる。
「……距離があるから、姉貴を待たせることになるなこれ」
「仕方ないさ。……ま、あの子一人で大丈夫か、不安がなくはないけれど」
ヴェルゼの言葉にデュナミスが返した。
その時、
「——ヴェルゼッ!」
緊迫した声、感じた衝撃。自分のすぐそばを通り過ぎた刃。
刃は霊体のデュナミスを切り裂いたが、霊であるデュナミスに一切の被害はない。
デュナミスは咄嗟に自分の身体に実体を与え、ヴェルゼを突き飛ばした後でそれを消した。そこまでに掛かった時間はほんの刹那。そしてデュナミスはあくまでも冷静に、
「うーん、死なないと分かっていても自分の身体を刃が通り抜けるのは変な感じがして嫌だなぁ」
などと呟いている。
ヴェルゼは改めて、この大親友の強さに驚いた。
「大丈夫かい、ヴェルゼ?」
笑うデュナミスに「問題ない」と返し、背負った大鎌を抜き放つ。すっと目を細め、襲撃者を睨みつけた。
「何が目的だ!」
「箱を」
襲ってきた謎の男はそう、短く告げる。漆黒の服を身に纏い、漆黒のフードを被った男だ。フードの奥の顔はうかがい知れないが、声はどこまでも淡々としていた。
男の言葉を聞いたヴェルゼの顔に冷笑が浮かぶ。
「ハッ、そんなの手元にないぜ。川に落ちたときに流されてしまったよ」
「……嘘をついても無駄だ」
低い声で呟いた黒い男。容赦のない刃の連撃がヴェルゼを襲う。
ヴェルゼは相手が両手に刃を持っていることに気が付いて軽く舌打ちした。
「チッ、双剣かよ! 厄介な武器……使いやがって!」
ヴェルゼは大鎌で戦うが、大鎌はリーチが長い分細かい動きに対応しづらい。対し、襲撃者の双剣はリーチが短いが素早い動きが可能なため、相手の懐に入ってさえしまえば圧倒的優位に立てる。しかも今回の襲撃は不意打ちだった。ヴェルゼは防戦に追われ、自分の間合を取る暇などなかった。
必死で襲撃者の刃を受け、反撃しようとヴェルゼは試みたが、瞬く間にその身体に無数の傷が刻まれる。切り裂かれた黒衣から赤く血が滲み、黒の衣を黒褐色に染め上げた。
「……僕の大親友に好き放題やってくれるじゃないか」
その瞳に静かな怒りを込めてデュナミスが特殊な力を使い襲撃者を攻撃しようとした刹那、襲撃者はデュナミスに向かって何かを投げつけた。それは——
「護符!?」
それをぶつけられたデュナミスの身体が動かなくなる。デュナミスは驚きの目でそれを見ていた。
亡霊とは、本来ならば冥界へ行くべきだった魂が無理やり地上界に繋ぎ止められた存在、つまり地上界に留まる異常な存在だ。それらに気づいた地上界のシステムは排除しようと動く。この護符はそういった「地上界の防衛システム」を一時的に強化する機能の付いたもので、弱い亡霊ならばそのまま冥界送り、強い亡霊もその動きを強制的に止められるという効果のある使い捨てのアイテムだ。
「……ごめん。何とかしてこれの効果を解く……けど、今は助けに入れそうにないね! 敵も用意周到だよ! 悪いけど……しばらくは一人で、頑張って」
苦しそうな声でデュナミスは答える。
ヴェルゼは頷き相手に向き合うが、傷は増えるばかりで有効な手が浮かばない。
その時、ヴェルゼの脳裏をよぎった思考。
「——姉貴、は?」
今、ヴェルゼたちは危機にある。だが戦慣れしたヴェルゼですらもこの有様、王都に向かったアリアももし、似たような襲撃を受けているのだとすれば。
ヴェルゼの呟きに襲撃者は答える。
「ああ、今頃王都で我々の仲間と戯れていることだろう。安心せよ、ひどい目に遭わせることはない。が、抵抗されたらそれなりの対応はする」
「……貴様ァッ!」
その言葉を聞き、ヴェルゼの内側に爆発するような怒りが沸き上がってきた。それは自分が傷を負っていることすらも忘れさせるほどの激しい怒りだった。
ヴェルゼは自分を大切にしない。ヴェルゼの死霊術は彼の命を削り、彼はそのために長くは生きられない。それが運命だと彼は半ば諦めている。しかし彼の姉アリアは違う、彼女にはまだ無限の可能性があるのだ。それに彼女はヴェルゼの唯一の肉親、最も大切な人だった。だからこそ。
「……姉貴に手を出したこと、地獄の底で後悔してろ」
身に纏う雰囲気ががらりと変わる。彼の発した魔力の波動が、デュナミスを縛る護符を打ち砕いた。
