複雑・ファジー小説
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.30 )
- 日時: 2020/11/02 09:09
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
【アーチャルドの凍れる姫君】
不思議な不思議な店がある。魔法の王国の片隅に。
店の扉を開ければ、魔導士の姉弟が客を迎えてくれるだろう。
『願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』
看板には、そんな文言が書かれている。
◇
その日は雨が降っていた。憂鬱な日ねとアリアが呟いた、時。
カランコロン、ドアベルが鳴る。今日も頼まれ屋アリアの一日が始まる。
暑い季節になってきた。蝉の声が響くある夏のことである。
「すいません! ちょっとの間、泊まらせてくれませんか!」
鬼気迫る表情でやってきたのは、茶髪に青い瞳をし、腰に二本の剣を刺した青年。彼は水色の髪の少女を背負っていた。背負われている少女は意識を失っているらしく、その顔は蒼白だった。どう見ても普通の状況ではない。
「いらっしゃいませ……ってどうしたの!? 怪我? 病気?」
「怪我です。毒のついた武器にやられちまいまして! 治療は済んでます。いきなり来て悪いってのはわかってる。でも……この雨だ、ずっと外にいたら良くない」
「わかったわ!」
アリアは頷き、カウンターを回って青年に駆け寄ろうとする。が、そんな彼女の前に、遮るようにヴェルゼが現れた。
「ちょっと待て。面倒事に首を突っ込むのは御免だが?」
「そんなこと言ってられないじゃない! 困っている人がいるのなら助けなきゃ!」
「しかし……」
ヴェルゼは難しい顔をしていた。
そこへ。
「僕も賛成はしない。背負われた彼女は高貴な身分に見える。そんな人を匿ったら? 僕も面倒事は嫌だね」
ふわり、現れたのは亡霊デュナミス。
その灰色の瞳は、冷たい輝きを宿していた。
「今ならまだ大丈夫だ。今のうちに店から追い出すんだね」
もう、とアリアは頬を膨らませた。
「どうして二人はそんなに冷たいの! 面倒事が舞い込んでくるのが頼まれ屋でしょーが! あたしはこんなのほっとけない!」
「貴族絡みは面倒なのさ。僕だってさ、生きていた頃は貴族の端くれだったしその辺りよくわかっているよ。彼らを助けて、結果、この店が危険な奴らに目をつけられたら? 後悔することになるさ」
「しないわ!」
アリアはデュナミスを睨みつけた。
「あたしはね、助けられたはずの人を助けられなかったことにこそ後悔する。あんたたち冷酷人間二人が反対していたって、絶対に助けるんだから!」
言って、ヴェルゼたちの脇を通り抜けて、青年の方を向いた。
「周りはこんな感じだけどさ、あたしはあなたを助けたげる」
「……わたしも、放っておけないです」
店の奥からソーティアが現れる。
「わたし、ほとんど荷物持ってないので。しばらくアリアさんの部屋に行っていてもいいですか? この方たちにわたしの部屋を貸します」
「了解! とりあえず部屋に来て! 頼まれ屋アリア、依頼承ったわ!」
アリアたちは、そのまま客人を連れて行ってしまった。
残されたヴェルゼはため息をつく。
「はぁ……ったく。お人好しなんだから姉貴は」
「まぁ、でも面倒を持ち込んだら僕らで追い出そう。ね?」
デュナミスの言葉に、ああとヴェルゼは頷いた。
だが、出来るなら姉と直接対決は避けたいところである。
ヴェルゼは複雑な表情をしていた。
◇
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.31 )
- 日時: 2020/11/05 09:02
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
