複雑・ファジー小説

Re: 新世界のアリス ( No.43 )
日時: 2021/08/09 23:42
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: zla8knmg)

8章 舞・闘・全・夜


 一方、ジャンとカーラとルカは、マリンフォール東部にある宮殿「龍寓殿リュウグウデン」へと向かって、マリンフォールの砂浜を歩いていた。龍寓殿は、東部の岬の上に建ち、マリンフォールのブルーホールを一望できる場所にあると、ルカが話していた。その話を聞きジャンは頷くが、カーラは不機嫌そうに黙っているだけで、今も尚ルカを睨みながら歩いているわけだ。

「もう、カーラさんってば……私に惚れましたかにゃ?」
「次そんな事言ったら首と胴体を引きちぎるから」
「ヒィッ!?」

 カーラが拳をポキポキと鳴らしてルカを脅していると、ジャンはため息をついた。

「カーラ。ミス・キャットが怯えているだろう。もう少し仲良くしなさい」
「無理だよ。私、好きの反対は殺意だもん」
「それでもやめなさい。その事は商会連盟にでも言っておくから、今は仲良くしろ、アンダースタン?」
「ぶぅ~!」

 カーラは頬を膨らませ、そっぽを向く。「やれやれ」と首を振るジャンは、ルカの方へ顔を向けた。

「すまないな。俺は二人が何があったかは知らないが。こいつは見ての通り、素直過ぎて態度に出るタイプだ。本気で嫌いな奴にはこの態度だから、もう見て見ぬふりでもしてくれ」
「了解ですにゃあ~、私はそこんとこ結構ドライなんで大丈夫ですにゃよ」
「助かるね、何事もスマートに。それが俺の信条さ」

 ジャンはルカの返答に満足げに頷く。




 3人がしばらく歩いていると、カーラは目の前に向かって指をさした。
 目の前には、砂浜から見える岬の上に宮殿……というより、所謂日本の城のような石造りの巨大な建物と、それを囲うように設置された石造りの壁。なんというか、城塞というべき見た目であった。

「ねえ、あれが龍寓殿?」
「お、おお! そうですにゃ。立派な宮殿、「龍寓殿」! それを囲うように配置されている要塞「悪滅鳴神あくめつめいじんへい」! あの悪滅鳴神を管理する「ヒコナ・リュウセイ」さんは、意外と話のわかる人ですから、すんなり通れると思いますにゃよ」
「え、それ、フラグ?」

 カーラは不安げに首をかしげるが、ルカは右手を頬に当て、左手をひらひらと振る。

「だいじょうヴイですよぉ。だって私、2回くらいここを通りましたもん」
「ま、ここはマーチャントキャットを信じようぜ」
「さっすがジャンさん! お話がわかりにわかりまくりんぐですねぇ!」

 ジャンが前に進むと、ルカも大喜びで歩き始め、カーラもそれについていく。
 しかし、ジャン達が宮殿へ近づくと、突如、警告音がその場に鳴り響いた。その耳を劈くような耳障りな音に、3人は耳をふさぐ。

「な、なんだ!?」
「耳が痛いですにゃあ~~~っ!!」
「そのまま耳がちぎれたらいいのに」

 警告音が終わると、次はキィンというマイクの調整する音が鳴り、その後ボンボンと、マイクの叩く音が聞こえる。

『あ、あ~。マイクテス、マイクテス』

 女性の声が響き、しばらくマイクのテストをしてから、「んん」と咳払いをした後、マイク越しに女性がジャン達に向かって警告した。

『そこの龍寓殿へ侵入しようとする3名に告げる。この先は、海皇ネプテューン候補がお休みになられている。土足と男子の侵入は禁じられている。速やかに退出しなさい』

 ルカはそれを聞くと、ジャンを睨む。

「俺のせいか……」
「ジャンさんだけ出て行ってくださいですってにゃ」
「ああ、まあ、こうなることはわかってたけどな」

 そう言うと、ジャンがここから離れようと踵を返す。

 しかし――


 ドォォンという音と同時に、悪滅鳴神に設置されていた黒い砲台が、4発程熱線を放ちジャン達を狙った。

「なにゃあ!?」
「な、なに!? なんで狙われたの、私達!?」

 カーラの疑問に、スピーカー越しで女の声が答えた。しかし、その声は警告していた女性の声のものではないようだ。

『あーあー。一刻も早く男を見たくないんで、うちの「姫さん」が男を消すことにしましたンゴ。なので逃げる前に叩き潰したいと思いますであります。悪しからず』
『「シマコ」……お前、また勝手な――』
『「へそ出し隊長」、これは姫様の御意思ですの事よ。文句と苦情はさっさと消えない男か、姫様にいうがよろしいんやで~』
『……ハア』

