複雑・ファジー小説

Re: 愛はまるで水のような 其ノ壱『短い夜』 ( No.6 )
日時: 2021/10/31 18:38
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: rMENFEPd)

 第壱話
「夏の肝試し」

「ねえ、やっぱりやめにしようよ」

 黒羽くろは健太けんたに言った。長い前髪からかすかに見える垂れ目は、怯えたように、細かく震えている。

 左目の縁にある涙ぼくろが、彼の臆病おくびょうそうな雰囲気を、さらに演出している。
 細く白い腕を健太の筋肉質な腕に伸ばすが、健太はすぐにそれを振り払う。

 健太はかなりの高身長で、黒羽とはそこそこ身長に差がある。振り払う手が黒羽の顔に当たりそうになり、それを避けようとした黒羽はよろめいた。

「うっ」

 どてんと汚い音を立て、黒羽が尻もちをついた。

「おいおい、軟弱なんじゃくだな、そんなんで大丈夫か?」

 健太は硬い髪質らしい短い毛が生えた頭をガシガシかいて、謝りはしないものの、健太はそのごつい手を黒羽に差し出した。
 しかし、そのやや細い目は、呆れたような色をしている。

「大丈夫じゃないでしょ、黒羽はひ弱なんだから」

 黒音くろねが黒羽の前に仁王立ちして、言った。腰に手を当てて演技めいた動きでビシりと黒羽に人差し指を向ける。そうやって動く度に、ゆらりさらりと高い位置でくくられたツインテールが動く。

 黒音はゴスロリチックな格好をしていた。スカートの部分がふわりと盛り上がった、フリルやレースがたっぷりとついた黒いワンピースを身につけ、その姿はやや夜の闇に溶け込んでいる。

 そう思って見てみると、黒羽もかなり黒を基調とした服装をしていた。こちらはシンプルな洋服で、黒のTシャツに黒のズボンだったが。しかし気になるのは、シャツの下に長袖のインナーを身につけている事だった。もちろん薄手だが、いまの季節が夏であることを考えると、すこし気にかかる。

 それは黒音も同じで、こちらは肩まで覆う長さのオペラグローブを身につけている。
 彼らは双子なので、両方揃って肌をあまり露出できない体質なのだろうか。

 二人と反してたくましい腕がむき出しの格好をしている健太は、二人がいつも肌を出さないスタイルなのは知っているので、特にこれといった反応は示さなかった。

「で、でも、だって、勝手に家に忍び込むなんて、だめだよ」

「どうせ誰もいないんだから、大丈夫よ」

「でも」

「ど・う・せ、だ・れ・も、いないんだから、ね?」

「……はい」

 これは、黒音の押しが強いのか、それとも黒羽が打たれ弱すぎるのか。
 そんな判断は、その場の誰も、「いつものことだ」と考えて、行わなかった。

「ほら、公洋こうようも。いつまで渋ってるの? わざわざ親に嘘まで吐いて来たんでしょう?」

 黒音は今度は、自分の後ろに立っていた公洋に声をかけた。
 公洋はビクッと肩を震わせた。いつもは明るい公洋だが、時折こんな風に、とてつもなく臆病になるのだ。
 さっきから公洋は落ち着きなくソワソワしていて、黒音は少々イライラしていた。

「ちょっと、かなえ。連れてきたのはアンタなんだから、そいつ落ち着かせなさいよ」

 公洋のそばに立っていた叶に黒音がそう言うと、叶はにこにこと笑って、

「今やってるところだ引っ込んでろお前は」

 と言い放った。
 黒音はぴしりと固まったが、叶は無視して、公洋に向き直った。

「公洋、怖いのか?」

 叶は公洋の顔を覗き込んだ。叶の青い瞳に、公洋の顔が写り込む。
 公洋は額を出すヘアスタイルなので、情けない顔が丸出しだ。

 叶の体には、外人の血が混ざっている。祖父が外国人なんだそうだ。叶は祖父によく似ていると言われており、家族の中でも外人の外見の特徴が色濃いろこく出ている。毛髪もうはつも若干ふわふわしていて、色素の薄い、金にも見える茶髪だ。

 服装はポロシャツにサマーカーディガン、淡い青のパンツという、爽やかな格好で、叶にはとても似合っていた。ちなみに、公洋は半袖のパーカーにジーパン。

 身長もやや高く、体つきも、一見は細身だが、よくよく見るとしまってがっしりしている印象を受ける。

 黙りこくった公洋の背中を、叶は、ばんっ! と叩いた。

「大丈夫だって! 親御おやごさんは俺のこと信用してくれてるから、バレることはないし、どうせなんにもいないって! こんなのただの暇つぶし!」

 当人がいればすぐさま怒りだしそうなことをさらりと言い、叶は公洋を励ました。

「う、うん。そう、だね」

 公洋がそう言った瞬間。

「よおし、それじゃあ、レッツゴー!!」

 高らかに進行が宣言された。

「ちょっと、めぐむ! 声が大きいよ!」

 慌ててそばにいた紗英さえが、顔を真っ赤にして訴えた。見ると、お下げにくくられた栗色くりいろの髪から少しだけ見える耳も、赤に染まっている。

 右手で自分の緑色のワンピースを、左手で恵のピンク色の服の袖を引っ張った。

 紗英は恵と身長差が五センチほどあり、紗英からすると見上げるような形になる。これは紗英が小さいというのもあるが、恵も背は高い方なのだ。少し目じりの下がった目に映る恵は、あっけらかんと答えた。

「どうせこの辺、この洋館しかないんだから、別にいいじゃない」

 首を紗英に向けた時に、恵のポニーテールがふわ、と揺れた。キュッと猫のようにつり上がった目が、紗英を見る。

「それはそうだけど……」

 紗英はちらりと、七人の前にそびえ立つ、洋館を見上げた。

 天に稲妻いなずまが走っているような、小説や漫画に登場する魔王城のような雰囲気を出す洋館。

 その場所は町の外れで、周囲は家などの人工物はほとんどなく、僅わずかに点々とする家々は全て廃墟だ。
 洋館の周りは柵で覆われ、柵の中も外も、鬱蒼うっそうと木々が茂っている。

 入口は正面にある巨大な門。長い期間使われていないらしく、全体としては錆びてしまっていて、簡単には動きそうにない。
 しかし、過去に誰かが作ったらしい、子供一人がちょうど入れそうな穴が空いている。

「じゃあ今度こそ!
 夏の肝試し、開始ー!」

 先程よりも響く恵の声が反響し、何重にもこだました。