複雑・ファジー小説
- Re: 新世界のアリス ( No.3 )
- 日時: 2021/06/13 00:33
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: zla8knmg)
プロローグ
分厚い雨雲に覆われ、薄暗く、冷たい雨が降りしきるその日。その日は朝から雨で、たまに強く降る悪天候だった。
黒い礼服を着た黒髪の少年と、同じく黒い喪服を着た少女が傘を片手に見つめる先は、「有栖川家之墓」と刻まれた墓の前。二人が立っているのはどこかの墓地であった。
墓の前には大量の花束と、雨で濡れてしまってとっくのとうに火が消えている、線香の束。少年も少女も顔色が悪くうつむき、墓を見続けていた。
ふと、少年が口を開く。
「父さん……」
少年はうつむいたまま、虚空に向かって言葉を発していた。視線も墓を見ているというより、別のどこかを見ているようだった。
隣の少女――「ギン」はそんな彼を見て、悔しそうに歯を食いしばり、涙を流す。そして、震えた声を口にした。
「わしのせいじゃ……わしが、わしが龍樹を……! わしが殺したのも同然なんじゃ……わしが止められていたら……龍樹は死ぬことはなかったんじゃ……」
ギンはその場に座り込む。喪服のスカートや足全体が雨で濡れるが、彼女はそんなこと気にも留めず、うつむいて涙を流し続ける。
「すまぬ、龍志ぃ……すまぬ……」
懺悔の言葉を繰り返すギン。それで何かが変わるわけでもないが、彼女は目を赤くしてしゃくりあげる。
しかし、少年――「龍志」は首を振る。
「違う、ギンのせいじゃない……俺のせいだ。俺が、父さんの前に出たから、あの"赤い女"は俺を狙って、それで……」
悔しそうに歯を食いしばり、拳を強く握りしめる。
しばしの沈黙。雨は相変わらず降り続くし、その時間がなぜか長く感じてしまう。おそらくそんなに時間は経ってないだろうが、息が詰まるんじゃないかと思うくらい長い、長い沈黙だった。黙ったまま二人はそのままの体制で、気まずい空気になる。
雨の音が弱まり始めたころ、龍志が何かを決意したかのようにギンの手をつかんで、彼女を手を引いて立ち上がらせる。
「ギン、俺さ……父さんの跡を継ぐ」
「……龍志?」
唐突の龍志の言葉にギンは驚いて彼を見つめ、目を丸くする。
「父さんは、あの赤い女に殺されたんだ。顔はよく見えなかったけど、赤霧を纏った不気味な女だった。あいつを倒すためには、俺は父さんの跡を継いで、「夜刀神」のエージェントになる。そしたらあの女を探せるはずだ」
「……エージェントになるのか? そんなことをせずとも、わしが――」
「俺がやらないと意味がない」
龍志はぴしゃりと言い放つ。よく見ると、彼の目元は赤く腫れている。先ほどまで涙を流していたのだろう。だが、目元が赤くとも、ギンの目の前にいるのは、決意した一人の男だ。
「ギン、俺に戦い方を教えてくれ。一人前になれるくらいに……頼むよ」
龍志の瞳がギンを真っ直ぐ見据える。ギンは彼の言葉に戸惑いを見せたが、やがて彼を見つめ返して、大きく頷く。
「……修業は厳しい、龍樹のようなエージェントに仕上がるのは、時間がかかるぞ。それでも良いのか?」
「当たり前だ。必ず、父さんみたいに強くなる。今はまだ無理だけど、絶対だ」
ギンはその言葉を聞いて「ふふっ」という言葉を漏らし、目元の涙を服の袖で拭き取る。
「承知した、明日からお前をみっちりしごいてやるぞ。覚悟するがよい」
「望むところだ」
いつの間にか雨は止み、分厚い雲の隙間から夕陽が漏れていた。その光が二人を照らす。まるで、二人の発足を祝福するかのようであった。
- Re: 新世界のアリス ( No.4 )
- 日時: 2021/07/31 11:35
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: zla8knmg)
そして、10年の時が過ぎた。
東京、渋谷。暗闇に沈み、赤黒く禍々しい色の霧に包まれたそこは、いつもは人で溢れる場所だが……今日は赤い服に身を包む背の高い人物と、隣のジャージの上着を羽織る小柄な人物を除いては人っ子一人いない、いつもの渋谷とは打って変わって閑散としていた。
