複雑・ファジー小説
- Re: 流星メタルに精錬フォージ ( No.2 )
- 日時: 2022/06/02 01:24
- 名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)
1-1異警に白昼夢
20XX年、突如飛来した隕石「ブリギット」。都心に直撃したそれの影響によるものか、異能に目覚める者が現れ始める。
金属と性質をなぞらえたそれらを、人々は《フォージ》と呼んだ。
○
一つの物件の前で、進は苦笑いを浮かべていた。
彼が纏っているのは数日間洗濯すらしていなかった小汚い服達ではなく、新品のスーツ一式だった。青みのかかったワイシャツの上から暗い赤色のベストを羽織り、下には灰色のスラックスというスーツにしては少しカジュアルな印象を受けるスタイルだ。暗い赤紫の髪も、清潔感の欠けたものから、前髪を上げたアップバングスタイルとなっている。
「ほんとに、ここが?」
「そうだけど?」
どうかしたかい、と聞き出そうな顔をしている哲人を傍目に、ツッコミどころ満載だろうと心の中で愚痴をこぼす進。彼の目の前にあるのは、三階建ての商業ビルだ。
「事務所は何階に?」
「二階だねぇ」
進はチラリと横の看板を見る。二階の部分には『金剛民間異能警備会社』という文言が記載されている。それはまだ分かる。だが問題は別の部分にあった。
「一階と三階、なんですかこれ」
「何って……ちょっとしたお金貸しの人達とマニアックなバーだけど」
哲人の明らかな遠回しな言い方に進は思わず苦い顔を浮かべる。彼がとてつもないゲテモノ物件に躊躇していると、哲人はスタスタと横の階段を登り始めた。
「ま、待ってくださいよ!」
進は慌ててついて行く。彼は今、哲人について行く事が人生の活路となっていた。
進はあの夜の後、哲人の家に転がり込む事になった。ある条件と引き換えにだ。
『僕の助手になってくれないかな?』
職場の方には話を付けておくから、と言われるがまま、半ばなし崩し的に進は哲人の付き人的な位置に収まっている。
「緊張も取れたみたいで何よりだよ」
「そりゃあんなの見たら……」
「心配しないでいいよ。多分……ね」
「多分ってなんですか」
「はは。まあすぐに分かるさ」
二階に上がってすぐの所にある扉を、哲人が開けた。
「ようこそ。我が金剛異警事務所へ」
民間異能警備会社。一般的な略称は『異警』とされる、現代に生きる警備会社の代名詞とされるものだ。他の略称として『民警』と称される場合もある。
近年は防犯系統のサービスが軒並み警察と提携されるようになった上、警備ロボやドローンの発展により民間警備会社は実質的に実働する人員を必要としないものとなった。
ところが近年フォージの出現により、異能を用いた犯罪は警察では対応に著しく対応に時間がかかるケースが多発した。そこでフォージを有する人材を募った民間異能警備会社が設立され、今では国が個々人に対して発行する異警証があれば有事のフォージの使用。並びに拳銃の使用すらも認められている。
進も知識として異警の存在は知っていたし、武器やフォージを持つという点から、哲人の職業については薄々勘づいていた。
哲人に案内されるままに、事務所の玄関を抜けてオフィスに辿り着く。椅子に机、そしてPCの組が幾つか設置されており、机には各々にネームプレートのようなものが立てられていた。
「確か一つ空きのデスクがあるはずだ……っと、失礼。まあ中で待っていてくれ」
哲人はポケットから着信音を鳴らす携帯端末を取り出して応答する。そのまま彼はどこかへ行ってしまった。
進は言われた通り、オフィスの中に入る。アンティークな装飾の事務所は、どこか暖かみのある雰囲気があった。
哲人の言っていた空きの机を探そうとした進が、ピタリと固まった。
「……ん」
机に枕を置いて、一人の女性がゆっくりと寝息を立てていた。紫色のロングヘアは一つに束ねられており、顔立ちは20代といったところか。だが進が硬直していたのは、それ以上に彼女の服装だった。裾も首元も十分に余裕のある純白のワンピースは、明らかに日中を過ごすためのものではなく、どちらかと言えば寝間着であった。それ以外の身に付けているものといえば、髪を束ねる白いリボンに、足元に履いている柔毛に包まれたスリッパ程度で、傍から見たら完全に部屋着のそれであった。
進が口を開けてただただ呆然としていると、閉じられていた女性がパチリと目を開けた。|琥珀色の瞳と、進の視線がピッタリと合う。
ぐらり、と進の視界が一瞬揺れた気がした。
「…………」
「…………」
お互い、無言だ。時計の秒針が刻む音が、やたらと大きく聞こえる。
「……不法……侵入……」
「ち、違います!」
女性の声は眠たげで、ゆったりとしたものだった。まるで聞いているものすら眠りに誘うような、柔らかい声だと思いつつも進は弁明をする。
「……もしかして……灰谷くんが……言ってた……子?」
「多分、僕です」
そう言いながら女性はゆっくりと体を起こし、机の引き出しを幾つか引いては首を傾げる。どこに行ったかなぁと独り言を呟いた後、思い出したようにある引き出しを開けた。
そこから女性が取り出したのは、白い錠剤が大量に入った瓶だった。ラベルにはびっしりと注意書きのようなものが敷き詰められている。女性は蓋を開けるとその手に一回で服用するとは考えにくい量の薬品を乗せ、一気に呷った。進は飲める訳ない、吐き出すんじゃないかと身構えたが、女性は飲み慣れているのか全く苦しげな様子もなく、何事も無かったかのように進の方を向く。
「……失礼……眠たくて……。確か……狩野くん……だったかしら……」
「はい。狩野進です」
「私は……鐘代……水夢……」
進は目の前の女性に少し違和感を感じていた。彼女のゆったりとした雰囲気や、得体の知れなさからなのかは分からない。だが彼女の瞳を見つめると、吸い込まれてしまいそうな感覚に陥るのだ。
「それじゃあ……」
水夢はゆっくりと、その手を進に伸ばす。なんだなんだと進が身構えていると、彼女の人差し指が、ピタリと進の額に止まった。
「……《白金昼夢》……おやすみなさい……」
「え──」
ぐわんぐわん、と進の視界が、意識が揺らぐ。それは衝撃や痛覚によるものではない。
眠気だ。圧倒的な睡眠欲が進に襲い掛かる。何とかして立とうと足に力を入れるが、全く覚束無い。
ふらりと姿勢を崩しそうになったところで、水夢が隣にあったローラー付きの椅子を進の前に移動させた。
「な、何が……起こって…………」
進は椅子に半ば倒れ込むようにして差し出された椅子に座ると、その言葉を言い切ることなく意識を手放した。
「おーい進くーん……って、もう手を出したんですか?」
ちょうどそこに、哲人が現れる。彼は椅子で眠った進を見て、呆れたように水夢を見た。
「……こうしろと言ったのは……君……」
「はは。まあそれもそうですねぇ。それじゃあお願いしますよ」
