複雑・ファジー小説

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.34 )
日時: 2020/11/13 09:02
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)

【死霊ツイソウ譚】――頼まれ屋アリア外伝

 不思議な不思議な店がある。
 不思議な不思議な世界の片隅、覗いてご覧? 見つめてご覧?
 その名を、『頼まれ屋アリア』と――。
 木造の店に掛かった看板には、次のようなことが書かれていた。

『願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』

 この店はお金と引き換えに、訪問者の願いを何でも叶えるというお店。
 店を経営する姉弟は、特殊な魔法を持っている。二人揃えば大体のことは解決できるのだ。
 店の扉を開ければ、軽やかなドアベルの音と共に、赤髪の少女があなたを出迎えるだろう。

――が、これは少々違うお話。外伝と言ったって過言ではない。
 店を経営する弟の方、ヴェルゼには、ある大親友との出会いと別れがあったのだ。
 夜の闇に包まれた、語られざる物語をご覧あれ。

  ◇


――時はさかのぼる。


 カランコロン、ドアベルが鳴る、今日も頼まれ屋アリアの日常が始まる。

「はーい、ただいま!」

 その音に、店に入って正面にある木造のカウンター、その向こうにある椅子に座っていた少女がいそいそと動き出す。炎のように赤い髪、強い意志を宿した赤い瞳。茶色のコートに身を包み、その下は白いシャツ。濃い赤のズボンを履いているが、その下はカウンターに隠れて見えない。歳は十代後半くらいのように見えた。
 彼女こそ、この店の主、アリア・ティレイトである。

「ちょっとどーにもならない大変なことが起こりましてねぇ!」

 慌てて店に入ってきた客は十代前半くらいか。茶色の髪に純朴そうな碧の瞳、粗末な生成りの貫頭衣を着て、足には木靴を履いている。少年のようだ。
 店に入ってきた少年は、店をぐるりと見回した。

「あの! ヴェルゼさんいますか! ヴェルゼさんにしかどうにもならないことなんで……」
「呼んだか」

 少年の声に応じ、店の奥から黒い人影が現れた。
 漆黒の髪に夜をそのまま宿したかのような漆黒の瞳、漆黒のコートに灰色のシャツ、灰色のズボン、黒い靴。コートの胸元は髑髏の飾りで留めてあり、首から木製の縦笛を下げている。その背には漆黒の大鎌があった。歳は十代後半くらい。先程のアリアと似た顔をしていることから、きょうだいであることがうかがえる。アリアの宿す雰囲気が明るい炎を連想させるのに対し、こちらは夜の闇と死を連想させる。
 彼はアリアの弟、死霊術師ヴェルゼ・ティレイトである。
 ヴェルゼは少年に静かに問うた。

「で? オレにしか出来ないこととは? “裏”の依頼ならば蹴っ飛ばす。姉貴の前で依頼するということはそれくらいの意味のあることなんだな?」
「簡単に言えば、死の危険が伴う……」
「却下だ。この話はなかったことにしろ」

 話を聞くなりヴェルゼは即答、ぷいとそっぽを向いて店の奥に戻ろうとする。
 しゅん、とうなだれる少年。それを見てアリアはヴェルゼの背中に声を投げる。

「ちょっとちょっとぉ、ヴェルゼ! せっかく来てくれたんだから話くらいは聞いてあげなさいよ!」

 ヴェルゼはハァと溜め息をつき、少年の方に向き直った。

「わかった、わかったよ。話くらいは聞いてやる。ただし受けるかどうかは別問題だ、いいな?」
「はいっ!」

 少年は神妙な顔で頷いた。
 ちょっと長い話になるのですが、と前置きする。

「僕は近くの村、リドラで働く農家の子です。僕は一家の中では唯一魔法が使えなくって、嫌われ者でした。でも、僕には他の家族にはない力があったみたいで」

 ある日、不思議な声を聞いたんです、と彼は語る。

「その声は自由を求めていました。その声はずっとずっと叫んでいました。僕はそれが危険なものだというイメージを抱きましたが、その声は遥か東にありました。僕はその声が怖かったけれど、遠くにあるので安心していました」

 しかし、と声のトーンが低くなる。

「その声はある時、歓喜の叫びをあげました。自由になって喜んでいるような、そんな感じです。そしてその声は僕のいる村にだんだんと近づいてきました。怖くなった僕は家族にそのことを伝えたのですが誰も信じてはくれません。でもその声は確実に近づいていた。僕は怖くて怖くて、このリノールの町まで逃げ出しました。その日の夜は、それの喜びの声が耳の奥に響いて、恐怖のあまり眠れませんでした。その次の日、村を見に行ったら」

 何かを思い出し、少年の身体が震えた。

「そこにあったのは死屍累々、変わり果てた村人たちの姿だったのです。そして僕は、大きな黒い影のようなものが僕のよく知っていたおじさんを血祭りにあげているその現場を目撃しました。僕は思わず悲鳴を上げました。それは僕を見てにやりと笑ったのです。僕は怖くなって一目散に村から逃げ出しました。まだ生きている人が村にいたとしても、もう、僕は自分のことしか優先できなかった」

 逃げる先で、思い出したのです、と少年はヴェルゼを見た。

「村によく来る行商人の話。リノールの村の何でも屋の話。普段はアリアという赤髪の子が客の応対をしているけれど、死霊関係では弟のヴェルゼが出てくると。僕はあれを死霊、もしくはそれに準ずるものだと思っています。だからこのお店のヴェルゼさんなら何とかできる、そう思って……」

 お願いします、と彼は頭を下げた。

「あれはリドラの村を喰い尽したら、次は別の村に行くと思うんです。そうしたら被害が広がります。だからそうなる前に、何とか」

 話を聞き、ヴェルゼは頷いた。

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.35 )
日時: 2020/11/16 09:03
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)


「……わかった。確かにそれはおおごとだ。そしてそれは、強大な死霊であるに違いない。ならば討滅しないと最終的にはリノールも被害に遭いかねない。……行くか」

 いつになく真剣な表情で、ヴェルゼはアリアを見る。

「姉貴」「だめ!」

 ヴェルゼの言おうとしたことを察し、アリアがいやいやをするように首を振る。

「あたしはヴェルゼについていくわ。ヴェルゼだけをそんな危険な目に遭わせるわけには……!」
「だからこそ、だ。一人で行く。死霊など姉貴は専門外だろう? 下手に関わると火傷どころじゃ済まないぜ」
「でも……!」

