複雑・ファジー小説
- Re: 東京放浪記 ( No.3 )
- 日時: 2021/01/25 20:57
- 名前: たけすこ (ID: 9nPJoUDa)
・一章 二話
「シブヤ 2」
―同日 午後1時
<渋谷駅>
渋谷駅の周辺、特に線路の橋の下には沢山の血が流れている。
戦車や装甲車が横転したり、黒く焦げたり、車に倒れている兵士が沢山いる。
既にボロボロな家屋の前に、自衛隊の装輪装甲車が乗り捨てられている。
砲塔の中は割と綺麗、住めそうだな。と少女は思った。
後部のハッチから入っていき、電車より持ち出したものを仕舞った。
ふと、車両の外から足音が聞こえた。
日本語でない、共和国の言葉を交わしているのが分かる。
「之前的女人好了(あの時ヤった女、ええ女だったな…)。」
「啊(あぁ…),是…好的女人(たまらんかった…)。」
操縦席より覗くと、二人の歩哨が歩いている。
緑の迷彩を着て、小銃を持っている。メットは被っておらず、軍用帽だった。
「あの二人、保存食に…食べれないかもなんだ。」
二人が少し行ったのを確認し、ピストルを構えた。
当たるかな‥。と頭部を狙って不安気に引き金を引く。
軽い銃声が鳴り響き終わるのを待たずに、もう一人を撃ち抜く。
一人は脳天を撃ったが、二人目は脚部にかすっただけだった。
「这个粪小家伙!(このクソガキが!)」
そう言い放つと共に、小銃を少女に構えた。
引き金を引く寸前、彼女は心臓を撃ち抜いた。
兵士は銃をあらぬ方向に撃ち、倒れた後、じきに絶命した。
胸に刺してあるナイフを盗み、それぞれを開胸した。
手を入れだして、取り出そうとしたが――
「何だお前は!?」
と、男の声が聞こえた。日本語だ。
久しぶりに日本語を話す人間に出会ったからか、とても新鮮に思えた。
男は警戒しつつ、彼女に近づく。
「止まれ‥自衛隊だ。お前は日本人か‥??」
「‥‥殺しに来たの?―――――」
と言い、振り向くと同時に、先程のナイフを投げ飛ばした。
男の腕をかすり、血が流れ出た。
「おい‥待て!」
少女はピストルを構えて、男を止める。
男も同じく、小銃を構えた。
どちらも引き金を引けば必ず当たる距離。僅か1mであった。
「や、やめろ。俺は敵じゃない。」
「…ほんとに?あの外国人じゃない?…」
途切れ途切れになるような声で、言った。
少女は病弱らしい。息が上がって半ば、過呼吸のようである。
「はぁ‥はぁ。」
「だ、大丈夫か?おい‥」
座り込んでしまった。男は少女を担ぎ、何処か物陰に連れて行こうと。
戦車‥と呟いたから、男は棄てられた装甲車の車内に入った。少女はぐったりと横になり、意識を失ってしまった。
時刻は午後2時を過ぎた。
―――恐らく高校生か?
今までも俺は数人の「彼ら」と戦ってきたが、この子供は本当に日本人なのか?
