複雑・ファジー小説

Re: 花泥棒に罪はなし ( No.9 )
日時: 2020/12/10 17:08
名前: 天津 ◆8Er5238aVA (ID: bq5vtmiU)

#4-1

「これはどう? 私映画も観てるし、本との比較も出来るんじゃない?」
「出瀬ちゃん、映画も観てたの?」
「まあね。由井が観たがってたから、ついでに一緒に観に行っただけだけど」

 たぐり寄せた本を片手で持ちながら、そう推薦をする。ペンギンハイウェイだ。
 プレゼンの内容だって書きやすいだろうし、ちょっと前、と言っても年単位だけど、何より映画になっているのだから、まだ皆が分かるのではないかと思った。

「…………。ふふ、そう、良いわね。是非、それにしましょう」

 音無さんは目を細めてしばらく何かを考えている様子だったが、くすっと短く笑うと、こくりと頷いた。

「じゃあ、これに決定ね」

 本のタイトルをずらりと並べて書いたメモ用紙に、ペンを走らせる。幾つかあるタイトルの内の一つ、“ペンギンハイウェイ”と書かれている所に、大きく赤で囲った。

「……ぁ、そうだ、出瀬ちゃん。この本たちは、もう返してしまって良いのかしら?」
「んー? ……あぁ、んー……いいけど、ペンギンハイウェイはどうすんの? プレゼンのときは
その本も持ってこいって先生言ってたけど」
「その本なら、私の家にもあるわ。発表のことは心配しなくても大丈夫よ」
「そうなんだ。じゃあ、全部返しといて」

 そう言いながら、メモ用紙に目を通す。本のタイトルの下に、それぞれの本の内容が詳しくまとめられていた。これらは全て音無さんが書いてくれたものだ。
 このメモ用紙はグループ内で情報を共有出来るようにと、先生の気遣いで用意されたものだ。メモ用紙ではあるが、A3サイズぐらいはあるだろう大きさである。

「映画の内容も兼ねて、の内容にしなくちゃね」
「ん」

 あの例の袋に本を片付けていたらしい音無さんは、その袋を机の上に置きながらもそう言った。

「つか、雨だからか知らないけど、今日めっちゃ暗いね」
「あ、ほんと。……出瀬ちゃん、傘、持ってきた?」

 私たちの席が窓際なせいかして、ぱちぱちぱちと窓に打ち付ける雨の音がよく聞こえる。窓の方を見ると、まあまあ雨が降っているのか、どんより、というよりは既に夜かってくらいに空は暗かった。

「え、持ってきてるけど。天気予報で雨降るって言ってたし」
「……実はわたし、忘れてきちゃったの、傘。雨が降るなんて、知らなかったから」
「……へぇー。……で、それが何?」

 音無さんはわざとらしく真剣みを帯びた声色でそう言うも、すぐに困ったような動作を大袈裟に取った。
 なんか、怪しい。

「今日、一緒に帰らない? 放課後になっても雨が降ってたら、だけれど」
「……二本も傘持ってきてないけど?」

 なんだか不審な様子の音無さんにそう聞いてみたけど、何故か、このタイミングで一緒に帰ろうと誘われてしまった。さっき傘がないって言ってたのに、どうやって一緒に帰るというのだろう。音無さんに貸す分の傘なんて持っていない。
 音無さんはいつも話が突然で、何を考えてるのか時々分からなくなる。

「いえ、違う、違うのよ出瀬ちゃん。わたしは、出瀬ちゃんの傘を半分だけ貸してほしいって言ってるの」
「……はぁ?」

 音無さんはふふっと思わず吹き出したが、すぐに否定するように何度も小さく首を振った。
 私は音無さんの申し出に固まっていた。つまりそれは相合傘、ということになるのではないか。まさか、この音無さんが私にそんなお誘いを持ちかけるだろうか。

