複雑・ファジー小説

Re: BaN -A to Z- ( No.21 )
日時: 2022/06/26 19:37
名前: Cude (ID: 7cN5Re8N)

Episode10

 玲華さん達と出会い、再び集まる約束をしてからの10日間は思っていたよりもずっと早く過ぎ、気付けばもう家を出なければならない時間となっていた。日本政府と接触する理由についてはまだ検討もつかない。考えてすらいない、という方が正しいだろうか。10日ある内のほとんどを天音と過ごしていた為、ゲームに意識を割けなかったからである。というか、天音ほどの大天使が目の前にいながら、他の事を考える奴がもしもいたとするなら、そいつは超超罰当たり野郎だ。Baddas Boyである前に俺は佐藤悠時という一人間であり、天音の彼氏なのである。だから俺は、ゲーム以外の時間のほとんどを天音に費やすと決めた。
 まぁ、日本政府の件については、玲華さんの事だし、何か考えがあるのだろう。って、今日で会うのまだ二回目なんですけどね……。

 生憎、今日は雨が降っていた。俺は余程酷い土砂降りでもなければ傘をささない人間だ。なんでかって? 傘を持つのが面倒だからだよ。
 濡れた身体のまま電車に飛び乗る。席は……、空いていないか。まぁ、めちゃくちゃ混んでいる訳でも無いし、渋谷までは数駅程度だから、特に苦でも無い。「見て、お母さん! あのお兄ちゃんびしょびしょー」と、若い母親に手を引かれた坊やが俺を指さす。母親の方は子どもを軽く注意した後、少し困った顔でこちらに頭を下げる。全然かまへん。子どもは元気なのが一番。おじさん笑ってくれるだけで嬉しいよ。
 これは余り良くないクセなのだが、電車やエレベーターなどに乗ると、同乗している乗客をつい観察してしまう。疲れ切った顔をしたサラリーマンのおっちゃん、世間話に花を咲かせるおばちゃん達、可愛いJK……をジロジロ見るのはまずいね。捕まっちゃう。後はさっきの親子連れ。窓の外を覗けば、学生カバンを頭の上に翳して走る中学生達。俺は、雨に降られると随分と憂鬱だけど、彼らはめちゃくちゃ楽しそうだ。降る雨の数だけ、みんなそれぞれ人生ストーリーがあるんだなぁ……って、暇だとこんな臭ェ事を考えだしちゃうのも俺の悪いクセの一つ。そうこうしている間に渋谷駅に着いた。

 時計を見ると、14時25分。まずいな。俺は猛ダッシュで待ち合わせ場所へ走った。



「遅い。4分と38秒の遅刻だ」
「いや確かに遅刻した僕が悪いですけど……、たかだか5分満たないくらいじゃないですか!」
「その姿勢が気に食わない。遅刻した者が逆ギレするな」
「頑固女……」
「時間を守れない人間に何を言われても、私は構わないさ」

 俺は、結果的に少しだけ遅刻をして、そして玲華さんに叱られた。にしても、別に5分程度の遅刻でここまで言わなくても良いじゃんか……。ムキになって反論をしたものの、「時間を守れない人間は最底辺」かのような振る舞いであしらわれてしまう。クソ……、何か言い返してやりたいがこの人の弱点が思いつかない……完璧女すぎる……。

「「ま、まぁまぁ二人とも落ち着いて……」」

 声に気付くと、そこには千鶴さんと見知らぬ男性が座っていた。玲華さんは二人の声で我に返ると、こちらに向かい深めに頭を下げた。

「少々取り乱ししてしまったな。言い過ぎたようで悪かった、佐藤」
「まぁ僕が遅刻しなければ良かったという話なので、以後気を付けます。すいません」

 そう謝られると、いやいや俺が100悪いですよ! と改めて思わされてしまう。しかし、既に玲華さんは遅刻など気にしていないような顔でこちらを見ていた。切り替えが早すぎる。

「では改めて、佐藤にも紹介しよう。彼が、日本政府の一員であり、このゲームの参加者でもある、あくつ二郎じろうだ」
「初めまして! 渋谷警察署、及びNEO対策本部NEO取締官の圷と申します、よろしくお願い致します!」

 見知らぬ男性……、圷二郎は、すかさず席を立ち、深々とお辞儀をする。日本政府の規模を正直把握はしていないが、恐らく彼は上層部に位置する人間ではないのだろう、かなり若いように見える。渋谷警察署と言っていたし、本来はシンプルに警察官。そしてこのゲームの参加者、つまりNEOを持ってしまったからこそ、日本政府の他のメンバーよりもNEOへの知見があるという事でNEO対策本部のメンバーに選ばれたんだろうな。
 ……、とすんなり納得してしまったが、日本政府内にもNEOの所有者がいたのかよ……。