 喧嘩が終わると、再びスピーカーから声が流れた。

『前言撤回だ、お前たちには隣国まで吹っ飛んでもらう。覚悟しろ』


 勝手な物言いにルカは「にゃんですっとぉぉぉ!?」と怒りを露にするが、ジャンとカーラは予測していたといわんばかりに武器を構える。

「ま、マリンフォールにいる限りはこうなることはわかっていたさ」
「だよね。もうやっつけちゃおうよ」
「できることならな」

 そうジャンとカーラは顔を向け頷きあうと、城塞に向かって走り出した。ルカもそれを追う。

Re: 新世界のアリス ( No.44 )
日時: 2021/08/12 22:12
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: zla8knmg)

「あ、そういえば私、抜け道を知ってるんですにゃ」
「抜け道だと!?」

 ルカが突然指を鳴らし、思い出したかのように言うと、ジャンは腕を組んでルカを見た。ルカは頷いて城塞の脇を指さす。

「こっちです、そこを通れば龍寓殿内に進入できますのにゃあ」
「侵入じゃなくて?」
「マリンフォール自体が無法地帯なんで、進入です」

 屁理屈をこねるルカ達に向かって、城塞の砲台がこちらに向かって熱線を放つ。砂煙が上がり爆発するが、3人はなんとか回避する。再び熱線を撃とうと、砲台がこちらに口を開けている。ジャンは、マフラーで口元を隠し唸る。

「とにかく、3人じゃ分が悪い。ミスキャットを信じて抜け道とやらに行くぞ!」
「嫌な予感しかしないけどなぁ」

 カーラは訝しげにルカを見ながらも、他に方法はなさそうなのでジャンの言う通りにした。













―――――



















 ルカの言う通り、抜け道はあった。城塞の建つ岬の下に洞窟があった。膝上あたりまで海水がつかっているので、歩きにくく、中はあまり使われていない為か薄暗い。ジャンを先頭に、ルカ、カーラの順で、3人は洞窟内を慎重に進んでいた。カーラが言うには、こういった洞窟には思わぬ穴があり、そこに足を取られて転ぶ可能性がある。とのこと。それに、水の中は滑りやすい。時間をかけつつ、3人はゆっくりとした足取りで確実に進んでいく。
 入り口から少し離れて暗くなったことに気づいたジャンは、懐からリンクレットを取り出し、画面に話しかける。

「ルリルリ、ライトアップ」
『OKなのだ!』

 リンクレットの中にいる少女……「ルリルリ」が敬礼しながら元気よく返事すると、リンクレットの画面がひときわ明るくなる。おかげで、かなり奥まで見渡すことができた。

『マスター・ジャン。海水はリンクレットの対敵なのだ。真水は防水機能でなんとかなるけど、海水はダメダメなのだ。落とさないでほしいのだ~! 海水による破損の修理は高くついちゃうのだ!』
「オーライ、アンドロイド。長年連れ添った相棒みたいなもんだからな。離さないぜ」
『いやんなのだ~♪』

 ルリルリとジャンがそんな会話をしてると、カーラが周りを見渡す。海水によって浸食されたこの洞窟の壁には、リンクレットの光に反射して何かがキラリと光っているようだ。カーラはそれを手に取る。バキッという音が響いた。

「カーラ、何をやってるんだ?」
「これ、願い星だよ。海の願い星だから、きっと水属性のやつだね。持って帰っていいかなぁ?」
「持って帰ってどうするんだ」
「イレーナに渡して新しい武器を作ってもらう~♪」
「それ以上自分を強化してどうする気ですかにゃ?」

