複雑・ファジー小説
- Re: 新世界のアリス ( No.54 )
- 日時: 2021/08/22 21:48
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)
10章 悪ノリヒーローショー
翌日、修繕してもらった上着を羽織って、アリスとギンは会場へと足を踏み入れる。今日も闘技大会は賑わっている。……いや、それどころか上空には飛空艇らしき機体が飛んでいる。そこに乗っている人物が、カメラを向け、リポーターらしき人物はマイクを片手に何かを叫んでいるようだ。……まあ、遠くから見ているのでもしかしたら違うのかもしれないが。
「しっかし、昨日より人増えておらんか? ほら、あそこ……イレーナがおるぞ。ありゃノートじゃないかえ?」
「見間違いだろう……他国の闘技大会に何の用で――」
「いや、だって手を振っておるし」
ギンが指さす方向には金髪の長い髪が見える。確かにあれはイレーナだ。しかも隣にはノートの姿も。ついでにその隣にフェイザの姿もあった。
「ホロウハーツの商人がなぜここに……?」
「龍志」
ギンがアリスの名を呼び、目の前を指さす。イレーナ達が観客席にいる理由がやっと理解できた。
「や、お二人さん。久しぶり」
「ララさんにクウ。久しぶりだな」
「相変わらず色気を醸し出してるわね、悪くないわ」
「くっ、ピュアな龍志に色目を使うでないわ」
第三回戦の相手は、以前世話になった「ララ・ペルボラ」と「クウ・ヴィクション」であった。ララは相変わらずゴスロリ姿だし、クウも黒いウエディングドレスを纏っている。
「どう見ても非力な女性なんだが、なぜ二人がここに?」
「商会連盟の毎年の恒例行事でね。宣伝の為に私と……昨年まではノートだったが毎年出てるんだよ。まあ、あいつはあの通り老いぼれだしな。今年からはクウに出てもらうことにしたわけだ」
「そうよ。リハも何十回もして、入念に準備したんだから。覚悟しなさいよね!」
「そいつは重畳」
アリスは腕を組んで頷く。
その後、ララはにやりと歯を見せて笑い、観客に向かって手を仰ぎ、大声で叫んだ。
「さーてお立合い! 今年も今年とてやって参りました、「うさびっとヒーローショー」! チビッコからおじいちゃん、おばあちゃんまでお楽しみいただける、楽しい楽しいヒーローショーの始まりだよォ! さあ皆々様方、大声でヒーローのお名前を呼んで、その後は拍手でお迎えください!」
まるで司会が観客を煽るように、早口かつ迫力のある台詞回し。ララの声が響き渡り、観客は大いに盛り上がる。
「提供は、ホロウハーツ商会連盟がお送りいたします!」
ララがまるで八百屋が大声で客寄せする時のような口調で、手に持っていた黒いうさぎのぬいぐるみを天に掲げる。
「さ、名前を呼んで! せーのっ!」
『ゴー! うさびっと初号機!』
観客の揃った声が会場を包む。ララはぬいぐるみを床に叩きつけた。べしっと音がしたかと思うと、ぬいぐるみはララの掌でぐんぐんと大きくなっていく。ある程度の大きさになると、ララはぬいぐるみの頭部にしがみつき、耳をつかむ。まだまだ大きくなり、クウが手を伸ばす。すると、ウェディングドレスから糸が伸び、ぬいぐるみに絡みついた。
アリス達が見上げる程まで天高く巨大化したぬいぐるみは、腕を床に立て、体を支えていた。……観客が声を上げる。応援の声、口笛を吹いたりと、彼女たちに期待している声が会場を包んでいく。
「アリス、お前らの実力は知ってる。白い影とやり合うくらいに超つええんだろ? だが、このビッグヒーローである「うさびっと初号機」を倒せるかなぁ? クウ、期待してるぜ」
「任せなさい、戦うのは苦手でも、こういうサポートは私の得意分野なんだから!」
「覚悟とは本能を凌駕する魂のことなり! 正義とは邪悪に挑戦する肉体のことなり! 当方に迎撃の用意あり、覚 悟 完 了! いくぜアリス、ぶっ潰れなァ!!」
