複雑・ファジー小説

Re: 花泥棒に罪はなし ( No.3 )
日時: 2020/10/20 22:37
名前: 天津 ◆8Er5238aVA (ID: HbGGbHNh)

#2

 一時間目、現社。二時間目、数学。三時間目、生物。
 そして四時間目は現代文。あまり好きじゃない教科だ。現代文に限らず、古典も好きじゃない。はぁ、と思わず溜息がこぼれそうになるくらいには苦手意識がある。

「じゃあ、グループが出来たところから作業開始ね」

 先生は教卓の前に立ったままそう言うと、近くにあった椅子にどっかりと座った。
 自分たちで好きなようにグループを作って、グループごとにオススメの本のプレゼン企画を作れ、みたいなことを言われたけど、本を読まない私からしたらつまらない以外の何物でもない。これならまだ教科書を読んでいた方が幾らかマシなものである。

「出瀬ちゃんは、どんな本を読むの?」
「いや……特に……。私、そもそも本を読まないから」

 そして私は何故、音無さんとグループ、いやバディを組んでいるのか。周りの子たちは少なくても三、四人組。多くても六、七人組なのに、何故私たちだけ二人組なのか。
 これだと音無さんと大の仲良しみたいになってしまう。普段あまり話さないから少し気まずさが……もう遅いけれど、グループの再編成を提案したくなるくらいには気まずい。

「そう……ちょっと意外。出瀬ちゃん頭が良いから、本も好きなのかなって思ってた」

 音無さんは言葉通りに目を少しだけ、驚いたように見開いて見せた。が、すぐに楽しそうに目を細めると、口元に手を当てながらそんなことを言った。
 まぁ確かに国語に苦手意識はあるが、世間的に見れば成績は上々の部類に入るだろう。
 とはいえ、音無さんだってかなりの成績優秀者の筈だ。音無さんが国語嫌いかは分からないけど。でも、音無さんがこう言うってことは、音無さんはきっと何かしら愛読している本があるのだろう。

「ふーん……音無さんは?」
「わたし? わたしは、文豪の本が好きなの。特に江戸川乱歩と太宰治。ライトノベルとかも読むけれどね」
「……エ、エドガワランポ? 太宰治は……分かるけど」

 そう思って問い掛けると、よく分からない人の名前が出てきた。エドガワランポって誰だ?
 太宰治は勿論分かる。中学校のときに走れメロスを読んだことがあるし、あと人間失格を書いた人だ。人間失格は読んだこと無いけど。
 私が『エドガワランポ』が誰なのか検討つかないのがあからさまだったのか、すぐに音無さんはクスクスと笑い始めた。なんだか少し馬鹿にされているような気もするけど、音無さんのコロコロとした笑い声がとても可愛くて、ちょっと指摘する気にはなれなかった。

「江戸川乱歩、知らない? 明智探偵……えぇと、明智小五郎で有名な人なんだけど……」
「……あ、いや、名前だけもしかしたら、聞いたことあるかも」
「……あら、そうなの?」
「うん」
「じゃあ、ちょっとは分かるのね」

 ニコッと嬉しそうに笑う音無さんを見て、少し頬を引き攣らせる。勿論心の中で、だけど。
 うん、なんて言葉は嘘っぱち。全くのデタラメだ。明智小五郎って言われてもピンと来ないし、正直誰だよって感じが凄くする。けど、多分有名なんだろう。そう思って適当に頷いただけだ。
 てか明智小五郎って、あの名探偵アニメに出てくる、あのキャラに名前似てんな。明智小五郎もあの探偵みたいに推理が外れがちな人なんだろうか。それを言ったら、頭脳がどうのこうのって言ってる探偵の方も、江戸川乱歩と名前が似てるけど。