 ルカがそう尋ねると、カーラがルカの肩をつかむ。

「お前を殺す」
「なっ……!?」

 カーラが一瞬真顔で、しかも声のトーンを下げているので、ルカはぎょっと体を震わせた。

「――くらい言えるくらいは強くなりたいじゃん~?」

 直後にいつもの明るく元気なカーラに戻る。ルカは「さ、さいですか」と震えた声で答え、ジャンはやれやれと肩をすくめた。

「お前は魚人族とも渡り合えるくらいは強いんだ、これ以上何を目指すつもりだよ」

 ジャンの質問に、カーラは元気いっぱいに、「神!」と屈託のない満面の笑みで、迷いのない答えを口にした。

「お前なら神になれるんじゃないか? ただし、"破壊神"だがな」
「それには同意ですにゃあ」
「それでもいいよ、とにかく上を目指したいんだし」

 カーラがそう言いながら、周りを見渡し、耳を澄ます。

「……ん、あと少し行けば宮殿の中に入れそう」

 そう言うと、さらに耳を澄ました。

「……でも、そこに誰か待ってる。二人くらい」
「流石は獣人種特有の第六感。そこまでわかるんだな」
「私も一応できますにゃよ?」
「猫は耳がいいしね」

 そんな会話をしながらも、ジャンは銃を構え、ルカも剣を手に取り、カーラは背負っている大剣の柄を握り締め、3人はゆっくりと先へ進む。海水をじゃばじゃばと掻き分け、前へと進んでいくと、次第に水位が低くなり、やがて水がなくなる。……明かりが見えてきた。外だ。とジャンは安心したが、目に入った影に、一層警戒を強めた。
 進み続けると、影が二つ。片方は背の高い髪の長い人物、もう片方は和服の上にエプロンを着用している、茶屋などで見るような人物が箒の柄の先端をこちらに向けていた。
 ――刹那、カーラが「ジャン、避けて!」と叫ぶ。その叫びが届いたのかはわからないが、ジャンは持っていた銃を影に向けて銃弾を放つ。

 目の前の影も、手に持っていた箒で何かをした。「キュポン」という軽快な音が鳴り、影が一言つぶやく。


「センスがイモだ」

その一言と同時に、ジャン達3人の目の前が爆発した。

Re: 新世界のアリス ( No.45 )
日時: 2021/08/13 21:58
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: zla8knmg)

 爆発する瞬間、3人は左右へと散るように回避する。爆発により、洞窟全体が揺れ始め、ジャンは「まずい」と一言こぼす。

「カーラ、ルカ! 宮殿内に逃げ込め!」
「でも、目の前に――」
「なんとかしろ、でなきゃ洞窟の中で永遠に眠ることになる!」
「無茶言うにゃ!」

 しかし、洞窟の天井が崩れ始め、落ちてくる瓦礫が小さな石から大きな岩へと変わっていく。ゴゴゴゴという地響きが焦燥感を引き立て、カーラは先ほど箒の先端を向けていた人物に向かって走り出した。

「うおりゃあっ!」

 カーラが叫びながらその人物につかみかかり、宮殿内へと入る。床で取っ組み合いになる二人は、キャットファイトを始めた。
 一方、もう一人の方は、これ以上入ってこられないよう、洞窟への扉を閉めようと扉に触れた。

「待てにゃあっ!」

 ルカが渾身の力で蛇腹剣を鞭のようにしならせ、扉へと叩きつける。扉は蛇腹剣の衝撃によって砕け散り、ルカとジャンが滑り込むようにして宮殿内へと進入する。
 間一髪、ジャンとルカが宮殿内へ進入した瞬間に洞窟が大きな音と砂ぼこりを上げながら崩れ落ち、洞窟内への道は断たれた。

「人間種の男のくせに、少しは骨があるようだ」
「お褒めいただき光栄だね、セクシーナイト?」
「誰がセクシーナイトだい!?」

 目の前の背の高い女は機嫌を悪くし、手に持っている巨大なランチャーをジャンに向ける。かなりの重量がありそうだが、彼女は軽々と扱っていた。
 彼女は頭にゴーグルを着用し、上半身水着の髪の長い女である。服から脇が覗くが、そこに黒い線のようなものがある。おそらく、魚人種特有のエラ器官だろう。そんな彼女の強気な金色の瞳がジャンを捉える。

「とにかく、「乙姫」閣下の宮殿に、しかも男が土足で入り込むとはねぇ。とりあえず、ブッ倒して門のオブジェにでもしてやるさ」
「エイヴリーとキャラが被ってますのにゃあ……」
「あんな無法者と一緒にすんじゃないよ!」
「無法地帯マリンフォールで何を言ってんだか……」

