複雑・ファジー小説

Re: 新世界のアリス ( No.58 )
日時: 2021/08/26 22:49
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)

11章 狂乱の舞闘会


 ララとクウとの試合が終わり、クウが気絶しているので、アリスが抱きかかえて控室まで運ぶことにした。ギンはその様子を見て「お姫様抱っこは基本、その後は……ちゅーとかしろ」などとぬかしてきたので、アリスは彼女の頭に拳骨を入れてやった。
 まあ、そんなこんなで今日の試合は長引いたようで、第四回戦は明日となった。今年は例年よりも進みが早いらしく、早ければ明日、明後日で終わるとのこと。ララとクウの治療にやってきていたウィチアがそう説明してくれた。

「ララ様とクウ様が終わりましたら、アリス様とギン様の番です。部屋に大人しく待っていてください。でないと……」
「な、投げ飛ばすのはアカンのじゃ!」

 ギンは首を振ってウィチアを拒絶する。

「あらま……寂しいこと言わないでくださいよ」
「とにかく、投げ飛ばすのはなしだ。先に戻ってるから」

 最低限の応急処置を済ませたアリスとギンはそそくさとララとクウの控室から出て行った。




 アリスとギンは廊下を歩いている。特に変わり映えのしない廊下を歩き、自分の控室に戻り、ウィチアを待つことにした。のだが……

「はあ、龍志……」
「どうした?」
「……もうネタ切れじゃ」
「……頑張れ、優勝まであと2戦だ」
「しかしのう……」

 ギンは龍志に見上げようと顔を上げるが、正面から二人組が歩いてくるのに気が付く。双子なのか、顔がそっくりの少女二人だ。片や自分に自信があるのか、胸を張って歩き、片や淑やかに両手を組んで歩いている。性格の違いが歩き方に出ているのだろう。
 所謂ロリータファッションの二人。だが、アリスとギンは即座に「戦闘慣れしたプロ」であると判断する。が……今はただ廊下を歩くだけ。争う理由などないし、どうせ実力は明日に嫌という程わかる。そう考え、目線を正面に向き直るアリスとギン。

 しかし――
 アリスはギンを強く押し、自身も飛び上がって双子に向き直る。片方の聡明そうな少女が銃を手に取り、ギンの足元を狙い、銃弾を撃ち込んだのだ。

「な、何をするんじゃお主は!?」

 当然、ギンは怒って飛び起き、双子を指さす。
 しかし、双子は悪びれた様子もなく、二人でクスクスと鈴が鳴るような声を出して笑っていた。

「あらあら、雪猿がキーキー何かを鳴いてるわねアリステラ」
「そうですね。余程火縄で踊ったのが楽しかったのかしらね、お姉様」

 二人の様子にギンは「はあぁ~」と深いため息をついた。挑発されている事が見え見えだったので、なんだかどうでもよくなってきたのである。

「ま、どうでもいいがの。不意打ちとは、品がない」
「負け惜しみは惨めに見えるぞ、ギン」

 アリスは腕を組んでギンに鋭く突っ込む。

「ところで、はっきりしておきたい。何のつもりだ?」

 アリスが鋭く双子を睨み、声を低くして威嚇するように尋ねる。

「いいえ、ほんのご挨拶です。アリスさんにギンさん」
「名前を知っているなら都合がいい、お前たちの名も名乗ってもらおうか。それが礼儀だ」
「……それもそうですね」

 淑やかな少女が口元を手で隠し、咳払いをする。

「「ディクシア・ディディモス」。今後ともよろしくなのだわ」
「「アリステラ・ディディモス」。ディクシアお姉様の妹です」

 二人が軽くお辞儀すると、アリスは「ああ、そうか」とこちらも頭を下げる。

「君たちが明日の試合の相手か」
「ない頭にしてはよく気が付きましたね」
「いちいちムカつくな」

 アリスはため息をつき、頭を抱える。安っぽい挑発にむしろ冷静でいられるのは、相手の意図が見えてきたからだ。それに、似たような人物を二人知っている。なんというか、目の前の双子はその二人によく似ているのだ。

「嫌味ツインズを思い出すのう……せっかくストレスフリーになったというのに、思い出しちまったわい」
「俺もだ。まあおかげで耐性がついたかもしれん。何言われても「ああそうですか」って感じで流せる」
「成長したのう」

 アリスとギンはそう耳打ちしていると、ディクシアが口を挟んでくる。

「しかし、アリステラと同じ名前を持つ割に、こんなお間抜けな顔とはね。しかも戦闘も品がない。やっぱ男はダメね、死んだら?」
「俺は龍志だ。アリスが名前じゃない。ま、間抜けな顔というのはお互い様だろうがな」