アリスの言葉の後、ゴングの音が鳴り響き、それと同時にぬいぐるみが腕を振り下ろした。
「かぁーっ! めちゃくちゃじゃのう!」
ギンはそれを回避しながら叫び、アリスも避けて振り下ろされたぬいぐるみの腕を剣で斬る。だが、ぬいぐるみの腕は傷一つつかないどころか、手ごたえがない。アリスは驚いて目を見開く。
「言っておきますが、私のドレスの糸を斬れると思わぬ事ね」
「どういうことだ?」
「このドレスは私の意志そのもの。story never ends(物語は決して終わらせない)。意志の強さが糸の強さとなり、術式や火炎ですらはねのける、私の最高傑作なのよ!」
「説明ありがとうございます」
ギンはにっこり笑みを浮かべながらそう言って、ぬいぐるみを見上げる。
「龍志、どうするんじゃ? 真っ向勝負じゃ勝ち目ないぞ。一つの正義は百万パワーじゃぞ!」
「しかも、ぬいぐるみだからか床を一切傷つけてないのは感心するな。ヤヨイ先輩に見せたら涎を垂らしてほしがりそうだ」
「そんなん言ってる場合ちゃうぞ!」
「まあ、慌てるな。こういう時にこそ冷静に。ギンが俺に教えてくれた言葉だ」
アリスの言葉にギンはため息をついて彼の顔を半目で見た。
「ぶっちゃけ龍志ってなんでそんな小っ恥ずかしい事をさらりと口にできるか、理解できぬよ」
「えっ、なんでだ? 恥ずかしいことじゃあないだろうに」
アリスは訳がわからないと首をかしげながら、ギンを見る。
(なんじゃ……このわしだけ損した気分は……)
しかし、そこにララからの第二攻撃が割って入ってきた。二人を踏みつぶそうと足を上げて振り下ろすつもりなのだろう。
「やべえ、あんなんに踏まれたら一巻の終わりじゃぞ!」
「避けろ!」
- Re: 新世界のアリス ( No.55 )
- 日時: 2021/08/22 23:24
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)
ぬいぐるみの踏みつけ攻撃を避けるアリスとギン。ギンは「あ!」と声を上げ、クウとララを指さす。
「操者を叩いたらこの悪ノリヒーローショーも終わるんじゃないかえ?」
「いや、俺もそれは考えたが……どう考えても何か対策はしてるだろう」
アリスがそう言うと、ララの声が降ってくる。
「正解だぜ、アリス。当然、物理攻撃を防ぐアクセサリーを身に着けてる。防御してる間にお前らをボンってできるから、俺達自身を倒そうなんざ考えない方がいいぜ」
「うへえ、ぬいぐるみを倒さないと本体に近づけねえのか。無理ゲーじゃろ!」
ギンは「面倒じゃなぁ」と頬に手を当てて面倒くさそうにため息をつく。何か突破法はないかと、アリスはぬいぐるみからの猛攻を回避しながら体全体を見回すが、綻びのありそうな部分はクウの糸によって隠されている。一片の隙もなさそうだ。
「ラプンツェルの砲撃塔より難解な巨大ヒーロー現るって感じだな」
アリスはお手上げという風にため息をついてぼやく。そして、考え事をしているのか顎に手をやりながら、ぬいぐるみの踏みつけ攻撃を避けていた。
「くぉら、何しとるんじゃ龍志!」
「いや、ティラ殿に対する謝罪の言葉を考えていた」
「律儀すぎるぞ! それより、どう打破するんじゃ? 鉄壁の守り……破れる気がせんぞい!」
「状況を整理するか……」
アリスは冷静に頷き、ギンを見た。
「白い影のあの猛攻はどうやって打破したっけ?」
「え? ああ、確かお主が撃った弾が奴の星霊術のタネを破壊したんじゃったか」
「竜殺しは?」
「確か、お主が綻びに剣を突き刺したおかげで、生き残ることができた」
「エイヴリーは――」
「知らん」
「機械人形は?」
「膝のコードを掻っ切ったおかげでバランスを崩して海に沈んだんじゃったな」
「結論的に言うとだな……綻びは必ずある。どこかに」