 オレに任せてくれ、と漆黒の瞳が真摯な輝きを宿してアリアを見つめる。その瞳に射抜かれて、アリアは身動きが出来なくなった。

「オレじゃないと駄目なんだ、オレしか適任がいないんだよ。死霊についてよく知らない一般人が来ても足手纏いなだけで、それはメンバー全員の生存率を大幅に下げることになる。二人一緒に死にたいのか? それは避けねばならないだろう」
「ヴェルゼ……」
「安心しろ。無事に戻ってくると約束する」

 さて、とヴェルゼは少年の方を向いた。

「死霊術師ヴェルゼ・ティレイト、依頼、承った。緊急事態だ、お代など要らない。オレだって、この町を破壊されたくはないし故郷の村に被害が行ったら、なんて考えたらやってられん」

 その言葉を聞き、少年の顔がぱっと輝いた。

「……ありがとう、ございますっ!」
「任せろ」

 ふ、とその目に不敵な笑みを浮かべ、ヴェルゼは答えた。

「さて。故郷を破壊されたということは、あんたは居場所がないんだろ? ならば町の表通りにあるこの町唯一の薬草屋を頼ると良い。そこを経営している女性は、これまで何度も身寄りのない子供たちを引き取っていたからきっと、そこになら居場所が見つかるだろう」

 今日はもう閉店だ、とヴェルゼは少年を追い出しにかかる。いつも冷たく見えるヴェルゼだが、ふとしたことで優しさを見せることもあるのだ。
 少年は何度も感謝の言葉を述べながら、店から出て行った。
 それを見届けるとヴェルゼは店の表に回って、「開店」と書いてある木のプレートをひっくり返し、「閉店」と書いてある面を表にした。そのまま店に入ると、心配げな顔でアリアがヴェルゼを見ていた。

「……本当に、気をつけてね?」
「当然。何かあったらこの笛で伝える。あの村で育った姉貴なら、これの音がわかるだろう?」

 言って、胸に下げた笛を軽く持ち上げた。
 その笛は「エルナスの笛」と呼ばれる、ある村の特産品だ。そこにしかない「エルナスの木」という門外不出の霊木からその笛は作られる。その笛には、二つの特殊な魔法が込められていた。
 ひとつは、「その音を届けたい相手にだけ届けられる」というもの。音色を届ける相手 限定することができるのだ。関係のない人はその調べを聞くことがかなわない。
 もうひとつは、「どんなに離れていても、望んだ人に確実にその音色を届けることができる」というもの。それは音色を届けたい対象がたとえ死んで冥界にいようとも関係ない。
 そして姉弟の故郷、笛作りのエルナスの村には、「笛言葉」なるものが存在する。それは笛の音を特定の言葉に置き換えてメッセージを伝える特殊技術だ。エルナスの者ならば皆この特殊な言葉を聞くことができるがこれを奏でるのは容易ではなく、これを奏でられる者は村の中でも数えるほどしかいない。
 ヴェルゼはその数少ない、笛言葉の奏者だ。「笛の神童」と幼い頃から呼ばれていた彼は天才的に笛の演奏が上手かった。姉のアリアはそうでもないのに、弟の彼だけが。アリアも拙い笛言葉ならば奏でられるが、音階もリズムも滅茶苦茶なそれを笛言葉として認識し、内容を理解できるのは長い付き合いのヴェルゼだけ。姉弟の間限定でならば笛言葉によるメッセージのやり取りは成立する。
 そういった様々な事情が組み合わさって、二人が別れるときは、笛言葉で連絡を取り合うことにしているのだ。特定の相手にしか届かないし、相手がいくら離れていても音色を届けることができるエルナスの笛は、一部の間では最強の伝言ツールなのである。
 ヴェルゼの言葉に、アリアは頷いた。

「あたしは、わかるわ。ヴェルゼ、頻繁に連絡して頂戴ね? あたしを心配させないでね?」
「過保護」

 姉の言葉を切って捨てるヴェルゼ。
 店の奥へ行き、その先にある二階――彼らの部屋のある場所だ――に向かう。

「出立は明日だ。荷物の用意をする」

 そう言い置いて、そそくさと消えてしまった。
 アリアはほうっと溜め息をつく。

「あたし……過保護、なのかしら?」

 両親はもうとうに死んでしまったから、残された唯一の肉親を守ろうとしていただけなのに。
 考えていても仕方がないな、と思ったアリアはカウンター背後にある扉から厨房に向かう。

「ふーん、だ! 最高の料理作ってびっくりさせてやるんだから! これがあたしの愛だ、受け取っておきなさいよねヴェルゼ!」

 言って、調理の準備を始めたアリアだった。

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.36 )
日時: 2020/11/18 08:50
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)


「ヴェルゼ、ご飯出来たわよー!」

 アリアの声がヴェルゼを呼ぶ。わかった、と返事、しばらくして階段を下りてくる足音がし、ヴェルゼの漆黒の姿が現れた。

「ヴェルゼ、あたしの料理、しばらくは食べられないんだよね。気合い入れて作ったんだから!」

 言って自慢げにアリアは胸を張る。
 店の奥のスペースにはに幾つかの椅子とテーブルがあり、アリアたちはいつもそこでご飯を食べる。店を開けている時間帯はいつも、そのスペースでヴェルゼが静かに本を読んでいる。
 そこまで大きくはないそのテーブルには、アリアの精一杯の料理が並べられていた。
 最初に目に入るのはふわふわの小麦パン。いつお金が手に入るかわからない「何でも屋」を経営しながら日々の糧を稼いでいる都合上、収入が不安定なために普段はあまり贅沢などしない。だから小麦百パーセントのパンなんて滅多にお目にかかれないのだが、どうやらアリアが急いで買いに行ったものらしい。そこには高い小麦パンが置いてあった。
 次に目に入るのは椀に盛られた赤ワイン色のシチュー。シチューを作るのはずいぶん時間がかかるし、使っている肉によっては材料費も格段に跳ね上がる。こんな日なのだ、アリアは当然、良い肉を用意したに違いない。
 最後に目に入るのは新鮮野菜のサラダ。これまたさっぱりしていて美味しそうである。
 テーブルの上に乗っているのは、これら三品だけ。だがこの店の経済力では、よくもまぁ高級なものを揃えたといった感じである。ヴェルゼはアリアの努力を見てとって、「ありがとな」と微笑んだ。食べて驚きなさいよねとアリアは言う。

「ヴェルゼにね、すぐにこの家に帰りたくさせちゃうような味にしたのよ! あなたが過保護だとか言って立って関係ない! あたしはお姉ちゃんとして、あなたを愛しているんだから!」
「……いただきます」