 見え見えの挑発なのだが、思わずアリスは突っ込んだ後、そう返してみる。だが、ほんの皮肉なのだが、ディクシアは眉をひそめている。アリスは、そこから彼女はプライドが高いのだと予測した。
 そこに、ギンが双子の方を見て尋ねる。

「で、何しに来たんじゃ目の上のたんこぶツインズ」
「いえ、ご挨拶に参った次第ですよ、パロディ頼り」
「お、俺も思っていたことをついに言ってくれる人が」

 アリステラの返しに、アリスは感心して表情が変わる。とても嬉しそうだ。

「おい、龍志……そりゃわしがいつもパロディに頼ってると言いたいのか!?」
「え、違うのか?」
「……言わせんな恥ずかしい」

 ギンは顔を真っ赤にさせて、両手で両頬を覆い、そっぽを向いた。

「ディクシアにアリステラ。挨拶ならもう済んだだろう。明日も試合なんだ。早く寝なさい」

 アリスはギンを無視して双子に向かってそう言うと、ギンを引っ張ってその場から立ち去ろうとする。

「え~、龍志ぃ。お主わざと挑発に乗ってドンパチするかと思ったのにぃ!」
「しません、俺もお前も疲れてんだよ」

 アリスに引きずられ、ギンは「おぉん」と声を出している。

「それじゃあ、また明日。正々堂々と戦おう」

 双子に向かってそれだけ言うと、ギンを引きずって自分の控室へと戻っていった。



「正々堂々、ね」
「明日は楽しみですね。報告の通りなら……」
「せいぜい踊り狂うといいわ」
「せいぜい足を引っ張らないでください、お姉様」
「……!?」

Re: 新世界のアリス ( No.59 )
日時: 2021/08/28 08:27
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: vevJKpiH)

 翌日……。
 会場の観客が昨日より増えている気がする。喚声も昨日よりも盛り上がっているような気がする。ギンは空を見上げると、飛空艇からこちらにカメラを向けているリポーターとカメラマンらしき人物が見えていた。

「一応準決勝じゃからのう。客もマスコミも、それに合わせて盛り上がってるんじゃろ」
「そういえば、テレビがあったな。この世界……白黒だったが」
「なっつかしいのう、白黒テレビといえば、龍志。お主のひい爺様が東京五輪を見る為に買ってきたんじゃよ。いやはや、あれは大いに盛り上がったもんじゃ。出場していた――」
「ギン……ギン!」
「なぁんじゃい、他人が今から語る準備をじゃのう――」
「試合の相手が来たぞ」
「おろ」

 アリスが指し示す先に、昨日すれ違いざまに嫌味と銃弾を撃ち込んできた双子……ディクシア・ディディモスとアリステラ・ディディモスがゆっくりと歩み寄ってきた。こちらへ、真っ直ぐ。
 二人の歩き方を見ると、本当に優雅だ。しかし、ここまで勝ち抜いてきたのだ。油断していれば捕って食われそうな、そんな気迫すらも感じる。

「あら、ご機嫌よう。またお会い出来て嬉しいのだわ」
「昨日ぶりです、相変わらず間抜けた顔ですのね」
「ほんっとうにムカつく奴じゃな。嫌味を言わんと気が済まんのか!」
「ギン、乗せられるな」

 アリステラの嫌味にギンは大変憤慨しているが、アリスは首を振ってギンを窘める。

「……なるほど、アリスさんは聞いた通り冷静ですね。怒らせるのは難しそうです」
「こんな事でいちいち怒っていられるか。それに、見え見えの挑発なんざいい。語るのは武器だけだ」

 アリスがそう答えると、唐突にディクシアが高笑いを上げた。

「脳筋もいいとこだわ、負けた時の言い訳も言えないなんて、残念過ぎる頭ね!」
「口が多い奴ほど底が知れるがな」
「……何ですって?」

 アリスの挑発染みた返しにディクシアが一瞬で怒りの表情へと変える。アリスは「やはりか」と双子に聞こえないようにつぶやいた。

「底が知れる、といった。他者を見下し、実力を見誤るのは戦いにおいて愚の骨頂。お前さんたちはここまでのし上がった実力者と見受けられるが、その態度でよく今まで生き残られたな」
「お、おい、龍志……流石に言いすぎじゃぞ」

 ギンが不安げにアリスの服の裾を引っ張って忠告するが、時すでに遅し。ディクシアはまんまとアリスの挑発に乗り、憤慨しているのか、目を吊り上げて唇を震わせている。

「準決勝にたまたま勝ち上がっただけの雑魚が、言ってくれるじゃない……!」
「それはお互い様だろう。それとも、お前たちはそうじゃないと言えるのか?」

 アリスは口の端を吊り上げ、にやりと笑いながら挑発を続けている。

「わおぉ、龍志……お主、そんな芸当もできるんじゃなぁ」
「俺を何だと思っている」
「冷血スパンキンマスター」
「後で千回尻を叩く」
「おぉう、そんなことされたら……わし、トンじゃう!?」

