複雑・ファジー小説

Re: 東京放浪記 ( No.2 )
日時: 2021/01/25 00:00
名前: たけすこ (ID: 9nPJoUDa)
参照: https://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=2213.jpg

・一章 一話
「シブヤ 1」

―2035年9月17日 午後4時

…流野美幸は、都内の高校に進学し、部活に励んでいた普通の女子高生だった。
休日の電車、線路に飛び込んできた車に衝突し、車両は脱線。
数人の男に襲われ、意識を失ってしまった。

意識が戻り眺めるとそこは東京ではなく、もはや「街」ではなかった。


―2035年10月2日 正午

紺色のブレザー制服、中に灰色のパーカー。ショルダーバッグのように手回しラジオを下げている。くすんだ色だ。
ラジオにはヘッドホンを繋げており、常に頭につけている。
半分割れた黒い丸眼鏡を掛けた、その女性があの時の女子高生の姿であった。

「はぁ。今日のご飯を探さなきゃ‥‥。何処かにいないかな。」

常に無気力感で、だるそうにしているが、そんな彼女が食べているものが‥

――――心臓、だ。


男に襲われた際、意識を失ったが、戻った際、男は死んでいた。
その男の心臓を広いあげ、嚙み砕いた。それが初の「人食い」であった。
どうやら、体内に摂取しきった後、その者の脳にあった情景が描写されると言う。
美幸は自分が暴行されているのを記憶した。‥‥「それ」を失ってしまった。

実家も失ってしまった彼女は、帰る所がない。
東京を出る事を考えていない為、あの時の電車の残骸を家としている。

「あと二つ、か。あまり無駄遣いできないし、戦うのは避けなきゃ。」

美幸はこの前の男兵士より奪ったピストルを持ち、マガジンの数を確認した。
ボサボサになった白っぽい髪を掻きながら、食料となる心臓探しに出かけた。ここら一帯の死体はもう食べた。

「ハラジュクはもうなさそう。エビスの方に行こうかな。」

そう呟き、北へ北へと歩みを進めた。
廃れた街での引っ越しだ。山手の電車においた諸々を調べ、持っていける物は持っていこうと。
歩きながら、時折ラジオのハンドルを回し、休みつつそれをヘッドホンから聞いた。
適当な周波数を合わせ、雑音と共に流れてくるものはニュースだった。
コンビニの駐車場に腰掛ける。

<‥‥本日、新たに組閣された松本内閣は、本格的な東京難民の救助に向け、具体な政府方針を示しました。主に‥‥>

「‥‥じゃあ早く来てよ。自衛隊でも警察でも助けに来れるなら来いよ‥‥はぁ。」

頬を膨らませ、体育座りに不貞腐れる。
そろそろ歩こうと、腰を持ち上げ、北に向きなおした。
歩いている最中は、兵士に気づくようラジオは聞かない事にしている。難民となってからいつも一緒のラジオだった。
猫背になりながら、歩き始める。

しばらく歩くと、段々と新たな死体が見つかる。スーツ姿に焼けた死体。同じ女子高生の死体や―――幼い子供まで‥‥
丁度いい、腹ごしらえだ。とのっそりそれらに寄っていく。
やけに鋭利なコンクリートの欠片を探し出し、まずはスーツ姿の男の胸を開く。そのまとわりつく脂肪を抉り、心臓に手をかけた。
血管を切り、それを取り出した。未だに滴り落ちる血を舐め、顎を赤く染めた。

両手で左右を掴み、鶏にかじりつくように、心臓中央を噛んだ。
あいた穴からは残った血液が溢れ出す。塩辛く生臭い血が鼻に匂う。

「ん‥。美味しいな‥。」

そして、その男の記憶が目に浮かぶ。
男には家庭があり、幼い息子に妻がいた。死ぬ前日は息子の誕生日であると記憶している。
死ぬ寸前は、ナイフが首に掛かるところまでであった。男の顔の辺りを見ると首の左に穴が開いている。
可哀想に。と思いつつも微笑を浮かべていた。余りにも小説らしい。ドラマチックな展開であったのが、笑いに触れた。

次に幼い子供の死体を切り開く。
小柄な体に小さな若い心臓があった。大きくかじりつくと、あまり血は流れてこなかった。
男に比べあっさりしている様な感じであった。

「そっか‥。お姉ちゃんなんだー。」

隣の女子高生は姉らしく、一緒に通学していたようだ。
姉は素っ気なく、弟である子供に冷たい様子だった。最期の情景は、姉がその子を庇う様子であった。
最後の最期に見せた姉弟愛。極度な状態に置かれると人は変わるものだと実感した。

おやつの様なものであった食事も済ませ、血に汚れたパーカをコンクリートの砂塵で臭いを消した。

顎の血を拭って、足を進める。
もうすぐで渋谷駅に辿り着く。やるべき事は、住まいの確保と食料の確認。
敵がいるならピストルで殺す。この姿では日本だろうが共和国軍だろうが殺される。