 頷き、ヴェルゼはパンを千切ってシチューに浸した。シチューに浸した場所が赤茶に染まる。
 それを口に持っていって、咀嚼。ヴェルゼの目が驚きに見開かれた。

「……うまい」

 それを見てアリアは嬉しそうに笑った。

「当然でしょ? あたし、伊達にお料理やってきたってわけじゃないもの!」

 ヴェルゼが笑ったのを確認してから、アリアは自分の料理に口をつけた。
 二人はただ黙々と食べていた。会話こそなかったが、そこには穏やかな時間が流れていた。
 辺りはもう夜の闇に包まれている。二人は部屋の天井近くに吊るした魔法のランプの明かりを頼りに、アリアの夕食を食べていた。
 やがて全て食べ終わると、アリアは笑ってヴェルゼに言った。

「片づけはあたしがやっておくわ。ヴェルゼは明日大変なんでしょう、早めに寝なさいよね」
「……ああ。姉貴、美味しかった。ありがとな」
「当然でしょ?」

 アリアはにっこりと笑った。
 ヴェルゼも、ふ、と微笑みを返し、店の奥、階段を昇った先にある自分の部屋に向かっていった。
 アリアはその背を見送ると、自分の作業に取り掛かった。
 穏やかな時間はあっという間に過ぎる。けれど確実にそんな時間があったことは、忘れない。

  ◇

 翌日。

「では、行ってくる」

 身支度を完璧に済ませたヴェルゼは、そう、アリアに声を掛けてきた。
 気をつけてねとアリアが言うと、連絡するからとヴェルゼは返した。
 そしてヴェルゼはいなくなった。アリアはその背が見えなくなるまで、ずっと店の前で見送り続けていた。
 やがてその背が見えなくなると、アリアは大きなため息をついた。

「あたし、しばらくこのお店で、一人ぼっちかぁ……」

 寂しげな表情を浮かべた。

「一人は嫌い。あたし、誰かと一緒にいないとさびしさで死んじゃうよ? だからさっさと帰ってきてよね……」

 そう、言葉を残すと、「閉店」の札を裏返して「開店」にし、ただしヴェルゼ不在中といつも持っている羊皮紙の切れっ端に走り書き、木の隙間に差しこんだ。

「依頼? じゃんじゃん来なさいよ! あたし一人で解決できるものなら何だって解決してやるんだからっ!」

 そうやってたくさん働くことで、ヴェルゼがいないことによる心の空白を埋めようとしたのだ。

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.37 )
日時: 2020/11/20 08:58
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)


 死霊は西に向かっているという。だからヴェルゼは西を目指すことにした。
 意識を集中させれば確かに、ヴェルゼの鋭い勘が西に禍々しいモノがいるとわかる。

(声が聞こえた、か。あの少年は少々特殊な人間だったのかも知れんな)

 そんなことを思いつつ、西へヴェルゼは歩き出す。
 頼まれ屋アリアのある町リノールを西に行くと、アイルベリア川という大河があり、川向こうにフィルスという町がある。その周辺ではアイルベリア川が他の川と合流して一つの川となる場所があるため、フィルスは三つの川にはさまれた町、という少々特殊な町となっている。

「……フィルスよりもさらに遠くに気配があるが、まずはこの町で情報を集めるか」

 そう決めてヴェルゼは、この川を渡る船を出してくれる渡し守を探した。
 ヴェルゼはたまに、店の依頼でこの川を渡ることがある。だから渡し守とはそれなりに面識がある。
 川を上流に向かって少し歩くと、数隻の粗末な木の船が川べりに繋がれている掘っ立て小屋にたどり着く。そこで「川を渡りたいのだが」と声を掛けると、「はいよ」と声がして小屋の中から初老の男性が現れた。

「渡り賃はいつも通り四百ルーヴだぜ」
「ここはいつだって値段変わらないんだな。良心的で助かる」

 ヴェルゼは他の渡し守を利用したこともあるが、他の渡し守は少しずつ運賃を吊りあげてきたり、気分によって運賃を変えたりと安定しないのを知っている。しかしこの渡し守だけはいつだって同じ値段なのだ。
 渡り賃を払って船に乗る。向こう岸で男と別れ、男はそのまま船でもとの岸に帰る。
 岸からはぼんやりとフィルスの町が見える。そのまま町へ行こうとした途上、
 何かを、見つけた。

「……行き倒れ、か?」

 それは灰色の少年だった。全身ボロボロで、来ている灰色のマントもあちこち裂けている。
 ただの行き倒れか、と思いヴェルゼはその少年を見なかったことにしてその場から立ち去ろうとしたが、
 見えて、しまったから。
 少年の身体から立ち上る、灰色の影を。
 それは魂のようだった、何かの霊のようだった。人ならざる存在で、死者の国に属するモノだった。死霊術師にしかわからないモノだった。それがこの少年の近くにたゆたっているということは。

「……こいつ、同業者か?」

 自分と同じ、死霊術師の。
 ヴェルゼは訝しがった。
 少年の周囲に漂う灰色の影と対話してみようとヴェルゼは試みたが、予想外の力で反発された。反発しているのは何と、目の前で倒れている少年の力なのだと知ってヴェルゼは驚愕した。
 少年は見る限り今にも死にそうなのに、反発した力は完調のヴェルゼよりも強くて。

(――驚いた)

 ヴェルゼは自分がリノール一番の死霊術師という自負があったから、これまで自分よりも強い死霊術師と出会ったことがなかったから、自分よりも強い存在がいることに強い驚きを覚えたのだった。
 驚きを覚えた後には、この少年への興味が湧く。
 ヴェルゼは倒れて動かない少年の前に屈みこんで、そっと囁いた。

「助けてやる。オレはヴェルゼ、死霊術師のヴェルゼだ。お前は?」

 かすれた声が、かすかにヴェルゼの耳に届いた。

「デュナミス……。デュナミス・アルカイオン・リテュクシア……。死霊に愛されし者……」
「そうか。これからよろしくなデュナミス。いきなりで悪いが、背負っていくぞ」

 言ってヴェルゼはデュナミスを背負いあげる。
 灰色の少年の身体は、驚くほど軽かった。

「何か事情があるようだな。オレで良ければ聞いてやるが、まずは生きろ。話はその後だ」

 そして町へ颯爽と歩きだす。
 ありがとう……と、小さな声が礼を言った。

  ◇

「で。身分は、立場は。どうしてあのようなところで倒れていた」

 少年を介抱し、その顔色が落ち着いたころ。
 ヴェルゼは少年に質問を浴びせかける。
 少年は少しずつ答えていく。

「えっと……僕はデュナミス。デュナミス・アルカイオン・リテュクシア。ある貴族の家の子で死霊術師。歳は十六歳、だよ」

 あの死霊は……と暗い顔をする。

「僕のものだ、僕の家にとらわれていたものだ」
「詳しく説明しろ」

 聞いてくれるかい、と彼が灰色の瞳でヴェルゼを見上げる。ああ、とヴェルゼは頷いた。
 デュナミスは語りだす。

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.38 )
日時: 2020/11/23 22:25
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: KqRHiSU0)