 アリスとギンがそんなやり取りをしていると、ディクシアが「ああああぁぁぁぁぁっ!!!」と会場に響き渡る大声を上げると、耳をふさいでいたアリステラが、ディクシアを窘める。

「どうどう、お姉様。落ち着き遊ばせ」
「これが落ち着いていられる!? あいつら、バカにしたのよ、私を、この私を!」
「倒置法使わないでください」
「キイイイイイ!」
「そうやってすぐ怒る癖、早めに直してください。私までバカに見えるので」

 ディクシアの怒りをなんとか抑えようとアリステラは努力はしているが、怒りが収まるどころか、余計に燃え上がっていた。

「まるで調整が壊れたガスバーナーだな。ちょっとやり過ぎたか」
「着火が早いのもガスならではじゃな。龍志、うちも早くオール電化にしようぞ」
「なんでだ。オール電化は停電したら機能しなくなるんだぞ」

 アリスはため息をつくと、目の前の気配が変わったことに気が付く。ディクシアが武器を構え始めたのだ。彼女の表情は怒りで満たされていて、顔も真っ赤だ。

「まずい。ちょっと調整をミスったかもしれん。煙草に火をつけたと思ったら灯油にマッチを入れてしまったようだ」
「どうやら、そのようじゃな」

 ディクシアは怒りで爆発寸前だが、なんとか笑みを浮かべながら口を開く。

「と・り・あ・え・ず……お前ら二人は死刑確定ね。"ピエトロ様"にその首を献上する決定だわ!」
「は……「ピエトロ様」?」
「ン゛ン゛ッ!!」

 アリスはそれを聞き逃さず、口にしてみるが、アリステラが誤魔化す様に咳ばらいをしながら、銃をスカートから落として右手に構える。
 ……「ピエトロ」といえば、「シナヴリア・オルデンツ」を統制する隊長の名でもあるが、もしかしたら二人は……。思考を巡らせ、アリスは一つ頷く。

「お姉様は後でお仕置きね。……何も言ってませんよ。聞き間違いでしょう。それより、試合を開始しましょうか。そろそろゴングが鳴るはずですから」
「……一つ、賭けをしないか?」

 銃口をこちらに向けられるが、アリスは突如アリステラに向かって口を開く。ギンは当然「何いっとんのじゃ!?」と声を上げるが、アリスはそれを制する。

「賭けですか?」
「ああ、簡単な賭けだ。俺達が勝つか、お前達が勝つかの」
「面白いですね。当然私達が勝ちますが、一応聞いておきましょう。何を賭けるのです?」
「「情報」だよ」
「情報……」

 アリステラが言葉を繰り返すと、アリスは頷く。

「お前達の目的。俺達が勝てばそれを話してほしい」
「私達が勝てば?」
「俺達の情報……文字通り"全て"を話す」
「ダメだわ」

 二人の会話に、ディクシアが口を挟む。

「ダメね、ダメ。せめて、「あなた達の命を自由にできる」くらいの掛け金じゃなきゃやってらんないわ」
「……分の悪い賭けは好きじゃない」
「ふぅん、結局は――」
「こちらも掛け金を「命を自由にできる」くらい言ってもらわないと、こちらの分が悪いだろ?」

 アリスがそう言った後、ディクシアが「いいわよ」と一言。

「お姉様……また勝手に――」
「いいのよ、私達が負けるはずないもの」
「……それもそうですね」

 アリステラはディクシアの一言返事に呆れはするものの、アリストギンに負けないという自信により、ふっと微笑んだ。

「成立だな、忘れるなよ」

 アリスはそう言うと、「ギン、武器を構えろ」とギンを見る。ギンはというと「おう!」と返事をして、錫杖を手に取った。
 そして、ゴングの音が鳴り響く。試合開始の合図が、会場に響き渡った。

Re: 新世界のアリス ( No.60 )
日時: 2021/08/31 00:16
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: mlAZVoWe)

 ゴングの音と共に、アリステラはバク転をしながら後退する。その飛躍力に見惚れてしまいそうだが、アリスはギンに彼女を追うよう合図を送った。ギンは彼の目配りを見て静かに頷き、アリステラを追う。
 その間にディクシアが持っていた、かなりの重量のありそうなハルバードをアリスの脳天へ入れ込もうと振り下ろしてくる。炎を纏うそれを、一撃で決めようと自信の笑みで振り下ろすディクシア。……だが、アリスはハルバードに向かって両手に銃を構え、ハルバードに連射する。