翌朝。食事を済ませたアリアとヴェルゼは、二人で客人の部屋に行くことになった。扉をノックすると青年の返事。入ってもいいとのことで扉を開ける。
「そうだ、紹介忘れてたわ。俺はゼクティス、そこの姫さ……彼女の仲間だ。で、彼女はイルシア、貴族の娘さんだ」
ゼクティスの紹介にアリアたちも簡単な自己紹介をする。
部屋の中で、少女イルシアは目を覚ましていた。最初は焦点の合わなかった青い瞳が次第に焦点を結んでいく。彼女の唇が、開いた。か細い声がする。
「あなた方が……わたくしを助けて下さいましたの?」
ええ、とアリアが頷くと、彼女はぺこりと礼をした。
「そう……。ありがとう、助かりましたわ。わたくしはまだ、死ぬわけにはいかないんですの。お礼をしたいですわ」
そのまま動き出そうとしたイルシアをアリアは止めた。
「ちょっとストーップ! お礼は後でいいからさ、あんたはとりあえず怪我を治しなさい! お礼はその後でいいから」
ありがとう、と彼女は再度言い、優しげな笑みを浮かべた。
「けれど……ええ、わたくしには分かりません。あなた方はどうして、わたくしを助けて下さいましたの? 見返りは何でしょう?」
「え? 見返りなんて必要ないわよ?」
アリアは首をかしげた。
彼女は知らないのだろう。見返り無しで与えられる愛があるということを。貴族の家で生きてきたという彼女。そこでは様々なものに縛られて、あらゆる愛は見返りあってこそのものだったのかも知れない。
アリアは笑顔を浮かべて言った。
「あたしはさ、困っている人を見ると放っておけないのよ。だからあなたを助けるのも当たり前。あなたが誰かなんて関係ないの。ただ、あたしが助けたかっただけよ!」
アリアの赤い瞳はどこまでも澄み渡り、一切の嘘を感じさせない。
ただし、とこれまで黙っていたヴェルゼが口を挟んだ。
「面倒事はお断りだ。お前たちが何かを起こした時点で、ここを出て行ってもらうからな。頼まれ屋アリアは中立なんだ、どこの貴族にも加担はしない」
冷たい言葉を言ったヴェルゼをアリアは睨んだが、ヴェルゼはどこ吹く風である。
了解だ、とゼクティスが頷いた。
「まぁ、妥当だろうな。でもしばらくは厄介になるぜ?」
「……好きにしろ」
ヴェルゼはぷいとそっぽを向いて、部屋から出ていった。
ごめんねとアリアが謝ると、気にすんなとゼクティスが返す。
「あーいった冷てー奴の一人や二人、いて当然だしな。つーかあいつがいて安心した。優しい奴ばっかりのところってさ、俺は平気だけど彼女は不安になるんだってさ。俺は周囲の優しさのお陰で生きてるみたいなトコあったからよくわかんねーけど」
◇
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.32 )
- 日時: 2020/11/08 11:47
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: 6Z5x02.Q)
それから数日。イルシアの体調も回復し、翌日に彼女らは店を出ていくことになった。その日のことだった。
カランコロン、ドアベルが鳴る。お客さんかしらとアリアは笑顔を浮かべた。
「はーい! 頼まれ屋アリアへようこそ! ご用事は何かしら?」
やってきたのは貴族風の服を着た男だった。彼がアリアに近づき、丁寧な口調で問う。
「アリアさん、ですよね? ある人物についてお聞きしたく。水色の髪に青い瞳を持った、麗しい姫君なのですが」
「……!」
アリアは気付く。この男はイルシアを追っているのだと。
ゼクティスは言ってなかったか。『毒のついた武器にやられた』と。彼らは逃げてきたのだ。そして今、その追手がきた。
『面倒事はお断りだ』冷たく言い放ったヴェルゼを思い出す。しかしアリアは、自分が助けるという選択をしたことを間違っているとは思えない。
だから。
「ええ、彼女を見た。そして彼女を匿ったわ。でも絶対に渡さない。困っている人を見過ごすようなあたしじゃないもの。彼女を捕らえるって言うのなら、あたしを倒してから行きなさい!」