 ルカの言葉に、みるみる機嫌を悪くする女。その隙に、ジャンは素早く立ち上がり、彼女に向かって銃口を向け、マフラーで口元を隠した。

「ところで、ぶっ飛びリーダー。あなたの名前を聞かせてくれないか? ちなみに、俺の名は「ジャン・ドランシル」。クールなネームだろう?」
「男に名乗る名は……と言いたいところだが、名乗ってもらって名乗らないのはあたしのポリシーに反する。あたしは、「ヒコナ・リュウセイ」。透海自由国東部防衛隊長のヒコナとは、あたしの事さ」

 ヒコナはにぃっと笑う。

「ああ、あのヒコナ・リュウセイ!」
「ん、そういうあんたは……「ルカ」……スプー?」
「誰が黄色いピーマンにゃ! 私は「ルカ・スプーフ」! 前にも名乗ったはずですにゃ!」
「……?」

 ルカに怒られて、ヒコナはひどく戸惑った表情をしている。するとそこへ、せっかくのおかっぱ頭が乱れてしまった、カーラと組み合っていた女がヒコナの隣へ近づく。

「もう、ヒコにゃん。忘れたんでありんす? 奴はエイヴリーの姉御にデマを流したあの猫ちゃんですにゃん。いやー、あれは傑作だった。そんな私は「シマコ・カメウラ」。この宮殿でメイド長兼姫様の護衛やってる、しがない魚人種ナリよ」
「え゛っ、あの地図……デマだったんですかにゃ!?」
「イエース。姉御が我々みたいな過去に縛られない気楽な魚人種でよかったですねぇん。他種族なら多分、血抜きされてましたですますよ」

 シマコが大層楽しそうに笑っていると、ジャンはため息をつく。

「魚人種は基本過去に縛られない連中だったな。平和で羨ましいぜ」
「いう程平和じゃないんですやう。聞いてくださいよ、昨日なんて姫さまったら「プリンはバリカタじゃなきゃヤダ」とかアホンダラな事抜かして料理長を困らせてたんですの。マジ不憫だなあって煎餅食べながら見てましたな~のだ♪」
「最低だなお前」

 ジャンが珍しく女性相手にそんな冷静なツッコミを入れる。カーラもそれには驚いて、「うわ、ジャンに言わせるなんて相当だよ」と彼を指さした。

「いや、それはわかるわかる。聞いとくれよ。姫様はいっつもわがままで、シマコはこう自由すぎるだろう? しかも、シマコ……こいつはすぐサボりよる。本当にあたしの代わりに誰かが隊長になって、姫様もシマコもしばいてくれないかねえ。マ・ジ・で」

 ヒコナは頷きながら、遠い目をしている。その姿から、普段からかなり苦労していることが伺えた。

「なんというか、上下関係がよくわからなくなってくる国ですにゃ……」
「それがマリンフォールでまんねん。で、続き、再開しまこ? なーんてね」
「無理やりすぎるにゃ!」

 シマコは両頬に両手の人差し指を当ててポーズを決める。

「悩みがなさそうで羨ましいですにゃあ」
「わかります? 私、いつも快眠で夜10時に寝て朝6時に起きるいい子なだったりしちゃったりしまくりんりん♪」
「続きを始めよう」

 ジャンがそう一言言い放ちながら銃を右手に構えると、ヒコナもシマコも手に持っている武器を構えた。オンオフの切り替えはかなり上手なようだ。

Re: 新世界のアリス ( No.46 )
日時: 2021/08/21 21:10
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)

「ククク……"マリンフォール東部の双巨塔"と呼ばれた私達二人に、喧嘩を挑むとはその度胸たるや良し! しかし、簡単に勝てると思わぬことですなぁ!」
「そんなのあったのかい!?」

 シマコがくつくつと笑っているが、ヒコナは驚いてシマコに顔を向ける。

「世間知らずは嫌いです、ヒコにゃん。もっと勉強してきんさい」
「……ハア、まあいい。どうせ侵入者は全員ブッ倒すのみ。進みたけりゃ、あたし達を倒していくことだね!」

 目の前の二人がそう言うと、ジャンは頷く。

「端からそのつもりさ、ツインレディ」
「じゃ、死ね」

 シマコがそう言うと、手に持っている武器……箒の先端をジャン達に向ける。先端のキャップ部分を「キュポン」という軽快な音を放ちながら外し、「カチッ」というスイッチを押す音も鳴る。