「あらっ」

 ディクシアは思わず声を出して、ふらついて狙いが逸れた。アリスはその隙に後退し、両手の銃を彼女に向ける。
 ……その瞬間、真横から空気を切る音が鳴り、何かが近づく気配がした。アリスはそれを持っていた銃で防ぐと、銃に穴が開いて使い物にならなくなった。狙撃銃の銃弾だ。
 そうこうしてる内に、ディクシアが両足を踏みしめ、再びハルバードを構える。

「この程度で私をどうにかできるとでも?」
「思っちゃいない。だが……防御術式とか、妨害術式を使って何かしら姑息な手を使うとは思っていたが……」
「ご想像にお任せするのだわ。でもね、勝つためなら手段を択ばないのよ。私達姉妹はね」
「……倒置法」

 アリスはディクシアの話を聞いて「うぅーん」と顎に手をやりながら唸る。

「何をしてるの?」
「お前達の為に尻尾を振って3回回ってワンってやるのをシュミレートしていた」
「あら、それも面白いのだわ……ふふっ」

 ディクシアは機嫌がよくなったのか、笑みを浮かべる。
 すると、彼女はアリスに指をさす。

「もう怖気づいたのかしら? まだ試合が始まってそこまで経ってないのに」
「いや、常に最悪を想定するのも、プロの仕事だ。だが、俺は負けん」

 アリスがそう言うと、剣を構えてディクシアに迫る。そして、剣を抜いてディクシアに斬りかかった。彼女はハルバードでアリスの剣を受け止め、金属がこすり合う音が鳴り響く。

「威勢だけはいいわね。でも――」

 ディクシアはにぃっと笑う。ハルバードの中央のブレーキレバーを二回引く。カチッと音がしたかと思うと、ハルバードの機関部分から蒸気が噴出しだす。アリスは一時ディクシアから離れると、彼女は力強く足を踏みしめた。

「これはどう!?」

 彼女はハルバードを振り回す。炎を纏ったそれは、旋風を吹き起こし、炎の竜巻となった。竜巻はアリスを飲み込もうと迫りくるが、アリスは冷静に瞳を閉じ、刀剣を構える。

「水よ、迸れ!」

 アリスの声に呼応したのか、刀剣が水を纏い、彼は竜巻を切り裂く。水によって炎は消え、白い霧が辺りに立ち込める。その霧すら切り裂き、アリスはディクシアに再び迫った。
 だが、再びアリスに狙撃銃の銃弾が迫る。それを避けるが、その隙をついてディクシアがハルバードを振り下ろす。
 間一髪、アリスの右頬に赤い筋が入っただけで、何とかハルバードの切っ先を避けることができた。

「ギン……そっちはどうなってる……!?」

 アリスは藁に縋るような表情でディクシアを真っ直ぐ見る。そして、ディクシアの足を払うように蹴り、ディクシアは驚いてバランスを崩した。彼女は倒れこんで、アリスは立ち上がって周囲を見渡す。

「……今は、信じるしかない」

 周囲を見渡すアリスの足元に、ディクシアはハルバードを振るが、アリスはそれを避け、後退した。

「さっきから全然ダメージ入ってないわ、アリス君」
「そっちもな。さっきの傷、もう治ってるぞ」

 ディクシアはアリスの顔を見て舌打ちをする。アリスの先ほど受けた傷は、もう消えていた。

「気持ち悪いわ……ね!」

 彼女はそう言い放つと、ブレーキレバーを1回引く。機関部分から蒸気を吹き出して炎を纏い、アリスに向かって振り回した。その瞬間を狙ったかのように、アリスを狙う銃弾が3発。
 アリスはまず片手でハルバードをつかんで受け止め、片手でもう一本の銃を回して銃弾を捌いた。ハルバードをつかんでいた左手が、じゅうっと肉を焼くような異臭と、肌に鉄板を押し付けるような痛みがまとわりつく。だが、アリスは叫び声すら上げず、右手の銃を投げ捨て、ディクシアの左頬に向かって、持てる力を振り絞って右手に握りこぶしを作って振りかぶった。
 右手の鉄拳がディクシアの頬に命中し、彼女は悲鳴を上げる暇もなく吹き飛ばされる。