背の高い人物は、右手には刀のような長い武器を、左手には暗闇でも一際目立つ鈍色の拳銃を構えている。一方、小柄な人物は、暗闇という光のない世界では、鈍くとも輝く杖――錫杖を握り、地についている。二人は互いに背中合わせになり、何かを待っているようだった。
しばらくの沈黙の後、赤い霧から、獰猛な獣の唸り声が響き渡る。一匹ではない。二匹……いや、それ以上。その唸り声をあげながら、霧から暗闇に紛れ込むような黒い毛皮の、狼のような獣がゆっくり、ゆっくりと二人の前に現れる。
狼の姿を見た瞬間、小柄な人物が深いため息をつきながら、大層面倒くさそうにぼやく。
「あーあ。はよう帰りたい。帰って寝ながらファイトしたいのじゃあ~……よし、そんじゃお疲れ!」
その声は少女のものだった。声の主は踵を返してどこかに去ろうとする。しかしその直後、頭に拳骨を振り下ろしたような音が鳴り響いた。
「勝手に帰ろうとするな、ギン! 敵前逃亡は戦士の名折れだろう!」
「わし戦士ちゃうもんエージェントじゃもん。龍志がわしの分戦えばええんじゃ、わしは疲れておるも~ん!」
ギンと呼ばれた人物は抗議するように、杖でガンガンとアスファルトを叩く。隣にいる龍志はまたギンの脳天に拳骨をお見舞いした。鈍い音が響く。
「バカやってないで、さっさと片づけるぞ。いいか、ギン。今日は真面目にやるんだぞ!」
「フリか?」
「フリなわけあるか!」
ギンは多少がっかりしたものの、すぐに狼たちに向き直る。が、その瞬間、狼達が口を大きく開けて襲い掛かってきた。龍志とギンは素早く武器を構え、対応する。
「ほっほう、わしらに盾突くワン公めが、200年早いわァ!」
ギンはそう叫び、錫杖を逆手に持ち、両手で振り回す。錫杖が襲い掛かってきた狼達を薙ぎ払い、地面にたたきつける。龍志も負けじと狼達の口の中に銃を打ち込んだ。狼たちの口からは赤い血液がほとばしり、狼が悲鳴を上げる。
当然、それだけでは終わらず、狼は尚も襲い掛かろうと二人にとびかかった。
「……ったく、頭の悪いワンちゃんじゃなぁ」
ギンは頭を掻き始め、錫杖を使って狼の腹を突く。狼はよだれを垂らして再び吹き飛ぶ。その隙をついて別の狼がギンを襲うが、ギンは冷静に錫杖を持ち直し、狼の脳天に思いっきり叩き込んだ。
「銀雪魔術!」
ギンは倒れた狼たちに向かって、ジャージの懐に隠してあったお札……基、お札型の小型爆弾を投げつけた。爆弾が狼たちに触れると、爆発し吹き飛んでいく。吹き飛んだ狼たちは赤い靄を発しながら消滅した。
「フッ、汚ねぇ花火だ」
「何が汚い花火だ、だ。魔術とかいいつつ思いっきり現代兵器を使ってるじゃないか」
ギンの決め台詞に背後から鋭いツッコミが飛んでくる。ギンが狼たちを殲滅している間にも、龍志は手早く狼たちを片付けていたのだ。
「細かいこたぁナシじゃよ。そんなことより、これで任務完了かや?」
「ああ、あとは――」
龍志が懐に手を突っ込むと、背後から風が舞う。ギンが目にしたのは、倒したと思っていた狼が龍志にめがけて突進し、襲い掛かろうとする瞬間であった。
「龍志、後ろ、後ろォーッ!」
狼が大口を広げ、龍志の頭にかじりつこうとする。
だが、それは叶わなかった。
バシュッという音を上げて、狼の頭が吹き飛んでいたからだ。龍志は銃を担ぐように右腕を左肩に回し、正面を向いたまま狼を打ち落としていたのだ。
龍志はギンに向かって涼しい顔をしながら、衣服についた埃をはたく。
「ギン、その古典的なツッコミはどうかと思うぞ」
「お、おう……き、肝を冷やせおる……」
ギンは目を見開いたまま龍志を見つめ。龍志はというと、周りに赤い霧が消えていくのを確認し、スマートフォンを懐から取り出して、誰かに電話を掛けた。
「……こちら、有栖川。課長、本日の任務、滞りなく完遂。これより帰還します」
龍志はそれだけ簡潔に述べると、ギンに向かって「帰るぞ」と言って踵を返す。ギンはというと、「お、おう」とだけ言うと、龍志の後を追った。