水夢はそう言われると、もう一度進の額に人差し指を当てた。
水夢のフォージ《白金昼夢は自他の睡眠欲求を増減させる事が出来る異能だ。そして彼女はフォージによって眠らせた人間の精神を覗くことが出来る。
「……記憶が無いというのは……本当なのね……」
「まあだと思いましたよ。いくら何でも素直過ぎる」
彼女のフォージでは本当の深層心理までは読み取ることが出来ない。失ってしまった記憶などは見つけられそうになかった。
だがそれとは別に、水夢は精神を読み取る内に違和感を覚えた。
「……ちょっと待って……彼……フォージが……無いの……?」
水夢が読み取った情報の中に、彼のフォージに関する情報が無かった。当然だが、異警の存在意義は『フォージを用いた犯罪、及び組織への迅速な対応』にある。一見腕が立ちそうな訳でもなく、フォージすら持たない彼をなぜ連れて来たのか、水夢は哲人に疑いを向けざるを得ない。
「……これは予想なんですけどねぇ」
哲人は眠っている進を見て、先日の事を思い出す。
あの瞬間、男が銃口を進に構え、発砲した瞬間の事だ。哲人は間に合ってはいなかったのだ。彼の蹴りが当たるよりも先に、確かに銃弾が放たれていた筈なのだ。
──だが、進は傷一つ負わなかった。それどころか、まるで自分は何もしていなかったかのような平然とした態度を見せるではないか。
哲人も最初は銃弾が外れただけと考えた。だがそう考えると、明らかに腑に落ちない点がある。
音が交錯した瞬間、自分が蹴りを入れる音、銃弾が放たれる音、そして一つ、まるで弾くような音がしたのだ。
確かに聞き違いかもしれないし、間に合っていたのかもしれない。刹那の出来事だ。誰も正確には覚えてはいない。だが、哲人の中では確信に近いものがあった。
「彼、持ってますよ。……無自覚ながら、フォージを」
それに、と哲人は付け加える。
「都合良いでしょう? 記憶もない、宛もない。そんな人間の方が……ねぇ」
水夢は、特に否定はしなかった。まるで進を利用するかのような物言いに、彼女は何か否定をする訳でもなく、ただ感想を述べた。
「……灰谷くんは……悪い人……」
「はは。鐘代さんに言われても、ねぇ?」
お互い様でしょう、なんて笑う哲人の笑顔には、曇り陰りは見当たらなかった。
呻くような声を上げると同時に、進が身体を震わせる。彼が目を半開きのまま周囲を確認すると、そこには見知った人物がいた。
「……あれ……僕……」
「おはよう進くん。突然で悪いんだが、急用だ」
状況もよく分からないまま、目を擦りながら「急用?」と聞き返す進に、哲人はこう返した。
「初仕事だ」
そう言われれば、進もすぐに意識を覚まさせない訳にはいかなかった。
- Re: 流星メタルに精錬フォージ ( No.3 )
- 日時: 2022/06/02 19:55
- 名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)
1-2.ペストマスクにゴシックロリータ
進は浮き足立った様子をしていた。それはこれから起こることについての不安半分、そして目の前の人々に対する恐れ半分といったところだ。彼が不安そうに横を見ると、哲人が普段の様子を崩さずに平然としている。彼の調子に平静を取り戻せた進は、改めて彼が居るエレベーターの様子を確認した。
哲人と進を含めた、10程度の人間が乗っていた。そのうちの二人は警官の服に身を包んでおり、腕を後ろで組んで二つの角に直立不動でいる。だが進が恐れていたのはそれ以外の方だ。彼らの出で立ちは辛うじて……少なくとも鐘代かねしろ水夢すいむよりはフォーマルな衣装であるものの、顔や髪型、風格といった要素からは、とても厳格とは言い難く、血の気が多い、と表現するのが適切であるように思えた。
「哲人さん……異警の人達ってみんなこんな感じなんですか」
「ま、公共組織でもないし、何かと物騒な職業柄だからねぇ」
周りに聞こえないように進が問うが、哲人は見慣れたものだといった様子で特に気になっては居なかったようだ。
息苦しい空間に終わりを告げる、エレベーターのアナウンスが鳴る。扉が開くと、ぞろぞろと人々が移動を始める。二人もその一部となってとある部屋に入ると、少なくとも20以上は席がありそうな長机が設置されていた。既に席は幾つか埋まっており、進も哲人に連れられるまま着席する。
「まあそんなに気を張らずに。ただの定例会議だよ」
哲人と雑談でもしながら待っていると、部屋の壁に設置されてあった巨大なモニターの電源が入った。そこには、厳格な雰囲気のスーツ姿の男が映し出されていた。
『これより民間異能警備会社連盟合同会議を始める』
「あの人は?」
灰色の瞳をした白髪混じりの黒髪の男について進が哲人に尋ねる。
「我堂満之。彼は警視総監だよ。要は警察で一番偉い人」
「え? これってそんなに重要な会議なんですか」
「元々異警のシステムを提案したのは彼だからね。後任が見つかるまでは彼が指揮を取っているのさ」
なるほどなぁ、と進は納得しながらもモニターの向こうの人物を見る。言葉の所々から関西弁のようなものが滲み出ており、厳つい風貌もあってか思わず竦み上がりそうだと感じた。
○
進も張っていた緊張が、徐々に緩んでいくのを感じていた。会議の内容はサッパリ頭に入ってこない上に専門用語のようなものが頻出している為、とても新入りの進が聞いて理解できるようなものでもなかった。
周辺を見回すと、異警の殆どは聞き入ってその内容を記録したりしていた。そもそもこういった場に向かわされるのは事務向きの職員だろうという事に、進は今更のように気付く。なお隣にいる哲人に関しては完全に居眠りを決め込んでいる。
自分には向いてないな、と思いながら向かい側を見る。進達の席は扉側で、向かいの壁はガラス張りとなっていた。高層ビルの上から見えるのは他の高層ビルや遠くに聳そびえ立つ塔のみで、地上から見るよりも広々として見えた。その上を見ればもっと広い空が見えるだろうかと、進が首を上げた時だった。
目が合った。
見た事も無いような、現実離れした目だった。白目との違いが辛うじて分かるような、白銀の瞳から放たれる視線が、進を見据えていた。
それは少女だった。透き通るような白い肌に、同じく白い髪が足元まで伸びており、白いブラウスに袖を通すという統一された上半身と対比するように、下半身はサスペンダーで留められた黒いコルセットスカートに黒いブーツと黒で統一されていた。
「て、哲人さん。あれ、空から女の子が」
「ふぁあ……まだ眠気が抜けてないのかい?」
なにを馬鹿なことをと相手にしない哲人に進が抗議しようとするも、その声が届くことはなかった。
硝子が割れる音は誰しもが聞いたことがあるだろう。しかし、何平方メートルもある強化ガラスが破砕する音は、それはもう想像を絶するものであった。当然、進の声など音の荒波に飲まれて掻き消された。
『何が起こっとる!』