 デュナミスは幼い頃から死霊の声を聞くことが出来る体質だった。それゆえに気味悪がられたが、けれど愛されて育ったのだという。
 彼はある日、不思議な声を聞いた。出して出してと嘆く声、それは屋敷の奥の奥に封じられている死霊の声だった。デュナミスはその声を可哀想と思い、ある日声に導かれるままに禁じられた部屋に行き、死霊を解放してしまった。すると。

「……あいつは、さ」

 話すデュナミスの声は震えていた。

「壊したんだ、何もかも。僕の家も、僕の家族も僕の町もめちゃめちゃにした。狂ったように笑いながら、あいつは全てを壊していった。父さんが死んだ、母さんも弟も死んだ。妹と一部の人が生き残って、こんなことをした僕を家から追放した……」

 だから、と彼は言う。

「僕が、あいつを倒さなくちゃ。あいつはまだ他の町で暴れ回ってる。こんなことになったのは僕のせいだ、あいつの声なんかに応えた僕のせいなんだ。でも、あいつを解き放った時に大きな傷を受けてね……」

 言って、彼は苦しげな顔をした。
 傷もまだ治ってはいないのだから無理するな、とヴェルゼは声を掛ける。
 ちらり見たデュナミスは、左足を庇っているようだった。

「事情は理解した。相手が死霊となれば、野放しに出来ないのはこちらも同じこと。それにそいつ……オレが追っている死霊と同じ奴かも知れんしな。手を組まないか」

 ヴェルゼからすれば、デュナミスのように強い死霊術師が協力してくれるのは好都合である。それはデュナミスからしても同じだろう。
 いいの、と目を輝かせるデュナミスに、ただしとヴェルゼは釘を刺した。

「くれぐれも、足手纏いにはなるなよ」

 するとデュナミスは朗らかに笑った。

「あっははぁ、誰に言ってるの? 君こそね」
「オレの方が強い」
「さぁて、どうだか」

 悪戯っぽく笑うデュナミス。
 こうして二人は邂逅した。

  ◇

 死霊は何処へ逃げたのか。情報を探しに町を歩く。
 随分規模の大きい被害を起こしている死霊である、情報はすぐに見つかった。

「ああ、あれねぇ」

 旅人らしき格好をした女性は、ヴェルゼの問いに頷いた。

「形のない災厄。あれは西の方へ行ったってよ。川沿いをそのまま西に進んで、少しイルヴェリア山脈方面に行った場所で見掛けたって話だよ。危ないから近付くのはやめた方がいいと思うけどねぇ」
「オレたちはあれを倒しに行く」

 ヴェルゼの問いに、女性は驚いた顔をした。

「腕っぷしに自信があるのかな? あたしゃ止めはしないけど。まぁ、なら気をつけなさいな。あれはこれまでに三つの町を滅ぼしてるんだって」
「忠告、感謝する」

 軽く礼をして、ヴェルゼは女性と別れた。
 で、とデュナミスの方を見る。

「怪我はもう平気か? 話を聞く限りでは、奴の次の目的地はペナンの町と見た。まだ間に合いそうだし、先回りして迎え撃ちたいが……」

 あぁ、大丈夫さとデュナミスが頷く。

「黄昏の主はもう僕の目の前。どうせ死ぬのなら、多少の無茶は許されるだろうって話さ?」

 黄昏の主。この世界の死の神。
 ヴェルゼたち死霊術師は、その力を使うたびに、黄昏の主に自分の寿命を差し出さねばならない。それが死者を死霊を操るという禁忌を犯した代償だ。死霊術師は例外なく早死にする。偉業を成した死霊術師が長生きした例なんて存在しない。
 デュナミスの言葉。『黄昏の主はもう目の前』。その言葉の、意味とは。

「お前……どれだけの寿命を差し出した?」

 ヴェルゼの問いに、たくさんだよとデュナミスは答える。

「僕のせいで壊滅した町、リテュクスの町。僕は僕のせいで致命傷を負った人々に、自分の命を与えて癒した。それが僕の贖罪だと思ったから。……長生きしたいなんて思っていない。僕は僕で、自分のしたことに対するけじめをつけるだけだよ」
「……そうか」

 ヴェルゼは頷いた。

「ならばその決意を無駄にしないように、一刻も早く向かおうじゃないか」

 イルヴェリア山脈のふもとの町、ペナンに。
 きっとそこで、追い掛けていた敵と巡り合う。
 ヴェルゼは思う。偶然出会ったこの死霊術師。きっと一緒にいられる時間は一瞬だ。
 それでも、それは忘れられない鮮烈な一瞬になる。
 隣に感じる強い気配、力持つ同業者の気配。それは今まで感じたことのなかったもので。
 ヴェルゼは不思議な高揚感と安心感を覚えていた。

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.39 )
日時: 2020/11/25 08:58
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)


 ペナンの町に向かう途中、出会ったのは謎の人々。
 道は左右をちょっとした崖に挟まれており、背後しか逃げ場はない。彼らは、その進行方向を塞ぐようにして立っていた。
 ヴェルゼは油断なく問いかける。

「……何の用だ?」

 すると、一団の先頭にいたいかつい男が声を上げた。

「おいそこのガキ! この先へ行きたいのなら、持ち物全て置いていけ! 強引に通ろうとするのならば命はない!」
「物盗りか……ったく」

 ヴェルゼは冷めた目で相手を見る。
 後ろのデュナミスを振り返った。

「おい。お前は後方で戦う方が得意か?」

 ああ、とデュナミスが頷いた。

「僕は前衛は出来ないね」
「了解。ならば後方支援は任せたぜ」

 ニッと笑って、背負った鎌を抜く。
 盗人風情に従う理由などなかったし、ヴェルゼには自信があった。
 ヴェルゼ・ティレイト。歳はまだ十四歳。だが積んできた経験は、普通の十四歳のそれではない。
 友と思った人物に裏切られ、絶望の底に叩き落されながらも這い上がり、頼まれ屋の一員として依頼をこなす傍ら、死霊術師としての“裏”の依頼もこなしてきた。のしかかってきた運命が、彼が子供であることを許さなかった。

「強引に通らせてもらうぜ盗人さん? ガキだからって舐めてもらっちゃあ困るんだよ」

 抜いた鎌を構えた。
 ヴェルゼの背後、圧倒的な力が高まっていくのを感じた。やはりデュナミスの力はヴェルゼのそれを上回る。そんなデュナミスを越えてやりたいと強く思う。もしも越えられたのならば、新しい境地にたどり着けるような気がして。
 ヴェルゼとデュナミスの視線が、交錯して笑い合った。
 前衛のヴェルゼと後衛のデュナミス。共闘するのは初めてだが、案外良いタッグになるかも知れない。
 ヴェルゼたちの姿を見て、男は溜め息をついた。