彼の全身の傷口から血が噴き出す。このままだと貧血で倒れてしまう可能性があるが、彼の第二の固有魔法、血の魔術は術の使用者の血液を媒介として発動するために今の状態は都合がよい。
「デュナミス、力を貸してくれるか?」
ヴェルゼの問いに、「当然」とデュナミスは返す。
互いの状態は完調ではないが、二人で一人のヴェルゼ・ティレイトだ、二人が力を合わせれば。
デュナミスの亡霊がそっとヴェルゼに触れた。そこから感じた温かい魔力を受け取り、ヴェルゼは魔法を発動させる。
「血の呪い《ブラッディ・カース》——血色の縛鎖《ブラッディ・バインド》」
唱えられた言葉。
次の瞬間、ヴェルゼから流れ落ちた血液が生き物のように動き出し、深紅の帯となって襲撃者に絡みついて動きを封じた。
「な……ッ!」
「それだけじゃ……ないぜ」
驚く襲撃者に対し、ヴェルゼは不敵に笑う。
襲撃者に纏わりついた、ヴェルゼの血から成る深紅の鎖。それは相手に絡みつくと身体に吸い付いて、その身をヒルのように膨らませたりへこませたりした。それに伴い襲撃者の顔が少しずつ青ざめていく。
その鎖は、襲撃者の体力を吸っていたのだった。
そして鎖の繋がっているヴェルゼの方は、少しずつ顔色が回復しているようだった。
「血の魔導士は希少だからな。それに呪われた職業でもあるが普段は名乗っていないが……お生憎。並の魔導士じゃないということはわかったろう。わかったのならばさっさと退け」
ヴェルゼはそう、言葉を掛けたが。
男は首を振り、縛られた状態でヴェルゼに向かってこようとした。
「選択は、それか。覚悟はいいな?」
鼻を鳴らし、自身の血で作られた鎖を動かす。それは襲撃者の首を締めあげた。男は息を詰まらせ顔を青くしたがもう遅い、処刑は執行されたのだ。ヴェルゼの血の鎖は数分後にその命を奪った。
ヴェルゼは全身から血を流し、荒い息をつきながらも鎖を振った。するとそれは血煙となって空に赤い軌跡を残して消え去った。その後に鎌を降って血を落とし、背中の定位置に戻す。そのままくずおれそうになったが意志の力で踏みとどまり、よろよろと一歩、また一歩と歩き出す。
「……行く、ぜ」
倒れるわけにはいかなかった。少なくとも、姉の無事を確認するまでは。
そんなヴェルゼに寄り添うように、灰色のデュナミスが浮かんでいた。
「僕が力を貸すけれど、無理は禁物だからね。相手の力を奪ったって、見知らぬ襲撃者の力じゃうまく身体に馴染まないだろう」
「わかっている、が……王都まであと少し、だ。強行軍だ、このまま……行く!」
背負った大鎌を再び取り出し、それを支えにしながらも歩き出すヴェルゼ。
その漆黒の瞳には、強い意志の炎があった。
◇
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.6 )
- 日時: 2020/09/11 09:19
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
王都を間近に望む丘。その上で、ヴェルゼは見慣れた赤い髪を見た。
倒れている彼女の姿を見、ヴェルゼの顔が青ざめる。生きているのか、死んでいるのか。ようやく再会できたが彼女は果たして無事なのか? 最悪の予感が彼の脳裏をかすめる。
彼は怪我も忘れて彼女を抱え上げ、必死で揺さぶった。その隣でデュナミスが冷静に呼吸の動きを見、ヴェルゼの視界の端で、丸を作った。大丈夫というサインだろう。ヴェルゼは安堵の息をついた。そのまま姉を揺すり起こそうとする。
「姉貴、起きろ! 一体何があった? あの襲撃者の一団か? 目を覚ませッ!」
ヴェルゼの呼び掛けに、アリアの瞼が震え始めた。ルビーのような瞳が瞼の下から現れる。焦点の合わない瞳が覗き込むヴェルゼの上で揺れた。
「ん……あた、し……——ああっ、そうだっ!」
そして全てを思い出したらしい、アリアはがばっと飛び起きる。勢いあまってヴェルゼの額とアリアの額が衝突し、二人はそろって痛みのあまり涙目になってそっぽを向いた。その様子があまりにもそっくり且つ予想通りだったので、デュナミスは思わず噴き出した。ヴェルゼが大きく溜め息をつき、アリアがごめんと謝るのもまぁ、いつも通りの光景である。