我堂がモニター越しに一喝をするが、誰も反応できない。なぜなら、誰も起こっていることが理解できなかったからだ。
皆が呆然としている中、三角形にくり抜かれたガラス面から、二つのものが飛び込んできた。その陰のうちの二つは、先程進が目撃した少女であった。
もう一つは、端的に言うと不気味だった。進はその人影が着用しているものの名前が、すぐには思い浮かべられなかった。それもそうだろう。ペストマスクなど、普段の生活で中々目にするものでもない。
それは裾が足元まであるような黒いモッズコートを羽織っていた。被ったフードと白いペストマスクの間からは、暗い緑の髪が覗いている。
突如現れた一切の関連性も無さそうな二人に、会議の面々は静まり返っていた。二人の背丈の差は凡そ50cm程度もある。
ペストマスクが周囲を見渡したあと、モニターの方を向いておどけたような会釈をする。
「お初にお目にかかります警視総監どの。俺は大門。こっちは娘の乃亜」
コートのせいで背格好すら不明瞭な人影は男であった。少し高めな声が、やたらと部屋に響く。一方、隣の少女はちょこんとスカートの裾を摘んで会釈していた。
我堂はモニターの向こうから顰めっ面を浮かべている。
『何が目的や』
「ここらに警視総監どのとビデオ通話出来る場所があると聞いてな。ちょっくら失礼させて貰った」
『フン、正面切って話す気にもならんか』
「いやいや勘弁してくれよ。あんたのフォージは相手に命令をする類なんだろう? そんな奴と話すなんて、自殺行為も甚だしい」
『自殺行為ならたった今お前がやってるやろ。お前を囲んどるのは異警達や』
既に周囲の異警達は立ち上がり、それぞれ拳銃を取り出す、フォージを発動させる準備など臨戦態勢に入っていた。
ただならぬ緊張が走る。それでも大門は調子を崩さない。
「じゃあこうしよう。あんたが質問に答えなかったら、一人殺す」
『……全く説得力のない脅しじゃな。大体、何が悲しくてお前らのタイマンを眺めなきゃあかん』
「心配するな。一人当たり大体こんなもんだ」
そう言って、男は手のひらを我堂に見せるようにして差し出す。我堂はため息混じりの声で返す。
『五分? 付き合ってられんな』
いやいや、と男は否定する。
「五秒で十分だね」
その余りにも強気な発言に、思わず進も驚いた。瞬殺宣言に段々と部屋がザワつき始める。中には野次を飛ばすものまで現れ始めた。
『お前ら撃て。責任は儂わしが取る』
そして我堂も我慢の限界だったのか、遂に射撃命令を下した。
瞬間、堰せきを切ったように溢れかえる、幾つもの数え切れない銃声。異警達が一斉にペストマスクの男に銃弾を放った。戦場と間違えるほどの音の洪水と共に、鉛玉が大門を、乃亜を襲う。
「……で、それで終わりか?」
だが彼らは傷一つ負っていなかった。弾丸は彼らの前の空間で、何かにせき止められた様に停止し宙に浮いている。進がよく目を凝らすと、緑の膜のようなものが二人の前に展開されていた。
銃声が止んだ頃には、多くの異警がマガジン内の弾を撃ち切ってしまっていた。中には既に補充を始めている者もいる。
「《緑玉の拒絶》。んなチャカは効かねぇんだぜ」
苦労した様子もなく、再びモニターに向き合う大門。圧倒的な力を誇る彼のフォージ、《緑玉の拒絶》の前に、既に大半の異警は戦意を喪失していた。
「単刀直入に聞くぜ。『ブリギット』の所在は何処だ?」
『……知らんな』
「おいおい仮にも国家機密だぜ。あんたが知らなくて誰が知るんだよ」
進はブリギットという存在を、事務所で少し読んだ資料でしか知らなかった。20年ほど前、都内に墜落した隕石。因果関係は不明だが、ちょうどフォージが発見された頃と同じ時期の事だ。
『……知らんが、関わるのはやめておけや。あれは人間が触れていいもんじゃない』
「カカ
「じゃ、殺やるか」
そう言い放った大門の姿が、消えた。いや違う。高速で移動したのだ。進の目が次に彼を捉えた時、彼は最も近くにいた異警の頭を掴んでいた。掴まれた男が反応を示す前に、それを長机に叩き付ける。とても人間と木がぶつかる音とは思えないものが響き渡る。
三
「おっと、三秒もかからねぇようだな」
「せ、先輩!」
隣にいた女性の異警が悲鳴になりかけた声を上げ、銃口を大門に向ける。そして引き金を引いた。
「邪魔、しないで」
が、向けた拳銃が取っ手部分を除き細切れにされ、銃弾は発射すらされなかった。女性が驚きの表情を浮かべる。銃が一瞬の内に破壊された事、そして少女が女性の目の前に立っている事にだ。
進は目が目を凝らしてみると、少女の手にはガラスのように透き通った刃物が握られていた。その刃渡りは少女が扱えるとは思えない程長い。まるで刀のようなそれを、少女は女性の首の前で止めていた。
「パパ、斬っていいの?」
「ダメだ。死なない程度にな」
「……ちぇっ」
そう言って、少女は女性の首からガラスの刀を離すと、今度はそれを上に掲げる。まるで、女性を真っ二つに断ち切ってやろうと言わんばかりに。
「危ない!」
進が叫んだ頃にはもう遅かった。女性は恐怖のあまり膝をついて、呆然と刀を眺めている。それが彼女の体を深々と切り裂く光景が、進の頭に過ぎる。
ヤケに響くような鈍い金属音が響いた。
「……むぅ」
少女の刀は、誰の肌も傷付けることは出来なかった。彼女の刃やいばを受け止めているのは、捲ったスーツから出ている黒い二本の腕だった。両腕をクロスさせるようにしてその一太刀を防いだ鉄人──灰谷哲人は、右足を突き出すようにして少女の身体に蹴りを打ち込もうとした。
しかし少女は軽やかな身のこなしで背後に跳び、哲人の鋭い攻撃を回避。そして拗ねたように頬を膨らませ、駄々をこねる子供のように言った。
「斬らせて」
「はは。それは無理な話だねぇ」
哲人が断ったとして、はいそうですかと獲物を納めるような相手でもない。少女は再び哲人を斬ろうと右斜めから切り下ろすように斬撃を放つ。そして少女が斬りかかったとして、そのまま喰らってやる哲人でもない。首を捻りながら姿勢を崩して左に回避した哲人は、床に手を着いて右足を回し蹴りのように少女の足元に目掛けて放つ。
少女の反応は機敏だった。彼女はその場で天井に届くほど高く跳躍し、そして急降下。その踵が姿勢を崩したまま動けない哲人の頭に襲いかかる。
瞬間、轟音がした。哲人が自分のすぐ近くにあった長机を力の限りで殴り、反動で滑るように移動したのだ。少女の踵は、机の残骸を踏み抜くだけに留まる。
「あなた、面白いね。斬らせて?」
「そいつはどうも。遠慮させていただくよ」
少女はあの速度で落下しても傷どころかダメージすら感じた様子がない。フォージには自分の身体機能や耐久力を底上げする効果があり、勿論耐久力に優れたものや身体能力補正に優れたもの等、個々に差異はある。少女のフォージは、恐らくかなり高度の耐久力と身体能力補正を兼ね備えたものだった。
