複雑・ファジー小説

Re: BaN -A to Z- ( No.16 )
日時: 2021/08/24 03:57
名前: Cude (ID: 78sNkMqs)

Episode7

「うぅ……、いっそ殺してください……」
「いやいや、言い過ぎですって」
「しかも私ナチュラルにタメ口をきいてましたよね……」
「ナチュラルにタメ口でしたね。まぁでも、千鶴さんの方が年上だし、なんなら握手会会場での別れ際もちょいちょいそうでしたから、気にならなかったですよ」
「男の子との距離感とか分からなくて……」
「ファンの一人だと思って接してみれば良いんじゃないですか」
「ファンの方と二人で電話とか……、カフェなんて行かないし……。今私活動休止中だし……」

 なんだ。いつにも増してしおらしいな……。そんなに電話での自分の態度が恥ずかしかったのか……。

「そんな落ち込まないでくださいよ、それより今日こそゲームについて話さないと」
「そうですよね……」
「てか、目立つから外に出る時は【完璧な化粧】を使って変装してきてくださいって言いませんでしたっけ……」
「うん……でも……」

「折角悠時君に会うんだから、ちょっとでも可愛いと思ってもらいたくて」

 俺は飲んでいたオレンジジュースを吹き出しそうになった。この女、この間から何個爆弾を投下する気なんだ? 酔っていようがいまいが、全然スタンス的には変わってねぇじゃねぇか……。俺のライフはもうゼロよ。

「い、いやまぁ可愛いですけど……。これでバレたらマジ許さないっすよ」
「はい、ごめんなさい……」

 冷静を装い彼女に注意する。ゲームに専念しなければならないと言うのに、彼女はどこかフワフワしている。こっちまで、あれ? ひょっとして今日デートかな? なんて思っちまうだろ。
 しかし、そんな浮かれた事なんか言っていられないのが現状だ。Nの正体どころか千鶴さんを除いた参加者の詳細は、「U」がサイバーラビットのUnitronではないか、という推測のみで、そのほかは全く把握出来ていないままゲームスタートから1ヶ月半以上経過している。2年間という期間は、初めの内こそ長く設けられたと考えていたが、こうも埒が明かない状態が続くと意外とあっという間なんじゃないのか。
 神妙な面持ちになってしまっていた俺を見て、千鶴さんが口を開く。

「ゲ、ゲームについてですよね。今後どうしていくか」
「はい。僕と千鶴さんのNEOだけだと、恐らくNの特定はかなり難しいと思ってます」
「そういえば、悠時君のNEOってどんなのですか? 結局聞いてなかった」
「あぁ。例えば」

 そういえば、まだ彼女には言ってなかったか。彼女には、というよりも、まだ誰にも言っていなかったという方が正しいのだけれど。さっきまでいたカップルの客も帰ったし、店にいる客は俺たちだけだから、ここで実演してしまっても問題ないだろう。オレンジジュースの残りを飲み干し、グラスを指さして続けた。

「ここに、ガラスで出来たグラスがありますよね。それもこれはこの店のやつ」
「うん」
「それを……おらッ」

 グラスに右手を翳し、意識を集中させる。

「このグラス、床に思いっきり叩き付けて見てください」
「え?」
「いいから」
「え……ほんとに投げちゃうよ……?」
「大丈夫です」

 千鶴さんは、目を背けながらも力いっぱいに腕を振り下ろす。彼女の手から離れたグラスが床へと思い切りぶつかり音を立てた。しかし、グラスの破片が飛び散るどころか、むしろ床にすこし傷がついてしまう。

「やべ、床の傷については考えてなかったな……」
「え!? これって……」
「NEOでグラスの硬度を極限まで上げました。いわば一時的にこのグラスはダイヤモンド製になったと思ってもらって大丈夫です」
「凄い……」

「縁のバッド目立バイプレイヤーちたがりって言うんですけどね。自分以外の物の性質を極端にいじれる力だと思ってくれて大丈夫です」

 決まった。我ながらイケすぎている。恐らく今の俺めちゃくちゃドヤ顔だろうな。千鶴さんは興奮気味に拍手をした後、俺に尋ねた。

「例えばどんな事が出来るんですか?」
「えーっと、ハサミで金属が切れるってのは試してみましたね。チョキがグーに勝てる時代が俺の手で切り開けます」
「じゃんけん改革って事だ!」
「あれだけ世界に浸透しているじゃんけんの概念を捻じ曲げちまうなんて、もしかして俺、奇才?」
「奇才です! 天才です!」

 俺に称賛の目を注ぐ千鶴さんに大分乗せられてテンションが上がってしまう。正直、自分自身のNEO自体をそこまで気に入っている訳では無かったが、こうも褒められると悪い気はしない。
 だが、俺の意気揚々たる態度は、背中からかけられた声で、一瞬の内に緊張感へと変わった。


「見事なNEOだった。Bのプレイヤー」
「バフ能力なんて、俺と少し被ってるな。まぁ、俺のNEOにはそう及ばないけど」
「てかよぉお前ェら、いつ誰が見てるかも分からねぇのにそんなにはしゃいじまって、とんだ馬鹿共だな!」
「まぁまぁ。陽気ジョーンティで素敵なお坊ちゃんとお嬢さんじゃないか」

 振り返ると、そこには4人。俺の少し後ろに立っていた。一人一人に異様なオーラがあり、只物ではなさそうに見える。俺がビビってるだけか? ひとまず、彼らの詳細は置いておいて、まず、不可解な点が一つある。この店には間違いなくさっきまで誰もいなかった筈だが、音も立てずに店の中に入る事なんて可能なのか? いや、よく考えてみれば恐らく容易だろうな。さっきの会話から、彼らは確実にゲームの参加者である事が分かるし、とすれば、この中の誰か1人のNEOによって俺らに全く気付かれずに近づく事も難しくない。それでは、何故ここにいるのか。たまたま? いや違うな。多分彼らも高橋千鶴の動向を追っており、この店に辿り着いたと推測できる。何の情報も掴めていなかった俺たちにとって、一度に4人もこちらに赴いてくれる事は、案外ラッキーじゃないか。だとすれば、残る疑問は一つだけ。

「俺らの敵になる予定か、味方になる予定か、どっちです?」

 右端に立っていた綺麗な女性が上品に笑い、答える。

「このゲームに敵を作る理由はないだろう? まぁ、一度みんな座って、ゆっくり紅茶でも飲まないか」