「そうか……素直に従ってくれないか……。ガキだからもっと聞きわけがいいと思ったが違うようだな? 母ちゃんに泣きついたって知らねぇぞ!」

 相手の言葉に、ヴェルゼは淡々と答える。

「生憎と母はオレが幼い頃に死んでいるし、父はオレが生まれる前に死んだ」
「そうかよぉ。なら冥界で母ちゃんに詫びるがいい! 早く死んでごめんってなぁ!」

 男は腰に差していた剣を振り上げた。それを合図として、他の男たちも武器を抜く。戦闘が始まった。
 斬撃。先頭の男が、ヴェルゼの足を切らんと向かってくる。跳躍。最初から殺しにはくるまいと予測したヴェルゼは、軽くステップを踏んで避ける。反撃。体勢を崩した男に蹴りを喰らわせ吹っ飛ばす。今度は男が二人同時に掛かってきた。金属音。二本の剣を一本の鎌で同時に受け、手首をひねって衝撃を流す。
 道は狭い。相手の逃げ道をなくす目的でこんなところを選んだのだろうが、道の狭さに影響を受けるのは相手も同じこと。道が狭いがために、相手はまとめて攻撃してくることが出来ない。ヴェルゼの鎌は大人数相手には向いていないために好都合である。
 そうこうしている内に、術式が完成したようだ。ヴェルゼの背後で感じていた力が、一気に大きくなる。
 ちらり背後を振り返ったら、宙に浮く灰色の魔法陣から、何かを呼び出しつつあるデュナミスが見えた。

「時間稼ぎありがとう。ふふっ、出来たよヴェルゼ。さぁ流れろ流れろ魂の炎!」

 ひときわ強く、魔法陣が光り輝いて、
 爆発した。
 吹き飛んだ地面。飛んできた石が大地を叩く。
 ヴェルゼが己の身を守れたのは、相手の術式に気がついたからだ。

「……ッ、何も注意なしに魂の灯火《ウィスプ・リュウール》なんて使うなお前!」
「君だから安心して使ったんだよ。一応信頼しているからねぇ」

 文句を言うヴェルゼに、デュナミスは飄々と返す。
 灰色に輝く魔法陣。そこから無数の星が生まれ、勢いよく大地に落ちていく。流れる星は地面を穿ち、抉り、砕いた。持っている武器を砕かれた相手は腰を抜かして逃げていく。
 魂の灯火《ウィスプ・リュウール》。これまで捕えてきた魂を星の欠片に変換し、相手に放つという大技だ。本来、こんな盗人程度の相手に使うような簡単な魔法ではない。
 だが。

「……逃げていくな」

 ヴェルゼは呟く。
 それは高位の魔法であるがゆえに、弱い相手に対しては放っただけでも戦いを終わらせられる可能性がある。今回はそれが功を奏したようだった。
 相手に底知れぬものを感じ、ヴェルゼはデュナミスに問うた。

「なぁお前。これまでどれだけの魂を捕えてきた?」

 さあね、とデュナミスは答える。

「あの死霊を呼びだしたことによって死んだ魂を全員捕えた。リテュクスはそこそこ大きな町だったし、あと二、三回は魂の灯火《ウィスプ・リュウール》を放てるくらいのストックはあるよ?」
「魂を捕えるにはかなりの力が必要だが、ずっとその状態を維持したままで平気なのか?」
「体質的にね、死霊を操る分には問題ないのさ」
「ほぅ……」

 ヴェルゼの時間稼ぎは、本当に時間稼ぎにしかならなかった。
 ヴェルゼは改めて、デュナミスの強さを思い知ったのだった。
 さぁて、とデュナミスは言う。

「道も開いたし、先へ行こうか?」

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.40 )
日時: 2020/11/27 11:53
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)


 ペナンの町へ向かう。そこで追い掛けている死霊と出会えることを期待して。
 デュナミスは左足に随分大きな怪我をしていたようで、動きが遅かった。デュナミスに合わせていたらきっと、先回りしてペナンに着くことは出来ないだろう。

「……ッ、足手纏いになって、ごめん」

 申し訳なさそうなデュナミスに、気にするなとヴェルゼは返す。

「鎌を預かってくれるなら、お前を背負って進むことも出来るが?」
「それは流石に申し訳ないけれど……言っていられる状況じゃあないか。ごめん、お願い」

 済まなそうなデュナミスに気にするなと返し、デュナミスに鎌を預けてから背負う。
 ヴェルゼは男子にしては華奢な方でそこまでの力はない。だが背負ったデュナミスは軽く、さして気になるほどではなかった。ヴェルゼはデュナミスを背負ってそのまま進む。
 ペナンの町を目指しながら、二人で色々と話をした。ヴェルゼは姉のこと、頼まれ屋アリアのことを話した。デュナミスはそれを聞きながら、優しい顔をしていた。

「いいなぁ。そんなに優しい姉さんがいるんだ。僕さ……あまり愛されなかったから。羨ましいんだよね」
「ただのお節介なだけの姉貴だがな? デュナミスは……どうなんだ。ああ、言いたくないなら言わなくて結構」
「僕はね……」

 デュナミスは語る。どうやら自分は本当はアルカイオンの家の子ではないらしいこと。子供が出来なくて悩んでいた父が家の前に捨てられていた自分を拾い、アルカイオンの当主として育てたこと。けれど妹が生まれてからは、愛情を向けられなくなったこと。

「僕の使う死霊術を、みんなみんな気味悪がってた。誰も僕の本当の姿を見ようとはしなかった。だから、さ……僕は、君みたいな死霊術師に出会えて嬉しいんだ。君ならさ、僕を怖がらないでしょ? 君ならさ、死霊術のことわかるでしょ?」

 ああ、とヴェルゼは頷く。

「そうだな……。ああ、わかる。日々自分に近づいてくる黄昏の主の幻影のことも、身近に感じる死の予感も。オレの場合は姉貴が、そんな力を使うオレを肯定してくれていた。だが、お前は……」
「否定の言葉しか、貰ったことはなかったんだよ」

 デュナミスは明るく笑う。口にしている言葉は悲しいものなのに。
 デュナミスは明るく笑う。まるで、そうすることで他の感情を封じ込めているかのように。
 ヴェルゼは問うた。

「なぁお前。件の死霊を倒したらどうするつもりだ?」
「どうって……」

 デュナミスは虚を衝かれたような顔をした。
 やがて、いつもの笑みを顔に浮かべた。

「死ぬよ。だって黄昏の主はもう目の前だもの。何かする前に、死ぬよ? でも、もしも生き残ったとしても、あちらに帰るわけにはいかない。ああ、何処にも居場所なんてないのさ」