哲人と少女の睨み合いは、長くは続かなかった。今度は両者が同時に動き出す。
哲人が踏み込めば、少女はそれを軽やかな身のこなしや奇想天外な手段で交わした。予想以上の跳躍やありえない姿勢からの反撃。歳を取り型に嵌った人間には出来ない独創的な動きは、哲人にとってもやりにくいものだった。
少女が踏み込めば、哲人はそれをいぶし銀のように堅実な守りで防いだ。上段からの斬撃は両腕で受け止め、横に薙ぐ一閃はしゃがみやバックステップなどで交わし、隙をついて反撃を織りまぜる。大振りをすれば当たらなかった時にカウンターが飛んでくるという事実が、少女の動きを少しだけ押し止めていた。
「なんて言う名前なの?」
「灰谷哲人。それは仲良くしたいという意思表示かな?」
「うん、一緒に遊びたい」
「はは、最近の子供のスキンシップは過激だねぇ」
まるで日常会話を交わすかのような雰囲気のまま、二人は誰も入り込めない電撃戦を繰り広げていた。
- Re: 流星メタルに精錬フォージ ( No.4 )
- 日時: 2022/06/04 21:05
- 名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)
1-2.ペストマスクにゴシックロリータ②
少女と哲人は誰も入り込めない電撃戦を繰り広げていた。だがお互い死力を尽くしての攻防というわけでもない。両者未だに顔には余裕がある。
少女の振り下ろした刀を漆黒に染った腕が受け止め、何度目かも分からない鍔迫り合いが起きる。
「テット。あなたとならいっぱい遊べそう」
そう言って嬉しそうに口元を上げた少女の髪の毛が、不自然に揺れた。いや、揺れるだけではない。明らかに物理法則を無視して、まるで生きているかのようにゆらゆらと動く。それらがポニーテールのようにひとつに収束したところで、柔らかそうな髪の毛が突如として変異する。
少女の髪がガラスのような、巨大な一つの刃に変化していた。
「《ダイヤモンド……」
少女が哲人を真っ二つにしようと、髪の毛から伸びた刃物を振り下ろそうとする。だが少女がフォージの名前を言い切る前に、彼女の肩に手が乗せられた。
「そこまでだ」
スイッチが切れたかのように、恐ろしいサイズの刃物はパラパラと崩れ、彼女の髪の毛が元の柔らかさを取り戻して重力に従い垂れる。少女は背後の手を乗せてきたペストマスクの男、大門を見て頬を膨らませて抗議する。
「パパ、いまいいところなの」
「遊びは終わりだ」
はーい。と少女は不満気な顔で下がり、机の壊れていない部分によじ登ってちょこんと座る。その姿は端正な顔立ちやゴシック調の服装、そして現実離れした白さの肌や瞳等から、まるで人形のようだった。それが先程まで刃物を振り回して暴れていたとは思えない。
「乃亜とここまで遊べるなんて中々やるなアンタ。並の奴なら秒でサイコロステーキだぜ」
「出来ればそれに免じて投降して欲しいんだけどねぇ」
「カカ。そいつぁ無理な話だな」
大門はペストマスクの奥で笑い声を漏らしつつも否定する。そして再びモニターに向き直った。
「早く答えないと死人が出ちまうぜ」
『知らんもんは答えれんわアホ』
「……全く頑固オヤジは困るぜ。ま、今回は挨拶だけで済ませとくか」
そう言うと、大門と少女は自分たちが登場した窓の穴に手をかけ、頭だけでこちらを振り向く。
「ばいばい」
「これは今回のお礼だ。遠慮なく受け取ってくれよな」
少女は手を振り、大門は指を弾いた。
「『緑玉の叛逆』」
彼が鳴らした音を合図に、空中に停止していた銃弾が、一斉に発射された。──その銃弾を放った、異警の方向に。
「うわぁぁぁぁっ!」
咄嗟に進が机を盾にするようにしゃがみ、哲人はしゃがみ込んで全身を《鉄人》によって硬化させる。二人は反応できた為に幸いにも怪我を追うことはなかった。
しかし、乱射された弾丸が齎した被害は少ないとは言えなかった。身体を抑えてのたうち回る者、倒れ伏しショックで意識を失ってしまっている者。一瞬にして地獄を作り出した本人はというと、既に少女を抱えて超高層ビルの窓から飛び降りていた。
阿鼻叫喚と化した部屋は最早収集がつかなくなっており、警視総監の我堂の声すら通らない。この場から逃げ出す、進のように呆然とする、哲人のように怪我人の手当てにあたる等、中の人々の様子は、まるで戦地であるかと錯覚させる様な光景だった。
事態が収束したのは、応援に駆け付けた特殊部隊と救護班が到着してからだった。こうして進は、ある意味忘れる事のできない初仕事を終える事になった。
○
「……大丈夫かい」
「すみません哲人さん。もう大丈……うっぷ」
現場を離れ事務所に戻った進を襲ったのは、激しい内から迫り上がる逆流だった。ショッキングな光景に、未だに慣れていない環境に対するストレス。彼の胃はズタボロだった。
「……話は……聞いてる……お疲れ様……」
「久々に出てみたらこんな事になるとはねぇ。今回ばかりは啓次くんが不在でよかったよ」
二人が事務所に戻ると、水夢は眠たげながらも同情を含んだ目線を進に向けた。元々彼がこの界隈に関わること自体、余り水夢は乗り気ではないのだから、今回の件はそれに拍車をかけることになった。
「……あっちの方……仮眠室がある……使うといい……」
「すいません。ありがとうございます……」
明らかに顔色が悪い進は、そのままフラフラの足取りで部屋を後にした。そして水夢は琥珀色の眼で哲人の方を見る。
「しかし、あの状況でもまだ発現しないか」
その言葉に、水夢は少しだけ眉を動かした。余り表情筋が発達していない彼女においては、言葉を聞いただけで表情が動くというのはかなりの出来事である。
「……どういう……こと……?」
「いやぁ、彼のフォージを早く目覚めさせない事には、連れ歩くのにも一苦労だからねぇ」
その言葉に、水夢は心の奥が底冷えするような感覚を抱いた。ここで怒りのようなものが湧かない辺り、自分も善人ではないな、と水夢は自覚しつつ、哲人に言葉を返す。
「……どうして……そこまで……冷たくなれるの……」
水夢は哲人の事を同僚として、ある程度は知っている。だからこそ、彼が暖かみに溢れた人間でない事は把握していた。だが、進を気にかけているような素振りを見せておきながら、心配の言葉一つ出ないのは、異様に見えた。
「え? そんなこと言われても、ねぇ」
まるで何を問われているのか、分からないと言いたげな哲人。その言葉に、水夢は察してしまった。この人間は、心まで鉄で出来ているのだな、と。
- Re: 流星メタルに精錬フォージ ( No.5 )
- 日時: 2022/06/05 21:21
- 名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)
メタルツリーという建造物があった。
