複雑・ファジー小説
- Re: 新世界のアリス ( No.48 )
- 日時: 2021/08/15 23:23
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: zla8knmg)
9章 乱戦乱舞!
アリスとギン、キリガンはラプンツェルとエイヴリーの案内の下、現海皇である「マオーシャ=ネプテューン・マリンフォール」に謁見をしていた。案内された宮殿「アトラ・ティエス」内にある会議室で待つよう言われ、3人とラプンツェル、エイヴリー、そしてサミュエルは室内で各々自由に待っている。会議室とは、どこでも同じような造りだなと、アリスはそう思いながら辺りを見回す。白い壁、大理石の床、石造りの天井と、水辺でも建物が傷まないような構造で、彼は関心していた。
10分程度時間が経つと、会議室の扉が開く。すると、杖をついた赤い女とベールを被る紫色のドレスを着こむ医者らしき人物が中へと入ってきた。アリスとギンは一瞬「沙華」だと思い、身構えるが、全く違った顔つきや身長と服装に、すぐに警戒を解く。彼女は赤い鍔の広い帽子を被り、黄色のドレスを着こむ、赤い長い髪と瞳、何者にも負けぬという自信に満ちた表情と風格を持つ者だった。まるでマフィアの女ボスといった雰囲気だ。
隣にいる女は、顔を包帯で巻き、青色の髪と包帯で顔を隠す、緑色の瞳を持つ凛とした人物である。
「待たせたね、お客さん。あたしがこのマリンフォール透海自由国の最高指導者。名を「マオーシャ」という、どうぞよしなに……ってね」
マオーシャがアリスとギン、キリガンに対し頭を下げると、慌てて3人も頭を下げる。そこでエイヴリーが腕を組み、笑みを浮かべた。
「久しぶりだね、マオ。怪我はどうだい?」
「ああ、久しぶりエリー。ぼちぼちって感じよ。そっちも元気してた?」
「この前も島を一つ壊しちまった」
「そうか、しわ寄せはこっちに来るからあんま暴れないでほしいんだがねぇ」
まるで友達のように互いに愛称で呼び合うマオーシャとエイヴリー。会話は物騒だが、二人は楽しそうであった。
「あ、あの……」
「おっと、すまないねお客さん。あんたらが報告に聞く「アリスガワリュウジ」、「ギン」、「キリガン」かいな。ラプンツェルの報告に比べてそこまででもないな」
「俺、どんな風に書いてあったんだろう……」
キリガンが報告書の内容が気になっているところだが……それを尻目にマオーシャが「とりあえず座りなよ」と3人に座るように促す。アリスとギン、キリガンは、マオーシャの視界に入るように向かい側に椅子に腰かけた。
マオーシャも、隣にいる医者に肩を借りながらゆっくりと椅子に腰かける。
「隣の方は?」
「はじめまして。私はマオーシャ閣下の主治医である「ウィチア・メリューヌ」と申します。普段は神導王国の城下町の診療所で回診をしていたのですが、1週間前から閣下の治療を命じられ、ここまで出張してきたのです」
アリスの質問に、ウィチアは礼儀正しくスカートを広げ、頭を下げる。
「マオーシャ殿は怪我を?」
「そう。最近シナヴリア・オルデンツの……なんつったっけ」
「「ナース・ヴェールヌイ」だったかい?」
「「ナイス・ベートヴェン」……だった気がします船長」
「「ノース=ヴェーチェル」様だと仰っていました、エイヴリー様にサミュエル様」
「あんた達相変わらず名前を覚えないんだから!」
「ラプンツェル様、閣下の御前ですよ」
「構わんよウィチア。そうそう、「ノース=ヴェーチェル」。そいつから宮殿を守る為に戦ってたのさ。そしたらこのザマ。魚人種に全治2週間の怪我を負わせるとは、ふてえ奴だよ全く。運よく撃退できたからよかったものの――」
マオーシャは腕を組み、大層機嫌悪そうに言うと、アリス達を見て微笑む。
「悪かった、個人的な話はここまでにしようか」
「ああ、そうですね」
アリスが懐から羊皮紙の巻物を取り出し、マオーシャに見せる。
「ローズライト国王代理から親書を預かってきました」
「おお、ティラからか。元気にしてたかい、ティラは?」
マオーシャが親書を開きながら、アリスに尋ねる。
「ええ、まあ」
「そりゃあいい。やっぱ友達の無事が解ると、気分が良くなるね」
先ほどと打って変わって機嫌がよくなっていくマオーシャ。見るからにウキウキしていた。
「同盟の話か。まあ友達のよしみだ、今すぐ同盟を……と言いたいところだが」
マオーシャが腕を組み唸る。
