複雑・ファジー小説

Re: BaN -A to Z- ( No.11 )
日時: 2021/08/11 06:18
名前: Cude (ID: Sua4a79.)

Episode 4

握手会は一時休憩へと入った。そりゃそうか、立て続けに何百人と握手してりゃアイドル側も疲れますよね……。本当にお疲れ様です。握手券はもう無いので、本来なら帰宅してしまった方が良いのだが、友人が最後の部まで握手券を持っているのでそれを待たなければならなかった。正直クソ面倒。一人で帰れよ……。まぁ、会場近くまで車で連れてきてもらった訳だし大人しく待つんだが。
 会場の中で、友人と合流をする。

「お疲れー、どうだった? 初握手は。緊張しなかったか?」
「ばかやろ。俺が緊張なんかする訳ねぇだろ」
「流石だなぁ。俺なんて未だに緊張するよ。どんな話したの?」
「いや、まぁ普通に。一旦お疲れ様ー、休止しても応援してるよって」
「常連でもそんな落ち着けねぇよ。大したもんだな」

 息をするかのように嘘をつく。いやでも仕方ないよな。NEOの話を出来る訳でもないし、何よりもあんだけキョドった事だけはこいつに知られたくない。ほやほやの黒歴史は一生一人で抱えて生きる事に決めた。

「どうする? 一旦飯でも食うか」
「あー、そうだな」

 スマホで時間を確認してみれば、既に14時半を回っていた。どおりで腹も減る訳だ。俺たちは会場の外にあるファストフード店で昼食をとろうと考えた。さぁて、今日は何を食おうか。
 会場を出ようとした時、ポン、と後ろから肩を叩かれる。

「すみません、ちょっと良いですか」
「ん、なんでしょう」
「そちらの方にちょっとお話がありまして……」

 声をかけた主は、スーツに身を包み、プラカードを首からかけた男性だった。STAFFと書かれているところを見ると、おそらく運営スタッフだろう。彼は俺に用があるみたいだった。というか、十中八九千鶴ちゃんからの呼び出しで間違いないだろう。あんだけのキモさを露呈しといて、もう一度対面しなければならないと思うとめちゃくちゃ憂鬱なんだが……。いや、もしかすると「キモすぎたので彼は出禁にしてください」という要件の可能性も無くはない。怖ぇなアイドルってのは。向こうからしたら俺の方が怖いって? ぶっ飛ばすぞ。

「何ですかね。さっきの握手の事だったら……」
「悠時、なんかやらかしたのか?」
「とりあえず、握手再開まで時間が無いので着いてきてください!」

 半ば強引に腕を引かれる。そんな事しなくても黙って着いていくってば……。



「入ってください」

 連れられた先は、関係者専用スペースだった。彼が指す扉の横には、「高橋千鶴様」と書かれた張り紙がされている。にしても、メンバーが12人もいるってのに、一人一人に部屋が設けられているなんて、流石大物だな……。てか俺、今入れって言われました?

「え、入って良いんですか」
「はい。時間がないので早くしてください」
「冷たっ。アンタには感情ってものがないんですか……」
「いいから早く」

 ええいままよ。思い切って扉を開ける。一人ならかなり充分な広さの部屋だ。テーブルの上にはお菓子や飲み物が数多く置かれている。しかし、そこにいるはずの彼女の姿は無かった。

「千鶴ちゃん、いないじゃないですか」
「おかけになってください」
「は、はぁ……」

 言われるがままに用意されている椅子にかける。すると、彼が対面に座りだした。千鶴ちゃんは来ないのだろうか。代わりにスタッフから何か伝えられるって事か? NEOの話なら本人と話すのが一番手っ取り早い気もしたが、どこの馬の骨とも分からない男と一対一で話すのは危険だと判断したのだろう。

「それで。何ですか、話って」
「さっき言ってた事、本当ですよね」
「さっきって?」
「握手の時」
「え、それって……」
「NEO」

 「NEO」という言葉に俺が反応をするよりも前に、眩しい光が彼を包んだ。思わず目を反らしてしまう。

「え……? 千鶴ちゃん……?」

「これが私のNEO。完璧アイデアル化粧アイデンティティ

 さっきまでのスタッフの姿はどこにも無く、目の前で俺を見つめているのは紛れもない高橋千鶴本人だった。