 ならば、とヴェルゼは提案する。
 彼となら、一緒にいたっていいと思った。

「なら……頼まれ屋アリアに、来てみないか?」
「え……?」

 デュナミスは再び、虚を衝かれたような顔をした。
 その顔が、本当の笑顔を浮かべる。

「いいのかい? 僕さ、足はこんなだしあまりお役に立てないかもしれないよ?」
「立てなくてもいい。居場所がないんだろ? 受け入れてやる。姉貴はお人好しだから、絶対にお前を受け入れるだろうし。過ごした時間は短いが……」

 オレはお前と一緒の時間が楽しいんだ、と本心を述べる。
 ヴェルゼは常に本心を隠す。それは自分を守るため。
 だが、デュナミスにだけは、初めて出会えた不思議な同業者にだけは、明かしたっていいと思った。
 デュナミスは嬉しそうに頷いた。

「……そうかい。ありがとね」
「だから生きろ。黄昏の主になんか屈するな。お前にはまだ先の人生があるだろう」
「うん……そうだね」

 笑うデュナミス。

「ならば、改めて。これからもよろしくね?」

 死霊を追う旅の中、二人の絆は深まっていく。
 決戦の時は間近にあった。

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.41 )
日時: 2020/11/30 09:02
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)


 やがて辿り着くペナンの地。町の人々は普通に暮らしている。まだ、件の死霊は来ていないらしい。安心に二人は肩の力を抜いた。

「でもね、感じるよ。あいつは確かにここに向かってる。で、あいつの目的地に僕がいる以上、あいつは僕を目指して来るだろう。準備はいいかい、ヴェルゼ。決戦の時だ」
「ああ勿論」

 デュナミスの言葉にヴェルゼは頷く。

「ペナンの町には行ったことがある。奴を迎え撃つのに丁度良さそうな場所があるからそこまで行くぞ」
 デュナミスを背負い歩く。

 やがて辿り着いた場所は、ちょっとした広場になっていた。そこにデュナミスを下ろす。

「さて……戦闘が始まるから注意しろとみんなに言ったって、普通は信じてくれないよな? 下手なことしたら治安維持部隊呼ばれておしまいだろうしな」

 そうだねぇ、とデュナミスは頷く。その灰色の瞳に、鋭い輝きが宿った。

「ならさ、治安維持部隊が来る前に決着をつければいいんだよ。――流れろ流れろ魂の炎、空を大地を穿て抉れ破砕せよ!」
「おい待てその詠唱は――」

 デュナミスが天に手を掲げる。すると生まれた灰色の魔法陣。そこから無数の星が生まれ、大地に落ちて地面を砕く。轟音に気付いた町の人々は、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
 ヴェルゼは思わずデュナミスに食って掛かった。

「だから! 魂の灯火《ウィスプ・リュウール》なんて簡単に使っていい魔法じゃないだろ!? っていうかあれは準備が必要な魔法だよな一体いつ準備した!?」
「まぁまぁ落ち着いて。これで他人を巻き込まないで済むようになったし、あいつも呼び寄せられるだろうから。この町に着いた時から詠唱待機状態にしてたよ? 僕なりに計画練っていたのさ」
「なら最初から言え! それならまだ対応のしようもあった!」
「驚かせてみたかった……じゃあ駄目かな?」

 悪戯っぽくデュナミスは笑う。まったくとヴェルゼは溜め息をついた。
 と、不意におぞましい気配を感じた。反射的に上を見る。

「来たよ、ヴェルゼ……奴だ」

 そこにいたのは、全長五メルほどの漆黒の影。一見人の形をしているようにも見えるそれは、何度も収縮と膨張を繰り返し、不気味にうごめいている。ソレの目らしき部分には、白い光が宿っていた。
 ヴェルゼは感じる。こいつは別格だ、と。
 これまで何度も様々な死霊と対峙してきた彼だが、目の前のこいつは格が違った。死霊の発する圧倒的な威圧感に、思わず膝を折ってしまいたくなる。
 ソレはデュナミスを見て、口らしき部分をくわっと開けた。喉の奥から洩れる声は喜びに満ちていた。見るもおぞましきソレは歓喜の叫びを上げて、デュナミスを抱き締めようとでもするかのように手を伸ばす。
 ソレの声が聞こえる。解放されたばかりのソレの心はあまりに幼い。だが、ソレは幼いがゆえにとんでもない邪悪さを秘めていた。何も知らないソレは、ただ欲望の赴くままに、目に入ったあらゆるものを破壊する。

「君が……僕の罪」

 囁くようにデュナミスが言う。

「無邪気で悲痛な声に、耳を貸した僕が悪い。優しすぎた僕が悪い。名もなき怪物よ、遠い日の死霊よ。君は君を解放した僕が倒す。だから……」

 動かぬ足を動かして、抱き締めようと伸ばされた手をかわす。
 灰色の瞳には、揺るがぬ決意が燃えていた。

「大人しく、葬られなよッ!」

 瞬間。燃え上がるデュナミスの魔力。それは灰色の波濤となって、ソレに襲いかかる。

「加勢するぞッ!」

 叫び、ヴェルゼは駆ける。デュナミスの生み出した灰色の波濤を追うように。
 灰色の波濤。ソレに到達する。それは悶えるような仕草を見せたが、大したダメージではないらしい。斬撃。生まれた隙に、ヴェルゼは鎌を叩き込む。己の魔力を込めた鎌は、死霊のように実体のないものですら切り裂く力を秘める。
 悲鳴。おぞましい声が響き渡る。聞いていたら頭がおかしくなりそうな声。同時、響いたのは無垢であまりに無邪気な、


『――どうして こんなひどいこと するの』


「デュナミス! 耳を貸すなッ! そいつは化け物だッ!」
「わかってるさ! 僕はもう、優しすぎた自分じゃない!」

 ヴェルゼの声に応える声は、少しも揺るがないしっかりとした声。
 普通の人ならばその声を聞いた瞬間に、戦意を喪失するだろう。だがデュナミスもヴェルゼもそうではない。そんな声には惑わされない。そんな叫びで揺らぐような決意ではない!