「綻び……」
ギンは改めてぬいぐるみを見上げる。黒いふわふわとしたかわいらしい、赤い目のうさぎのぬいぐるみ……縫い目はクウが糸で補強し、縫い目が完全に黒く隠れている。そして、腹には布を継ぎ接いだのか、黒色の布の上に灰色の布が縫い付けられている。
ギンはその腹を見て指を鳴らし、何かを閃いたという感じで目を見開いた。
「龍志、突破法が見つかったかもしれん」
「ああ、ギン。俺も多分同じことを考えてるかもしれん」
「気が合うな」
二人は顔を見合わせ、互いに頷く。
そこへ再びララの声が頭上から響き渡った。
「作戦会議は済んだか、お二人さん。そいじゃ、ヒーローショーを続けようか!」
ぬいぐるみが動き出し、二人を吹き飛ばそうと右腕を振り上げる。ギンとアリスは互いの腕を打ち付け合い、頷き合っていた。ぬいぐるみの右腕が勢いよく、アリスとギンを狙って円を描くように振り動く。風圧と共に、アリスとギンはその腕攻撃を避け、ぬいぐるみの足を伝ってぬいぐるみの体をよじ登る。
「なっ……! クソ、振り落とす!」
ララはぬいぐるみを激しく動かす。転がったり、体を揺らしたり、跳ね上がったりと、いろいろ試すが二人はぬいぐるみにしがみついたまま、それをやり過ごす。
「龍志!」
「よし!」
二人がポイントまで到達すると、武器を片手に取る。そして、アリスは右腕のつなぎ目に剣を差し込み、ギンは腹のつなぎ目に刀を差し込んだ。二人はそのまま武器を両手で持ち、ぶら下がる。すると、二人の体重のせいで糸がミチミチと音を鳴らしはじめ、布や糸が引っ張られ始めた。
「あの二人……自分の体重で糸を斬るつもり?」
「くそっ、離れろ!」
ララは二人を引きはがす為に、ぬいぐるみの腕を使って二人をつかもうとする。
だが、時すでに遅し。二人の体重に耐えきれなくなった糸が、プツンと音を立てて切れてしまった。細い糸が切れて、ぬいぐるみの右腕が落ち、腹の布から大量の綿が押し出され、ぬいぐるみはその場に崩れ落ちた。
「よっしゃ、龍志。ナイスじゃ」
「ああ!」
二人は互いの手のひらを叩きあい、親指を突き出す。
そして、ララとクウを見ると、ぬいぐるみは小さくしぼんでいた。観客もぬいぐるみが倒されたことにより、歓声を上げている。盛り上がっているようでなんだか安心だ。
「うーん、やっぱり小さいぬいぐるみを無理に巨大化させても、糸の強度は変わらねえから、すぐ切れるよなぁ」
「そうね。来年は糸を強化しましょうか」
「てことは作り直しか、面倒だなぁ」
「私も手伝いますよ」
「ありがとクウちゃあん」
ララとクウが反省会をし始めたので、アリスは恐る恐る「あの、すみません」と声をかける。それに気づいたララは「お、すまん」と笑い声をあげながら歯を見せて笑う。
「まさか、これで終わりと思ってんじゃねえだろうな?」
「思ってたんじゃが」
ギンはアリスの背後に隠れ、思ったことを口にする。ララはというと、その言葉を聞いてより一層大笑いした。
「なわけねーだろう。本番はここからだぜ。なんせ、商会連盟がスポンサーだしな、まだまだ盛り上げて、明日からの売り上げを爆上げ上々MAXにしてやんよ!」
ララが拳を握り締め、クウもララに同意しうんうんと頷く。
「まだあるんかい!」
「とりあえず、スポンサー様が満足するまででいいから、引き伸ばしてくれないか? 頼むよ~」
ララは困ったように笑いながら、両手を合掌し二人に頭を下げる。ペコペコと。
「はあ、まだ決着はついてないし、いいか」
「よっしゃ、じゃあ……こっからが本番だぜ、お二人さん!」
ララはスカートを一叩き、するとスカートから両手で抱けるサイズのぬいぐるみがぽとっと地面に落ちる。ララはそのぬいぐるみを手に取ると、ビリィという音を立てながら腹を裂く。
「何を!?」
アリスが驚いて声を上げると、「落ち着きなよ」とララはいい、ぬいぐるみの中から……黒いチェンソーを取り出して両手で構える。