ある日建造された、謎の建物。外見は三つの円柱が重なったような形状で、階層ごとに徐々に円柱が狭まっていく事で先端の方が細くなっていく仕様だ。幾つかの階層は展望できるように壁面がガラス張りになっている。全体的に黒くメタリックなカラーリングのそれは、まさにネーミング通りの建物なのだ。
そう、それだけである。
電波塔という訳でもないこの謎の建物は、建築目的さえ判明していなかった。ただ分かるのは、公共スペースであり一応観光が出来なくもないスポットであるということだけ。
そんな七不思議にでもなりそうな場所のとある階層で、進は溜め息をついていた。彼が下を見ると、ガラス越しに周囲の風景が見える。メタルツリーも最上階はそこら辺の建造物よりも高いが、展望ルームの階層はそれほど高くもない。その為街の景色が細かく良く見えた。
「ダメだ。何も思い出せない」
街の風景を見て回れば、何か思い出せるかもしれない。そう思って、進は暇があれば街中に出歩くのが習慣になっていた。だが彼の目に映るのはどれもピンとこないものばかり。見慣れているのか、見たことすらないのか、それすらも不透明だった。
「記憶喪失か。私も一度はなってみたいものだねぇ」
「哲人さん、そんな他人事だからって」
進がそう言って隣の哲人を見ると、哲人は片手に持っていた缶コーヒーを進に投げた。
「恥の多い生涯だったからねぇ」
慌てて缶コーヒーを受け取りながらも、進は顔を顰める。
「僕には忘れたい恥もないのに」
ブラックの方が良かった? 微糖が好きです。そっか。なら良かった。とやり取りをして、二人は同時に快音を鳴らした。
「はは。それもそうだ」
缶コーヒーを呷り空を見上げる哲人。進から見たその横顔は、何時になく寂しさ含んでいた。
意外だ。そう進は感じた。哲人はいつも朗らかな笑みを崩さない、柔らかい人間のイメージがあった。寂寥感に満ちた鉄のように硬い表情を、進はとても珍しく感じていた。
「哲人さんは、なんで異警に?」
気付けば、進はそう聞いていた。
おそらくは、哲人の背景をもっと知りたかったのだろう。それを聞けば、その鉄仮面の意味も、少しはわかったかもしれない。
「さぁ?」
だが哲人は、何も答えなかった。明確ではないが、彼らしい遠回しな拒絶の仕方だった。
「……そうですか」
進は落胆する。まだ自分は、彼からの信頼に値する人間ではないと、そう言われている気がした。
暫く二人の間で交わされる言葉もなく、代わりにコーヒーが喉元を過ぎる音だけがする。居心地が悪くなるくらい、その場は静寂に包まれていた。
「てっと、みつけた」
その嬉しそうな少女の声が、彼らの耳に届くまでは。
二人が咄嗟に振り向く。モノクロの硝子のような少女はご機嫌な様子で哲人を指さしていた。もう片方の手は、誰かの服の裾を掴んでいる。
「カカ、変な偶然もあるもんだ」
特殊な笑い声に妙に甲高い声。何よりもその顔に被ったペストマスクが、彼が何者であるかを物語っていた。
○
『ちと遠い』とは言っていたが、街の外れまで歩かされる事になると進は思っていなかった。周囲を見渡せば、発展に置いていかれた一昔前の背の低い建物達が並んでいた。その多くは簡易的な宿泊施設──と言えば聞こえはいいが、実際は布団が敷いてあるだけの狭苦しい部屋を、格安で提供する店である──で、所謂ドヤ街というものであった。
「正直、君が場所を変えようなんて言うとはねぇ」
「俺達は目立ちたくない。アンタらは俺達の根城が知りたい。利害は一致してるだろ?」
「それもそうだねぇ」
前を歩くのは哲人と大門。それぞれについて行くような形で進と乃亜が並んでいた。
どうしてこんな事になったのかというと、少し時間は遡ることになる。
大門と乃亜の二人は、以前からある特定の施設を襲撃する事件を起こしていたのだ。その数は現行犯だけでも五つを超えるという。しかし、あの会議の日以来は姿を眩ませていた。
そんな二人が目の前に表れたのだ。当然進と哲人も臨戦態勢に入る。だが、一触即発の空気を破って断りを入れたのは意外にも大門だった。
『今は暴れると都合が悪いんでな。俺ん家に招待してやるよ。茶くらい出すぜ』
『君の家には興味あるねぇ。お茶は結構だけど』
『言っとくけど仲間を呼ぶのはナシだぜ? ま、呼んだら今この場を即地獄にしてやるだけだけどな』
『はは。流石に私もクズじゃないさ。約束は守る』
そんなやり取りが交わされた後、四人はこうして、傍からしたら迷惑な陣形で移動しているのだ。
「哲人さん、何考えてるんだ?」
進は思わず独り言をこぼしてしまう。警察に連絡するとか、水夢《すいむ》さんに伝えるとか、色々やるべきことはあるだろう、と彼は思っていた。だが彼は大門の提案に本気で乗たのか、連絡する素振りは一切見せていない。
その時、進はふと横から視線を感じた。そちらを向くと、あの日と同じように、白銀の瞳と目が合う。少女こと乃亜が、進の方をじっと見つめていた。
「ど、どうかした?」
進は思わずたじろぐ。ずっと哲人に熱烈な視線を送っていた彼女が、気付けばこちらを見ていたのだ。
なにがあったんだと進が身構えたが、乃亜の言葉に思わず目を見開くことになる。
「あなた、わたしに似てる」
え、という、端的な言葉が進の口から溢れた。
それでも乃亜は、言葉を続ける。まるで、進と合わせている目の奥を覗いているかのように。
「前も後ろも分からなくて、一つのみちしるべだけを見てるの」
空いた口が塞がらないという言葉は、きっと今の進を表す為にあった。
乃亜はそれだけ言うと、進から視線を外した。
「ま、待って。それは」
「ここが俺の隠れ家だ。アンタらに教えたからには、今日中には出ていくがな」
進の言葉を遮った大門が入っていったのは、古ぼけた街並みの中でも特に際立ったものだった。酷いを通り越してもはや廃墟同然の外見で、傍から見たら人が住んでいるとは思えない。乃亜も小走りでそれについて行き、哲人と進も続く。モヤモヤとした拭いきれない消化不良な心が、進の中に燻る。
内装は外見よりも幾らかマシだった。家具などは所々壊れているが、使用する分には問題のないレベルだった。大門は置かれていたソファに座り込み、その膝の上に乃亜がちょこんと乗る。
哲人も遠慮なく大門の向かい側に座る。進も遠慮がちに哲人の隣に座り込んだ。
「さて。君には色々と聞きたいことがあるんだ」
「多くに答える気は無いぜ」
「百も承知さ。だから単刀直入に聞かせてもらうよ」
次の言葉は進を驚かせ、大門の雰囲気を変えた。
「大門 青葉。君は何故警察を辞めた?」
少しの静寂の後、カカと笑って大門は言う。
「簡単な話だ。理想と現実は違った。以上」
「君は随分優秀だったそうじゃないか。若手にして何件ものフォージを有した加害者を拘束した。出世も確約されてただろう。そんな順風満帆に思える君のような経歴でも、なにか不満があるのかな?」
「辞めたって事ぁそういう事だろ」
二人のジャブを打ち合うようなやり取りを中断させたのは、大門の膝の上に居た少女だった。乃亜は父親の腕を掴んでぐずるように言う。
「ねぇパパ〜、きりたい切りたい斬りたい〜」