「残念だが、今は闘技大会前で、海皇といえど国交を結ぶ権限はないわけだ」
「そういやそんなこといっちょったのう」
ギンが思い出したかのように腕を組んだ。
「なんとかなりませんか?」
「なんとかなるわよ」
キリガンの質問を、マオーシャの代わりにラプンツェルが答えた。
「闘技大会に出場して海皇の代わりにリングに立って優勝すればいいのよ」
「ええ、それって問題は――」
「ないわよ、優勝者は海皇の権限を他者に譲ることが許されてるの。傭兵協会から闘技大会に出場する人もいるからね。優勝賞金を引き換えに依頼主に権限を譲るって事例自体は過去の闘技大会でもあったから、全く問題ないわよ」
「結構アバウトな大会じゃなあ」
ギンが頬杖をつきながら半目でラプンツェルを見る。
「この国の名前を忘れてないかしら。「自由国」よ、ここは。王を決めるのも自由なら、王の権限を譲るのも自由。でも一応八百長イカサマは禁止されてるわ。実力で勝たなきゃダメ」
「大会のルールは?」
「2対2のトーナメント形式だよ。リングに最後まで立っていたチームの勝利さ」
エイヴリーが答えると、ギンが「へぇ~」と気の抜けた返事をする。
「なんで2対2なんじゃ?」
「昔は1対1でやってたけど、いつの間にか2対2になってたのさ」
エイヴリーの答えに、アリスは「アバウトすぎるな……」と呆れた表情を見せた。
「まあ、そういう事なら俺とギンで闘技大会に出るとしよう。そして、勝って同盟を結んでもらう」
「ん、いいよ」
マオーシャの即答に、アリスとギン、キリガンはずっこけそうになる。
「軽すぎますよ閣下!」
「いや、断る理由がないし。だってあたし、今怪我人だもの」
「ま、まあ……そういう事なら。ところで、大会はいつ開催なんです?」
アリスが尋ねると、サミュエルが人差し指を立てて自慢げに答えた。
「明日から一週間の予定です!」
「ほお、明日から……明日から!?」
- Re: 新世界のアリス ( No.49 )
- 日時: 2021/08/18 01:24
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: UjpdDLCz)
翌日、マリンフォール中部の人工島にて、闘技大会が執り行われた。リングの上はシンプルで、何もない。ただそこに整備された石造りの床が広がるだけで、周囲は大勢の観客が密集し、大会が始まる前だというのに、熱狂していた。
正式名称「マリンフォール闘技大会海皇決定戦」では、ペアチームであれば国籍がどこであろうが、素性がどうであろうが、実力さえあれば老若男女問わず参加することができる。ルールはシンプル。リングから場外KOか、降参させるか、武器を壊したり、戦意喪失させたり……とにかく死なない程度に痛めつけてノックアウトさせればいいというものだ。このルールは、現海皇であるマオーシャが取り決めたもので、彼女が海皇になる前は死者も当たり前の殺伐とした大会だったらしい。
――と、控室でウィチアとマオーシャが教えてくれた。
「というわけで、怪我したら医務室からウィチアが駆けつけてくれるからな。遠慮なく頼るといい」
「それはありがたいが……聞いた時からずっと思っていたがアバウトだな」
「そりゃそうだよ。魚人種自体が何も考えないアバウトな存在だからね。理性的なのはウィチアとあたしみたいな変わり者しかいないよ」
「なんとなくわかります」
アリスが半目で答えると、ギンを見る。ギンはいつも通り「面倒じゃあ」とぼやきながら、錫杖の仕込み刀を砥石で研いでいる。
「ギン、今日はサボるなよ」
「わかっとる。さっき、「もし負けたらラプンツェルの砲撃塔の修理代を賠償金として請求する」とか言われちまったら、面倒とは言いつつも本気で頑張らねばならんわい」
ギンが苦虫を噛み潰したような顔で、刀を研ぐスピードを上げる。金額も聞いてしまったらしく、表情がいつもより暗い。
「ま、ラプンツェルを倒したあんたらならいけるって」
「ご武運をお祈りしております、アリス様、ギン様」
マオーシャが笑顔で、ウィチアは微笑みながら二人を激励する。二人は「ありがとう」と同時に口にすると、立ち上がった。
「よし、行くぞ龍志。長かった戦いよ、さらば!」
「まだ始まってすらいないぞ」
闘技場へ出るアリスとギン。向かい側には、いかにも「やられ役」といった感じの魚人種二人であった。魚人種二人は典型的な荒くれ者の恰好で、三白眼、ボサボサの髪、破れた服と……呆れる程テンプレ通りだ。
