複雑・ファジー小説
- Re: 愛はまるで水のような ( No.5 )
- 日時: 2021/10/31 18:38
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: rMENFEPd)
「プロローグ」
この町には、『吸血姫伝説』と呼ばれる、都市伝説がある。その意味は文字というか、『音』の通りなのだが、漢字に注目してほしい。
そう、吸血『鬼』ではなく、吸血『姫』、つまり、この地にいると伝えられている吸血鬼は、女性なのだ。だからどうだ、ということでは無いが、我々の知る吸血鬼と言えば、ほとんどの人が男の吸血鬼を想像するだろう。その証拠に、伝説の漢字に、吸血鬼が女性であると、わざわざほのめかすようなものを用いているのだろう。
この都市伝説の元になったのは、昔起きた、とある事件だ。昔と言っても、それはおよそ百年前の出来事。まだ、比較的最近と言える年月しか経っていない。まあ、当時のことを経験した人物は存在しないが。
そう、人物は。
伝説というか言い伝えというか、それらは、必ずしも全てが作り話ではない。人間はどう生きるべきか、人間とはどうあるべきか、先人が子孫たちに伝えるためにえがかれた物語が多数存在することは事実だが、あくまでそれは『多数』であり、例外は存在する。
日本のどこかにある、話し言葉からして少なくとも関東圏にあるこの町。至って平凡で平穏で、悪く言えば面白みのない町だ。それもそのはず。この町の偉い大人は、伝説の元となった事件、『死の街事件』によって人々が抱いた、この町に対する『負のイメージ』を払拭することに集中しすぎていて、町の発展にまで、手を回せてはいないのだ。
百年前のことなど、国民のほとんどが忘れてしまっている。ふと思い出して、「あんなこともあったな」と感じることはあるかもしれないが、それだけだ。彼らが気にしすぎているだけなのだ。
しかし、彼らを責めることは出来ない。それが人間という生き物なのだから、どうしようもない事なのだ。
この町にも、当然、子供たちはいる。彼らが楽しみの少ないこの町で、唯一他の地域とは違った、この町の隠れた特徴とも言えるものに興味を抱くのも、致し方のないこと。
これまでも、数え切れないほどの子供たちが、場違いに建つ大きな洋館、その敷地内に侵入し、そして、がっかりして帰っていく。
何も無いと知りながら、「もしかしたら」という微かな希望を持ち、自分の目で確認し、失望する。
彼女が人間に姿を見せるはずがない。子供たちは、それを理解できていないのだ。崇高な存在である吸血鬼の姿を見ようなど、おこがましいにも程がある。
それが、吸血鬼たちの考えだ。
彼女はそんな独尊的な考え方は持っていないが、人間に姿を晒すことの危険性は、十二分に理解していた。
だから、今回も、息を潜めて、彼らが去るのを見届けるはずだった。
世界は選択を間違えた。誤ってはめられた最高傑作とまで言える歯車を、気付かぬうちに、みすみす壊してしまうことになったのだから。
これは、悲劇として演じられた物語。
彼女は、この舞台を演じきった時に、何を思うのか。