「落ち着け。冷静に状況説明を頼む。いいか、落ち着けよ姉貴?」
ヴェルゼの言葉に頷き、深呼吸してからアリアは話し始める。
「んーとね、ヴェルゼが川に落ちちゃってから、あたしはヴェルゼを心配してたんだけど諦めて王都に向かうことにしたの。連絡を取り合ったのはヴェルゼもわかるはず。あたしはスムーズにこの丘までたどり着いたんだけど、そこで多分……頭、殴られたんだと思う。不意に頭に衝撃が来て、大事にしてた箱を奪われて、そのまま意識を失っちゃったの」
アリアの手が無意識のうちに頭を何度も撫でていた。そこを殴られたのだろう、そこから軽く出血していた。
「……そうか。状況は理解、した」
ヴェルゼの顔には強い怒りが浮かんでいる。普段クールな彼からは考えられもしない表情だ。
「誰だか知らないが、姉貴を害した罰は必ず受けてもらおう。とりあえず王都の門、へ……」
言い掛けて、不意にヴェルゼの全身から力が抜けた。
「…………あ、れ?」
膝をつき、そのまま地面に倒れる漆黒の姿。アリアが悲鳴を上げた。
「ヴェルゼ!?」
「無理しすぎたんだろう。箱の捜索は後にして、とりあえずは休まなくっちゃ」
そう、デュナミスが冷静に解説を入れた。アリアが叫ぶ。
「もうっ! 人の心配する暇があるなら自分の心配をしなさいよこの馬鹿っ! あたしがどれだけ——」
それらの言葉を聞きながらも、ヴェルゼの意識は落ちていった。
アリアと再会できて、安心したせいなのだろう。
◇
ヴェルゼを背負って王都の門をくぐる。
王都の門番は怪我人を背負ったアリアを見るなり咎めるような眼差しを向けた。その後ろで「やあ」とデュナミスが挨拶すると門番は驚いたような顔をしたが、首を振って立ち塞がる。
デュナミスは少し考え、一度姿を透明にしてから門番の背後に現れて「ばあ」と声を掛ける。いきなり背後に現れた影に震え上がった門番はそのまま彼を通してしまった。
「とんでもないものを見たぞ……。おお、光の神アンダルシャよ! 我を救いたまえ……!」
祈るような声が聞こえ、魔除けの仕草をする門番。デュナミスはおかしそうにくすくすと笑った。
ヴェルゼの治療をするために、とりあえず宿を探すアリア。そんなアリアを眺めながらも、デュナミスが提案をする。
「僕が箱の行方を捜しておくよ。その間にそっちが休んでいたら効率が良い」
そうね、とアリアは頷いた。
「ヴェルゼのことも心配だけど! 箱の行方も気になっていたし! お願い、できるかしら?」
喜んで、とデュナミスは頷いた。その灰色の姿が薄くなっていき、背景と同化した。
おどけた声だけが何もないところから聞こえてくる。
「デュナミス・アルカイオン、依頼、承りましたっと」
アリアがいつも依頼を受けるときに言う決め口上を真似して、デュナミスの気配は消え去った。
さて、とアリアはぐるりと辺りを見回した。
「……そうだ、最初に約束した『アンダルシャの虹』にしよう」
その宿は何度も利用したことのある場所だから、きっとすぐに見つかるだろう。
◇
宿に辿り着いて指定された部屋に向かい、ようやく一息つく。
アリアは顔見知りの若女将に心の中で謝りながら、血まみれのヴェルゼをベッドに乗せて、黒衣をはだけて傷を見た。
刻まれた無数の傷。特にひどいのは右腕の傷で、そこからはまだ出血していた。アリアは緊急時に備えて持っている包帯を出すと、右上腕部にきつく巻いた。他の場所はもう出血は止まっているようだが、血を失いすぎたためかヴェルゼの顔は青い。
アリアは救急箱から様々な道具を取り出して、慣れた手つきで治療を施した。血まみれの服は後で洗うことにして、女将に頼んで男物の服を貸してもらい、ヴェルゼの身体を拭いてやってからそれを着せた。いつもヴェルゼが怪我ばかりするから、アリアは近所の治療師に頼み込んで怪我の治療の方法を教わっていたのだ。
やがて治療が終わり、アリアはほうっと息をつく。そしてようやく自分も頭を強く殴られた傷があったのを思い出し、手探りで不器用に治療をした。
「ふぅ、色々あった一日だったわ。ったく、ヴェルゼも無理しすぎなのよ。あたしを心配させないで」
包帯だらけの弟に文句を並べていると、その目がふっと開いて焦点を結んだ。
「……姉、貴」
「はーい、お喋り厳禁、怪我人はゆっくり休んでなさーい!」