「ヒャッハー! 男にジャリガキとぁ、第1回戦は勝ったも同然だぜぇ!」
「せやなぁ! 優勝して、今年こそうちらが海皇になるんじゃい!」
「あー……アホらし」
ギンが深くため息をつきながらそっぽを向く。
「なんやと!? ガキが調子に乗っとるといてもうたるど!」
「龍志、大阪弁を文字に起こすとアホっぽく見えるよなぁ」
「いらん事言わないでよろし」
ギンとアリスが小声で会話していると、ゴングの音が鳴り響く。開戦の合図だ。ゴングの音が鳴り響いた後、より一層会場に熱狂の嵐が巻き起こる。
「死にさらせぇーっ!」
先制攻撃に、片方の魚人が両手に鎖鎌を持ち、ギンにとびかかる。そして、鎖鎌を投げつけてきた。が、ギンは「見え見えの攻撃じゃなあ」と目を閉じて投げられる鎖鎌をひょいっと避ける。
もう片方はモーニングスターを振り回し、鉄球をアリスに向かって投げつけてくるが、アリスはため息をついて、鉄球が来るより早く魚人に向かって突進する。
「どうも、エイヴリー船長とか自律人形や機械人形に比べて動きが鈍い気がするな」
アリスがそうつぶやきながら、刀剣を抜いて一閃。魚人の持っているモーニングスターが真っ二つに割れて床にバラバラと落ちて砕けた。
「インシュエ……斬ッ!」
ギンは素早く魚人の後ろへと回り込み、首元に錫杖の柄を叩きつける。かなりの強い力で叩き、魚人は気を失ってその場に倒れてしまった。
「ふっ、またつまらぬものを斬ってしまった……」
「全く、斬ってないだろ」
アリスが呆れながら肩をすくめると、会場は盛り上がって歓声を上げていた。一瞬の出来事だったが即座に試合終了したため、アリスとギンに対し、期待が高まっているのだろう。アリスとギンの名を呼ぶ声も聞こえてくる。
アリスは「戻るぞ」と言い、ギンを脇に抱えてそそくさと会場を後にした。
その後、順々に試合が執り行われ、第一回戦は無事に終了した。中間発表で第一回戦を勝ち抜いた者が発表されていく。アリスはその中で気になる名前を見つけた。
「……「ノース=ヴェーチェル」と「フロンタル」……たしか、ノースの方はシナヴリア・オルデンツの一員だったか。マオーシャ殿にけがを負わせたという」
「あと、「ディクシア・ディディモス」、「アリステラ・ディディモス」っちゅーのも気になるのう」
「なぜだ?」
「龍志と被っとる」
「俺は龍志が名前だ、被ってない」
アリスが静かに怒っていると、ギンはケラケラ笑っていた。
「次の次の次あたりの試合、ディディモス姉妹のようじゃぞ」
「待て、ツッコミどころ満載だが、あえて一つに絞るぞ。なぜ姉妹とわかる?」
「乙女の勘じゃ」
「お前は765歳以上だろ、乙女もクソもないだろうに」
「きぃぃ! 女の子は何歳になっても乙女なんじゃよ、龍志のアホ!」
ギンがその場で地団駄を踏んで怒っているが、アリスは腕を組んで「それはそれとして」という。
「次の試合は午後1時からか、昼飯を食いに行くぞ」
「んにゃ。腹が減っては戦はできぬとな。行くんじゃ~」
「単純な奴だな」
二人は控室を後にすると、闘技場にある食堂へと足を運んだ。
- Re: 新世界のアリス ( No.50 )
- 日時: 2021/08/18 21:18
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: zla8knmg)
観客の熱狂が続く中の第二回戦。
アリスとギンが場内へと姿を現すと、観客が歓声で騒ぎ始める。それだけの期待が高まっているのだろう。
「龍志、わしら……結構な額を賭けられておるそうじゃぞ」
「……日本だったらしょっ引いてるところだ」
「フヒヒ、ここは自由な国。賭け事なんぞしょっ引いたら、わしらが捕まるぞよ」
「ああ、そうだな。だが、俺達が賭け事に使われてるのはあまりいい気がしない」
「期待してる人間が多いってことでここはポジティブにのう」
「……仕方あるまい」
アリスは頭を抱えため息をつくが、首を振って目の前を真っ直ぐ見る事にした。奥の方から人影が場内へ足を踏み入れる。遠くからでは判断しにくいが、男女のペアだろうか。身長は同じくらいの二人組だ。その二人がこちらへと悠々と歩み寄ってくる。
やがて、二人はアリスとギンの目の前で立ち止まり、男がこちらを嘗め回すように眺めてきた。アリスはその事に不満げに顔をしかめる。それに気づいた男が「おっとっと」と一言口にし、笑みを浮かべた。
「はじめまして、対戦相手さん。私は「フロンタル」。こう見えて魔人種です。以後お見知り置きを」