「ま、最悪胴体が二つになって死んじまうかもしれんが、不可抗力ってことで我慢してくれな」
「……突っ込まんぞ」
「いや、マジだよ。な、クウ」
「うん」
「うんじゃないじゃろ!?」
ララはチェンソーのスターターハンドルを引き、ブルルンという音が鳴り響く。エンジンが回り、チェンソーが大きな音を立てながら動き始めた。
クウは両手を広げ、糸を伸ばせるように準備する。
「第二ラウンド、始めようか」
ララはそう、歯を見せて笑った。
- Re: 新世界のアリス ( No.56 )
- 日時: 2021/08/23 22:58
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)
「お、お主ら待て。お主らには物理攻撃を防ぐアクセサリーとやらがあるはず。それがあると、わしらの攻撃は――」
「あ、これ?」
ギンの問いかけに、ララは懐からネックレスを取り出す。黄色の宝石が輝く綺麗なアクセサリーだ。
しかし、ララはそれを地面に落とすと、足で思いっきり踏んだ。バリッと音が鳴り、ネックレスは完全に粉々になっている。
「はい、これで正々堂々真剣勝負ができるね。無問題」
ララはにやっと笑う。バリバリとけたたましい音を立てながら、チェンソーを振り回していた。
「ゴスロリでチェンソーなんか扱ったら、キックバックして刃が体に当たった時に大怪我するでしょうがぁぁぁぁぁーっ!」
「はん、そりゃド素人の考えだろうが。職人ララさんはそんなヘマはしないんだよ!」
ギンのツッコミにララは不敵な笑みを浮かべ、ギンとの間合いを詰める。チェンソーを両手に持ち、真っ二つにしようと腕を振り上げていた。
アリスはギンの前へ出ようとするが、体が何かに引っ張られて動かない。何事かと思って首を動かそうにも、首も何かが巻き付いてやはり動かせない。だが、その答えはすぐに背後から聞こえてくる。クウの声だ。
「アリス、ちょっと動かないでもらえないかしら。骨董屋さん、今よ!」
「おぉう!?」
ララはギンに避けられてチェンソーを両手に持ったままこちらにぬるりと顔を向ける。心なしか、目が真っ赤に染まって光っているようにも見える。多分気のせいだろうが、気迫が恐ろしい。
「ア~リ~ス~ちゃぁん……」
「くっ、そ、何とかしねえと……!」
チェンソーで体を真っ二つに引き裂かれた日には、確実に体が二つに分かれてしまう。ギンはジャージからお札型の爆弾を取り出し、ララに投げつけた。
「銀雪魔術!」
小型爆弾の為殺傷能力はないが、敵をひるませるには十分だ。ララは突然背後の爆発に驚いて躓いて転ぶ。ギンはその隙にクウに素早く近づき、胸にある綻びた一本の糸を思いっきり引っ張った。
「飛び出た糸は好かんのじゃ、切れい!」
「あ、ちょっ――」
ギンが糸を引っ張ると、アリスに絡まり引っ張っていた何か……日に当たって光る糸がほどけていく。
「助かった、ギン!」
「ズボンとか靴下の飛び出た糸を引っ張るのがわしの趣味」
「誰に向かって言っている。まあいい……」
体が自由になり、軽く肩を回すアリス。そして、転んだララとクウに目をやる。二人はまだまだ余裕の表情であった。ララはよろよろと立ち上がるが、すぐにバランスをとって両足を踏み込み、クウも両手をこちらに向けている。
「職人と戦闘エージェントじゃ力量は歴然だが、こちとら明日からの売上に響くからな。売上伸びたらちょっとイイ素材で人形が作れるからな。できるだけ体力の続く限りは戦わせてもらうぜ!」
「売上ちょっと上がったら、師匠の機嫌が良くなるの。それに、ちょっと余裕も出てくるからちょっとイイおやつも食べられるのよ。全力でやらせてもらうわ!」
二人の目は血走っていた。
「商魂たくましいというか、すごい執念じゃな」
ギンは呆れて肩をすくめている。