喋ろうとするヴェルゼの額を、アリアは軽く小突いた。
それでもヴェルゼは言葉を紡ぐ。アリアが自分に巻いた包帯に気づいたようだ。
「姉貴だって、怪我……」
ああ、これ? とアリアは何でもないことのように頭を振り、直後、痛みに顔をしかめて苦い顔をする。そんなアリアを見、かすれた声でヴェルゼは呟く。
「無理するなって……こっちの台詞だっての」
「怪我の程度が違うのよ。あたしのは全然大したことじゃ……」
首を振るアリアにヴェルゼの追撃。
「頭の怪我……甘く見ると、危険だぜ……?」
むぅ、とアリアは頬を膨らませた。
「そっちの方が断然ひどいから! とりあえず治療はしたし寝ときなさい! 子供はもう寝る時間よ!」
「誰が子供だ……。姉貴の方がもっとずっと危なっかしいっての……」
「なんだとぉ?」
「……二人ともそろって、何やってんだい」
不意に二人の間を割った声。
「デュナミス!」
声のした方。灰色の亡霊が、壁から滲むように現れた。
彼はすっかり呆れ顔である。
「情報は無事集まったよ。で、その報告をしようと来てみたら……なに喧嘩してんの君たち」
アリアは必死で弁解しようとした。
「違うの! ヴェルゼが無理しようとするから!」
「はい喧嘩両成敗。二人とも意地っ張りすぎるよ。僕からすればどちらとも重傷だから、さっさと寝なさい。僕だって少し無理すれば実体化できるし、こうなったら僕が頑張るしかないよね。二人ともさ、お互いを気遣うあまり本当に大事なことが見えなくなってないかい?」
「…………」
デュナミスの言葉があまりに正論だったため、姉弟ともに黙り込んでしまった。
互いを気遣うあまり何も見えなくなっている、それは確かにそうかもとアリアは思った。
アリアは頷き、部屋にもう一つあったベッドにもぐりこんだ。
「じゃあ、後のこと……頼む、ね。あははー、あたしも無理してたかも知れないわ。人のこと言えないわね」
「デュナミス……お前も、無理しすぎるなよ」
「お気遣いなく。幽霊ですから」
ヴェルゼの言葉に、デュナミスは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「じゃあさ、ゆっくりとお休み……。みんな寝るまで僕はここにいるから。お腹すいたら僕に言って。厨房から何か頼んで持ってくるよ」
デュナミスの温かい言葉に礼を言って、姉弟は眠りについた。
◇
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.7 )
- 日時: 2020/09/13 10:56
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: loE3TkwF)
翌朝。
カーテンが開けられて明るい朝の光が差し込んだ。朝の光に目が覚めたアリアは大きく伸びをして身を起こす。自分の傷はまだ治り切ってはいないが、昨日よりはましだと判断、隣のヴェルゼの様子を見に行く。
「おはよう、アリア」
デュナミスがそんな彼女に声を掛けると、おはようと元気よくアリアは返した。
「デュナミス、昨日はありがとうね! お陰でぐっすり眠れたわ。ところでデュナミスは眠らないの?」
「死者である僕には睡眠なんて必要ないんだよ。これくらい問題ないさ。アリアは優しいんだねぇ」
「そっか、良かったわ!」
頷き、アリアはヴェルゼのベッドを覗き込む。ヴェルゼの瞼が開き、朝の光のまぶしさに何度も瞬きした。
「おっはよー、ヴェルゼ! 調子どう? 元気?」
「…………姉貴、わかったからそこを退いてくれないと身を起こせないのだが」
「えっ、あっ、ごめんっ!」
アリアは自分が丁度ヴェルゼの身体の上に身を乗り出していたことに気づき、引っ込んだ。
「その様子なら姉貴も元気そうだな。オレも完調とは言えないが大分楽になった。これなら箱を奪った奴らとも戦えるだろう。それに今は二人揃ってるしな」
呆れたように言いつつも身を起こし、デュナミスに気づいて礼を言う。
「昨日は、済まなかった」
「謝る必要なんてどこにあるんだい? 僕らは大親友、だろ?」
そんなヴェルゼの謝罪を、明るく笑ってデュナミスは退けた。
さて、と彼は真剣な表情になる。