「避けるのにゃ、キザ太郎!」

 ルカの号令を聞き、ジャンは伏せ、カーラは壁際まで避ける。ルカはというと、ジャンとカーラの逆方向へ向かって素早く飛び跳ねた。その直後にジャン達の背後に爆炎が上がる。ジャンは驚きつつも、シマコに向かって持っていた銃の引き金を引いて、銃弾を放った。カーラもそれに合わせ、シマコに向かって背負っていた剣を手に取り、斬りかかる。

「ナンセンス、非常にナンセンスです」

 シマコは箒を巧みに振り回し、銃弾をはじくと、カーラの大剣も箒で受け止める。
 ヒコナはというと、シマコと同時に攻撃を受けていた。右の上腕をルカの蛇腹剣によって縛られ、上腕からは赤い液体が滲み、垂れ続けている。しかし、ヒコナの顔色は全く変わらず、涼しい顔だった。

「こりゃいい武器だね、もしかして、ワースさんのとこのかい?」
「自作ですにゃ。パーツとか素材はワースさんとこで買いましたがにゃあ」
「いいね、性格がちゃんとしてれば、防衛隊にほしいところだよ」

 ヒコナはそう言いながら笑うと、蛇腹剣のワイヤーを手づかみする。

「だが、鍛え直しなァ!」

 そう言うと、ヒコナはワイヤーを力の限り引っ張り、剣を持っていたルカも引っ張られてバランスを崩して引きずり回されてしまう。顔と体に擦り傷ができるが、止まることはなく、ヒコナにワイヤーを引きちぎられ、投げ飛ばされた。

「やはり、魚人種はインフレしすぎ……です、にゃ……」

 ルカはそう言うと、体を突っ伏したまま瞳を閉じてしまった。

「そりゃあそうさ。母なる海、母なる水。それらに囲まれた魚人種は、皇帝すら手を付けられない」
「水が無かったら打ち上げられた魚なんですけどね、私ら」

 シマコがカーラの頭を踏みつけながらそういう。シマコは、ルカとヒコナが争っている間に片を付けているのか、カーラもジャンもボロボロになっていた。カーラは気を失って、横になって倒れている。

「あっけないですねえ、喧嘩を売っておきながらこの体たらく。男はやっぱり骨がない、全くお話になりませんですなぁ」

 シマコがにぃっと口の先端を釣り上げてジャンの頬辺りを踏みつける。

「雑魚を嬲るのは気分がいい」

 そう言い放つシマコの姿は、誰がどう見ても悪役そのものだった。

「調子に乗るな……」

 ジャンが弱弱しく言い放つと、体力を振り絞って銃をシマコに向け、一発銃弾を放つ。バンッという音と共にシマコの顔を狙った。……しかし、彼女はその動きすら見えているのか、顔を逸らしてその銃弾を避ける。シマコはジャンの顔を蹴り、ジャンは床を転がる。意識が遠のく中、シマコとヒコナの会話が聞こえた。

「残念、見えておりましたのです。さて、どうしましょう。この3人」
「地下にでも入れておくか。一応闘技大会前とはいっても、殺生は粛清対象だよ」
「えー。面倒ですやん? 面倒ですやん!」
「なんで二回いうんだ。まあいい、早くするよ――」








―――――








 どれくらいの時間が経ったのか、ジャンが目を覚ますと、暗い洞窟の中にいた。無機質な鉄格子が目の前にあり、狭い空間の中で閉じ込められている。鉄格子の向こうには明かりがあり、恐らく照明があるのだろう、白い光に照らされている。鉄格子の中は、座り続けていると体温が奪われるような、土が露出して石が無造作に転がっているような床に比べ、外の廊下は削られた石が並べられて整備された床だった。
 ジャン達の他に牢屋に閉じ込められている囚人はいないのか、他の部屋の鉄格子の扉は開きっぱなしになっている。ジャンはその様子にため息をつくと、周りを見た。ルカは横になって不貞腐れているし、カーラは眠いのかこっくりこっくりと、顔を上下に揺らしている。

「おはよう、レディ達」
「おはようじゃねえよ、キザ太郎」

 ルカが機嫌を悪くしながら悪態をつく。相当機嫌が悪いようだ。

「……あ、ジャン、おはよう」
「今何時だ?」
「外が見えないから何とも言えないけど、多分夕方5時くらいじゃないかにゃあ~なーんてね」
「今何度?」
「アペン度」

 ジャンとカーラの気が抜けていそうな会話に、ルカがバンッと床を叩いた。

「そんなこたぁどうだっていいんでい!」
「どうしたの~ルカちゃま。ゆっくりしていこうよ。Take it easy.おk?」
「おk? じゃねえよ!」
「もちつきたまえ。怒り狂ってもこの状況はよくならんのだよ。状況を整理しようじゃない」