「か、は……っ!」

 ようやくハルバードを放し、右手の痛みに悶えるアリス。
 だが、ディクシアは右頬を押さえながら、怒りに満ち溢れていた。




「よ、くも……よくも、よくもよくも……!」

 烈火の如く面持ちのディクシアは、ブレーキレバーを3回引く。カチッと音が鳴り、機関部分から先ほどよりも勢いよく蒸気が噴き出した。

「この私の顔に傷を……テメエは消し炭にしてやらあああぁぁぁぁーーーっ!!」

 ディクシアがハルバードを振り上げ、渾身の力で床に叩きつけた。
 その瞬間、床にひびが入り、地鳴りが響き渡る。アリスは地の底から何かが来ると察知し、刀剣を構えた。
 ひび割れた床は、突如、焼夷弾しょういだんが爆発したかの如く、大爆発を引き起こした。空高くに燃え上がり、爆炎が会場を熱気で包み込む。




 それをリングの隅から見ていたアリステラは、驚きもせず冷静な顔つきで腕を組んでいた。

「あら、もうこれを出しちゃうんですね。まあ、並大抵の人間ならこれで燃え尽きるでしょうが……」

 アリステラがそう言っていると、顔を下へと向ける。

「どう思いますか、あなたは」

 その目線の方向には、片腕を負傷したギンが、肩で息をしながら倒れ、アリステラを見上げて驚愕の色に染まっていた。

Re: 新世界のアリス ( No.61 )
日時: 2021/08/30 23:13
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)


 数分前……。
 ギンはアリステラを追い、彼女に向かって突進する。彼女の武器は狙撃銃……アリスに攻撃をさせないために、先手を打つ必要があった。
 だが、彼女はそれを呼んでか、突進するギンに向かって銃口を向けた。

「あなたの考えは読めています」

 アリステラの一言と共に、銃口から氷の弾を発射する。氷の弾はギンの腕に命中した。腕に食い込んでいるが、痛みはない。

「……!? わしの腕に何――」

 ギンが弾を引き抜こうと手を伸ばした瞬間……
 氷がジャキンという音を発しながら空気中の水分を凍らせ、質量が大きくなる。やがて、氷がギンの腕を貫き、赤い氷の花が咲き誇った。

「ぐあぁ……ぐっ……な、んじゃ!?」

 苦悶の表情を浮かべ、ギンは声を上げながらその場に座り込む。

(なんじゃこれは……わしの血液を……凍らせとるのか!?)

 ギンは痛みを取り除こうと氷を砕くが、氷が腕の中まで浸食するような感覚が襲う。今までに味わったことのない苦痛。血液が固まり、急激に腕の温度……いや、感覚までもが死んでいくような。早急に対処しなければ、腕を失うだけでなく……心臓まで凍り付いてしまう。
 そう考えると、片手で原因となっている氷の弾をつかんで投げ飛ばした。
 肩で息をするギンはアリステラを見上げると同時に、アリス達が戦う方から爆音と空気を焼き焦がすような熱気、そして周囲すら巻き込む衝撃が走る。
 ギンがそちらへ顔を向けると、会場の床に大型のクレーターができあがり、周囲には炎が残っている。どうやら、ギンが負傷している間の一瞬で、アリスとディクシアの戦いがあのような結果になったのだろう。まさに一瞬の出来事だった。

「な、なにが……!?」
「あら、もうこれを出しちゃうんですね。まあ、並大抵の人間ならこれで燃え尽きるでしょうが……」

 アリステラは銃を構えたままディクシアの方を見やる。大方予想通りと言わんばかりの澄ました表情だった。

「どう思いますか、あなたは」

 彼女はギンをまるでゴミを見るような冷めた目で見つめていた。
 ギンはその場で蹲りながら、アリステラを見上げる。その顔は驚愕の色で染まっていた。



 ……だが。

「くっ、ククク」

 ギンはくつくつと笑い、アリステラを不敵な表情で見つめていた。

「ハハハッ、あの程度ではうちの龍志は止まらん。龍志は強い男じゃ。策もなくあんなチンケな攻撃なんぞ受けるかい」
「ほお……」

 アリステラは一言だけそう発すると、狙撃銃の銃口をギンの額に当てた。

「では、この「チンケな攻撃」とやらもまた受けて見ますか? 今度はあなたの頭に」
「……やれるもんならな」

 ギンは銃身を負傷していない右手でつかみ、不敵な表情を崩さない。

「アリステラとやら。お主らは自分たちの勝利に一片の疑いもないようじゃが、老婆心で教えてやろう。勝利を確信した時こそ、足元すくわれるぞ。……下を見てみるといい」

 彼女の言葉通り、アリステラは足元を見ると、足元が凍り付いていた。

「……この程度――」
「お主も氷の使い手のようじゃが、わしとて同じこと。どちらが氷の使い手にふさわしいか、この際じゃし勝負と行こうではないか」
「……面白いですね」

 ギンの挑発にアリステラは乗り、頷く。ギンはそれを確認すると、刀を片手で鞘から抜き、くるりと回してアリステラの肩に一突き。だが、アリステラはそれをスカートから取り出したコンバットナイフで防ぎ、狙いを逸らした。
 二人は互いに息がかかるような距離で、互いの瞳を見合う。

