複雑・ファジー小説
- Re:愛はまるで水のような ( No.4 )
- 日時: 2021/10/31 18:38
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: rMENFEPd)
第零話
「神々諸君へ」
吸血鬼と聞いて、ピンと来ない人間は、生まれたての赤子を除けば、そうはいないだろう。それほどまでに、吸血鬼は人間社会にすっかり馴染んでしまった怪物だ。倒し方だとか弱点だとか、かなり研究も進んでしまっていて、脅威は感じさせても、恐怖はなかなか感じさせない。昔は吸血鬼と聞いただけで震え上がった人間ばかりだったというのに、今では面白おかしくアニメや漫画なんかで登場させられたりしている。彼らの世界では、さぞかし肩身の狭い思いをしているのだろうね。
ところで、君は吸血鬼のことをどのくらい知っているんだい? 人間の首筋から血を吸って、その血を命の糧かてとしている。銀の弾丸で心臓を射抜かれると死ぬ。ここら辺はもう常識だよね。
じゃあ、これはどうだろう。人間と吸血鬼が、かのイエス・キリストが誕生するよりも前から今にかけて、ずっと戦争していることは、知っているかい? だって、人間はこの世界を我が物のように思っているんだもの。厄介な存在は、排除しようと考えたんだろうね。
まったく。私は馬鹿な話だと思うよ。確かに人間と吸血鬼とでは、圧倒的な数の差がある。しかし、それを呆気なく覆せる程の力の差が、両種族間であるんだからさ。どっちがどっちの種族の話をしているかなんて、言わなくてもわかるよね。
一対一だろうが百対一だろうが、人間が吸血鬼に敵うわけがない。なんせ相手は不死身の種族で、しかも首に歯を突き立てるだけで、人間を自分の下僕に出来るのだから。それに、彼らは『魔法』、いや、『呪術』と言った方が想像しやすいのだろうか、とにかく、そういった類いのものが使えるのだしね。
人間には科学がある? 兵器がある? そんなもの、なんの役に立つと言うんだ。人間が操る科学は、所詮は魔法を真似たもの。『偽物』が『本物』に勝ると思うかい? つまり、そういうことさ。
まあ、自分たちに不利益なことには、本当の意味で危機に瀕するまで、目を瞑ってしまうのが、人間の悪いところだから、気づいてはいるんだろう。気づいていない振りをしているだけで。君もそう思うだろう? 本気で吸血鬼に勝てると思っているのなら、わざわざ吸血鬼の弱点について研究したりだとか、可愛らしいイラストで『吸血鬼にはなんの脅威もない』と、人々の意識に刷り込ませたりだとか、そんなこと、する必要無いんだからさ。
そうは言っても、決着が付いていないのもまた事実。力が互角なんてことは有り得ないとしても、人間も、必死になって吸血鬼の力に対抗できるように、力を付けてきているからかな。吸血鬼が、余裕を見せて戦争が始まった直後の段階で、一気に人間を叩き潰さなかったツケが回ってきたということなのだろう。
それにしても、戦争ほど馬鹿らしいことって、ないよね。だって、生み出すものは、多大な悲劇。なにも楽しいことないのに続けるのは、きっと、もう、いまさら引っ込みが付かないんだろう。ははは、くだらないね。そりゃあ、勝てば儲かるかもしれないけど、それは、一般論。吸血鬼との戦争を、一般だなんて言わないだろう? それに、これだけ長く続けている戦争なら、勝ったとしても、利益と損害を総合して考えてしまえば、どう計算しても、損害の方が多いに決まってる。
共存なんて道はそもそも存在しないから、仕方ないと言えば、仕方ないのかな。だって、君だって、牛や豚と一緒に暮らそうなんて思わないだろう? 飼っていて大事に思っていて、家族のように思っていても、対等だなんて思うかい? 犬や猫なんかも、同じさ。
ああ、ほら、観てごらん。丁度いま、悲劇の幕が上がったよ。
あはは、ごめんごめん。そんなこと言われても、どこで公演しているのかなんて、諸君にはわからないんだよね、私と違って。では、私が案内して上げよう。礼なんか要らない。単なる私の気まぐれだからね。
さ、私の手を取って、あの光に向かって歩けば良い。いまは、まだ光に包まれている、『幸せな世界』が演じられているよ。
……じきに、私の姿は、君の目には見えなくなる。その前に、別れの挨拶を述べておこう。
さよなら、神よ。
また、会おう。