 怒り狂うルカに対し、カーラは冷静に、ただ冷静にその辺にある石をとりだして、床に絵を描き始める。その絵は、今いる牢屋と廊下……この地下全体の地図であった。

「なんで地図描いたんですにゃ?」
「そんなことより、この龍寓殿の主「オトメ・タツミヤ・マリンフォール」は、アポさえ取っていれば謁見可能な心の広い人なんだけど、大の男嫌いでも有名なんだよね。だからジャンがいた時点でこうなることはわかってた」
「なんで先に言わなかったんですにゃ?」
「あれれぇ~? それはブーメランですなぁ、ル・カ・ちゃ・まぁぁぁーっ!?」

 ルカの指摘に、ここぞとばかりに、腕を組みルカに顔を近づけて彼女を凝視するカーラ。表情はなんというか、煽るような笑みを浮かべていた。

「こいつ性格最悪ですにゃ」
「どの口がいうのかな? 私、素手でも魚人種並に強いんだよ?」
「じゃあなんでさっきは成す術なく負けたんですにゃあ~?」
「そりゃあ、ぶっちゃけ疲れてるんだよねぇ。今日はサミュエル副長と殴り合い、しかも海を歩かされて疲れてんだよねぇこっちは!」
「あーあー、そうですかそうですか。そりゃあ申し訳ございませんですたにゃあ!」
「おじぎをするのだ、おじぎ! お・じ・ぎ!」
「あーあー、うるさいヤギですねえ!」

 二人が言い争う中、ジャンは俯いてそれを静観していた。

「ジャン、さっきから黙ってるけど、何か――」
「いや、何か脱出できる方法を考えてたが、やっぱり思い浮かばなかった。どうする? これから」

 ジャンが珍しくそんなことを言うので、カーラはため息をついた。

「果報は寝て待て、かな」
「それがいい」

 カーラが寝ころんで寝ようとするので、ジャンもカーラと同じようにその場で寝ころんで眠ってしまった。

「……私はどうすれば?」
「黙って寝ろ、武器がない今、寝て体力を温存するしかないよ」

 カーラはそういった後、目を閉じた。
 ルカは、言われた通りにその場に寝転がり、目を閉じようとする。


「床が冷たくてゴツゴツしてますにゃ」
「我慢して、今は何もないんだから」

Re: 新世界のアリス ( No.47 )
日時: 2021/08/21 21:58
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)

 しばらく眠っていると、突然鉄格子の扉が開く金属音が響き渡り、その音を聞いたジャン達は目を覚まし、飛び起きる。カーラは目をこすり、あくびをしているし、ルカはというと、同じく大きくあくびをしながら、目元に涙をためていた。

「あんたら、よくこんなジメジメした場所で寝れるね」

 そんな声が上から降ってくる。見上げると、ヒコナが鉄格子の扉を開けて呆れたような顔でこちらを見ていたのだ。

「今日はいろいろあったからな」
「うん、海賊に襲われたり、あなた達に襲われたりしたりしたからね~」

 ジャンは腕を組み、カーラは笑いながら頭を掻く。ルカはというと、げっそりした顔で「夢じゃなかった……」と小声でつぶやき、足を合わせて腕を組み、体育座りをして顔を膝に埋めた。

「で、モーニングレディ。何か用か?」
「姫様があんたらに用事があるんだってさ」
「姫様……「プリンセス・オトヒメ」の事か」

 ジャンがそう言うと、ヒコナは頷いた。

「そうさ。とりあえず、謁見の間まで案内してやる、ついてきな」
「うーい」

 カーラが軽く返事をすると、3人は立ち上がり、服についた土を払って落とす。長時間同じ姿勢だったのか、体のあちこちが痛む。







「それにしても、姫様が何用なんだろう? 男嫌いだから目の前でジャンの首をチョンパしちゃうのかなぁ!?」
「うーわ、ジャン太郎さん、ナンマイダナンマイダですにゃ~!」
「勝手に殺そうとするんじゃありません」

