複雑・ファジー小説
- Re: BaN -A to Z- ( No.15 )
- 日時: 2021/08/20 15:23
- 名前: Cude (ID: Sua4a79.)
Episode6
あの後、俺と友人は無事合流をし、そのまま家へと帰る運びとなった。「それで、お前は何やらかしたんだ?」と車内で頻りに聞かれたが、「なんもねぇよ」と濁すなり、寝たふりをするなりしてなんとなく切り抜けた。その上、久々の握手会でテンション上がった友人が「飲みでも行くか?」なんて誘ってきたが、これも「この後天音と会う」と適当なウソをついた。ていうか俺たちまだ未成年だし、お前運転手じゃねぇか……。アイドル様を差し置いて犯罪者の相手なんてしてられねぇよ。
という訳で時刻は0時を回っていた。連絡先の最近追加した友達には「ちー」という名前が1件。これが高橋千鶴の連絡先だ……。世の男性諸君、いや女性もだな。震えるが良い……。アイコンはファンアート? ってやつなのだろうか、デフォルメされた彼女のイラストとなっている。
「よし……」
俺は緊張で少し震えた手で通話ボタンを押す。暗く静かな部屋にコール音が鳴る。1回。2回。3回。今手が空いてないのだろうか。4回。5回。6回。もしかしてまだ家に帰っていないとか? 7回。8回。9回。そして画面には不在着信の表示がされた。しかし、その直後に彼女からのメッセージが届く。
『ちー:ごめんなさい! 友達登録まだしてなくて、通話出来なかったです~』
なるほど。まぁ多分家に着いたばかりでバタバタしてたんだろうな。それにしても彼女は文面も可愛いな。『通話できなかったです~』の後ろの絵文字がアイドルすぎる。俺の天音ちゃんは文章自体はそっけないからな~。そこも良いんだけど。
了解の意の返事を送ると、『今度は大丈夫!』というメッセージの後、向こうから通話がかかってきた。こちらからかける気満々だったので、動揺してワンコールで出てしまう。
「もしもし」
『もしもし、千鶴です。出るの早いねぇ』
「まぁそりゃ今の今までやりとりしてましたし」
『それもそうかぁ。えへへ』
電話越しに聞こえる声は余りにも甘く、耳どころか脳みそまで蕩けてしまいそうだ。声自体も勿論可愛い事には間違いないのだが、特筆すべきは話し方なのだ。語尾に捨て仮名がついている感じといい、幼子のような笑い方といい、全部が可愛い。握手会の会場で話した時とはまた別人のようだ。恐らくだがこの女.....
「もしかして、お酒でも飲んでます?」
『えぇー、なんでわかるのぉ?』
「そんな胃もたれしそうな話し方されれば誰だって分かりますよ」
『悠時君も一緒に飲もうよぉ〜』
「一応俺まだ19なんで、遠慮しておきます」
『まだ未成年だったのかぁ、可愛い』
「いや何が可愛いか分からないですけどね。てか、ゲームについて話すんじゃなかったんですか。なんで酒なんか飲んでるんすか......」
『あぁ、そうだった!』
千鶴さんは、ようやく今目的を思い出したようだった。ならなんで俺と電話するって経緯に至ったんだよ。全く、天然なのかシンプルにアホなのか分からん。可愛いからもう何でもいい。
『その話なんだけど、会って話した方が良くないかなぁ』
「いやいやお姉さん……。あなたが電話してねぇって言ったからかけたんですよ」
『だって、男の子のお友達欲しかったし……』
「可愛すぎですか……。ゲームの事話したいってのは口実だったんすね」
『本当にゲームの事も話すつもりでいたもん! でもお酒飲んじゃってるし今日はダメだよ~』
「しゃあないっすね。それじゃ、切りますよ」
『え、切っちゃうの?』
彼女の声のトーンが1段階落ちたのが電話越しでもハッキリ分かった。畜生、これじゃ切るに切れない。
「……、じゃ、じゃあちょっとだけ電話しましょう」
『やったぁ~、悠時君大好き!』
突然の愛の告白を食らい、俺は盛大にむせた。高橋千鶴を誰か止めてくれ。俺には天音ちゃんがいるんだ。
▼
結局、あの後電話は3,4時間ほど続き、外を見ると明るくなっていた。
「流石にそろそろ寝ましょうか」
『そうだね、私も眠くなっちゃったぁ……』
「あ、それで次会う予定、どうしますか」
『次はぁ……、ちょっと先になっちゃうけど、5月20日とか空いてるかな?』
「20日は……、木曜日っすね。大学の講義が昼まであるんで、それ以降なら」
『うん、分かった。それじゃあ、当日、大学が終わったら連絡してね?』
「了解です」
『会う日まで勝手に行動したりしないって約束するんだよ? 他の参加者に接触したりしたらダメだからねぇ』
「分かりましたよ。それじゃ、おやすみなさい」
『うん。おやすみぃ』
▼
5月20日。大学の授業が終わった俺は、千鶴さんに連絡をした。天音には「友達と遊んでくるから連絡がつきづらいかもしれない」と言っておいたが、めちゃくちゃ心が痛い。仕方ないんだ、許してください……。
少し経って、千鶴さんから、待ち合わせ場所のカフェの名前と、住所が送られてきたので、そこへ向かう。大学から徒歩で迎える場所にしてくれていた。
10分もしない内に目的地に到着する。いかにもオシャレなカフェって感じだ。こんな事でも無ければ俺がここでコーヒーを飲むなんて事は一生なかっただろうなぁ。そもそも俺、コーヒー飲めないんだけどさ。
「着きました」
『一番奥の席にいます』
扉を開け、カフェの奥へと進む。客は男女のカップルが1組いるだけだった。意外と混んでないんだなぁ、こういう所って。
カフェの突き当り、一番奥の席には、帽子を目深に被り少し俯いている女性がいた。
「千鶴さん」
千鶴さんは、俺を見るなり顔を真っ赤に火照らせた。
「こ、この間の電話、私悠時君に大好きって言っちゃったり……」
「しましたね」
「うぅっ! ちょっと酔い過ぎてたんです! ごめんなさい!」
彼女は、電話での自分を思い出して赤面していたようだった。こんなに可愛い女性がこの世に存在していいのだろうか。