「ムカつくほど淀んだ瞳じゃ。今まで何人殺した?」
「答える義理はありませんね。それに、あなたも同じでしょう。幾度、誰かの死を見送ったのでしょう? 目の奥に寂しさと悲しみが映っていますね」
「余計なお世話じゃ」

 ギンが吐き捨てるように言う。
 そして、苛立ってきたのか、互いに相手の頬を狙って拳をぶつけ合った。クロスカウンターにより、二人は一時距離ができるが、アリステラはそれを逃さない。
 狙撃銃の薬室側面のバルブを回し、銃口をギンに向けた。

「さようなら」

 アリステラがそう一言だけ口にすると、ギンに向かって凍結弾を6発打ち込んだ。

 だが、ギンには命中しなかった。
 なぜなら、ギンはその6発の銃弾を刀剣で切り落としたからだ。カランと真っ二つに割れた弾が地面へと落ち、ギンはため息をつく。

「何がさようならじゃ。ちと調子に乗りすぎじゃないかのう?」

 ギンはそう言った後、にぃっと笑う。

「もっと見せてみい。お主はこんなもんじゃないじゃろ。いっとくが、わしはそんじょそこらの一般ピーポーよりは強い自信ある。まだ楽しもうぞ」
「……そのようですね」

 アリステラは銃のバルブを回し、構える。

「まだ私は本気どころか、戦意すら見せていません」
「戦意すら? なんじゃ、手加減どころかわしみたいなサボりだったのかえ。なんて奴じゃ……龍志に後で尻を叩いてもらわんとな」
「……まだまだこれからですよ。銀雪インシュエさん」
「ギンでよいぞ、アリステラ」

 アリステラは無表情で、銃の引き金を引く。ギンは完全に油断しきって、次の攻撃は受け止められないだろう……そんな慢心の下だ。
 銃から射出したのは、氷の竜だった。一直線にギンに向かって迸るそれは、まるで漫画のようなその光景だ。ギンは思わず驚嘆の声を上げ、その竜を素早く切り落とす。
 だが、ギンが竜を真っ二つに切り落とす事はアリステラも想定済みのようで、その隙をついてコンバットナイフを片手にギンに迫った。
 ナイフと刀が互いの刀身をぶつけ合い、金属のようなこすれた音が鳴り響く。

「まだまだじゃろ?」
「当然、です!」

 アリステラが叫ぶと、空いた手で拳銃を取り出してギンに向ける。ギンも拳銃を取り出し、アリステラに向けた。
 同時に銃から弾が射出され、銃がぶつかり合って相殺する。その欠片が二人の頬をかすめ、赤い筋をつくる。
 互いに一歩も譲らない戦いに、二人の緊張感は高まっていった。

Re: 新世界のアリス ( No.62 )
日時: 2021/08/31 23:39
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)


 一方……
 ディクシアはアリスの姿が見えないので、宣言通り消し炭にできた事を喜んで高笑いを上げていた。

「アハハハッ! えらそうな口をきいてた割には、一瞬で灰になっちゃったじゃない。やっぱり男はダメね、役に立たないし何よりも弱い!」

 ディクシアはここぞとばかりに彼を罵り、嘲笑する。勝利を確信し、油断しきっていた。
 ……だからこそ、アリスが背後に現れ、近づいていたことに全く気付かなかったようだ。彼はディクシアの背後に忍び寄り、不意打ちとばかりに彼女の足を払うように蹴る。ディクシアは驚いて床に転んで倒れてしまう。そして、アリスの顔を見据えた。

「……あなた、どうして!?」
「俺は一応「有栖川ありすがわ家」の陰陽術を会得している。森羅万象の力を借り、炎から身を守る事も容易い。お前さんの技を水の力を借りて防ぐことだって簡単だ。……ギンにはまだ未熟だと言われているがな」

 アリスは苦笑しつつ、彼女を見下ろす。

「お前さんは強い。だが、慢心と傲慢さ、そしてすぐに感情的になる性格が仇となって、今こうして床に倒れて俺を見上げているわけだ」
「……説教でもしたいわけ?」
「そんなつもりはないが、力押しだけでは戦いに勝つことはできない。それは覚えた方がいい」

 彼の言葉に、ディクシアは舌打ちをし、ハルバードをより強く握りしめる。

「ハアァ。ウザいのだわ、そうやって見下しながらイキってるヤツ。ホンットムカつく」
「気に入らないなら力で捻じ伏せるといい。それがこの大会の趣旨だろう」
「後悔させてあげるのだわ」

