複雑・ファジー小説

Re: BaN -A to Z- ( No.18 )
日時: 2021/09/11 14:31
名前: Cude (ID: 78sNkMqs)

Episode9

「NEO喰い……?」
「あぁ。ゲームの参加者、すなわちNEOの所有者を手当たり次第に狙うからな。Torturerが彼をそう呼んでいたが、彼女発祥の呼び名では無いらしいから、どこから彼の異名がついたかは私にも分からないよ」
「ちょっと待ってくださいね玲華さん。情報量が多すぎてついてけてないんですが、Torturerって」
「勿論【T】のプレイヤーを指す。彼女は随分と警戒心が強くてね、私達と行動する事を拒んだ」

 先ほどまで【I】以外とのコンタクトを取れていなかったどころか、その他の参加者について何一つ知らなかったのに、彼女らと遭遇したおかげで、一日にしてかなり進展している。1ヶ月何もしなかっただけでここまで差が生じるとは正直考えていなかった。
 いや、ゲームが始まってからまだ1ヶ月半程度で、ここまでゲームの情報を掴み、人脈もある程度築いている玲華さん、もとい共に行動する彼らの方が只者じゃないのだろう。仮に俺がゲーム初日から動いていたとしても、ノーヒントの状態からこの短期間でここまでゲームの攻略を進めるのは無理だ。結局千鶴さんにしか出会えていない気がする。

「それにしても、どうやって参加者とコンタクトを」
「私の力ではなく、鶴来によるものだ。彼の観察力と行動力は目を見張るものがある」
「ははは。玲華ちゃんに褒めてもらえるのは素直に嬉しいな。まぁ、仮にも元探偵だったからね」
「でもよォ、探偵だったからって、何の情報も無いのにたった1ヶ月近くでそんなに参加者を見つけられんのかよ?」

 たった今、俺が抱いた疑問を、代わりに海猫が投げかける。多分こいつは、X-Y-Zから助けてもらって出会ったって言ってたし、この中では一番最後に仲間になったんだろうな。
玲華さんと鶴来さんが口を開くよりも前に、上神が、お得意の「真顔で人をバカにする」を発動した。

「チビ猫さん、君は本当に何の情報も無かったと思ってるのかい? まぁ、携帯料金も支払ってないスマホじゃ流行を追うのは難しいんだろうけどさ」
「誰がチビだァ!? おめェ、今日という今日は許さねェからな!! 顔面蹴っ飛ばす!」
「まぁまぁ、海猫、落ち着け。上神もそう毎回海猫をおちょくるな」
「……ったく。なんでいっつもお前に止められなきゃいけねぇんだよ」
「別に、俺もおちょくったつもりはないよ」

 ふと横を見やると、鶴来さんがにこにこと笑っていた。一連の様子を見て、彼らの普段がなんとなく分かった。上神の無意識に人をバカにするスタンスに対し海猫がキレて、それを玲華さんが鎮める。そしてそれを鶴来さんは半分面白がって見ているのだろう。なんだこいつら、仲良し家族かよ……。一人一人の個性が尖っているので、なんだか合わなそうな4人組だと思っていたが、なんだかんだ収まりが良さそうな奴らだ。

「Unitronという名前に聞き覚えがあるかい?」
「【U】のプレイヤーの異名だろ。それがどうしたんだよ」

「や、やっぱり! 【U】はあの「サイラビ」のUnitronちゃんなんですか!?」

ここまで、目まぐるしく展開する話題におろおろしていたばかりの千鶴さんが大きな声をあげた。玲華さんがそれに頷く。なるほどな。やっぱり【U】がこのゲームの初めの大きなヒントだったという訳だ。俺の読みはバッチリだったって事だな。そう思うと、千鶴さんに会うよりも先にUnitronに会いにいけば良かったのでは? という考えがよぎったが、そんなのは結果論でしかないし、結局玲華さん達と出会った事でゲームについて色々知れている上にあの高橋千鶴にここまで信頼を置かれる状況を作れたという時点でこっちルートが正解だ。流石俺。

「Unitronちゃん、私大ファンなんです」
「そうか、確かに、彼女らの音楽は素晴らしいからな。このゲームの参加者である以上、いずれ必ず出会う時があるだろう。ただ、その時はファンである事は伏せてお互いにゲームの一参加者として関わるべきだと私は思うよ。私情を持ち込みすぎるのはこのゲームの攻略を時として妨げる」
「そうですよね……」
「信じてくれないかもしれないが、実は私も「WHiTe MiLky」のファンだからね」