この細く拙い腕に、奴らの拳銃が使えるとは驚きだ。
原隊も崩壊した。この娘を日本に連れて逃がせられるか?‥‥
この男は「善波仁之」、原隊は第一普通科連隊であった。
かつて「彼ら」と戦った彼は、単身東京に生き残ってしまい、行き場を失ってしまった。
「ここで寝てろ。しばらく休め。」
善波は少女を、装甲車のランプドア右、椅子に寝かせ、ランプドアの閉鎖を試みる。
辺りを見回し、操作用の機器に触れたが、生きていない。
よく見ると
「見つかると厄介だ‥‥。瓦礫で隠すか。」
手頃なコンクリ片で、入り口を塞いだ。
外部からは恐らく瓦礫に囲まれた96式に見えるだろう。ひとまず安全は確保した。
少女は相変わらず、意識を失ってはいるが、呼吸をしている。
「ぐっすり眠っているが、起きたら色々聞かねばな‥。俺も疲れてしまったなァ‥‥」
目をひとたび閉じると、直ぐに眠りに落ちた。
それからおよそ五時間経った頃だろうか。無音であった車内に、足音が響いた。
善波は即座に目を覚まし、掛けていた89式を構える。
「あ、う‥うたないでください‥。」
先程の少女が、座席より起き上がり立っていた。
暗闇の中、辛うじて姿が見えた、白い髪が、淡く映っている。
善波は自分が小銃を構えているのに気づき、ゆっくり下ろした。
「起きたか。気分はどうだ?」
「大丈夫‥。」
さっきのおじさん?と聞かれ、善波は頷いた。
善波は立ち上がり、少女の傍に寄った。すると腰を降ろし、真剣な眼差しで彼女を眼を覗いた。
「お前さん‥おっかない事してんなァ。あの兵士の心臓か?何で取り出していたんだ?」
「食べる。お腹すいたから。‥‥名前何?」
「おおう、俺か。俺はぜんば、善波仁之だ。」
うん、と少女はこぼし、口内の唾液を飲み込んで口を開いた。
震えた声で小さく話し出す。
「私は、流野美幸‥です。」
人と話すのが苦手なのだろうか。善波は内心そう感じた。
一言ひとこと、緊張しているように恐れているように発する。
普通、人を殺めることには躊躇いと言うものを感じるが‥‥
「‥話すより、楽。」
と、一蹴された。
「とにかくここも危険だろうから、夜の内に出るぞ。」
「えぇ‥。住む。ここに‥」
―俺は驚いた。
この車内に住むとは、敵の陣中に寝床を作るのか?!
もちろんそのような事は勧められない。
善波は瓦礫をずらし、外を眺め、周囲に敵がいない事を確認した。幸い、人影は見受けられない。
慎重に歩きだし、常に小銃を前後左右に向けつつ、安全確認を続けた。
左手で、「こっちにこい」と指を振った。
「分かった‥。出るよ。」
ラジオを肩に下げ、奪い取った心臓を持ち出した。
善波は小さく、置いて行け。と怒鳴った。
―午後八時半
<玉川通り>
首都高速三号渋谷線が通る玉川通りには、善波と同じ自衛官と思われる死体が転がっている。
それを見るたび、善波の心は傷つくのであった。
「チクショウ‥‥。あんの野郎どもに殺されちまったのか‥」
「‥ねぇねぇ。」
と言い、善波の袖を引っ張った。
ひそひそと、何だ。と返すと。
「それ‥食べていい?」
思わず善波のはぁ?、と言う素っ頓狂な声が響いた。
美幸の指す指は、善波の同士である自衛官の胸を指している。
どうやら、心臓を食べたいようだ。
「ふ、ふざけんじゃねぇ。そのような真似、許されるわけがないだろうが‼‥」
善波は眉を顰め、少女を罵倒した。
善波の言葉を聞き流し、軽々と瓦礫を超え、その防人の服を脱がした。
黒く焼けた肌が露出した。
その自衛官より取ったナイフで、慎重に胸に刃を入れた。…プツンと血が一滴溢れた。そのナイフをおろし縦に深く刺し込む。
ある程度、開ききったら、両手で勢い良く傷口を広げ、容赦なく突っ込む。
美幸の手際の良さに、幾たびも開胸したのだなと理解した。
善波の精神は憎悪よりも、恐怖が勝っている。
「ホトケさんに何しやがる‥!やめろ罰当たりだ!‥」
肩に触れやめさせようと。その、か細い腕を引っ張った時だった。
勢いよく血が飛び出す。心房の切り口をつぶしたようだ。
「んっ‥‥」
彼女の髪に、赤い一筋が。
「被ったのか‥。食うのか?それ。」
善波の問いかけにも動じず、堂々とかじりつく。
鼻の頭から顎の先にかけ、生臭さが広がった。何度も何度も前歯で噛み続ける。
右心室の一かけらを口中に含み、喉を鳴らして飲み込んだ。
その飲み込む喉の形がクッキリと、男の目に焼き付いた。
小銃の手から、腕に身体に、と。震えが止まらない。
人を‥食っている‥。とその事実を独り言に述べた。
「戦ってる‥。泣いてるんだ‥霞んでいるよ。」
怖かったね。と美幸が口にした。
月夜の晩に、狂気を目の当たりにしたのであった。