 ディクシアはそう言い放つと、瞬時に立ち上がってアリスの方へ距離を詰める。一瞬で目の前にディクシアが現れたというのに、アリスは驚きもせず、彼女の振り下ろしたハルバードを容易く避ける。
 さらに彼は、彼女の次の攻撃を読み、刀剣でハルバードを受け止めた。
 ディクシアは舌打ちをして、レバーを引く。すると、ハルバードは熱を帯び、炎を纏った。

「剣ごと燃え尽きるといいわ!」

 彼女の叫びが炎と共にアリスへと降り、熱気と炎が彼を襲う。先ほど右手を負傷していたのだが、アリスは構わず右手でディクシアの左腕をつかむ。
 そのまま、ディクシアを取り押さえ、床へと叩きつけて捻じ伏せた。体格の差だろう、いとも容易く体の自由を奪われるディクシア。

「ふん、男のくせになかなかやるじゃないのよ……!」

 彼女がそう笑うと、突然靴でトントンと二回床を叩く。なんと、靴の厚底から仕込みブレードが姿を現し、アリスの腕を切り裂こうと足を振り上げた。
 アリスは突如現れた隠し玉に驚きつつも、冷静にディクシアから手を放し、瞬時に後退する。避けきれず左腕を裂かれ、傷口から少量だが赤い雫が舞った。
 痛みはあるが、声を出すほどでもないとアリスは考え、ディクシアを睨む。

「あら、両腕に傷ができてしまったというのに、悲鳴もあげないのね?」
「騒ぐほどのものじゃないしな」
「つまらない。悲鳴の一つくらい聞かせてくれたらいいのに……あとは歪んだ顔一つでもね」
「あいにく、顔芸も腹芸も苦手でな。しかも、アドリブも気もきかないときたひねくれ者なんでね」
「つまらない男だわ」

 ディクシアがつまらなさそうにため息をつくと、再びハルバードを振り回して、アリスに攻撃を仕掛ける。振り回す最中にレバーを引き、炎を纏わせた。炎を纏ったハルバードは、まるで火が舞い踊ってるかのような動きだ。
 アリスは慌てる事もなく、剣の刀身を左手でなぞる。

「水よ……我に力を与えたまえ!」

 その叫びに呼応するかのように、剣が水を纏っていく。炎と水がぶつかり合い、互いを打ち消し合う。互いに武器をぶつけ合って、傷を受けようとも、服が燃やされ切り裂かれても、二人のぶつかり合いは止まらない。
 そして、周りでは打ち消し合った水と炎のおかげか霧が生まれ、視界が悪くなってきていた。それにも気づかないのか、アリスとディクシアは血を流しながらも戦い続けた。
 だが、アリスが先に疲れを見せ、眩暈がしたのか足元が覚束ずにバランスを崩す。その瞬間を待っていたのか、ディクシアは嬉々としてハルバードの切っ先をアリスの心臓に向かって刺突した。

「死ぬといいわ、アリスガワリュウジ!」

 勝利を確信し、目を見開いて一瞬を突くディクシア。彼の生んだ隙こそ好機。彼女の目にはスローモーションのようにゆっくりとした動きにも見え、確実に彼の心臓に向かって直進する。



 しかし、アリスはそのハルバードの動きを止めたのだ。右手でハルバードの刃をつかみ、刃が赤く滴る。

「言ったろ、その傲慢さが良くない。油断大敵だ」
「なっ……!?」

 ディクシアは確実にふらついていた彼の隙を狙ったはずなのに、アリスはハルバードを受け止めていた。
 ……ありえない。この距離で、この速度のハルバードの突きを見切るのは至難の業……。

「あなた、一体何者なの!?」
「ただのエージェント。魔物討伐が仕事のしがない男だよ」

 ディクシアの問いにアリスは苦悶の表情を浮かべながらもそう答えた。
 その二人の間に、何かが飛んでくる。ヒュルルルという音を立てながら、それは風を切ってディクシアを狙っていた。
 アリスはそれに気づくと、ハルバードから手を放し、瞬時に後退する。もちろん、ディクシアも飛んでくる何かを避ける為にバク転してそれを回避した。
 ズドンと衝撃と低音を響かせながら地上にぶつかったそれは、ギンが乗っていた、大人二人分の高さと大きさの氷塊であった。

「龍志、どう、やってる~?」

 気の抜けたギンの声が龍志に向かって放たれ、氷塊から飛び降りた。彼女もまた、戦いで受けた傷が深い。だが、彼女は笑顔を絶やさず、ディクシアの方へと踵を返した。

「ギン……」
「苦戦しとるようじゃの、手伝ってやってもよいぞ。特別にな」
「ああ、手伝ってくれ」

 ギンのニヤニヤした笑みでの問いに、アリスは素直にそう答える。彼女は一瞬驚いて振り向くが、歯を見せた満面の笑みで「応!」と大声で答えた。
 一方、ディクシアの方にもアリステラが近づく。彼女もまた切り傷や擦り傷、凍傷などでボロボロであるが、余裕の表情でこちらを見る。