「はじめまして。有栖川龍志です」
「おお、一回戦見てましたよ。一瞬で敵を無力化する、まさに戦闘のプロ。感服いたしました!」
フロンタルが拍手しながらアリスをおだてている。その様子に、ギンはアリスの腕をつかみ、彼の顔を見上げた。
「こやつからはなんか龍志と同じにおいがプンプンしよる。仲良くなれるんとちゃうか?」
「バカも休み休み言いなさい」
アリスがそう言って改めて二人を見る。
女の方は灰のかかった白色だろうか、その髪をポニーテールにして後ろでまとめている。ダスターコートに身を包み、肌の露出も少ない。しかし、頭部から2本の黒い角と、うなじに竜の鱗が覗いている為、恐らく前にホロウハーツでも見た事のある竜人種であるだろうと推測できる。
代わってフロンタルの方は、黒の髪に一房の赤いメッシュが入っている所謂ツーブロックであり、アリスは「局長と同じ髪型だな」とちょっと関心を抱いていた。四角いフレームの眼鏡の下の張り付いた笑顔は、なんとも警戒せざるを得ないものを感じる。その証拠に旅用のマントは、何かを隠しているのか重みを感じる。アリスとギンと同じく、戦闘のプロといったところだろう。役職は不明だが、どこかの組織にいるに違いない。
アリスが睨みながらフロンタルを見ているので、隣の女がやっと口を開いた。
「"ソル君"は悪い奴じゃないから、そんなに睨まなくてもいいよ」
「ン゛ン゛ッ!!」
彼女の言葉を掻き消そうとフロンタルの方が咳払いをする。
「ソル……?」
「戯言だ。気にしないでください。それより、彼女は「ノース=ヴェーチェル」。……パネルにもそう書いてありますよね」
「ま、ええわいそれで。わしは銀雪。ギンと呼ぶがよい」
「ギンか。見たまんまだね。髪が銀だからギン?」
「ちゃうわい。ま、名前の意味なんぞもう何百年の前の事は忘れた。どうでもいいじゃろ」
「そうだね。今から倒す相手の事を知る必要もないかな」
ノースが右手にハンマーを、左手に剣を装備するのを見計らったかのように、ゴングの音が鳴り響く。
「始めようか、アリスさんにギンさん。ま、我々に勝てるとは思いませんが」
「ちょっと待ってくれ」
アリスが掌を前に突き出して、二人に対して待ったをかける。それを見たノースとフロンタルは少し不満げに眉をひそめた。
「……なんでしょう」
「ノースさんの方……あなたは、海皇の宮殿を襲撃したそうだな。理由を聞かせてほしい」
「……ソ、フロンタル」
ノースがフロンタルの方を見る。……この時点で、二人がシナヴリア・オルデンツの一員である事は予想できるが、今その事を言っても試合には直接関係のないだろうし、何よりはぐらかされてしまうだろう。アリスはあえてそれを無視した。
ノースに見つめられて、フロンタルは頷く。
「今は言えないって事になってる」
「そうか、それだけで十分だ。続きを始めよう」
アリスがそう一言言うと、刀剣を手に取り、鞘から抜く。剣と鞘がこすれる鋭い音が鳴り響き、赤い刀身が日光に反射されて輝いている。ギンも錫杖を地面から立てて、錫杖で地面を叩いて、シャリンと鳴らした。
「アリスさん、あなたがどれほどの実力か、試させていただきましょう」
フロンタルも銃を構えた。
- Re: 新世界のアリス ( No.51 )
- 日時: 2021/08/18 22:25
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: zla8knmg)
フロンタルは構えた銃を素早くアリス達に向け、足元に向かって威嚇射撃を行う。足元に数発銃弾が撃ち込まれ、アリスとギンは慌てて後退した。その隙を狙い、ノースがアリスに飛び掛かり、ハンマーを力任せに振り上げる。ブゥンという風を切る音が鳴り、アリスは慌ててその攻撃を刀剣を両手に持ち、頭上で振り下ろされたハンマーを受け止める。ガキィンという鋭い音と、風圧……いや、風が刃となってアリスの腕、体を切り裂いた。どうやら星霊術を応用した武器らしい。風の刃でできた傷からは血が滲み、白いシャツが赤く染まっていく。
さらに、彼女の力任せによる叩き込みで、床にひびが入り、アリスは割れた床の中に足が埋まり、それでもなお踏ん張って体を支える。
「くっ……なんて重さだ……!」
アリスがそう一言口にすると、ノースが口元を釣り上げている。
「これに耐えるなんて、噂通りで安心した。これで退屈せずに済むよ」
「少し前に、あなたみたいな人と戦った経験があるからな……あまり退屈させはしない。期待してもいいぞ」