そう言って、玲華さんはニコっと笑った。



 玲華さん達の話によれば、ゲーム開始から数日後の「サイバーラビット」のライブに参加者が集まったという。勿論、チケットはその時点でとっくに完売していたから、ライブ中、会場の外や近くで待機していた者に注目したらしい。その中のほとんどが「音漏れ勢」という、チケットを取れなかった為に会場の外で会場内から漏れる音声のみを楽しむといったファンだったらしいのだが、明らかにライブ自体には興味を示していない人が数名おり、その中で玲華さんと鶴来さんは出会い、お互いの為に組む事になった。その後、会場近くにいた上神やTorturerともエンカウント。上神は二人の強い説得の後に彼らと共に行動を決め、Torturerとはお互いのアルファベットを教えあう事と、もしも何かがあった時に連絡、情報交換の出来る上にお互いの個人情報の必要がない捨てアドレスを交換するという取引のみは成立させたとか。他にもまだ、鶴来さんの観察眼的に参加者らしき人物はいたらしいが、結果としてはその日に交流は出来ず、それ以降出会ってはいなかった。

「……私達の出会いはこんなものだ。話を戻そう」
「はい。Youngster……、【Y】について」
「さっきも言ったけれど、あの人は愉快犯なんだ。完全に私達と戦う事を楽しんでいる。非常に危険ジェパディーな人だ」
「それに、【Y】だけならもしかしたら俺一人で勝てなくもないけど、彼に加えて【X】と【Z】がいるからね」
「アイツらを見て思ったけど、【X】と【Z】自体には俺らと敵対しようとする気は無さそうだった。なんか【Y】の命令に従わざるを得ないっつーか」
「で、でも、【X】さんも【Z】さんも物凄く強いんですよね? だったら、二人で【Y】さんを止められるんじゃ?」

「いや、それが出来るんだったらそうしてるんだと思いますよ。二人じゃ止められないくらい【Y】のNEOがとんでもないって事じゃないんですかね」
「あぁ。私達もそう睨んでいる。少なくとも【Z】のNEOはこの目でしっかりと把握したが、あのレベルで止められないと思うと、恐ろしいよ」
「【Z】さんのNEOって……?」

「彼……、いや彼女……のNEO、ゼウス刀剣ザップは、何も無い場所から、刀を具現化出来る。それも本物のな。あんなので攻撃されたら、一発でアウトだろう」
「流石にあれはビビったぜ……、上神のNEOが無かったら俺も死んでたかもな。ムカつくけど、あの時ばっかりは助かった」
「海猫さんのNEOでもなんとかなった気はすると思うけど。まぁ俺のNEOが優秀な事には間違いないな」

 【Z】のNEOの脅威は想像以上だった。俺たちゲームの参加者、つまりNEOを持つ者達は、薬の効能で、投与前よりも全体的に身体能力が僅かながらに良くなっている。しかし、あくまで僅かである上、投与前の自身の身体と比べて上昇するだけなので、俺のような運動神経の悪い奴はやっと普通の人と並ぶくらいにしかならないのだ。何が言いたいかというと、俺達は、NEOを持っている事 のみが極めて特殊なのであって、その他の技能は全て普通の人間とそこまで変わりがないと言う事である。だから、刀を持った人間と対峙した場合、まともに戦えばほぼ100%に近い確率でこちらが負ける。というか死ぬ。俺のNEOも上手く使う事が出来ればある程度戦えない事は無いだろうが、今のところ【Z】と遭遇するのはかなり怖い。

「【Z】さん、女の子なんですか……?」
「うーん。お坊ちゃんだとは思うんだが、NEOを発動するとお嬢さんになるんだよ、不思議なNEOだ」
「刀を具現化すると共に女体化って事ですか……。不思議だな」
「恐らくだが、薬の副作用によるものだ。私のこの青っぽい髪色も、時期的にはちょうど3年前くらいからなったものだからずっと何故だろうと疑問に思っていたのだけれど、薬の副作用という事をゲームが始まってから思い出した」

 続けて玲華さんが口を開く。

「また、【Z】の彼は特に副作用に対してショックを抱いている様子だった。【Y】にNEOを使うよう促されても随分躊躇しているように見えたし、NEOを発動してからも、女体化した自分の姿に戸惑いを感じていたな。それもあって海猫を逃がす事が出来たと言っても過言じゃない」

「なるほど。【Z】は余りNEOを使いたがっていない、と……。【X】については?」

「彼のNEOはまだ見ていない。だけど、【Y】が、【X】一人で全員殺せるだろうけど、と確かに言及していたのを俺達は聞いてる」
「そんなに強いんですか!? 怖すぎます……」
「詳細は分からないし、ブラフの可能性も無くはないよ。ただ、あのお坊ちゃん達とは今は遭遇しない方が良い」
「俺達が束になってかかったら、アイツらなんか倒せるんじゃねぇのかよ!?」