- Re: 新世界のアリス【オリキャラ募集中】 ( No.5 )
- 日時: 2021/07/18 22:57
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: zla8knmg)
有栖川龍志、そして銀雪。
二人は日々このような異形と戦っている。
二人が所属するのは、政府の特務機関「夜刀神」である。その詳細、歴史は総務部長ですら聞かされていないが、赤霧が発生した際に現れる「魔物」と呼ばれる異形の対処を行っている。政府は対処するべく一定区域内を閉鎖特区として指定し、人が出入りできないようにしている。ガス漏れだとか、なんだと様々な理由を適当につけては、立ち入りを禁止する……これも一般市民を守るためである。閉鎖特区はもう5年程前から指定され、人々が立ち入る事はなく、閑散としているのだ。現在、指定されている閉鎖特区は、渋谷と秋葉原、そして六本木。その三つの街から頻繁に赤霧が発生しているのだ。
赤霧は新月から半月の間の夜間に頻繁に発生する、古くから「異界の門」と呼ばれているが、これまた詳細は不明。しかし、そこから魔物が這い出て闇に紛れ、人々に襲い掛かるのだ。
そこで、夜刀神に所属するエージェントは、魔物に対処するために日々訓練を重ねている。龍志も銀雪も、例外ではなかった。
二人は赤霧の対処を終わらせ、事務所に戻ってくると、明るい声が二人を出迎えた。
「ご苦労様だよ"アリスちゃん"にギンちゃん!」
二人の目の前には、眼鏡をかけた、頭にゴーグルをつけている桃色の髪の銀雪よりも背が高い女性だ。服装は和服の上に赤いジャケットを羽織っている。ニコニコ笑顔を見せて、二人を歓迎した。
「お疲れ様です、「宇佐田弥生」先輩。あと「アリスちゃん」はやめてください、俺は一応25歳の男ですよ」
「おぉう、小説初登場みたいなフルネームの呼び方! あと、いいじゃんアリスちゃん。かわいいのに」
弥生はアリスの反論に対し、ぷくーっとほっぺを膨らませていた。そんな弥生に、アリスは心底呆れて肩をすくめる。が、そこにギンがニマニマと笑いながらアリスを見た。
「よいではないか、アリスちゃん♪」
「いや、よくはないな。お前だって765歳……より上なのに「ギンちゃん」なんて呼ばれて恥ずかしくはないのか?」
「ニックネームには年齢は関係ないのじゃ。それに、わしの方がお姉さんなんだから、そういうことには結構寛容なんじゃよ。アリスちゃんもはよう大人になって、何を言われても怒らぬ不動明王のような寛容力を持つことじゃぞ」
「ギン、あとで百叩きだ」
「そういうとこじゃっちゅーの!!」
二人の漫才を見ながら、ハイハイと手を叩く弥生。事務所の扉を大きく開け、二人を誘導する。
「ハイハイ二人とも、そんなことより早く入りなよ。お夜食用意してるよん」
アリスはふうっとため息をつきながら、ギンはほっとしたような顔つきで事務所の中へと入った。
事務所の中は地下なのか、薄暗い照明が天井からつり下がっているだけで、かなり薄暗い。冷たい壁に囲まれ、資料がこれでもかと詰め込まれた本棚やら、ロッカーが並んでいる。弥生とアリス、ギンの分のデスクと、他二つのデスクが固まって配置されており、デスクの上にもまるで富士山のように高く資料が積まれている。地震でもきたら残さず床にぶちまけそうなほど。
弥生が二人を来客用のソファに座らせ、弥生も向かい側に座る。テーブルの上には、銀色の鍋。中には小豆色の液体がたっぷりと詰まっている。白いものも浮かんでいるので、アリスは意味はほとんどない質問を弥生に投げた。
「なぜ、ぜんざいなんですか?」
「ん、だって食べたかったから、総務に言って買ってきてもらった」
「……総務をこき使う課長なんて、あなたくらいですよ」
「お褒めいただき光栄の極み♪」
「いや……はぁ……もういいです」
弥生はアリスを尻目にぜんざいを器に盛って、アリスとギンに手渡し、自身の器にも盛る。まだ温かさがあり……いや、それは作り立てのような熱を帯びていた。
「これ、いつから――」
「ナイスタイミングで二人が帰ってきたからさ~」