「そいつはいい、期待ダイマックスって感じ」
「ああ、お前もネバーランドの住人か」
ノースの表情は硬いものの、嬉しそうな声音だ。
二回戦でまさかの強敵登場に、気の抜けない戦いになりそうだ。アリスはそう直感する。
一方、フロンタルの方は、ギンが食い止めていた。
「お嬢さん、危ない真似はやめてお帰りになったらどうです?」
「たわけ、わしゃこれでもお主の何十倍は生きとるわい!」
「そうですか……ま、私は仕事は早く終わらせるのが信条です。そうですね……3分であなたを仕留める事にしましょう」
「おぉっと、いいのかえ、3分間舞ってやっても?」
「ええ、3分であなたは確実に地に伏すでしょう」
フロンタルが眼鏡を指で整え、にやりと笑う。ギンはというと、そんな表情に目もくれず、「よっしゃ」と太腿に装備していた白い銃を構える。
「わしはこれでも龍志の師匠じゃ。龍志はわしが育てた」
「別に聞いてませんけど」
「別に聞いてほしいとは言ってないんじゃが?」
ギンはそう言うと、問答無用で銃を足元に向けて打ち込む。バババッという音と共に、フロンタルの足元に銃弾が命中する。フロンタルは冷静にそれを避けた。
「何をなさるんですか?」
「お・返・し♪」
ギンがニヤニヤと小馬鹿にするような表情でフロンタルを見ていた。
「馬鹿にしているんですか?」
「馬鹿にはしとらん……小馬鹿にしとるんじゃあ」
「なるほど、これは手強い」
フロンタルが口元に笑みを浮かべてギンを見る。
「ここまで40秒……あと2分20秒」
「こまかっ! カップ麺でも作っとるつもりか!」
フロンタルは両手に持つピースメーカーをギンに向けた。ギンは出方を伺うため、腰を低くし錫杖を構える。
彼はギンが錫杖を構えた事を確認すると、銃弾を数発撃ち込む。ギンはフロンタルが銃弾を撃ち込んだと同時に、錫杖の刀を抜き、素早く銃弾を切り落とす。真っ二つになった銃弾が床にバラバラと落ちると、その瞬間を待っていたかのように、フロンタルが素早くギンとの距離を詰めた。ギンは驚きもせず、冷静に彼に対応する。至近距離での銃撃。ギンは体を反らして銃撃を回避し、宙返り。腕を床に伸ばして体を支え、サマーソルトキックを彼に食らわせる。
「ちょいなあぁーっ!」
ギンのサマーソルトキックがフロンタルに命中し、ギンは体制を整える。フロンタルは胸を押さえ、「なかなかやる……」と一言。彼はマントに手を伸ばし、手りゅう弾をギンになげつける。ギンの錫杖にそれは当たり、爆発した。彼女は爆発による傷を受けるが、まだ余裕げに笑みを浮かべている。
フロンタルは休憩の間を与えず、両手の銃を素早く構えて連射した。ギンは数発受けるも、ほとんどを刀で切り落とし、両手で刀を構えてフロンタルに向かって振り下ろす。彼には命中せず、マントを切り裂いただけで終わった。しかし、ギンはフッと笑い、彼を見据えた。
「まだまだこんなもんちゃうじゃろ、ガンナー。銃弾をリロードする時間をくれてやってもよいぞ?」
「……概ね想定内ですよ。あなたの身体能力は、称賛に価します。できれば、うちにほしいところですがね」
「褒めても何も出んぞ」
ギンがカカカッと笑うと、フロンタルがこちらを向いたまま、後方の方へ両手の銃を投げ捨てる。その後、素早く新しい銃を手に取った。
「ラウンド2と行きましょう」
「面白いのう……まだ隠しとるんじゃろ? お姉さんにすべて見せてみい」
「……後悔しない事ですよ」
フロンタルは、ギンの言葉に対し口元を歪ませる。
ギンは周囲に目配りし始めた。後ろでは、アリスが苦戦しているのか、重い一撃を受け止めつつ受け流す度に、苦悶の表情でノースを見ていた。
「そういや、あと何秒くらいじゃ?」
「あと1分20秒ですね」
「じゃ、わしも急ぎで全力を出してやろう。特別じゃぞ?」
ギンが錫杖をガンッと床に叩きつける。その瞬間、その周囲の空気が一変した。フロンタルは「これは想定外」と一言言うと、マントに手を伸ばす。
「銀雪魔術、第二弾キャンペーン。これより、周囲空間はわしの支配下となる。覚悟せいよ!」
- Re: 新世界のアリス ( No.52 )
- 日時: 2021/08/20 21:39
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)
「一体、何が始まるんです?」
フロンタルは自分に言い聞かせるようにつぶやく。周囲の空気が急激に冷え込み、吐く息が白く変わる。その変化に、アリスとノースも気づいたようだ。