アリスはというと、また顎に手をやりながら唸っている。
「龍志、また何をやっとんじゃ」
「ティラ殿への謝罪文を整理していた」
「いや、勝つよ!? わしら勝つよ!?」
「言っておくが、こういう相手の執念は、時に想定外の動きをだな――」
「ええい、弱気な!」
アリスとギンのコントをしている間に、二人の間にララがチェンソーを持って突撃してくる。チェンソーは床を割り、破片が二人を襲った。床を砕いたチェンソーは、特に問題なく動き続けている。ブレーキの壊れた暴走車のようだ。
「とにかく、スポンサー様に喜んでいただけるなら、勝ち負けはどうだっていいんだよ。スペアリブになれ、アリス」
「なぜスペアリブ!?」
ギンが突っ込んでいると、背後から何かの気配がする。ギンは奪役それに、錫杖を抜刀し一瞬で切り裂く。それは、クウから伸びていた糸達であった。
「ボンレスハムにしようと思ったのに」
「や、やめてくれ、地味にトラウマなんじゃ……」
クウがため息をつくと、ギンはぶるぶると首を振る。
「さて、いいとこのお嬢さんが糸でどうやって戦うんじゃあ?」
「いろいろあるのよ。例えば……」
クウの背後に糸が集まる。それは、黒い槍のような形状になり、クウが握りこぶしをつくり、ギンに向かって拳を突き出す。それに合わせ、槍がギンの顔を狙い、射出した。
ギンは顔を逸らすが、槍が頬を貫き、一筋の赤を彩る。一瞬の出来事だが、ギンは心を落ち着かせて錫杖を握った。
「私の糸は、こうやって自在に操れるの。血生臭い戦いに、エンターテインメントも取り入れるパフォーマンス。いかがかしら?」
クウは右手を真横に伸ばし、背後で黒い蝶々や猫、犬、テントウムシなどの形を糸で作って見せた。そのパフォーマンスに、会場が盛り上がる。
「戦いに美と娯楽を取り入れるとは、天晴じゃな。わしも今度真似してみるか」
「使用料を請求しとくわね」
「有料かい!?」
「無料なわけないでしょう。それより、続きを始めましょうか?」
クウがそう言い放つと、糸で槍の他に斧も作り始め、ギンを襲う。クウの動きに合わせて射出、振り落として床を砕いたりと、もうやりたい放題であった。
ギンはその動きに対応しつつも、攻撃を避けられず肌に傷を作る。
「正しい二刀流の使い方よ、最初の一撃で敵がどう動くか素早く分析し、敵の動きに合わせ、もう一方をうまく使いよる。うちのエージェントにほしいくらいじゃ」
ギンは頭から一筋の血液を垂らし、にぃっと笑う。床に膝をつき、体力も限界が近い。だが、笑う余裕はまだあった。
- Re: 新世界のアリス ( No.57 )
- 日時: 2021/08/24 22:56
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)
一方、アリスとララも剣とチェンソーを打ち合っていた。チェンソーは音を鳴らしながら動き続け、一撃一撃が重い。持っている刀剣もチェンソーに当てられて徐々に刃こぼれしていっている。刀剣の刃の欠片がアリスの頬を裂き、肌に傷を作って飛んでいく。
大きな音を立てながらチェンソーは動き続け、アリスを切り裂こうと止まらない。
アリスはチェンソーに向かってジャケットの中にあった銃を取り出し、刀剣を片手に銃の引き金を引く。数発打ち込み、そのうちの3発はチェンソーに当たり、ララを後退させた。その隙に、アリスは素早く後退する。
「……チェンソーの動きを止めなければ……いや、止める必要はない」
アリスは一つ考えを思いつく。持っているモノは全て自分の力。……アリスは、「よし」と声を出し、右頬を平手打ちした。
チャンスはララが自分の懐に飛び掛かる瞬間。
「オラオラ、次いくぜ次!」
ララがチェンソーを両手にアリスへ迫る。表情は楽しそうに笑っていた。アリスは、ララが飛び掛かってくる事を待ち構えたように、自身のジャケットを握り締める。