「箱を奪った襲撃者は、厳重に封印された箱を開ける方法を探していたみたいだ。幸いにもまだ開けられていないけれど油断は禁物だ。こっちがうかうかしてるうちに、奴らは解除の方法を発見するかもしれない。場所は王都のスラム街の廃墟。ちょっとわかりにくいところに集まっていたから僕が案内する。奴らは箱を開けるまでそこに留まっているつもりなんじゃないかな」
「わかったわ」
「了解した」
デュナミスの言葉に姉弟は頷く。
「じゃあ行くわよ!」
早速、と言わんばかりのアリアに、
「……何も食べずに行くつもりか。腹が減っては戦はできぬというだろう」
呆れたようにヴェルゼが突っ込むのは、もはや恒例行事である。
◇
宿の料理でお腹を満たし、宿の女将に代金を払う。
ふよふよ宙を浮かぶデュナミスについていって王都の道を進む。しかしデュナミスは浮かびながらも、左足を引きずっているようにも見える。それに気が付いたアリアは問うた。
「デュナミス、左足、どうしたの?」
「ん? ……ああ、癖になっちゃっているんだねぇ」
気付き、デュナミスは苦笑いを浮かべた。
「生きていた頃、左足に大怪我を負ってそれ以来引き摺るようになったんだよ。今のこれは……無意識のうちに出ちゃったけど、その頃の名残、かな」
死んじゃった今はもう関係ないんだけどね、と少し悲しそうな顔になった。
デュナミスは足を引き摺りながらも宙を歩く。その様は死んでいるのに生きていた頃の思いに取りつかれたままのようにも見えて、悲しげだった。
やがて。
「ここだよ」
複雑な道をいくつも抜けて、アリアには帰り道が分からなくなった頃、デュナミスがそっとある場所を示した。それは薄汚れた石と金属で作られた廃墟で、建物の周囲にもごみがたくさん捨てられていて悪臭を放ち、人が寄りつくようなところにも見えない。壁の一部にも穴が開き、場所によっては窓硝子が割れて破片が地面に散乱している。
アリアは思わず鼻と口を覆った。
「きらびやかな王都に、こんな場所があるなんて……」
「光の裏には影がある、当然だろ姉貴。こういった影が、忌むべき一面があるからこそ、王都はあんなにも輝いていられるんだ。影無き光など存在しない。摂理だろう?」
ヴェルゼがそういった光景から目を背けることをせず、淡々と言葉を発した。
さて、と彼はデュナミスを見た。
「案内ありがとな。さっさと行かないと手遅れになる。——行くぜ」
彼の言葉に頷いて、二人と一体は廃墟の中へ、侵入する。
◇
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.8 )
- 日時: 2020/09/15 08:53
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
翌朝。
カーテンが開けられて明るい朝の光が差し込んだ。朝の光に目が覚めたアリアは大きく伸びをして身を起こす。自分の傷はまだ治り切ってはいないが、昨日よりはましだと判断、隣のヴェルゼの様子を見に行く。
「おはよう、アリア」
デュナミスがそんな彼女に声を掛けると、おはようと元気よくアリアは返した。「デュナミス、昨日はありがとうね! お陰でぐっすり眠れたわ。ところでデュナミスは眠らないの?」
「死者である僕には睡眠なんて必要ないんだよ。これくらい問題ないさ。アリアは優しいんだねぇ」
「そっか、良かったわ!」
頷き、アリアはヴェルゼのベッドを覗き込む。ヴェルゼの瞼が開き、朝の光のまぶしさに何度も瞬きした。
「おっはよー、ヴェルゼ! 調子どう? 元気?」
「…………姉貴、わかったからそこを退いてくれないと身を起こせないのだが」
「えっ、あっ、ごめんっ!」
アリアは自分が丁度ヴェルゼの身体の上に身を乗り出していたことに気づき、引っ込んだ。
「その様子なら姉貴も元気そうだな。オレも完調とは言えないが大分楽になった。これなら箱を奪った奴らとも戦えるだろう。それに今は二人揃ってるしな」
呆れたように言いつつも身を起こし、デュナミスに気づいて礼を言う。
「昨日は、済まなかった」
「謝る必要なんてどこにあるんだい? 僕らは大親友、だろ?」
そんなヴェルゼの謝罪を、明るく笑ってデュナミスは退けた。