「ギン……何をするつもりだ!?」
そう誰かに聞くというよりは、ただ脳裏に浮かんだ言葉をそのまま口にするアリス。ノースも周囲の温度の変化に気づき、武器を持つ手が止まる。
「見て見なよ、上」
ノースは空を指さす。アリスもフロンタルもその言葉を聞いて上空を見上げた。空気中の水分が凍り付き、会場を氷が覆っていく。ドーム状に氷が広がっていき、やがて空は見えなくなった。今日も熱い日差しが差し込んでいるというのに、氷が覆っているだけでまるで冷蔵庫のように冷たい空気が包んでいる。
「驚いたかえ? わしはこれでも幾百年を生きた雪女。調子がいい時と目安で湿度80%以上ありゃ、この通り。この人工島を凍らせるなんざわけないわ!」
「正直驚いたね。なんかのジョークだと思ってたけど、本当に妖怪だったのか」
ノースは「面白い」とにんまり笑う。
「はあ、こんな報告は受けてないですね。だが、面白くもなってきた。延長戦と行きましょう、3分でなくそれ以上で」
「ほっほう、よいぞ」
フロンタルとギンは互いに顔を見合わせて笑みを浮かべていた。
ギンは先手を打とうと、床にしゃがみ込み、手を当てる。その瞬間、霜柱がシャキンと床の氷から勢いよく射出し、フロンタルを狙う。彼はその霜柱に反応し、銃で打ち落とした。
「よそ見はいかんのう」
ギンはフロンタルに接近し、錫杖を構えて鞘を抜く。一振り目はフロンタルのマントを斬り、二振り目はフロンタルの上腕を狙った。閃く白い刃。だが、フロンタルは両手の銃を重ねてギンの斬撃をやり過ごす。ギンは隙を与える暇もなく、三振り目を天に向かって振り上げた。フロンタルの両手で重ねていた銃が真っ二つに斬られ、ギンはその瞬間を狙ったかのように、刀を刺突させる。
「くっ……!」
「地獄に、落ちろォ!」
ギンの突きはフロンタルの体を突き抜ける。……かと思いきや、体を直撃する前に、ギンの刀の軌道が飛んできたナイフによって逸れる。
ノースが投げたナイフのようだった。
「2対2だってことを忘れてない?」
ノースがそう言うと、ギンは「忘れとった」と一言。すぐさま後退する。
そこへアリスが近づき、ギンに耳打ちする。
「ギン、あのフロンタルという男の銃だがな……注意した方がいい」
「ああ、何か細工しとる。戦っている、わずかな間にのう」
「おそらく……」
「龍志。そういうのはお主の役割じゃ」
「……わかった、あまり期待するなよ」
二人の相談が終わったようで、フロンタルは「もう終わったかな?」と涼し気な顔で尋ねる。
「今やっと3分経ちました。ここからは少々本気を出させていただきましょう」
「ん、まだ本気じゃなかったのね」
ノースが目を点にしながら言うと、フロンタルは無言で頷いた。まだ策があるのだろうか。余裕の笑みを崩さない。それは、アリスとギンも同じである。互いに傷だらけではあるものの、弱みを見せた時点で、負けが確定してしまう。だからこそ、上辺だけでも笑っている。ギンはまだ余裕綽々と言った感じだが。
「じゃ、こっちはこっちでやらせてもらう」
アリスがそう言った後、床を蹴り上げ、フロンタルとノースのいる場所まで真っ直ぐ駆け出した。その様子にフロンタルは驚く。
「な、なにを!?」
フロンタルは彼の様子に驚くが、冷静に指を鳴らす。
その瞬間アリスの足元が爆発し、アリスが巻き込まれた。……だが、彼は止まらず、爆風を剣で真っ二つに斬る。アリスは彼らに向かって走り続け、ノースの方へ直進する。
「フロンタルさんや、わしと踊ってくれぬかえ?」
ギンはフロンタルとの距離を詰め、彼の目の前へと迫っている。周囲が凍り付いている為か、凍った床を滑るように……いや、滑っていた。それは、目にもとまらぬ速さというべき速度だ。
「わしゃ、周りの環境が地元に近づけば近づくほど、強くなれんのじゃ。ま、その分リスクもあるんじゃがな」
ギンはそう言うと、フロンタルが「そうなのですね」とつぶやく。そして、彼はタイミングを見計らって指を鳴らし、ギンが滑る床を爆破する。だが、彼女のスピードに爆破が追い付かず、ギンは余裕の笑みで地面を力の限り踏んだ。その足踏みはたった一回だというのに、床を割り、衝撃で床の破片が空へと舞いあがる。
空中に舞う二人。ギンはフロンタルの目の前で彼の顔を見据えた。
「雪鬼妖術……」
フロンタルに向かってギンは両手に力を込め、素早く腰付近に構え、白い気を集める。
「龍虎乱砲!」