「んー……発表が二週間後だから……出瀬ちゃん、その間に本探してくるのって、難しいかな?」
「うーん……プレゼン用の資料も作らないといけないから、少し難しいかもしれない」
「あー、そうよね。じゃあ、今度一緒に図書館行かない?」
「は、一緒に?」
「ええそうよ。……だめ?」

 なんで一緒にどっか行く話が持ち上がってんだ。
 音無さんの好きな本をプレゼンしたら良い話じゃないの、これ。わざわざ私に本を読ませる必要、ある? 無いと思うんだけど。
 ……でも折角のお誘いみたいなもんだし、断るのは気が引けるんだよね。心無しか音無さんの目も潤んでる気がするし。断って泣かれでもしたら困る。

「……あ、そう。別に悪くは無いけど。いつどこで集合にするの?」

 机の中からメモ帳を取り出しながら、了承する意味で音無さんの言葉に頷く。

「ほんとっ? 仕事の関係もあるから……ちょっと待ってて」

 そんな私を見てか、音無さんは一転してパッと顔を輝かせた。さっきのは演技だった、ってことなのか。まぁ了承してしまったのは仕方ないし、別に良いけど。そう思いながら、席を立つ音無さんを見届ける。
 一旦自分の席へと戻った音無さんが、色とりどりの付箋だらけな分厚い本みたいなのを持って帰ってきた。多分、スケジュール帳ってやつだろう。

「えーと……今週の土曜日なら、いつでも大丈夫。出瀬ちゃんはどう?」

 それをパラパラ捲りながら音無さんがそう言う。首を傾げて私の予定を聞いてきたが、音無さんは私よりもずっと忙しい筈だ。
 そう思って、ちらっ、と音無さんのスケジュール帳に視線だけ向ける。ちょっと見ただけでぎょっとするくらい予定がぎっしり詰まっているのが分かるくらい、書き込まれていた。そこに奇跡的に空白が一つだけ。多分それがさっき言っていた今週の土曜日なんだろう。

「や、音無さん忙しいでしょ。私が合わせるから気にしないで。で、何時集合?」
「……本当? ……じゃあ、お言葉に甘えて……舘前たちまえ高校前のバス停に十時集合、でどう?」

 “10:00、舘高前バス停集合”……と。「ん。りょーかい」走り書き気味にメモする。
 舘前高校、通称舘高。あそこから一番近い図書館といえば、舘前図書館か。確か、舘高のバス停から道沿いに左に進んでいけば行ける筈だ。

「……ってことは、舘前図書館?」
「ええ。あそこ、色んな本が揃っているから」
「ああ、まぁ、大きいしね」

 舘前図書館はここら辺で一番大きな図書館だ。他にも三目みつめ図書館、場条ばじょう図書館と色々あるけど、申し訳無いけどいずれも舘前図書館には劣る。まぁ、どの図書館でも私はたまに勉強しに行くくらいしか利用しないけど。

「ねぇ。ところで出瀬ちゃん。二人で朝からおでかけなんて、デートみたいじゃない?」

 何言ってんだこいつ。そう思って音無さんの方を見たけど、物凄く笑顔だ。悔しいけど可愛い。私が男だったら間違いなくときめいてるところだ。多分、音無さんって俺の事……とか思っちゃうやつだ。
 けど、生憎と私は由井に鍛えられている。由井はよく思わせぶりな言動をとるやつだし、今更誰かにそんなことをされた所で何ともない。むしろ、由井の面影が何となく音無さんに重なった気がした。

「……音無さんも由井みたいなこと言うね」
「ふふ、出瀬ちゃんったら」

 はぁ、と溜息を吐いてそう軽くあしらい、冷ややかな視線を音無さんに向ける。
 しかし音無さんは、そんな反応痛くも痒くもないと言いたげに笑みを崩さなかった。上品に片手で口元を押さえながらクスクスと笑っている。

「由井ちゃんのこと。とっても好きなのね」

 音無さんは楽しそうに目を細めていたが、どこか確信したような様子だった。