「どうした佐藤? 浮かない顔だな」
「いや……、まさか敵対する側にNEO持ちがいると思わなくて。しかも、なんでこんな仲良くなっちゃってるんです? 本来なら、俺らまとめて捕まってアウトでしょ」

 すると、圷さんが恥ずかしそうに頭を掻いた。

「いやぁ……。実は僕達、一度X-Y-Zを捕えようとした時に、返り討ちに遭いそうになりまして。そこを玲華さん達には助けていただいたんです。僕個人の考えとしては、恩を仇で返すという訳には行かずに、こうして僕一人の力だけでもお貸し出来たら、と思っているんです」
「参加者だろうが政府だろうが、危険な目に遭っている人間を放っておけないタチでな。ただ、圷がこちらに手を貸してくれるというのは願ってもない幸運だったよ。私達が考えている以上に日本政府は優秀でな。このゲームや私達参加者についての情報をかなり有している」
「そういうのって、漏洩禁止だったりするんじゃないですか……?」
「……バレたらクビですね」

 この人バカだなぁ……。優しすぎる事も正義感が強い事もこの短いやりとりでなんとなくは理解できたが、自分の立場を顧みず人に手を貸してしまうのは危険すぎる。
 しかし、俺達参加者にとっては、圷さん、つまり日本政府が有している情報を入手できるというのは非常に大きい。

「日本政府にコンタクトを取る、と言ったが、正確には圷と正式に手を組むという訳だ」
「なるほど、理解しました。わざわざ今日俺達まで呼んだ理由ってのは?」

「一つは、政府と接触するという、もしかしたら危険な状況になるかもしれない条件を提示しても君たちが来てくれるかどうかという意志の確認だな」

 うーむ、試されていたという訳か。だが、政府が絡もうが絡むまいが、情報を全く有していない状態で千鶴さんと二人で行動するよりは、確実に玲華さん達に着いていった方が良いのだから、俺は間違いなく来ていた訳だが。
 玲華さんが「もう一つは」と言い、圷さんの方を見る。すると、圷さんが頷いた。

「僕たち日本政府のこれまでの行動、及び今後の計画を開示します。ここでは誰に聞かれているかも分からないので、場所を移しましょう」



 圷さんに言われるがままに席を立ち、店を出る。しばらく歩くと、飲み屋街へと出た。まだ夕方くらいなので人通りは少ない。数多く並ぶ店の中でも、一際目立たない小さな居酒屋の前で、彼は立ち止った。

「ここです。入りましょう」

 店の中は小綺麗だったが、やはりそこまで広くはない。その上、時間帯もあってか、客も2,3人程しかいなかった。初老くらいの男性が一人で店を切り盛りしている。流石に白髪が目立つものの、顔立ちが整っており、若々しい。
 店主はすぐこちらに気付いたみたいだった。

「……圷か」
「お久しぶりです」
「後ろは連れか?」
「はい。地下を使いたくて」
「余所様に余り知られたくはねぇが、お前もあの事件で何かと忙しそうだしな。たまには誰の目にもつかずに息抜きしたくなるのも仕方が無ェか」
「すいません、ありがとうございます」
「それにしても、今日は珍しい来客が続くな」

 店主が最後にボソっと呟いた言葉は、圷さんには聞こえていないみたいだった。

「こっちです」

 トイレの目の前だ。なんだ? 俺らは今から便所で作戦会議って事か?

「ここ、ですか……?」
「ここの壁だけ少し色が違うでしょう」

 不安そうに尋ねる千鶴さんに圷さんは答え、その壁を2回コンコン、とノックする。その後、真後ろにいた俺達にも聞こえない声量で何かをごにょごにょ呟くと壁が動き出した。

「マジかよ、隠し扉ってやつ?」
「私も驚いた。まさか、現代の渋谷にこんな店があるとは」

 開いた先には下りの階段がある。全員が下り終えると、隠し扉は壁として元の場所に収まる。
 下り終えると、そこには随分とオシャレなバーが存在していた。見る限り、一人も店員はおらず、全ての業務をAIが行っている。勿論それも充分に凄いが、何よりもまず、カウンターの端で一人で飲んでいる女性が目に入った。あれが店主が言っていた珍しい来客だろうか?

「まさか先客が居たとは」

 グラスの中身をグイっと飲み干すと、ぶっきらぼうに女性は答える。

「気にしないで。私もう帰るから」

 立ち上がり、こちらと目が合うと、彼女が驚いた顔で言った。

「ねぇ。どうして、あんたがここにいる訳? あんたも結局政府の犬って事かしら」

 一体どういう状況かさっぱり分からない。彼女は誰なのだろう。そして、誰に対して喋っているのか……は恐らく圷さんしかいないだろう。なんせ俺達はここに初めて来ている訳なのだから。
 しかし、意外な事に。彼女に返事をしたのは玲華さんだった。


「そのまま返そうか。Torturer。何故君が、ここに?」