彼に両手を突き出し、気弾を連射し放つ。数発どころか、十数発の気弾が瞬間的にフロンタルの体へ命中する。フロンタルは苦悶の表情を見せ、反撃しようとマントに手を伸ばすが……マントはボロボロになり、重みが消えていた。先ほどまでギンが切り落としていたのは、マントに常備していた銃達であったのだ。
「……はあ、あっけないものですね」
「いくぞ、これでトドメじゃ!」
ギンはフロンタルの頭を自身の両足で正面から挟み、相手の胴体を両腕で抱えて持ち上げながら、空中から真っ直ぐ落下する。これはパイルドライバーだ。地上へ勢いそのままに脳天杭打ち。
「落ちちゃいなちゃーい!」
二人が落下すると、地面が割れ、クレーターが出来上がるほどの衝撃が辺りを襲う。そして、土埃と氷のかけらが舞いあがった。勢いよく落ちたので、ギンはフロンタルをちゃんと生きているか確認する。一応、命に別状はなさそうだ。
「まだやるなら、とっておきのプロレス技をお見舞いしちゃるぞ?」
「い……や、もういいかな。ノースさん、いいですよね?」
フロンタルはノースを見る。彼の眼鏡はひびが入っていた。
「いいよ」
「軽いな……」
ノースが突然武器を下ろしたので、アリスは勢いでずっこけそうになった。
「てことで、サレンダーです」
会場はわけのわからぬままアリスとギンが勝ったようなので、歓声と喚声が交じり合った微妙な反応であった。
フロンタルはノースに肩を借り、その場から離れる。表情は何とも言えないものだが、とても嬉しそうな表情で会った。その後、フロンタルはアリスとギンを見る。
「いいデータが取れました。……なかなかの成果。これならば、いい報告ができそうです。感謝いたしますよ」
「誰に話しかけてる?」
「独り言です」
「ん、まあソル君が無事でよかったよ」
「……そうですね、ギンさんの暴れっぷりには驚きましたが」
そんな会話をしながら、二人は会場を後にした。
- Re: 新世界のアリス ( No.53 )
- 日時: 2021/08/21 21:09
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)
見事フロンタルとノースを撃破し、第二回戦は勝利に終わったアリスとギン。会場の氷はギンが気を抜いてしまうと、すぐに溶けだしてしまった。会場は水浸しだが、とくに問題はなかった。
それはそれとして、一日目の試合が終わり、出場者は控室で宿泊が可能らしく、アリスとギンはこのまま控室で寝泊まりすることにした。明日は第三回戦。相手は誰であろうと、勝ち続けるのみ……。
アリスとギンが控室へ戻ると、マオーシャとウィチア、そしてキリガンが待っていた。
「おつかれさん、二人とも」
「見事な試合でしたよ」
「おかえり、無事で何よりだよ」
アリスはなんとなく3人がいることを察した。……が、やはり聞かざるを得なかった。
「なぜここにいるのか、聞いても?」
「ああ、アリスとギン、ウィチアの治療を受けなさい。怪我してるだろう?」
アリスは「ま、まあ」と頷く。
「で、キリガン。主はなぜここに?」
「そんな理由を聞く間柄でもないでしょ。いいじゃない、応援に来たんだよ。ほら、お土産も持ってきたしさ」
キリガンがそう言うと、肩から下げていたバッグからクッキーやらマドレーヌを取り出す。かわいらしい袋に包まれているそれから、甘い香りが漂ってきた。
「これね、蒸機王国で結構有名なパティスリー「ポップンホイップ」ってお店の一日50個限定のクッキーとマドレーヌなんだよ。あとついでに定番のチーズケーキとかもね。これでも食べながら話でも聞かせてよ」
「ありがとう、キリガン」
「ほっほう、そりゃ楽しみじゃのう~♪ 感謝するのじゃ」
「男のくせに気が利くじゃない」
「あ、ああ、ううん……」
マオーシャが「男のくせに」と強調するので、複雑な気分になっているキリガン。ため息もついていた。
「まずは治療が先です、お二人」
そこにウィチアが割って入り、二人を引っ張ってベッドに放り投げる。少々乱暴なので、キリガンが「ちょ、危ない!」と思わず声を出した。アリスとギンもベッドに着地すると「ぐえっ」とカエル潰れたような声を上げる。
「ウィチア、いつも言ってるが、患者の扱いがひどいぞ」
「いいえ、どうせ全部治って傷が消えるんですから、今増えたところでどうという事はありませんよ」
マオーシャに注意されるが、ウィチアは涼しい顔でアリスとギンの方 に顔を向け、手に持っていた箱から治療道具を取り出した。二人は、ウィチアの強引さに言葉を失い、黙って治療を受けている。