アリスの質問よりも早く、弥生が答える。どうやら、二人が任務中にはもうすでに作ってあったらしい。
「さっすがやっさん! わしらの事をちゃんと考えておったんじゃな!」
「もちのろんだよ、ぜんざいだけに。ギンちゃん、好きでしょ、ぜんざい」
「わぁいぜんざい! ギンぜんざいだあいすき!」
アリスは完全に蚊帳の外で、弥生とギンはなぜかダジャレで笑いあい、意気投合しているようだった。
「あ、そうだ。アリスちゃん……」
弥生は思い出したかのようにアリスを見る。
「今日の赤霧の発生直後に、歪みっていうか……なんていうか。空間の変異っての? まさしくそれが起こったわけよ」
「どういうことですか? 空間の歪みはほぼ赤霧が発生した直後に起こってるものなんじゃ?」
アリスは不思議そうに首をかしげる。弥生もそれに同調し、ソファの脇に置いてある紙束を手に取って見始めた。
「ん、赤霧が発生するとね、わずかに空間が歪むわけだけど、それは別に支障がない空間変異なんだよね。でも今日はなんか……いつもは1秒以内に収まるものが、今日は5秒以上続いてたわけね」
「なんじゃそりゃ、そうなるとどうなるんじゃい?」
ギンが会話に入り、紙束をみようとする。
「空間の変異が長けりゃ長いほど、異物がこっちに流れ込んでくる可能性が高くなるわけ。魔物にしろ、異界の存在にしろ、それらがこっちに紛れ込んできちゃうのよね」
「しかし、それにしちゃあ、魔物の数はそこまで多くはなかったんですが?」
「霧の量は?」
「……いつもより濃かった……かもしれません」
弥生はそれを聞くと、先ほどまでのふざけていた態度はどこへやら、真顔でアリスとギンを見る。
「今後、赤霧の量と魔物の量には注意しないとね……なんだか大変なことが起きそうな予感がするのよ」
「……確かにのう。最近はなんというか、戦闘の度に誰かの視線を感じるんじゃよ。……閉鎖特区のはずなのに」
「……何かが起きる前兆という事か」
しばしの沈黙。三人は互いの顔を見合わせるが、唐突に弥生がその沈黙を破る。
「よし、じゃあお姉さんが解析してしんぜよう! 二人はもう寝てていいよ、もう日にち変わっちゃってるし」
ギンはそう言われて壁に掛けてある電波時計を見やる。確かに、時計の針は0時21分を指していた。
「そうじゃな、龍志。わしは疲れた、シャワー浴びて寝るわ」
「ああ、そうだな」
アリスは頷いて、弥生に「それじゃ、お疲れ様です」と一言言ってから、事務所を後にする。ギンもそれについていき、弥生に向かって手を振って事務所を出た。
「なーんか、嫌な予感がするのよねぇ……女の勘ってやつかしら」
二人が出て行った静かな事務所の中で、弥生は腕を組み、紙束をもう一度睨みつけながら、そうつぶやいた。
- Re: 新世界のアリス【オリキャラ募集中】 ( No.6 )
- 日時: 2021/08/17 23:29
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: zla8knmg)
そして数日後。
閑散として、闇に包まれた東京渋谷の大通りにて、二人は赤霧が立ち込めたど真ん中で魔物を討伐していた。
今日は新月。星明りしかないその場所で、魔物は数を減らしていく。アリスは淡々と魔物を追い詰め、最後の一匹の頭部に銃弾を撃ち込んだ。魔物は消滅し、任務完了である。
「おうおう、今日も絶好調じゃぜ!」
ギンはそう笑いながら錫杖をガンガンと打ち鳴らす。錫杖の頭部にある4つの輪っかがシャリンシャリンとけたたましく音を鳴らし、アリスは顔をしかめた。
「ああ、そうだな。少し静かにしような」
「ええじゃないか、誰もおらんしぃ」
「まあな……それじゃあ課長に連絡しないとな」
と、アリスはいつものように懐からスマホを取り出す。そして、弥生につなげ、一応周囲を見ながら終了の報告を済ませようと口を開いた。
「課長、本日の――」
『アリスちゃん、無事!?』
弥生の尋常ではない声に、アリスは一瞬ビクっと体が跳ねる。慌てて弥生に「何事ですか?」となるべく冷静を装いながら聞き返した。
『今赤霧の中? 今すぐそこから離れて。とんでもない事が起きる前に!』