「あーもう落ち着け乃亜。数日前からテットテットって。お父さん泣いちゃうぞ」
「やだやだ、てっとと遊びたいもん」
やれやれ全く、と言いながらも、大門は乃亜を抱えて立ち上がる。哲人と進も、それを見てソファから離れた。
先程までの空気とは打って変わった緊張感が流れ始める。張り詰め始めた頃合で、言葉を発したのは大門だ。
「じゃあ始末させてもらうか。今日は楽しかったぜ」
その言葉を皮切りに、火蓋が切って落とされた。
最初に飛んできたのは、鋭い刃。乃亜だ。ガラスの様に透き通った刀を、哲人に目掛けて振り下ろす。
「《鉄人》」
だが予測していたかのように、哲人はその刀を横に薙ぎ弾き飛ばした。弾き飛ばされた乃亜もくるくると空中で回転した後に着地。両者にとっては挨拶のような攻防だった。
「てっと、あいたかった」
「親の顔が見てみたいねぇ」
すぐ近くにいた大門は、短く笑うだけで何も言わない。
一方、乃亜の髪があの日と同じように逆立ち始めていた。それらが収束し、そして透き通ったガラスのような刃が出来上がる。
「《ダイヤモンドダスト》。わたしの、フォージ」
少女が再び、哲人に肉薄する。しかし先程までとはまるで違う。彼女が刀を横に振り、髪から伸びる刃を縦に振った。十字に切るような斬撃に、哲人は受け切る事を諦めて背後に跳躍した。ダイヤモンドで形成された刃物達は、獲物を失い虚空を切り裂く。
筈だった。
「ッ!」
哲人のコートが、十字で切られた様に裂けた。そして、彼の黒く染った肉体が服の隙間から覗く。その鋼鉄の体には、二本の引っ掻き傷のようなものがついていた。
「まだまだ」
少女が再び二本の刀を振るう。ダイヤ製のそれらが煌めきを放ちながら、哲人の両足を分断してやろうと襲い掛かる。再び跳躍して背後に避けるが、またもや当たってもいないのに、今度は両足の布が破かれ、小さな傷が入る。
「はは。面白い手品だね」
哲人は朗らかな笑みこそ浮かべているが、こめかみに浮いた冷や汗が全てを物語っていた。
「哲人さん!」
「おい、よそ見してる場合か?」
進が哲人の名前を呼んだ時、既に大門は間合いに入っていた。その言葉でようやく気付き、飛んできている右ストレートを咄嗟に身体を仰け反らせて交わした。
「反射神経は合格。ならフォージはどうかな」
そう言って、大門は進に手を向ける。感覚的なフォージを操る者において、手を向けるとは即ちスコープを覗くような行為だ。
「《緑玉の拒絶》」
瞬間、感じたこともないようなものに進は襲われる。正しく圧力を持った緑の板が迫り、進を突き飛ばして廃墟の壁に叩き付けた。
「がはぁッ!」
「どうだ? 斥力の塊に殴られた気分は」
壁に激突した進は、意図せず肺から空気を吐かせられた。だが大門の攻撃は突き飛ばすだけでは終わらない。緑の板で、進は壁に押し付けられ、潰されそうな程に圧迫をされる。
「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!」
「おいおい、フォージのない一般人か?」
呆れたような大門の声がすると同時に、緑の壁が消え、進が床に崩れ落ちる。進はもう、呼吸をするのが精一杯といった様子だった。
- Re: 流星メタルに精錬フォージ ( No.6 )
- 日時: 2022/06/06 23:59
- 名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)
1-3.道標にエメラルド②
刹那の間に決着がついた大門と進とは対称的に、乃亜と哲人の戦闘は一進一退を繰り返していた。ただ五分という訳では無い。ほんの少しだが、押されているのは哲人だった。
乃亜の攻撃を哲人が躱しても、フォージの影響か哲人にはダメージが入る。しかし乃亜は哲人の攻撃をひらりひらりと避ける為、その僅かな差が積み重なり始めていた。
乃亜のダイヤの刀と髪から伸びる刃が、上下から挟み込むように肉迫する。全く違う道筋から繰り出される、二つの斬撃。例え後ろに逃げても、謎の力が追撃を行う不可避のコンボ。
このままでは埒が明かない。そう判断した哲人は上段から迫り来る刃を右手で掴み取り、下段からの刀を無視して足で受けた。
不協和音が鳴り響く。哲人は右手と左足に走る激痛に、苦しげな表情を浮かべながら、髪から伸びた刃をそのまま強く握って引き寄せた。
「ッ!」
肉を切らせて骨を断つ。哲人はリスクを受けた分の、リターンを得ることが出来た。振り切った後の体制の乃亜は、姿勢を崩して無防備を晒す。その隙を哲人は見逃さない。
一歩、鋼鉄の足が強く踏み込んだ。そして左腕から、渾身のストレートが繰り出される。初めて直撃した弾丸のような拳が、乃亜の鳩尾に突き刺さる。
「かはっ……!」
乃亜の体は紙吹雪のように飛び、そのままロクな受け身も取らず派手に背中を打ち付けた。常人ならば、その拳だけでも呼吸すら出来なくなるほどの一撃。壁に激突した衝撃も相まって、普通ならば立ってすらいられないだろう。
だが、当然のように少女は立ち上がる。まるでダメージなど無い、いや感じてすらいないように見える。フォージによっては耐久力が高いものが存在するが、彼女のフォージがとんでもない耐性を誇るのは、もはや動かし難い事実だった。
大の大人に容赦の無い拳を撃ち込まれた少女。しかし、その眼差しは恐怖に染まるどころか、寧ろ歓喜を顕にしていた。
「まだまだ、あそぼ?」
「はは。……子供の相手は疲れるねぇ」
哲人は半ばやけくそ気味に答えた。こちらが肉を切らせても、向こうは骨を断つどころか肉を打たれてもピンピンしている。乃亜は哲人が想定していた以上の強敵だった。
そして、更に状況は悪い方へと転がり落ちていく。
「カカ。相手は一人じゃないぜ」
それまで静観していた大門が、哲人の背後に回り込んでいた。だがその言葉を聞いて尚、哲人は振り返ることが出来ない。目の前のダイヤモンドの少女から、目を逸らす事そのものが、自殺行為でしかない為だ。
「二対一は卑怯じゃないかねぇ」
「アンタの相棒なら向こうで伸びてるぜ」
哲人は倒れ伏し苦悶の表情を浮かべる進を一瞥すると、直ぐに視線を戻す。彼の表情は何も変わらない。仲間に対する情など、持っている場合ではなかった。
「いくよ」
乃亜の二重奏が始まる。透き通った二本の刃が、クロスするように左右から切り下ろされる。狙うは哲人の両肩。芋虫にしてやろうと襲い掛かってくる獲物を、哲人はそれぞれを両手で掴み取る。
「っ!」
手首に掛かる衝撃に、哲人は歯を食いしばる。関節が外れる程のそれを何とかいなし、再び掴んだまま反撃を試みる。
しかし、背後からは大門の右手が迫っていた。大門はその手を哲人の背中にそっと添える。
「『緑玉の一撃』」
その手がエメラルドグリーンに輝き、発された斥力が、そのまま哲人の身体を中身を通り抜けて撃ち抜いた。
哲人は驚きつつも目を見開く。
「何を……」