魔法素《マナ》を練る。店の中で炎は厳禁だ。だから大地の魔法素《マナ》にして、植物を使って相手を拘束する戦術で行こうと考える。
あるいは、風で奴らを店の外まで吹き飛ばしてから戦うか。
ちらり、店の奥を見てもそこにヴェルゼはいない。いつもそこにいるとは限らないが、タイミングの悪い時にいなくなったものである。
そこまで考えた時、返答があった。
「そうですか……それは残念です。ならば私たちは、あなたに制裁を加えなければなりません。それが我ら『妹姫派』の使命ですから」
言うなり。
男の手で刃が閃くのが見えた。速い。アリアでは、とてもじゃないが目で追えない。閃いた刃はそのままアリアの首へ吸い込ま――
「あら、わたくしはここですわ? 御機嫌よう、イグノス・ヴェルテ」
れそうになった寸前、
鈴を転がすような声がした。目に映ったのは水色の髪。
イルシアは、言う。
「イグノス、わたくしはここですわ? わたくしを捕まえたいのなら、追い掛けてみてご覧なさい」
言って、彼女は店の窓を開けてそこからひらりと外へ出た。
イグノスと呼ばれた男は一瞬だけ躊躇した後、イルシアを追って飛び出した。開け放たれた窓からのぞくと、イルシアの背後にゼクティスがおり、彼女を守るように動いていた。
「イルシア……」
アリアは呟く。
彼女はアリアたちをこれ以上巻き込まないために、あえて姿をさらすことにしたのだ。そのままアリアたちを隠れ蓑に、こっそり逃げ出しても良かったのに。アリアは彼女たちを庇うつもりでいたのに。
なのに、彼女はわざわざ姿を見せた。アリアたちを見捨てたって、良かったのに。
アリアは呟く。
「……だから、見過ごせない。一度関わったんだ、最後まで関わらせてほしいわ」
彼女たちの優しさに、報いたいと強く思った。
「ヴェルゼ! デュナミス! ソーティア!」
いつものメンバーを呼ぶと、店の奥の方から返事があった。
アリアはそちらに声を投げる。
「あたしはイルシアたちを追う。あの子たちを助けるわ。あなたたちがどうするかはそっちで勝手に決めなさい!」
言って、店を飛び出した。
まだまだ見える、男の背中。きちんとした服を着ているため走りにくそうだが、その割には速い。
追い掛けるアリア。その後ろにヴェルゼが追い付く。
「姉貴だけに任せられるか。オレがいなきゃ姉貴は駄目だろ」
生意気な口をきくヴェルゼに、そっちこそじゃない、とアリアは返す。
二人で謎の男を追い掛ける。ただ、店に迷い込んできた赤の他人を救うために。
アリアはどうしても見過ごせないのだ。だから自分の心に従いひた走る。ヴェルゼはただ、アリアを守るためにひた走る。目的は違ったが、取った行動は同じだった。
そしてアリアは見る。逃げるイルシアたちが、町の袋小路に入っていくのを。そこに行ったら確実に追い詰められる。男はこの町の構造を理解した上であえて、袋小路に追い込んだのだろうか。
アリアは見る。追い詰められた二人。イルシアを庇うように立つゼクティス。その青の瞳に浮かぶ揺るがぬ闘志を。
絶対に守るんだという、強い意志のこもった瞳を。
そんなゼクティスに対し、男が剣を振りかぶる。その剣先には赤く燃える炎があった。炎属性を付与した特殊な剣なのだろうか。あれはたとえ防げたとしても、軽い火傷くらいは負いかねない代物だ。
「――させないッ!」
咄嗟に組んだ水の魔法素《マナ》。相手にぶつけ、押し倒す。思わずつんのめった男を見、チャンスだとばかりにゼクティスがイルシアの手を引きその脇を走った。
「悪ぃ、恩に着る!」
申し訳なさそうなゼクティスに、放っておけなかったのよとアリアは返す。
ヴェルゼは男を油断のない瞳で睨んでいた。
位置が逆転したことにより、今度は男が袋小路に追い詰められる番だった。
「……お見事ですね」
観念したように男が両手を挙げる。
「いいでしょう、今回は見逃して差し上げます。しかし次はないと思って頂きたい。あの方の紡ぐ未来を見るためには、貴女など不要なのですよ姫さま」