「あら……よく分からなかったかしら。わたしは、出瀬ちゃんと相合傘をしたいのよ」
「いや、それは分かるよ。分かるけどさ……」

 どうやら聞き間違いではなかったらしい。丁寧に、わざわざ別の言葉に言い直してまでくれた。

「なんで、私なの?」
「……なんで、って?」

 相合傘を誘われた、一緒に帰ろうと言われた、という事実は分かったが、どうして音無さんが私にそんなことを言うのかがよく分からなかった。
 そもそも、あまり仲の良くないクラスメイトに急にそんな話を持ちかけるものなのか。
 音無さんは眉間に皺を薄く刻むと、よく分かっていない様子で首を傾げる。

「いや、どうして私と帰りたいのかな、って」
「ああ、……」

 音無さんは顎に手をあてると、考える仕草を取り始めた。視線を下に下げているのか、伏せられた睫毛がよく見えた。めちゃくちゃ長い。
 ……しかし、改めてこうやって見ると、音無さんは本当に美形だ。ちょっとした仕草でも絵になる、とでもいうのか。

 ふと、音無さんがぱっと視線を上げる。
 そのときに目があったが、何となく目を逸らしたくなって、視線を少しだけずらした。まさか、考えてる様子の音無さんのことを見ていたなんて、本人に思われたくなかった。

「……ただの気まぐれ、って言ったら、怒る?」

 そして少しだけ眉尻を下げて、はにかむ。ものすごくあざとい。けど、めちゃくちゃ可愛いから気にならなくなってしまう。

「別に。一緒に帰るのは、いいよ」
「ふふ、良かった」



   *



「挨拶無くていいから、キリのいいところで各自終わってください」

 先生がそう言うと同時に、チャイムが鳴り出す。集中していたせいで全く気付かなかったけど、だいぶ時間が過ぎていたらしい。

「──よし、次からはコンピュータ室に行けそうね」

 本のプレゼンには、パワーポイントというソフトを使う。パワーポイントでスライドを作成して、そのスライドと実物の本を用いてプレゼンを行う仕組みだ。
 私たちはそのスライドを作成する前に、どんなスライドにするか練っていたところだった。が、その作業も次の時間からは必要無さそうである。案外トントン拍子に作業が進んでる気がする。
 うまく作業が捗ってるのが嬉しいのか、音無さんは笑っていた。
 音無さんの言葉に「うん」と返した後、私たちは解散した。

 時計を見ると、休み時間は残り五分くらいになっていた。次は英語で移動教室だから、少し急がねばならない。
 英語の授業は、クラスを半分に割った人数で二つに分かれて授業が行われている。いわゆるハーフっていうやつだ。なんでも、成績順に分別されているらしく、私たちのクラスは比較的優秀な子ばかりが集まる方だという。

「古都、一緒に行こー」

 英語の準備がちょうど出来たのを見計らってか、タイミング良く由井が来た。
 由井の言葉に軽く頷くと、由井はへらっと口元を綻ばせて、私の腕に巻きついてきた。少しだけ歩きにくくなって不便だが、わざわざ引き剥がすのもめんどくさい。
 由井はそのままにして、英語の教室まで足を運ぶ。
 ちょうど手前には音無さんが歩いていた。しかも、クラスのイケてる女子、いわゆる一軍ってやつらと随分と仲が良さそうにつるんでいるところだった。
 ふと、さっきの授業での音無さんの発言が頭の中をぎる。やっぱり音無さんの誘いなんて断ろうかな。

「……古都?」
「え、何」
「なんかすっごい暗い顔してるけど、なんかあった?」
「……そう? 別に、何も無いけど」

 音無さんの行動一つで私がそんなに落ち込む訳が無い。由井は何を言ってるんだ。そう思いつつ、適当に返事を返した。

「嘘でしょ。ぜーったい恋愛関係だわ。古都にもついに好きな人ができたとか!」
「んな馬鹿な、あんたじゃあるまいし」

 が、由井は中々引き下がらない。自信満々に妄想を語ってくれている。由井はこうなると凄くめんどくさい。ので、由井のおでこを軽く小突いてやった。