「いや、恐らく難しい。私と高橋、鶴来のNEOは明らかに戦闘向きではない。上神と佐藤のNEOはあくまで補助をするのがメインだ。そうなると、海猫のNEOを軸に戦わねばならないが、君のNEOは場所や状況に左右される。そんな状況下でX-Y-Zに戦いを挑むのは危険すぎる」

「その為に今は協力してくれそうな参加者を探しているんだろ。もう少し頭を冷やしなよ」
「クソ! うるせェ分かってるよ!!」

 海猫が机を叩く。正直、俺も、まだ千鶴さんと自分のNEOしか把握していないのに、この6人で同時にかかれば何とかなるのではないかと考えていた。しかし、玲華さん曰く、ここにいる参加者で明確に戦闘に向いているのは海猫のNEOのみ。しかも、それも環境に大分左右されるらしい。対【Z】に関しては、俺のNEOで刀をふにゃふにゃにしてやろうとも考えたけど、俺のNEOはマイナスには働かず、あくまで対象の道具やNEOの特徴をプラス方向で伸ばす事しか出来ないからこの作戦は無しだ。その上、【X】と【Y】に関してはまだNEOの詳細すら掴めていない。やはり情報不足と慢心は良くないな。玲華さんや上神の様に冷静な判断をしなければならない。ダメだぞ海猫君。まったく。

「ただ、【N】を見つける前に、X-Y-Z、というか【Y】を倒さねばならないのは明確だろう。余りにも彼はゲームを進めるにおいて厄介が過ぎる」

 玲華さんが紅茶を飲み干し席を立つ。「次の目的が決まった事だし、今日は解散だ」と静かに、だが強い語気で言い放つと、そのまま、速やかに会計を済ませ、カフェを出ようとする。ちょっと待ってください。まだ今日の内容について全然整理出来てないし、次の目的って何でしょうか。めちゃくちゃ勝手お姉さんじゃん! 上神も海猫も呆然としちゃってるし、鶴来さんまで苦笑しちゃってますよ……。

「佐藤、高橋。今から10日後の5月30日、14時半。SHIBUYA TSUTAYAの中のスタバで待っている。次に私達がコンタクトを取るのは日本政府だ。勿論、強制ではないから、良く考えてから来てくれ」

 振り返ってこちらに笑いかける玲華さんの長く綺麗な髪が靡いている。その姿の余りの美しさにしばらく見惚れてしまっていた。が、今お姉さん何て言いました? 次にコンタクトを取るのは、日本政府……? 俺達が今最も遭遇を避けるべきである存在じゃないのか。今すぐにX-Y-Zと対峙してはいけない事は良く理解できたが、何故わざわざ政府に? 大人しく捕まって後は政府に任せよう、と考えてる訳では無い事は理解しているが、それでも彼女の意図が分からなかった。
 
「それじゃあ、お坊ちゃん方、本日はここらで失礼させていただくよ」

 鶴来さんは、こちらに向き、深々と一礼をしてゆっくりと店を出た。随分律儀な人だ。


「俺は面倒臭ェから今回はパス」
「海猫さん、君は連絡が取れないからこっちが面倒だよ。どうせまたあそこのベンチで寝てるだろうけどさ」
「おめェ、本当一々ムカつく野郎だな! 俺は玲華に従ってるつもりは無ェの。ただ都合が良いから利用してるだけだ」
「それは俺達みんながお互いにそうだろ。でも、今は玲華さんといる方が、少なくとも君は美味しい飯が食べられそうだけどな」
「チッ。俺がなんでもかんでも肉で動くと思うなよ。お前らと会ってから本当不自由だよ」
「……本当はちょっと嬉しい癖にさ」
「あァ? 今なんつった?」
「何でもない。じゃあな。高橋さんも、佐藤さんも、また」

 上神は、今にも牙を剝きそうな海猫を何事無いように平然とのけ、すたすたと出口まで歩いていく。残された海猫もひとしきりブツブツと文句を吐いた後、こちらを見ないまま、乱暴に手だけ挙げて出て行った。海猫らしいな。まぁ、今日会ったばかりなんだけど。

 

「それじゃあ、私達も帰りましょうか、ね?」
「そうっすね……、それにしても、疲れたなァ」

 長くめまぐるしい1日が、ようやく終わりを迎えようとしていた。実際はカフェで二時間程度の出来事だったという事が信じられねェ。