「どういうことですか? いったい何が?」
『今日の赤霧、何か変なのさ。歪みが全く収束しない……それどころか――』
ノイズがだんだんとひどくなっていき、弥生の声がどんどん遠くなっていく。最終的にザーッと音がするだけで、弥生の声は一切聞こえなくなり、プーッと無機質な音が繰り返し聞こえるだけだった。アリスは何かを察し、苛立ちからか頭を掻く。
「……とにかくここを離れた方がいいか。ギン、今すぐここから――」
アリスがそう言いかけると、目の前に赤黒い塊が見えた。アリスはギンを見る。ギンは10年前に一度見せたことのある表情で、赤黒い塊を見つめていた。怒り、そして畏怖の感情がまじりあった表情だ。アリスもその赤黒い塊を凝視していた。
見たことがある、それは10年前……。夜刀神のエージェント養成訓練中、突如現れた赤黒い塊にそっくりなのである。はっきり覚えている、忘れもしない。それは……「あの女」現れたそれなのだった。
その塊がぱっくりと中心から割れ、中から赤い髪の女が姿を現す。
赤い髪、左目を黒い眼帯で隠し、黒い服の上に白いジャケットを羽織る、荒々しくもその中に妖艶さのある見た目の女。……アリスはその姿を見て、殺意すら感じる怒りに満ち溢れた表情と怒声をその女に浴びせた。
「貴様ァッ!!」
アリスは手に持っていた刀を構え、女に突進する。ギンは慌てて「やめろ龍志!」と叫ぶが、声は届いていない。アリスの目には、まさしく目の前の女しか映っていなかった。
女はアリスの刀を、手に持っていた長剣で受け止めると、口を三日月のように歪ませ、にいっと笑みを浮かべる。
「あらぁん、はじめましてかしら、坊や? いきなりご挨拶ねぇ?」
その第一声にアリスは腹を立て、怒りを隠さず声を上げる。
「忘れたのか……貴様が10年前したことを!」
「10年前……?」
「有栖川龍樹を……俺の父さんを殺したんだ、貴様が!」
アリスの言葉に、女は一瞬無表情になるが、すぐに笑みを浮かべてアリスを見た。
「あら、もしかして息子ちゃんかしら? あの時、ぶるぶると震えるだけで何もできなかったあの坊や」
「あの時とは違う……俺は貴様を殺す為に、今まで戦ってきた……今すぐ殺してやる!」
「ふふっ、かわいいわねぇん。それじゃあ殺されないように、私も反撃しないとねぇ」
女は受け止めていたアリスの剣を長剣を流してはじく。仰け反ったアリスの心臓に向かって長剣を突き刺し、一撃殺を狙った。
しかし、その間をギンは割って入る。武器と武器がぶつかり合い、鋭い音が鳴り響いた。
「龍志、だからお主は半人前なんじゃ、阿呆が。何の策もなく敵に突っ込むなんてのう!」
「あらん、あなたは10年前の雪女ちゃん」
「久方ぶりじゃな、「沙華」。元気そうで何よりじゃ。だが、そう仲良くお話もできん、貴様にはここで死んでもらいたいからのう。だが……殺す前に一つ聞く。その剣をなぜお主が持っているんじゃ!? 答え次第ではこの銀雪……容赦せん!」
ギンの言葉に、沙華は不機嫌そうに顔をしかめる。
「あん、自己紹介する前に先に名前を言っちゃって。せっかちさん」
「たわけが、だったらさっさと名を名乗らんかい!」
「この剣は誰が持っていたって構わないでしょう? ギンちゃん」
「答えになっとらんわ!」
ギンが怒りに憤怒の表情で彼女を睨むが、沙華は気にも留めず笑みを浮かべる。2対1だが、慌てる様子もなく余裕を見せていた。
「じゃ、改めまして。私は沙華よ。よろしくね、坊や」
「だれがよろしくするか……」
アリスは殺気立って銃を構えて、不意打ちとばかりに銃弾を3発撃ち込む。しかし、沙華はそれを読んでひらりとかわした。
「あぁん、激しいわねぇ」
沙華はそういうと、アリスに向かって突撃し、首元を狙って剣を振り回した。まるで首を斬るギロチンのように、それは黒く閃き、赤く軌道を描く。
アリスは咄嗟にそれを首を下にひっこめて避け、刀を構えて彼女の懐を攻めるが、沙華のジャケットの裾を切るだけで、アリスの攻撃は躱されてしまった。沙華の笑みは絶えず、息を切らすアリスを見下ろす。
「まあいいわ……そうね」
