複雑・ファジー小説

Re: BaN -A to Z- ( No.3 )
日時: 2021/12/16 12:00
名前: Cude (ID: DD7/vRsR)

Prologue 3

 気分が悪いまま目が覚める。外は既に暗くなり始めていた。4月の終わりから始まった大型連休に入ってから数日間、ずっとこんな感じだ。
 これも全部【N】のせいに決まっている。あんな事が無ければ、俺がビビり散らかして眠れないなんて事にはならなかったはず。おかげで最近自分がいつ寝たのか分かりゃしない。正直ほとんど気絶みたいなもんだ。
少しの立ち眩みを我慢し、俺は床に放られている携帯に手を伸ばす。

「5月2日……、ちょうど1ヶ月……」

 1ヶ月前の4月2日。【N】は、今最も世界で影響力のあるSNS「I's」に現れ、いくつかの投稿を残した。
 自らが5年前の未解決誘拐事件の犯人である事、NEOについて、そしてゲームの事。
 その中二病染みた意味の分からない投稿のどれも、俺は初めて目にする筈だった。のだが。

 【N】の投稿が4月3日の0時丁度に全て削除されると同時に、今まで経験した事のない気持ち悪い感覚に襲われた。激しい頭痛に耐えながら、やっとの思いでトイレに向かい嘔吐する。シラフでゲロ吐くなんていつぶりだっただろう。

 結果から言ってしまえば、俺、佐藤さとう 悠時はるときは、5年前の事件の被害者であり、NEO計画の被験者だった。

 これまで全て忘れていた。それなのにあの日、吐いたゲロとは反対に、当時の記憶が全て頭に流れ入るようだった。頭が割れそうな程痛かったのにも関わらず、意外にも冷静に、人間の情報処理能力ってのは案外脆いものだな、なんて思ったものだ。
 全てを思い出し、吐き気も収まった後で、唯一身に覚えの無かった、ゲームについての投稿を思い返してみる。
 意味が分からな過ぎて、怖かったな。溺れる程酒を飲んで、泣いて、そのまま死ぬかのように2日間程眠った。おかげで、予定されていた大学の健康診断をサボり、彼女との予定まですっぽかしてしまった。クソ食らえだ。
 俺に普通の生活をさせてくれ。

 ……とは言ったが、実際この1ヶ月間、普通の生活を送るのは案外簡単だった。
 理由としては、ゲームの参加者……つまり、NEOの所有者と日本政府以外は、あの投稿を何にも覚えていない事がまず一つ。恐らく【N】にとっても、部外者に騒がれるのは面倒なのだろう。
 そして、俺の精神的な問題に関しては、大学の講義に追いやられていた事と、彼女の存在が非常に大きかったと言える。こんな状況でも単位は大事だし、愛する天使が最優先なのだ。
 そんな俺でも、焦燥感に駆られてはいた。何故か。いつもと変わらない日常ばかりで、ゲームが動いている素振りが全くないからだ。これがただのイタズラでは無い事は、腰に刻まれた【B】の文字と、実際に俺がNEOを使えるという事実が証明している。
 日本政府がさっさと【N】をとっ捕まえてゲームを終わらせてくれれば良いんだが、恐らく、【N】でなくとも、NEOの所有者の捕獲には躍起になっているだろう。見つかったらかなり面倒なのは間違いない。ただ、NEOを持っていない政府が、【N】や俺達参加者を捉えられるだろうか。政府側に少なくとも一人はNEOの所有者がいないと厳しいだろう。政府と参加者で分けられている以上、その可能性も非常に低そうだ。

 それなら、俺が動くしかないのだろうか。勿論この若さでまだ死にたくないし、俺の彼女てんし小城おぎ 天音あまねの花嫁姿を見れないなんてのはクソ過ぎる。
それに、未だに怖くて不安だが、この状況に興奮している自分がいる事にも気付いていた。目立ちたがりの性なのだろうか、困ったものだ。

 仕方ない。「天音の為」なら覚悟は決めれる。
 だが、勢い任せに動いたところで何の進展もないだろう。とりあえず、話の分かりそうな参加者とコンタクトを取るべきだ。でも何故だろう。3年前、俺らが発見された時、一同に会した筈なのに、彼らの名前も顔も一切覚えていない。覚えているのは、誘拐されていた間、呼ばれていた愛称だけ。まぁ、と言っても、NEOの所有者が5年前の被害者である事だけは当然分かっているのだから、まず事件について調べるところから始めよう。
 凝り固まった肩を数回回し、PCの電源を立ち上げた。ゲーム終了まで残り1年と11ヶ月。就活前にはサクっと終わらせちまいたい。