複雑・ファジー小説
- Re: 死にたいなら命を下さい。 ( No.1 )
- 日時: 2021/01/22 08:59
- 名前: むう (ID: mkn9uRs/)
【Prologue 第〇夜】
窓の外で蛙が飛び跳ね、水たまりの飛沫が上がった。
屋上へと続く階段の踊り場に腰かけ、僕は小脇に抱えていた文庫本を開く。
図書館の返却期限が明後日に迫っていた。
ポツ、ポツ、と一定のリズムで落ちる雨のしずく。
放課後の校舎は静寂に包まれて、まるで昼間の喧騒が夢のようだ。
僕はただ黙々とページをめくる。内容などはとうに無視している。
なぜかって、さっきからずっとこの場所で待っているのに、自分を呼び出した相手がなかなか現れないからだ。
「……おい、いるんだったら責めて話してよ、先生」
(この私を暇つぶしに使うとは。大体お前が決めたことだろう、碧)
頭の中に、男性とも女性とも区別のつかない声が響く。
諭すように言われ、僕はプイと顔を背ける。
その態度に、声の主は呆れてため息をついた。
(全く……。ところで次の贄はどんな奴なんだ? そろそろ来るのだろう?)
「来ない可能性が高い。実際、一時間待っているけど足音すらしないし」
彼女に声をかけたのが間違いだったかもしれない。
あの時、アイツは話半分に説明を聞き、そのまま家に帰った。多分そのあたりだろう。
一瞬やる気になったように見えたのは僕のきのせいかもしれない。だって……。
と、階段の下の方から、上履きのゴム底が床をこする音がした。カンカンと段を上っていく。
そしてそいつは、相変わらず本に目を通している僕をギロリと睨むと、スクールバックを胸に抱えて横に座った。
肩にかかる長さの黒髪はしっとりと濡れており、片足だけ上履きではなくスリッパを履いていた。
その理由を、あえて先生も僕も聞かなかった。
「……それで、あの話、本当なの? 水野」
「本当だよ。僕は死神だ。君が望むなら、僕は君を向こうに送るよ」
女の子は唖然と口を開いた。
死神というものが存在することにまだ驚いているようだ。
そもそもの話、僕と言う存在がいて、その僕が死神を名乗っているのだ。
それに彼女は僕の噂を信じてこの場所にやってきた。
なら、疑うだけ無駄だ。さっさと話を進めてしまおう。
「大事なことだからもう一回言っておくね。僕の名前は水野碧。
またの名を、――【死神】。
その名の通り、不平等に人の命を奪うのが仕事だよ」
――死にたいなら死なせてあげる。 僕は死神だ。