「教えてやろうか化け物! お前はッ!」
「悪い子だからねぇ! お仕置きしないとねッ?」

 ヴェルゼの言葉にデュナミスが被せる。
 ちらり振り向いたデュナミスの周囲には、灰色にきらめく魔法陣が浮いていた。感じたのは圧倒的な魔力。天才死霊術師、デュナミス・アルカイオンの本気が垣間見える。
 デュナミスの口が開き、高速で詠唱を紡ぎ出す。

「流れろ流れろ魂の炎、空を大地を穿て抉れ破砕せよ! 悲しみの運命に嘆く魂よ、今こそその無念を解き放て! 全力解放ッ! ――魂の灯火《ウィスプ・リュウール》!」

 喉も裂けんばかりの絶叫。デュナミスがこれまで捕らえてきた全ての魂が解き放たれて、怨嗟の叫びをソレにぶつける。魂の弾丸に貫かれ、ソレはおぞましい悲鳴を上げた。確実に入っているダメージ。相手の負った傷は軽いものではないだろう。
 ソレは声を上げる。

『ひどいこと するなら やりかえす!』
「望むところだ! 防御式を紡ぐぞ耐えろデュナミスッ! 血の呪い《ブラッディ・カース》、闇色の抱擁《フォンセ・アンブラッス》!」

 ヴェルゼは懐からナイフを取り出し、躊躇なくそれを自分の右腕に突き刺す。溢れ出た血が渦巻いて、周囲の闇を取り巻いた。やがてそれはデュナミスとヴェルゼを包み込むようにして動き出す。
 驚いた顔でデュナミスが叫ぶ。

「ちょ、それ何!? 死霊術じゃないよね!?」
「独自で編みだした魔法、血の魔術だよ。オレの血液を媒介とする強力な魔法だぜ、そんな簡単には破られまい」

 ヴェルゼはにやりと笑った。
 血の魔術。自傷によって発動する魔法。それこそヴェルゼの最強の切り札。
 それは術者の血を消費するが、その分強力である。怒り狂った死霊が拳を振り上げるが、それはヴェルゼの守護魔法によって弾かれる。
 ヴェルゼは勝利の笑みを浮かべた。

「防御さえ出来れば怖くはない。一気にたたみかけ――ぐあぁッ!」

 だが、油断してはならなかった。
 勝利を確信したその瞬間、破られた闇の防壁。術者であるヴェルゼは吹っ飛ばされて、しばらく動くことは出来そうにない。
 魔法の切れ目から見上げたソレは、無邪気な子供のように小首をかしげている。ソレはしばらくデュナミスを見ていたが、興味なさそうにして目をそむけ、倒れているヴェルゼを見た。その目が新しいおもちゃを見つけた子供のように光り輝く。

「……ッ、やめろ!」

 意図を察したデュナミスが叫び、ヴェルゼの方へ駆け寄ろうとする。しかし動かない左足が邪魔をして、そのまま転んでしまった。デュナミスは必死で這って、ヴェルゼの元へたどり着こうと足掻く。食いしばった歯の間から、声がもれる。

「誓ったんだ……これ以上、僕の解放した災厄による犠牲者を増やしてなるものかって……。そのための旅だ、そのための贖罪だ! ヴェルゼを――傷つけるなぁぁぁあああああああッ!!」

 叫んだ。黄昏の主に、デュナミスは強く願う。
 自分の命を消費し尽くしてもしてもいいから、自分はどうなってもいいからヴェルゼを助けてと。
 デュナミスが睨むように見ている先、死霊の振り上げた必殺の拳がヴェルゼに迫る。ヴェルゼは必死で抵抗しようともがいているが、そんなちっぽけな鎌ひとつでどうにかなるような威力ではないだろう。
 デュナミスは、必死で叫んだ。


「させるかぁぁぁあああああああッ!!」


 瞬間。
 動かなかったはずの身体が、動いた。
 あり得ない距離を一瞬で跳んだ。気が付いたら、デュナミスはもうヴェルゼの目の前。ヴェルゼを庇う位置に到着したデュナミスは、ヴェルゼを思い切り突き飛ばす。
 ヴェルゼが驚いた顔をした。

「デュナミス! お前――ッ!」
「死ぬのならヴェルゼじゃない! 僕だッ!」

 立ちふさがったデュナミスを、
 死霊の拳は問答無用で叩き潰した。
 ヴェルゼの目の前で、デュナミスは赤く染まった肉片へと変わる。
 飛び散った粘りつく液体、むっと漂う赤錆のにおい。

「お前――ッ!」

 嘘だ、嘘だろとヴェルゼの頭が現実を拒否する。死なせるものか、死なせてなるものかと死霊術師の力を呼び起こし、ぐしゃぐしゃになったデュナミスの身体を修復する。出ていった魂に必死で呼び掛ける。「死なせてなるものか」強い思いで。持てる限りの力を駆使して。
 それと同時、死んだばかりのデュナミスの魂が叫ぶ。「死んでなるものか」と。それにヴェルゼの思いが重なる。「死なせてなるものか」「死んでなるものか」重なる想いは共鳴する。
 だが無駄だった。戻って来はしない。失われた命を蘇生させるのなんて、神様ですら不可能なのだから。それでも願った、必死で願った。あの日口にした未来を、デュナミスと一緒に頼まれ屋アリアに戻るという未来を、何としてでも現実にするために。
 そうしたら、声が聞こえたのだ。

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.42 )
日時: 2020/12/02 00:20
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: yOB.1d3z)


――『面白い。ならばその狂った運命、一度だけ捻じ曲げてみせよう』

 聞いたことのない声。それは低い、男性の声。
 刹那。
 光が、あふれた。死霊は反射的に目を庇う。
 次の瞬間、ヴェルゼは見る。自分の隣に、淡く透き通ったデュナミスがいるのを。
 嘘だと思った。奇跡なんか起きないと、ヴェルゼは良く知っていた。
 それなのに。

「……ただいま、ヴェルゼ。何を呆けてんだい。一緒にあいつを倒すんじゃないのかい」

 透き通ったデュナミスは、笑っていた。
 理解する。そのまま冥界へ行くだけだったはずのデュナミスの魂が、奇跡のような何かによって現実に繋ぎとめられたのだと。あの不思議な声が、奇跡を起こしたのだろうと。
 同時に感じる。デュナミスの強い力と、温かい魔力を。身体は死んでも、彼は今隣にいる!
 今なら行ける、と確信した。

「デュナミス!」

 名を呼べば。

「ヴェルゼ、僕はここにいる」

 悪戯っぽくデュナミスは笑う。

「やれるか」

 問えば。

「ヴェルゼと一緒なら」

 強い信頼を声ににじませ、デュナミスは透けた手を伸ばす。
 その手を握っても、すり抜けてしまうだけ。だがデュナミスの力は、彼が亡霊となっても確かにそこにあって。
 死霊がヴェルゼたちを見た。口元に浮かぶのは無邪気な笑み。幼くして死んだ神童は、それゆえに残酷で凶悪な爪痕を残す。
 ヴェルゼは胸元の笛に手を触れた。いつだって身につけている、エルナスの笛だ。ヴェルゼの故郷に通じる笛だ。ヴェルゼは相手を漆黒の瞳で見据えながら、素早く一曲奏でた。
 一陣の風が吹くような刹那、流れたのは幼い子供に聞かせる子守唄。
 ヴェルゼは死者を葬り、弔う役目だってある。これは彼なりの手向けのつもりだった。
 低く呟く。