さて、と彼は真剣な表情になる。
「箱を奪った襲撃者は、厳重に封印された箱を開ける方法を探していたみたいだ。幸いにもまだ開けられていないけれど油断は禁物だ。こっちがうかうかしてるうちに、奴らは解除の方法を発見するかもしれない。場所は王都のスラム街の廃墟。ちょっとわかりにくいところに集まっていたから僕が案内する。奴らは箱を開けるまでそこに留まっているつもりなんじゃないかな」
「わかったわ」
「了解した」
デュナミスの言葉に姉弟は頷く。
「じゃあ行くわよ!」
早速、と言わんばかりのアリアに、
「……何も食べずに行くつもりか。腹が減っては戦はできぬというだろう」
呆れたようにヴェルゼが突っ込むのは、もはや恒例行事である。
◇
宿の料理でお腹を満たし、宿の女将に代金を払う。
ふよふよ宙を浮かぶデュナミスについていって王都の道を進む。しかしデュナミスは浮かびながらも、左足を引きずっているようにも見える。それに気が付いたアリアは問うた。
「デュナミス、左足、どうしたの?」
「ん? ……ああ、癖になっちゃっているんだねぇ」
気付き、デュナミスは苦笑いを浮かべた。
「生きていた頃、左足に大怪我を負ってそれ以来引き摺るようになったんだよ。今のこれは……無意識のうちに出ちゃったけど、その頃の名残、かな」
死んじゃった今はもう関係ないんだけどね、と少し悲しそうな顔になった。
デュナミスは足を引き摺りながらも宙を歩く。その様は死んでいるのに生きていた頃の思いに取りつかれたままのようにも見えて、悲しげだった。
やがて。
「ここだよ」
複雑な道をいくつも抜けて、アリアには帰り道が分からなくなった頃、デュナミスがそっとある場所を示した。それは薄汚れた石と金属で作られた廃墟で、建物の周囲にもごみがたくさん捨てられていて悪臭を放ち、人が寄りつくようなところにも見えない。壁の一部にも穴が開き、場所によっては窓硝子が割れて破片が地面に散乱している。
アリアは思わず鼻と口を覆った。
「きらびやかな王都に、こんな場所があるなんて……」
「光の裏には影がある、当然だろ姉貴。こういった影が、忌むべき一面があるからこそ、王都はあんなにも輝いていられるんだ。影無き光など存在しない。摂理だろう?」
ヴェルゼがそういった光景から目を背けることをせず、淡々と言葉を発した。
さて、と彼はデュナミスを見た。
「案内ありがとな。さっさと行かないと手遅れになる。——行くぜ」
彼の言葉に頷いて、二人と一体は廃墟の中へ、侵入する。
◇
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.9 )
- 日時: 2020/09/17 09:11
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
廃墟の中を、慎重に進んでいく。複数の話し声、何か道具を使う音。低く呪文を唱える声も聞こえ、その後で失敗したような困った声、それに対する舌打ちの音。
現場の外にまで感じられる張り詰めた空気。何人くらいいるのだろう? アリアは横目でヴェルゼを見た。彼にはもうわかっているのか、任せろと言う風に頷くのが見えた。
そして、その先で明瞭に聞き取れるようになった、声。
「よしっ、ここをこうすれば……」
「あともう少しだ。行けるぞ! 今度こそ失敗するんじゃないぞ!」
「邪魔な守り手は排除した!」
「さぁ、今こそ……」
「——させないわ」「させるかァッ!」
固く閉められた扉をアリアの炎がぶち破り、轟音と共に閃光を放った。爆発した光と炎が、暗い廃墟をまばゆく染め上げた。
刹那、ナイフか何かで肉を断つ音、小さなうめき声。そして直後、囁く声。
「血の呪い《ブラッディ・カース》——血色の縛鎖《ブラッディ・バインド》」
声と同時、赤黒く輝く血色の鎖が闇を切り裂いて伸びていく。
アリアの赤い髪が、廃墟の暗闇の中で燦然と輝いた。
右手に炎を浮かべてアリアは見る。その部屋には男が三人おり、そのうち一人の手に件の箱があるのを。そしてその箱に厳重に施されていた封印が解かれ、今まさに箱が開けられようとしているのを。その箱を開けようとしていた男に血色の鎖が巻き付いて締め上げ、男は思わず箱を取り落とす。それを見逃すわけがなく、素早く駆け寄った漆黒の影が箱を回収、鎖で男を縛ったまま、後ろに向かって跳躍、大きく距離を取る。