「……あなたは何もわかっておりませんわ。わたくしが今ここにいるのは、あの子を思ってのことですのに」
イルシアがうつむく。
念のため、とアリアが言って、植物の魔法で男を縛りあげた。確かに男をこのまま残して行ったら背後を狙われる可能性がある。しかし殺すほどでもないと思ったし、アリアは殺しなんてしたくはなかった。
「三時間くらい経ったら勝手にほどけるけど、それまではそこに立ってなさい」
そう言い残し、アリアたちは去る。
◇
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.33 )
- 日時: 2020/11/11 09:10
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
町の片隅で、イルシアはぽつりと言った。
「わたくしは、ここから遠く離れた国、アーチャド法国の王女なのですわ。けれど王宮には、わたくしと妹のアレイシャリアのどちらを次の王にすべきかで揉めていた。だからわたくしは王宮を出た」
遠い目をして彼女は語る。
「わたくしには王になる資格などないと、自分でも思っておりますもの。素直で真っ直ぐなあの子の方が、きっときっと良い王になる。そしてわたくしが王宮を出ることはあの子を守ることにも繋がる。わたくしはそう思っていた」
でも、とうつむく。
「現実は非情ですわね。あの子を推す派閥がわたくしの命を狙っている。あの子はわたくしに懐いていたからそんな命令下すわけがない。だとすると、それは部下の暴走。あの子はそれを止められていない」
どうすれば良かったのでしょうね、と頼りなさげに空を見上げた。
その顔は、母を失ったばかりの幼子のようにも見えた。
でも、ありがとうと彼女は笑う。
「わたくし、これまで無償の愛というものを信じることが出来ませんでしたの。でもあなた方は、ただ偶然出会っただけのわたくしたちに、ここまで親切にしてくれた。アリアさん……あなたを見ていると、妹を思い出しますの。あなたのその真っ直ぐさ、妹とよく似ておりますわ」
その笑顔を見ると、ヴェルゼもデュナミスも彼女に対して悪い感情を抱くことは出来なくなった。二人は確かにドライな方だけれど、完全に冷徹な人間ではない。イルシアの笑顔はそう思わせるほどに、無垢な笑顔だった。
そんな笑顔でイルシアは言うのだ。
「心を隠して生きてきたわたくしはもう、自分が本来どんな姿だったのか忘れてしまった。嬉しいとか楽しいとか、そういった感情も今浮かべている笑顔も、本物かどうかわからないのですわ。でも……この胸にある感謝の気持ちは本物だと、信じたい」
「……本物だろ」
思わずヴェルゼが呟く。
イルシアの悲しい境遇を聞いて、心が少しだけ動いたせいなのだろうか。
「オレはこれまでたくさんの人間を見てきたが……その笑顔は本物だろ。嘘をついている人間は、そこまで晴れやかな表情浮かべないんだよ」
「そうですの?」
きょとんと首を傾げるイルシアに、そうだよとゼクティス。
「姫さんはさ、気付いてねーだけだ。旅の間に、元の姿を取り戻しつつあるっつーことにな。俺の存在もあったろーけど……赤の他人に親切にされるっつーのが大きいよな。そんなわけで、あんたらには俺からも感謝だ」
で、とゼクティスがイルシアの方を振り返った。そうですわねと頷き、イルシアが懐から大きな袋を取り出しアリアに渡す。受け取ったそれはずっしりと重かった。開けてみると、きらめく黄金の輝きが目に入った。
思わずアリアは声を上げる。
「これって……」
「依頼料ですわ」
ふふふとイルシアが笑う。
「わたくし、国を出たとは言え支持して下さる派閥もありますのでそこそこお金は持っておりますの。聞いたところによるとあなた方、ある悪党魔導士から返済期限付きで多額の借金を背負わされているようですわね。その一助になるかと思いまして」