 謁見の間まで歩いている途中、カーラとルカはあらぬ事を想像しつつ、ジャンはそれにツッコむ。ヒコナはそれを尻目に「騒がしいなぁ」とつぶやきながら頭を抱えつつも、目的地へと歩いている。
 ジャンは改めて宮殿内を見渡す。白い柱、白い天井、貝殻の化石が混ざった大理石の床……そして、今歩いている、謁見の間へ続く踏み心地がいい赤く長い絨毯。流石東部を統治する長が住まうという宮殿。かなり大金を積んでいるものと見える。とても真似できない。

「あんまキョロキョロするんじゃないよ。もうすぐ謁見の間だからね」

 ヒコナがそう言うと、なるほど。目の前にいかにも「この先は謁見の間です」と言わんばかりの、敷居の高い感じの扉がジャン達を出迎えた。扉には黄金の装飾と、蛇のような見た目の龍の彫刻が施されており、思わずカーラとルカは声を漏らす。

「うはあ、すっごーい!」
「いつ見ても素晴らしい彫刻ですにゃあ……」
「しっ、この先は姫様がいるからね。無礼のないように頼むよ……怒らせるといろいろ面倒だからね」

 ヒコナがそう言うと、扉を力の限り押す。ゴゴゴという重い音が響き渡り、扉が開きだす。
 謁見の間は非常に広い空間であった。赤い壁、同じく赤い床、柱が何本も天井を支え、奥には金髪の高貴な女性が大きな玉座に座り、こちらを見下ろしていた。その脇にはシマコが箒を手にしながら立っている。
 ヒコナが一歩前に出て、膝をついて首を垂れる。

「「乙姫様」、ただいま侵入者3名を連れて参りました」
「よいよい、ご苦労であるぞ、ヒコにゃん」
「……ハア」

 乙姫が満足げに頷くと、ヒコナは非常にうんざりした表情でため息をついた。

「侵入者よ、もっとちこう寄れ」

 彼女がジャン達に向かって手招きをする。ヒコナも「近づいていいぞ」と一言言うので、ジャン達は言われたとおりに乙姫の下まで足を踏み入れた。
 乙姫を見る。輝く一番星色の髪、真っ青な海色の瞳。夕焼けの海のような黄金の色の着物を纏い、夕焼け色の羽衣を羽織る、まさしくお姫様という感じの見た目であった。手に持っている黄金の杖は彼女の背丈くらいあり、足を組んで玉座に腰掛け、床から立てて支えている。

「ふむ、そなたらが侵入者かえ? なるほど、わらわ的にはちょべりぐな男であるな。キザ助」
「お褒め頂き、光栄ですね」

 ジャンは乙姫の口調に一切触れず、にっと笑う。

「して、そなたらの名は?」
「俺は「ジャン・ドランシル」。バウンティハンターをやってます」
「私は「カーラ・ガライダラドン」! ジャンに同じ!」
「私は「ルカ・スプーフ」――」
「ああ、そなたがエイヴリーの奴にデマを流したなめ猫かえ? うわさは聞いておるぞ」
「な……め、猫……」

 ルカは頭を抱え、項垂れる。すると、シマコが少し苛立っているのか、声を上げる。

「姫、姫。そんなことを話す為に奴らを呼んだんですか? 本題話して下せえ本題!」
「まあ、慌てるでない。せっかちさんは好かんのじゃ」
「そうだぞヒコにゃん。慌てるでない」
「……あたしゃ何も言ってないだろうが……」

 ヒコナは頭を抱え、ルカと同じように項垂れた。

「で、プリンセス。本題とは?」

 ジャンが痺れを切らして尋ねてみる。すると、乙姫はニヤニヤ笑い、服の袖で口元を隠した。

「聞きたいのかえ? 本当に聞きたいのかえ~?」
「もったいぶるならいいです」
「そこまで知りたいのなら教えてやるぞな」

 カーラの静かな一言を無視し、乙姫はふんぞり返って彼らに向かって言い放った。



「……はあ、マジか」

 乙姫のお言葉を聞いたジャンは、マフラーで口元を隠しながら、「やれやれ」と俯く。カーラはというと、目を輝かせていた。

「面白くなってきたね、ジャン!」
「……だが、なんでこんな事になっちまったのか」

 ジャンはそう言うと、天井を見上げてため息をつく。

「シクヨロ頼むぞ、チャラ太郎や」
「ああ、その代わり……こっちの話も聞いてもらうからな。頼むぜ」

 彼の一言に、乙姫は「お任せでまかせであるぞよ」と胸を叩いた。