「……何故ここがわかった」
部屋の一番奥にいた男が問うと、「僕のお陰だね」とデュナミスが答えた。
「死者たる僕が姿を消して偵察、場所を皆に教えた。それだけさ」
死んでいるのは便利だね、と事も無げに、しかしどこか寂しげに呟いた灰色の亡霊。
何はともあれ、とアリアが言った。
「取り返したければ奪えばいいわ。そう、あたしたちにしたように。でもそう簡単にはいかないわよ? こっちはそこそこ怪我してはいるけど、もう、一人じゃないんだからっ! それにさぁ、あたしの大切な弟に何ひどいことしてくれてんのよ。来るなら来なさい、あなたたちにも同じだけの怪我をさせてあげるわッ!」
「……姉弟の実力を、舐めるな」
アリアの隣に、ヴェルゼが立つ。
彼の右腕は激しく出血していた。彼の使う血の魔術は術者の血を媒体にする、つまり血を流していない術者は自分の身体を傷つけないと術を行えないのだ。そのためにあえてヴェルゼは自分を傷つけ、血の鎖で相手を縛り、強引に箱を奪うという強硬手段を実行した。血の魔術は消耗が激しいが、その分威力も絶大なのだ。
「ちょっと待て待て。提案がある。いいから落ち着け」
リーダーらしき奥の男が降参するように両手を挙げる。何よ、とアリアが鋭く男を睨むと、男は闇の中、ぼんやりと見える口元に得体の知れない笑みを浮かべた。
「この箱は開けた際に周囲にいた人々に幸福をもたらすのだ。最初は我らで独り占めしようとしていたが、どうだろうか。お前たちもその恩恵にあずかるというのは。こちらは攻撃されないし、そちらも恩恵を受けられる。悪くはない取引だと思うがな?」
そうね、とアリアは頷いた。
「確かにそれは一理ある。あたしたちも、余計な争いはお断りよ」
その言葉に、ヴェルゼが焦ったような声を上げた。
「おい、姉貴……」
「——でもね、あたしたちは『頼まれ屋アリア』なの」
彼女の瞳に誇りの炎が宿る。
「だから! あなたの言うことがたとえ真実だとしても、それが幾ら旨みのある話でも、あたしはそれを呑むわけにはいかない、頼まれたことを果たさないわけにはいかないの。だってあたしは言ったんだから」
彼女は誇らしげに「いつもの台詞」を叫んだ。
「『頼まれ屋アリア、依頼、承りました』って、ね! あなたの甘言には惑わされない!」
アリアはきゅっと目を閉じて、開いた。その身体から火の粉が舞う。それは彼女の矜持の炎だ、彼女の強い意志の炎だ。
「いっけぇ!」
叫び、右手を高く掲げれば。天に向かって伸ばされた手に、炎の大きな塊が生まれる。
「……懐柔しようと思ったが、無理であったか」
リーダーは苦い顔をする。アリアの炎に照らされたその顔はいかにも歴戦の戦士といったような傷だらけの顔。歳は四、五十代くらいだろうか。纏う空気も他の男たちとは違い、風格を感じさせる。
リーダーは唇の端をゆがめて笑った。
「だが……こちらに魔導士がいないと思ったら大間違いだぞ、炎の娘」
アリアが男に向かって炎を飛ばした直後、その炎は瞬く間に消えた。
「え……どういう、こと?」
驚いた顔のアリアに、「水使いだね」とデュナミスが解説する。
「水使いが相手じゃ君の炎と相性悪いよ。全属性使いなんだろ、君。たまには違う属性も使ってみたらどうだい」
うーんとアリアは複雑な顔。
「使えなくはないけれど……」
手を握ったり開いたりを繰り返す。そのたびに掌の上に浮かんだのは小さな炎、水滴の集まり、目に見えぬ風、紫電散らす火花、氷の結晶、熱のない光、周囲の暗がりを更に濃くする闇。
魔導士は通常、扱える属性というのが生まれつき決まっており、それ以外の属性も扱えなくはないが得意属性以外に対して干渉できる力は弱い。しかしその代わり、たゆまぬ努力を続ければ得意属性の魔法を極めることができる。
対し、アリアのような全属性使いはその中に得意とするものがあったとしても、ひとつの属性を極めることはできない。しかし彼らはすべての属性を同じ程度で操ることができる。全属性使いの数は少ないが、その対応力は恐るべきものがある。
アリアは普段は炎しか使わないので炎使いだと思われがちだが、彼女は全属性魔導士、その真価はピンチの時にこそ発揮される。