悪党魔導士シーエン。ここに店を構えた時に借金を背負うことになった原因の相手だ。アリアたちはある夫婦の代わりに借金を肩代わりすることになったが、まだ半分も返せていなかった。その額、五百万ルーヴ。
渡された袋の中にあるのは金貨ばかりで、百万ルーヴは超えそうに見える。そんな大金をいきなりぽんと出せるのも、その立場あってのことなのだろうか。イルシアは身分を捨てて旅をしているとのことだけれど、肝心な時だけ自分の派閥に頼っていいのだろうか。いや、利用しているだけなのかもしれないが。
アリアは目を輝かせて黄金のきらめきを見ていた。こんな大金、見たことがなかったのだ。
「あなた方はわたくしの心に、小さな光をくれました。あなた方にとってはそう動くのは当たり前かもしれない。でもわたくしは……本当に嬉しかった。お金でしか返せないのは残念ですけれど……受け取って下さる?」
「……ええ!」
アリアは頷いた。
それでは、とイルシアが背を向ける。
「わたくしたちはまた、旅立たねばなりません。長居して迷惑を掛けるわけにはいかないですし、ずっといたらまた襲われるでしょうし。けれどあなた方とここで出会ったことは忘れませんわ。いつか……全てが丸く収まった日に、改めてお礼をして差し上げたい」
振り返り、彼女は実に優雅な仕草で礼をした。それはアーチャドの王族の礼だった。
「では、御機嫌よう。あなた方に、光の神アンダルシャの祝福のあらんことを」
「俺からも……ありがとな! 助かったぜ!」
二人一緒に背を向け去っていく。アリアたちはその場で見送っていた。
心に氷を張ったお姫様。全ては大切な妹を守るために。その氷はいつか、融ける日が来るのだろうか。
彼女に幸あれと、アリアは心の中でアンダルシャに願った。
◇
「ええと……待って思ったよりも多くない?」
「手持ちと合わせれば……二百万ルーヴくらい、か? あの姫様も太っ腹だな」
その後。
頼まれ屋アリアで、アリアたちはイルシアから渡されたお金を数えていた。
店に残ったデュナミスとソーティアが、興味深げにそのさまを見ている。
「あの方たち、お金持ちだったんですね……」
「遠い国のお姫様だったみたいよ」
ソーティアの言葉に、アリアが答える。
「あたしたちの優しさが嬉しかったって。お金でしかお礼が出来ないのは残念だけど、って言ってたわ」
彼女たちを助けた日、ヴェルゼとデュナミスはアリアに反対した。でもアリアは自分の行動が間違っているとは思えない。自分なりの正義を貫き通した結果、彼女は心からの笑みを見せてくれた。
これから先、誰かに親切にして騙されることだってあるだろう。既に一度、アリアたちが故郷から追放される原因となった存在である、シドラに騙されている。あの日彼の願いを聞いて、枝を折らなければアリアたちが追放されることもなかった。そんな過去はあるけれど。
(動かないで後悔するよりは、動いて後悔した方がいい)
それがアリアの信条なのだ。
「何もしない」そんなの無理だから。すべきことをするだけなのだ。
イルシアの笑顔を頭の中に浮かばせながらも、アリアはお金を袋にしまった。
「でもこんな大金……下手なところに置いたら盗られかねないわよね。罠でも仕掛けとく? 置くならどこにしようかしら」
「光の幻影でカモフラージュした上で、屋根裏に隠したらどうだ」
ヴェルゼが提案した。
「この家から屋根裏に行くには、オレの部屋を通るしかない。オレの部屋に侵入者があればオレは絶対に気付くし、亡霊ゆえに眠らないデュナミスもいる。安全だと思うぜ」
「そうね。じゃあそこに置いたらあたしが幻影魔法を掛けるわね」
問題は解決した。
うーんと伸びをして、アリアはイルシアを想う。
いつかまた、彼女たちはここに来るという。その時、イルシアは自然と心から笑えるようになっているだろうか。彼女たちを取り巻く状況はどうなっているだろうか。
明るい未来だといいな、とアリアは小さく呟いた。
【アーチャルドの凍れる姫君 完】