「眠れぬ魂よ……安らかに眠れッ! さぁ、行くぞデュナミス! 弔いの時間だ!」
「そうだねヴェルゼ。そして僕は、死んでいったみんなも弔わなくちゃ……」

 デュナミスの声を隣に受け、二人で叫ぶ。


「お前と」「君と」
「「一緒なら、負けない!」」


 跳躍。握った鎌に魂を込める。さっきは届かなかった。デュナミスだけでは届かなかった。けれど今はもう、一人だけの力じゃない。二人で力を合わせれば、打ち倒せない敵ではない!
 斬撃。刃はあやまたず、ソレの右腕を切り落とす。絶叫。痛みに咆哮を上げる死霊。反撃。残された左腕が迫りくる。前転。前に転がって回避。相手は巨大だが、動きは単純だ。見切れぬヴェルゼではないのだ。
 冷静に判断。敵を確実に葬り去るためにはどうすればいいのか。鎌を握り直して相手を睨む。自傷による傷はとりあえずは塞がったが、鈍い痛みを発している。大丈夫だよとデュナミスが寄り添った。そうだ、デュナミスがいるのならば。

「ヴェルゼ、僕は死んでしまったけれど。でも君が代わりに、僕の無念を晴らして」

 囁くようなデュナミスに頷く。
 そして再び、
 跳躍。
 自分の足元を薙ぎ払うように飛んできた左腕をかわし、さらに高くへ。実体のない相手に触れることは出来ないから、腕を踏んで更なる高みへ行くことは出来ない。だが、ヴェルゼの鎌ならば相手に触れられる。再度、跳躍。ヴェルゼは鎌を下に構え、それで相手の腕を押して反作用でさらに跳ぶ。その目の前には相手の首があった。届く、届く、今ならば届く。


「迷い惑う幼子よ――眠れッ!」
「僕の災厄よ――消え去れッ!」


 絶叫。同時に放たれるのは二人分の声と。裂帛の気合。斬撃。想いを込めて振るわれた大鎌は、相手の首を切り裂いた。どう考えても致命傷だ。退避。ヴェルゼは身体を丸めて衝撃を逃がし、それでも油断なく相手を見据える。
 揺れる。圧倒的な力でこちらをねじ伏せていた相手の身体。ぐらり、ゆらり、頼りなく。何も知らない無垢な瞳が、悲痛な輝きを帯びる。
 無知ゆえに、無垢ゆえに多大な災いをもたらしたソレは、最後の最後にこう言った。

『――いたいよ ねぇ どうして』
「それは、何も知らないままでお前に殺された人々が言いたかった言葉だよ」

 大きく息をつき、相手の言葉にヴェルゼは返す。
 返しの言葉が聞こえたかどうか。致命傷を負った死霊は、光に溶けて消えていく。
 ヴェルゼは大地に膝をついた。もうこれ以上、立っていられるほどの気力はなかった。

「終わった……な……」

 大の字になって呟くと、終わったねと透き通ったデュナミスが返す。

「僕は死んでしまったけれど。君のお陰で旅の目的を果たせた。あいつを倒してくれてありがとう、ヴェルゼ。君がいなかったら僕はきっと……」
「それは……オレの台詞だデュナミス。一人だけでは……オレはきっと死んでいた……」

 偶然出会った二人の死霊術師。何の因果か運命か、出会いは奇跡を引き寄せた。
 そして。

「お前は死んだが……結局……二人で頼まれ屋に……帰れるのか」

 ヴェルゼは呟く。
 思い描いた未来。二人で頼まれ屋に帰りつくこと。それはどうやら現実になりそうである。デュナミスは死んで霊となってしまったけれど、奇跡の結果か、冥界には行かず地上界に留まっている。
 目を輝かせてデュナミスは言った。

「僕さ、アリアって人に会ってみたいよ。ヴェルゼがあんなに話していた人なんだし、気になるねぇ」
「それよりもまず……助けを呼んでくれ。一人では……動けそうに、ないんだ」
「了解」

 ヴェルゼの頼みに応じて動こうとするデュナミス。だが、騒ぎを聞きつけたのか人々が集まりつつあった。その必要はなさそうだねとデュナミスは笑った。

  ◇

 町の人々に事情を話したヴェルゼは数日後、亡霊となったデュナミスを伴って頼まれ屋アリアへと戻る。戻る前にエルナスの笛で笛言葉を奏で、自分は無事だとアリアに伝えた。あの心配性な姉のことだ、こういった連絡は頻繁にしなければ心労でぶっ倒れかねない。
 それから一週間。ヴェルゼはようやく、久しぶりの我が家の扉を叩いた。
 カランコロン、ドアベルが鳴る。扉を開ければ、奥のカウンターでアリアがお客様用の笑顔を浮かべていることだろう。

「はーい、ようこそ頼まれ屋アリアへ……ってヴェルゼ!?」

 いつも通りの声が、動揺を示す。ただいま、とヴェルゼは返した。

「ようやく依頼完了だ。紆余曲折あったが問題ない。それよりも姉貴、頼まれ屋アリアの新しいメンバーだ」

 ヴェルゼの振り返った先、いたのは灰色の亡霊。
 デュナミスが笑みを浮かべた。

「初めまして、ヴェルゼの姉さん。僕はデュナミス。デュナミス・アルカイオンだよ。これからよろしくねぇ」
「……へ?」

 亡霊を見て、アリアは驚きで固まった。
 数瞬後、とんでもない悲鳴が響き渡る。

「え? え……えええぇぇぇぇぇええええええええ!?」

 彼女がデュナミスに馴染むのは、それからしばらくした後の話。

  ◇

「……そんな話があったよな」
「あったねぇ」

 頼まれ屋の昼下がり。ヴェルゼと、すっかり馴染んだデュナミスは穏やかに談笑していた。ヴェルゼは追想する。一年前、死霊を追走していた頃のことを。

「なぁデュナミス。あの時、オレたちを助けてくれた声は結局何なのだろうな?」

 ヴェルゼの問いに、さぁねとデュナミスが返す。

「神様の仕業なんじゃないの? 気紛れに人間と関わる神様だっているよねぇ」
「そうだな……」

 ヴェルゼは頷き、そっと目を閉じる。
 閉じた目の向こうでは、目的を果たしたデュナミスの、輝かしい笑顔があった。

【死霊ツイソウ譚 完】