「ああ、こんな美人の人でも魚人種だなぁ……」
キリガンは半目でウィチアを見ていた。
ウィチアの治療が終わり、ウィチアは道具を箱に戻していた。アリスとギンも治療が終わり、衣服を着ている。アリスのジャケットと、ギンのジャージは傷がついていたので、キリガンが治療中に修繕しており、今はそれを二人が待っているところだ。そんなキリガンは、布に針を通しながら、アリスとギンに話しかける。
「それにしても、確か爆風を真っ二つに斬ってたよね。それにしては、服はそれほどボロボロでもないし。異世界っていうのは、こんな丈夫な戦闘服も作ってるの?」
「いや、それはホロウハーツで作ってもらったものだ。ほら、俺達が怪我をして服を作り直してもらってたろ?」
「ああ、あれか。確かに裏地の刺繍はノートさんのとこの奴だね。いやぁ、いい仕事してるよホント」
「キリガンはなんでも知っておるのう」
「なんでもじゃないよ、ただ職業柄、いろんなものを見て回ったりできる機会があるだけさ。……まあ、冒険者として当然の事なんだけど」
キリガンは笑いながら、器用にチクチクと布に針を通す。
「あ、今日の二回戦目だけどさ、観戦してたけどすごい迫力だったよ。会場が急に氷に包まれて寒かったぁ~。ギンってばあんなすごい技があるなら、白い影の時とか使えばよかったのに」
「すまんが、あれは条件が揃わないと発動できんのじゃ」
「条件?」
「ああ、まずは湿度。湿度が80%以上でないと空気中の水分を凍らせることはできん。そして次はわしの「体内妖力」。あとは勇気で補う。ついでに気分。それらが揃って初めて使えるから、気軽には使えんのじゃよ」
「「体内妖力」って何さ」
キリガンは顔を上げてギンの方を見る。
「妖怪は基本的に人間とは違い、「妖力」を持ってるんじゃ。その力を使うと、あらゆる超常現象を引き起こすことができる。首を長くのばしたり、巨大化したり、化け物から人間の姿に変わったり、テンション上がってワッショイしたり……わしの場合、空気中の水分を凍らせたり、凍らせた氷を操作したり。それらを妖力と呼び、我ら妖怪の精神力……いわばMP(マジックポイント)じゃよ。それがなければ、長生きもできんし動けなくもなる。すごいじゃろ?」
「へえ、妖怪ってすごいね」
ギンの説明にキリガンは感心していた。アリスも腕を組んで頷く。
「そのおかげで何度助けられたことか。とくに、冬の日本海側に出張した時のギンは絶頂だったな」
「あったりまえよぉ! わしゃヒラヤマ山脈育ちの幾百年を生きる雪女さんじゃぞ! 雪ん子は雪に囲まれた場所でこそのびのびと生きていけるんじゃあ!」
「ヒマラヤ山脈な」
アリスにおだてられてか、ギンは立ち上がって腰に手を当てて胸を張った。
「だからこそ、なんじゃ。奴らが妙に煽り、手加減していたのが解せん」
ギンはその場に座り込み、突然顔を険しくさせる。
「……奴らは恐らくシナヴリア・オルデンツの一員だ。あのフロンタルという男、ノースと知り合いというよりは同僚という感じだったし、恐らくは……俺とギンの力を試す為に大会に参加したんじゃないか?」
アリスは顎に手をやり、自身の考えている事を口にした。
「ばんなそかな。何のために?」
「それはわからん」
「じゃが、職業の違う全くの赤の他人という可能性もなくなくなくない?」
「突っ込まんぞ。それも奴ら自身が答えを見せていたさ。ノースが親し気に話しかけていただろ」
「普通に傭兵同士のペアかもしれないじゃろ?」
「それでも、シナヴリア・オルデンツの一員であるノースと共に行動している以上、フロンタルも組織の人間だ。戦闘も傭兵たちと違って、かなり洗練されているしな。俺達みたいな、日々訓練している人間の動きだぞ、あれは」
「うぅむ、言われて見りゃそうじゃなぁ。本気出すとか言っといて全然手応え無かったし。絶対ありゃ爪を隠しとるじゃろうな。しかし、そんな規模のでかそうな組織が、なぜわしら二人を――」
アリスとギンの会話を、キリガンもマオーシャもウィチルも黙って聞いていた。
「あんた達」
マオーシャが声を出し、二人を呼ぶ。
「お腹空いてきたろ。難しい話は食事の後のティータイムにでもしようじゃない。何より、あたしが腹ペコなんだよね」
彼女は腹のあたりを手で押さえ、空腹をアピールしている。
その様子を見て、アリスとギンは同時に、「キリガン、上着早く」と急かした。
「ちょ、待って。もうちょっとで終わるからさ!」