「俺の《緑玉の拒絶》は斥力を発する壁を生み出すフォージだ。手のひらに壁を作って、体内に直接斥力をぶつけてやったんだよ」
幾ら皮膚が鋼鉄だろうが、直接内部に衝撃を打ち込まれては成す術もない。意識が揺さぶられる程のダメージが、刃を受け止めていた握力を緩ませる。
乃亜はその隙を逃さない。一瞬で哲人の手を振り解き、二つの刃を並べるようにして哲人の脇腹に横から叩き込んだ。
幸いにも哲人の体は真っ二つには成らなかった。しかし幾ら鉄のフォージ、《鉄人》による防御力を加えた鋼鉄の身体と言えど、その鋭い斬撃を受けて無傷では済まない。深くはないが、かすり傷とは言い難い負傷を受けた上、哲人は派手に吹き飛ばされる。
「そんなっ……哲人さん……!」
進は床を這い蹲って、思わず目の前の光景に声を上げた。いざとなれば、哲人が何とかしてくれる。心のどこかでそう思っていた進は、自分の浅はかさと敵の強さに気付く。
哲人は吹き飛びながらも何とか意識を取り戻し、寸でのところで受け身をとって姿勢を立て直す。
「はは、これはまずい、ねぇ!」
敵の不意をつくように、起き上がりざまに哲人が跳ぶ。床を力の限り蹴り、砲弾のような超高速での接近。大門に一瞬で間合いに入った哲人は、その拳をガラ空きの鳩尾に叩き付ける。
しかし、大門に触れる直前で、漆黒の拳が緑玉の壁に阻まれる。まるで金属が削り合うような音を撒き散らしながら、二つのフォージがぶつかり合う。
「惜しかったな。『緑玉の叛逆』」
緑玉の壁が一度煌めき、受け止める壁の性質が弾き返すものに変質する。一瞬の衝撃の後、拳ごと弾き飛ばされた哲人は、床と靴との摩擦でなんとかブレーキをかけた。
「わたしとも、あそんで」
だが息をつく暇すらない。今度は飛び上がった乃亜の二連星が上から振ってくる。最早まともに掴む握力も残っていない。そう判断した哲人は、両腕を体を守るようにクロスさせ、二振りの剣を受け止めた。その衝撃に肩肘膝が悲鳴をあげる。蓄積されたダメージ達の影響か、哲人は片膝を付いてしまった。
「隙だらけだぜ?」
右手に緑の光を宿した大門が、再び哲人に迫る。だが今腕を動かせば、哲人は乃亜の上段切りをまともに受けてしまう。これはもう、どうしようもない詰みだった。
「《緑玉の……」
再び斥力を伴う咆哮が、哲人の身体を貫く、筈だった。
「あああああああああああッ!」
咆哮がした。哲人でも大門でも、乃亜でもない叫び。喉から引き絞るような、悲痛なもの。
その声が大門に近付いた次の瞬間、大門は右頬にペストマスク越しの衝撃を感じた。
《緑玉の拒絶》によって守られている筈の大門は、その場でよろめく。
「な、何だ?」
その拳は大してダメージがあった訳では無い。《緑玉の拒絶》によって勢いは殆ど殺されていた為、精々子供に殴られた程度でしかない。
それでも大門は驚愕せずには居られなかった。弾丸の雨も、フォージを用いた哲人の攻撃すら一切受け付けなかった無敵の防壁を、その少年──刈野進が破った事実に、大門の頭は疑問符で埋め尽くされる。
「どうなってんだ!」
大門は視線を進に向ける。
その回答は、進の拳にあった。
「そのフォージは──」
それを見て、大門の頭は疑問と衝撃でかき混ぜられ、停止してしまった。
進の右手を包む、エメラルドグリーンの輝き。
それは間違いなく、大門が有しているフォージ、《緑玉の拒絶》だった。
「何も出来ないのは、もう嫌だ」
まるで泣きそうな声音で言う進の瞳には、緑玉が宿っていた。
○
無力感。ただひたすらに、進はそれに押し潰されていた。目の前で嬲られる哲人を見ながらも、進は何も出来なかった。
──僕が無力だから。
この場だけで見れば二対二の現状のはずだった。だが進は戦力どころか頭数のひとつにすらにすらなれない。フォージを持つ者と持たざる者。まして体術などに身の覚えがある訳でもない進だ。その格差は圧倒的だった。
歯噛みをして、八つ当たり気味に床に拳を叩き付ける。それでも何も起こらない。ただの傍観者にしかなる事は出来ない。そんな都合の悪い事実だけが、進を取り囲んでいる。
僕にあんな力があれば、と、ペストマスクの男を食い入るように見た。今にも哲人を追い込もうとしている、あのフォージ──《|緑玉の拒絶《エメラルド・エクスクルード》》のようなものが僕にあれば、と。だがそれは、願望でしかない。
そんな時、進の頭の中がパチパチと電気が弾ける音がした。頭の回路に受け入れられない事実というどろりとした液体が入り込み、焼ききれてショートをする感覚。
その感覚に、進は既視感を覚えた。まるで記憶などもなく、そんな経験をした覚えもないのに、その虚しさだけを、進は覚えていた。
──嫌だ。
脳内に、フラッシュのように光景が映り込む。
目の前で、何かが悶えている光景だ。座り込んで、何かに怯えるような、一人の少女。進の視点は、今と同じように地に這うような位置。
黒い影のような何かが、少女の首を掴んだ。悲鳴やら命乞いやらが聞こえても、影は聞こえているのかすらも分からない。進が分かったのは、その少女が必死に藁にもすがる思いで足掻いた後、こちらに手を伸ばそうとして、ふと糸が切れたマリオネットのように力尽きたということだけ。
──何も出来なかった。
『また』、何も出来ないのか。嫌だった。進は嫌で嫌で仕方がなかった。目の前の現実も、脳内に映った映像も、無力な自分も、何もかも全て捻じ曲げてしまいたかった。
脳内の回路が、本格的に火事を起こした。頭の奥が焼け、視界が白らんでいく。
「あああ」
小さく、喉の奥から音が出た。何を意図したのかも分からない小さな音。
「ああああああああああッ!」
次第に膨れ上がり、それは声となり、叫びとなる。
ふらりと立ち上がり、進は大門に駆け出す。
熱暴走を起こした脳内は、まるで何をすればいいか分かっているかのように、進に指示を出した。それが何なのかは彼には理解できない。
ただ、何かが起きる確信だけがあった。
その指示に従い、進はその拳を振るう。
銀色の視界に、緑色が重なった。
○
「俺と同じフォージだと!?」
その声音は、動揺が隠せていない。しかし今は排除が先だと直ぐに頭を切り替えた大門が、進に手を向ける。
「《|緑玉の咆哮《エメラルド・ブラスト》》!」
緑玉の壁が、槍のような一本の細い形状に変形して進へと一直線に飛翔する。それに対して進は自分の身を守るように、緑色の斥力壁を作り出した。
聞いたことも無いような音と共に、緑色の光が空間を波打つ。同じフォージから生み出された矛と盾は、対消滅をした。
「お前の相手は、僕だ」
「…………カカ。面白いじゃねぇか」
進と大門。圧倒的な力量差は、もはやついてはいない。大門は初めてそこで進を排除すべき『敵』であるとみなした。
「はは、狙い通り……だねぇ」
何とか乃亜を追い払った哲人が、力無くそう言って笑う。その言葉に、進は驚きを隠せない。
「……狙い通り?」
「君がフォージを持っていることは、出会った日から勘づいていたさ」