沙華は何かを考えるように背後を見る。先ほど沙華が入ってきていた空間の穴が、徐々に小さくなり始めているのが見えた。沙華は頬に手を当てて相変わらず笑みを浮かべながら、アリスとギンを見る。
「もうそろそろ彼の"実験"が終わりそうなの。名残惜しいけど、ここでお暇するわね」
「逃げるのか?」
ギンの問いかけに沙華は肩をすくめる。
「ま、そういうことになるわね。もうちょっと遊んであげたいけど、時間がないの。またね、坊や」
沙華がアリスに向かって手を振って踵を返すと、アリスはそれを追いかける。
「待て、ここまで来て逃さん!」
「お、おい龍志! 落ち着け――」
沙華が空間の穴に戻っていこうとするので、アリスは空間の穴に手を伸ばす。沙華は一歩遅く消えてしまうが、アリスは穴が閉じる寸前に手を伸ばしていたためか、体が穴に吸い込まれる。
「……これは!?」
「龍志、待――はっ!?」
アリスを追いかけるギンも巻き込まれて穴に吸い込まれ、穴の中へと飲み込まれると、穴は閉じてしまった。それと同時に赤霧は晴れ、何事もなかったかのように、閑散とした渋谷の大通りが暗闇に沈んでいた。
…………
………
……
…
アリスが目を覚ますと……そこは見たこともない空間だった。石造りの壁や床、天井。そして目の前に広がるのは、無造作に並んでいるおぞましい拷問器具の数々。そして奥には重く冷たい赤い鉄の扉。アリスの二倍の高さはあるのではないかと思うくらい、高い。そして、天井付近の壁には小さいが、周りが見えるほどの明かりが漏れる隙間があり、そこから外の様子が少しだけ見えた。赤い花が咲いているのか、赤色と緑色が目に映る。
アリスは起き上がろうと、近くにある三角木馬に体重をかけて、立ち上がる。周囲を見渡すと、近くにギンが倒れていた。慌ててギンに近づいてギンの肩を揺らす。
「おい、ギン、無事か!?」
「……うっ」
「ギン!」
「く……はっ……」
「ギン、しっかりしろ――」
ギンの口から言葉が漏れる。
「よもや余の顔を見忘れたか……控えおろう! ……むにゃ」
ギンの大きな寝言にアリスは、ギンの頬を目が覚める程度に平手打ちをお見舞いした。パンっという音と共に「にゅいっ!?」という声を出してギンは起き上がる。
「なんじゃ、お代官様!?」
「だれがお代官様だ」
「あ、ああ……おはよう龍志」
「おはよう……って言ってる場合でもないんだがな」
アリスは周囲を見渡し、腕を組む。ギンも起き上がった拍子に周りをじっくり眺めた。
先ほどは気づかなかったが、よく見ると床や壁に赤黒い跡がびっしりとこびりついている。そして、淀んだ空気。小さな穴では換気もできていないのか、冷たく籠ったような空気とカビや腐った鉄のような臭いがまじりあい、何とも言えない気分になる。
「なんちゅう恐ろしい場所じゃ……ここで何があった?」
「わからんが、拷問器具を見る限り、尋問室とか処刑場とかなんかじゃなかろうか」
アリスがそう答えると、二人はもう一度重い扉を見る。この部屋唯一の扉……アリスは恐る恐る近づく。
「まず、ここを出て外を見ないことには……俺たちはどこに飛ばされて、今どこにいるのか。それを調べないとな」
「おう、そうじゃな……つーか、夜じゃったのに昼になっておるし、もしかしたら閉じ込められたとかもありそうじゃが」
「それは勘弁願いたいな、それじゃあ猶更一刻も早く出ないとだ」
アリスは苦笑すると、扉の前に立つ。
「まずは――」
口を開こうと目の前を見ると、アリスは咄嗟に脇によける。何かの気配を感じたからである。
その予感は的中。扉は「ドゴォ」という大きな音とともに吹っ飛ばされ、拷問器具をなぎ倒しながら反対側の壁にたたきつけられた。土埃が舞い、ギンは驚いて「ギャア」という声を漏らしてしまう。
そんな乱暴に開かれた入り口の奥から、何者かがのっそりと入ってくる。
「やっぱこの手に限るよ、「ジャン」」
「お前は……はあ、いい。それよりもこの奥の――」
青い髪の青年と、銀髪の妙齢の女性と目が合う。アリスはその二人を凝視した。
「およ、何々、何事よ?」
「な、なんだ、あんたら?」
女性と青年はアリスとギンを指さしながら口にした。驚愕の表情で。