「止まれェ!」
アリスが叫び、ジャケットを素早く脱いでチェンソーへと投げつける。チェンソーにジャケットが巻き付き、大きく振動する。ララは驚いて、思わずチェンソーを手放し、床に落とす。
エイヴリーとの戦いで、彼女がやっていた戦法の応用だ。チェンソーを止めるだけでよかったが、ララが驚いて手放してくれたのは、偶然の賜物だった。
「やるね、アリス」
ララはチェンソーを落とした後、床に膝をついてアリスを見上げた。アリスは、ララの額に向かって銃口をつきつけ、警告する。
「これ以上続けるのか?」
「……ん~」
ララは、強制的に止まってしまったチェンソーを見る。そして、自分の体中のそこかしこを触ったり叩いたりとしているが……。ララはため息をついて、両手を挙げた。
「白旗だぜ」
「よし」
アリスが満足げに頷くと、ララは「ふぃー」っと声を出しながら彼を見上げた。
「やっぱ常日頃訓練してる戦闘エージェントには敵わねえや。ちょっと勝機があるんじゃないかって思ったが、無理だったか」
「いや、正直、ぬいぐるみもチェンソーも手強かったよ」
「来年の課題ができた。糸とポテンシャルの強化だな……アリス、来年も出場するなら、教えろよな」
ララはにかっと笑う。清々しいくらいの満面の笑みだ。
「……考えておくよ」
アリスは打って変わって寂しげな表情でララに手を伸ばした。
一方、ギンとクウは、互いに傷を負いながら剣と糸の打ち合いを続けていた。クウの黒い武器の斬撃、刺突を受けながらも、ギンはお札型爆弾を投げつけたり、剣の切っ先を当てたり。互いの攻防は激しく続いていた。
「そういえばギン。あなた、昨日は面白い戦いを見せてくれたじゃない。あれはもう品切れなの?」
「……今は気分が乗らんからの、ソールドアウトじゃよ」
「ふぅん」
クウは糸で切っ先の鋭い槍を作り、矢のようにギンの心臓目掛けて射出する。ギンを狙い撃ったそれは、ギンの咄嗟に作った氷の壁を貫いて、蜂のような速度の動きが遅くなる。その隙に、黒い槍を剣ではじくが、すぐ真横に糸で作られたハンマーが迫り、ギンはそれが命中して吹っ飛ばされる。床を滑り、リングの端ギリギリまで滑り込んだ。
リングアウトは失格の条件……ギンは歯を食いしばり、クウを見上げる。
「全く、このマリンフォールに来てからは毎度毎度死にかけじゃよ。じゃが、「クウ・ヴィクション」。その勝ち誇った表情はまだ早いぞ」
「……何ができるの? もうボロボロじゃない」
「足元、見てみい」
そう言われて足元を見るクウ。彼女は驚いて目を見開いた。床に赤い血糊で描かれた魔法陣が、クウを囲うように光を纏っていたのだ。ギンは魔法陣に手を当て、クウを見上げてにやりと笑う。
「木は火を生み、火は土を生み、土は金を生む!」
ギンの一言一言の叫びは、ギンの口から血を吹き出しながらも、魔法陣に光を強くさせる。周囲の空気が変わり、クウは避けられないと判断し、自身に糸を纏わせて防御態勢に入った。
「そして、金は水を生む!」
ギンは詠唱が終わり、その場で立ち上がって、クウに指をさす。クウの周りでは青い障壁が球体のように囲った。
ギンは拳を握り締めて構え、その障壁に向かって地面を蹴り上げて、瞬時に近づく。
「わしのッ、わしの超必殺技……!」
ギンが障壁に向かって握り拳を、力の限り打ち付けた。
「瞑饗祉慧なりッ!!」
彼女の拳が障壁を破り、ガラスが砕けるような音を響かせながら、砕け散る。中からクウが姿を現し、その場に倒れこんだ。気絶しているようだ。
ララが「クウ!」と叫びながら近づいて首元を触ってみる。脈はあるようで、ララはふうっと安堵のため息をついた。どうやら傷だらけだが、何とか無事である。
「決着だな」
アリスは満足げにギンを見て頷いた。
「龍志」
ギンも近づいて右手を上げる。アリスもそれに頷いてギンの右手に、自身の右手を打ち付けた。勝利のハイタッチだ。