複雑・ファジー小説

Re: Drops of tears Dripping ( No.5 )
日時: 2020/12/05 21:08
名前: リリ (ID: OYJCn7rx)

青葉はスーパーでメロンを買った。
メロンを藍色の袋に入れて、その袋を背負う。
国立総合病院に行く彼女の足取りは重い。
父親の笑顔が見られないからだ。
今、父は狸寝入りをしているだけで本当は起きている。
そう信じたい。信じたくて堪らないけど、信じられない。
笑顔のない父は怖かった。感情が読み取れない。
死んでいるようだ。青葉は思った。
心臓は動いていても、ココロが動いていなければ人は死んでいる、と。
宇宙の研究の最前線に立つ研究者達が、
知的生命が“宇宙”を意識した瞬間、宇宙は初めて存在すると
唱えるのと似ている。
国立総合病院の看護師さんも死んでいると思った。
「急患です!」と慌てた声がしても顔色ひとつ変えない。
私が「お父さん、大丈夫よ!」と意識の無い父を励ましているときも
無表情だった。「きっと大丈夫ですよ。」そう言う看護師もいるが、
本心から言っているとは思えない声だ。
病院の面会受付所に行くのもイヤだった。
私が現れると、受付にいる人は「きた……」と言う顔をする。
私に対応するのが面倒くさいのだろう。
やっと高校に入るちっぽけな少女に敬語を使うのも嫌気がさすのだろう。
面会受付をし終えて、彼女は病室に入る。もちろんノックをしてから。
父は起きていないだろうけど、そのノックに起きているという
期待を込めて。

やはり父は起きていなかった。今日も無表情で目を閉じている。

「お父さん、明後日、高校の入学式があるの。」

父に、高校の制服を着た姿を見てもらいたい。
無理なのは分かっているけど。
私は父の手を握った。