「水には雷だ、雷の魔法素《マナ》を組む準備をしろ」
「わかってる、って!」
ヴェルゼの言葉にアリアは頷き、その手に魔力を集中させる。それらの会話を聞いていた水使いはすっと引き下がろうとするが時すでに遅し。
「知ってるわよね? ——稲妻は、光の次に速いのよっ!」
避けようと思って避けられるような代物では——ないのだ。
掲げた手に稲妻が集まり、鋭い一陣の矢となって、相手の胸に吸い込まれるようにして突き刺さる。くずおれる相手。水を纏っていたがゆえに全身に感電し、そのまま動かなくなる。
「一人目、撃破っと。あとは二人ね? 来るならば来なさい。あたしたち姉弟が、相手になってあげる」
赤い瞳に強い光を浮かべ、そう、アリアは口にした。
一方、そうやっている間にも、ヴェルゼの血の鎖で縛られた相手の体力は削り取られていく。縛られた相手は鎖を引くが、するとヴェルゼの傷から鎖が伸びて、引いても引いてもキリがない。
「無駄だ。この鎖はその程度のことで何とかなるような代物ではない」
ヴェルゼは不敵に笑い、
「では、呪われし血の魔術の第二弾をお見せしよう」
ナイフを構えた。ヴェルゼ自身の血の付いた、ナイフを。
「血の呪い《ブラッディ・カース》——呪い人形《カースド・ドール》」
彼は構えたナイフを傷ついた自分の腕に振り下ろす。当然ながらそこから更なる血が噴き出すが、それだけではなかった。
「ぐあっ!?」
相手の男の、驚いたような声。
ヴェルゼは自分を傷つけただけ、なのに。
相手の腕の、ヴェルゼが自分を傷つけたのと同じところに、同じ傷が刻まれていた。
ヴェルゼは痛みをこらえつつ笑う。
「あんたの利き腕は右腕か? ならば潰して進ぜよう。オレの利き腕は左腕だから自分の右腕を傷つけたって問題はない。この術式は痛み分けの術式——要はオレの食らったダメージが、そっくりあんたに返ってくるというわけさ」
そして問答無用でヴェルゼは右腕をさらに傷つける。相手の右腕にも深い傷がつく。相手はヴェルゼのナイフを奪おうと藻掻くが、ヴェルゼの血の鎖が身動きを許さない。相手は血の鎖に体力を吸われ、さらに利き腕を潰された。当然ながらヴェルゼだって無事では済まないが、それでもこの術式は強力だった。
「二人目、無力化。残るはリーダーらしきあんただけだ」
出血多量でふらつきながらもヴェルゼは笑った。その傍らに寄り添うデュナミスが、ヴェルゼを温かい魔力で支えている。デュナミスの力によってヴェルゼの自己修復能力が加速、彼の傷は少しずつ塞がっていくが、血の鎖で繋がった相手の傷は癒しの動きには連動しない。
リーダーの男は舌打ちをした。
「ただの魔導士姉弟かと思っていたら、舐め切っていたようだな……。まぁ良い! われは全力で立ち向かうのみ! 箱を奪えずともせめて一矢——!」
瞬間、彼は超高速で呪文詠唱を始めた。気付いたアリアが相手を妨害せんと術式の準備を始めるが、先を読んだデュナミスが「水の防御を!」と叫び、アリアは反射的に術式を切り替え、水魔法による防御膜を自分と仲間たちに施した。何かを感じ取ったヴェルゼは血の鎖を強引に断ち切った。繋がりの切れた男がくずおれ——
瞬間。
大爆発。
それはリーダーの男を中心に起こった。
強烈な魔法の波がアリアたちを包み込む。ダメージの少ないアリアは必死で耐えるが、水の防御膜は少しずつ爆風に浸食されていく。
「まさか……自爆!?」
「そのまさかだ! 姉貴、耐えろッ!」
アリアの声にヴェルゼが答える。デュナミスも彼独自の術式を展開、アリアの補助に回る。
やがて。
「ふうっ……終わっ……た」
アリアは大きく息をついた。
爆風は凌ぎ切った。敵は倒せた。
相手の自爆した廃墟は天井が見事に吹き飛び、そこから青い空が見えていた。
鎌に縋って身体を支えつつ、急げ姉貴とヴェルゼは言う。
「あんなに大きな爆発があったんだ、さっさと動かないと王都の治安維持隊が来るぞ。面倒なことになる前にアンダルシャ神殿に行こう。箱を所定の場所に置かなければ……依頼は、完了したことにならないからな……」
「わかった……」
頷き、彼女はゆっくりと動き出す。
皆、満身創痍だったが、最大の壁は乗り越えられた。
◇