「手伝って差し上げましょうか、お姉様?」
「あんたも傷だらけじゃない……」
「やる気がないなら先に帰ってもいいですよ?」
「……手伝いなさい。目の前の田舎者共に格の違いを教えてやるわ!」
「了解です、お姉様。足を引っ張らないようにお願いしますね」

 目の前の二人もまた、こちらと同じくまだまだやる気に満ちていた。

Re: 新世界のアリス ( No.63 )
日時: 2021/09/02 08:18
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: 8comKgvU)

 ギンは氷塊へ近づき、くるりと回って氷塊を蹴り飛ばした。氷塊にはひびが入り、砕け散る。その破片が反対側にいるディクシアとアリステラの方へ飛び散る。
 二人ともそんな事は些細であると言わんばかりに、こちらへ落ちてくる氷の破片に飛び乗って、反対側にいるアリスとギンに襲い掛かろうと飛び掛かった。
 だが、反対側にはアリスとギンは既に姿が見えない。二人の背後に回っていたからだ。

「想定内です!」

 アリステラがそう言い放ち、拳銃を二人の足元へ向けて数発撃った。だが、二人はそれを読み、アリスはディクシアを、ギンはアリステラへ距離を詰める。
 驚く暇すら与えず、アリスはディクシアの持つハルバードを持っている剣で力の限り斬る。そしてギンも、アリステラの狙撃銃の銃身を斬り落とした。真っ二つとなった二人の武器は、床へ落ちる。

「あぁ、私の……私の、「ヘスティアー」が!」
「……なるほど、これはやられました」

 二人が戦意喪失させ、ディクシアに至っては涙を流してハルバード……ヘスティア―を抱いてがっくりと肩を落としていた。

「チェックメイトだ、お二人さんの武器を無効化した今、これ以上戦う事は大会のルールに反する」

 アリスは剣を鞘に納め、二人に言い放った。
 アリステラがアリスを見上げ、口元を緩ませる。諦めたような笑みだった。

「そのようですね。まあ、今回は退きましょう」
「くっ……そ、覚えておきなさいよアンタ! 「いつかボコる」帳の表紙に名前を書いて、いつかギッタンギッタンのバッコンバッコンにしてやるんだから!」
「はいはい、お姉様。敗者は素直に帰りますよ~」
「覚えておきなさいよ! クソッタレ、アホンダラ、悪趣味男、チビ、まな板、デカ〇〇~~ッッ!!」
「お姉様、仮にも私達は栄光なる「ディディモス家」の人間だというのに……なんと下品な言葉を……」

 アリステラに引っ張られる形で、ディクシアとアリステラは素直に退場していく。……会場を出るまでは、ディクシアの罵声が耳に入ったが。
 彼女たちの姿が見えなくなると、会場はより一層盛り上がり、悲鳴にも似た歓声が響き渡る。

「おい龍志、右腕が大変なことになっとるじゃろがい!」
「お前も腕が赤と氷で大変なことになってるぞ?」
「あ、う……さっさとウィチアの奴に治療してもらうんじゃ」
「お前もな」

 アリスとギンがそう頷きあうと、会場を後にする。会場の歓声は、二人が姿を消した後もしばらく続いていた。




 その会場の観客に紛れて、赤い髪の女が腕を組み、彼らの戦いを見て笑みを浮かべた。


「ふふっ……少しは成長したって事ねぇ、坊やにおチビちゃん。次に会う時、退屈せずに済みそうだわ」

 その隣にいた儚げな白髪の少年と魔女のような姿の女が彼女に近づく。

「……あいつら、敵?」
「ええ、そうね。いずれ私たちの邪魔をするわ」
「はん、あんなガキ共を野放しにしておくつもりか、甘ェなァ?」

 魔女がそう赤髪の女に顔を近づけて威圧する。だが、彼女は臆せずに魔女を見る。

「ま、まだ私たちの計画の邪魔ではないから、ねぇ。あの子たちの相手はシナヴリア・オルデンツに任せておけばいいじゃない?」
「ねえ、"ハーメルン"。僕、あの子達に食べてもらいたい」

 赤髪は少年に笑みを浮かべた。

「今はその時じゃないわ。今はまだ……」
「貴様はそればっかか、付き合ってらんねえな。私は勝手にやらせてもらう」

 肩をすくめた魔女はそう言い放ち、その場から瞬時に消えた。

「んもう、せっかちさんねえ……まあいいわ。……今はまだ、ね」