フォージの発現する例は幾つか発見されているが、その多くが危篤状態や過度なストレスなど、生命としての危機に瀕している場合が多いと言われている。つまり哲人は、狙ってこの状況を作り出したと言える。
ただ、対価は大きかったようだ。
「後は……その状況に追いやれば……うっ」
「哲人さん!」
哲人が痛みで言葉を中断し、腹部を抑えふらりと倒れそうになる。慌てて進が受け止めると、その手で抑えている部分からは、血が滲み出していた。切り裂かれた服の隙間から覗く肉体は、人間のものである肌色になっている。つまり、彼のフォージである《鉄人《てつじん》》が作動していない事を意味していた。
「はは……ティルトしてしまってね……」
「そんな……!」
ティルトとはフォージが意図せずして解除される事を言う。そしてその原因の多くは所謂スタミナ切れというものだ。
フォージの連続使用はそうできるものでは無い。勿論個々人の差はあるが、ダメージを負いすぎた上に何度も刃を受ける為に過度な硬化を繰り返した結果、哲人はいつも以上に早くフォージを使えなくなってしまった。再度使っても、恐らく数秒程度しか持たず再びティルトしてしまうだろう。
「これで終わりみたいだな」
勝ち誇ったように言う大門に進は何も返せない。幾ら《|緑玉の拒絶《エメラルド・エクスクルード》》が使えるようになったとは言え、二対一という状況では進に勝ち目はない。
「いや、引き分けさ」
だが進に支えられて立っているのが精一杯の哲人は、朗らかに笑ってそう返した。ペストマスクの奥から、はぁ? と心底疑うような声がする。
「ハハ。僕はこう見えて実は良い人じゃなくてねぇ」
外から聞こえてくる、聞き覚えのある騒音に、哲人の言葉の理由が、進には理解出来た。
「口約束なんか、守る必要ないのさ」
誰もが一度は聞いた音がある、分かりやすく危機的状況を伝えるサイレン。
「チッ、警察呼んでやがったか」
その音を聞いた大門は、直ぐに部屋の隅にあるアタッシュケースを手に持ち、廃墟の窓をフォージで破る。
「……まあいい。次に会うことはねぇ。乃亜、行くぞ」
「はーい」
そう言って乃亜を片手に抱えた大門は、窓の外からどこかへ空中を浮遊して行った。斥力の応用だろうか、今の自分には出来る気がしないな、と進は思う。それと同時に、脱力感からその場で尻もちをついてしまった。哲人もそれにつられて床に座り込む形になる。
警報音が激しくなり、ドアが激しく開かれ特殊部隊が乗り込んでくる。しかし中にはもう哲人と進しかいない。
救急隊に運ばれながら、進は自分の手を見つめた。
──僕は、何者なんだ?
自分が持つフォージは、あの大門と同じものだった。それも気になるが、何より気になるのは、あの時フラッシュバックした光景だ。
記憶にモヤが掛かっているかのように思い出せないが、確かに数秒だけ映像として頭に浮かび上がってきたそれら。
そのほんの僅かな時間では、進には自分が何者かなど分かりはしなかった。
- Re: 流星メタルに精錬フォージ ( No.7 )
- 日時: 2022/06/07 20:06
- 名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)
1-4.流星にメタルツリー
進がフォージに目覚めた一件から、大門と乃亜は姿を眩ませていた。警察も異警と連携を取り、躍起になって捜査こそしているが、未だ検挙には至っていない。また近頃は異警には待機命令が出ており、大門達が活動する時間帯である夕方以降は、出動ができるようにという指示がある。
そんな中、日も落ちようかといった夕暮れ頃。進と哲人はスワンボートで公園の池の上にいた。
「哲人さん」
「どうかしたかい?」
キコキコ、と古ぼけたペダルを踏みながら進は尋ねる。
「何やってるんですかね僕達」
事務所にいた進は、状況説明もなしに連れて来られ、気付けばスワンボートの運転手にされていた。幾ら進と言えど、流石に疑問を持たずにはいられない。その灰色の瞳が哲人を訝しげに見つめると、哲人は一度周囲を見渡してから、再び進に向き直った。
「よし、ここら辺で大丈夫だ。停めてくれ」
言われるがままに進はペダルを漕ぐ足を止める。場所は池の真ん中で、時間帯もあってか周りには他のスワンボートの影は無い。
さて、と哲人は持っていたカバンから、液晶端末を取り出す。携帯端末と言うよりも、そのサイズは読書や資料を見るのに適しているだろう。
「少々、人に聞かれてはまずい話なのでねぇ」
「水夢さんにも?」
「盗聴器なんかがない空間が好ましいのさ」
それでさっきから周囲を確認していたのか、と進は納得する。哲人はさて、と話を始めた。
「最初の事件は、遡る事三ヶ月前の一件だ。とある施設が襲撃を受け、被害者こそ出なかったものの、無許可のフォージを使用した破壊行為はかなり重い罪だ」
「異警やその他職業の免許が無い場合はその時点で……でしたっけ」
「その通りだねぇ。そこから大門達は二週間ほど前まで同じような施設を襲撃していた。現行犯で六件だから、総数はおよそ十件といったところかな」
進が気になったところを問う。
「とある施設って?」
「フォージの研究施設さ。なにも最新分野だからねぇ。それを研究する施設は大小含めたら数え切れない」
哲人は端末に別の資料を映し出す。
「で、こっちは進君に出会った日に捕まえた三人だ」
進が液晶を覗くと、見覚えのある三人の男の写真が並んでいた。哲人と出会った日に、何故か襲ってきたグループ。
「彼らが口を揃えて証言してるのは『ペストマスクの男に依頼された』だ。まあ言うまでもないけど、大門《だいもん》青葉《あおば》だろうねぇ」
「哲人さんは、大門が起こしていた事件を捜査してたんですか?」
「そうだねぇ。君に声を掛けたのも、聞き込み目的だったのさ」
意外な線が繋がるものなんだなと感心する進だが、頭の中に気付きが生まれる。
「じゃあ、哲人さんが捜査してたのを、大門は知ってたって事ですか?」
「そういう事になるねぇ。どうやら、彼の消息が中々掴めない理由はここにあるらしい。自分を嗅ぎ回っている人間を、他の人間を使って、消すなり邪魔するなりしているのかな」
さて、と一区切りを置いた哲人は、端末の電源を切った。液晶から光が失われ黒い板と化す。
「どうやら大門はフォージに関する情報を集めているらしい。だけど、最近は鳴りを潜めている。何故かな?」
「異警や警察が警戒し始めたから?」
「それもあるかもしれない。でも他にも止める理由は至ってシンプルなものがある」
例えば、と哲人は続ける。
「必要な情報が揃った、とかね」
「……大門は何が目的なんですか?」
そう進に問われた哲人は、少しだけ思案するように顎に手を当てた。
「これは、私の推測なんだがねぇ」
そう言って、哲人は自分の推測を話し始めた。
「恐らくは『フォージを廃絶する』事だろうね」
「フォージを……廃絶?」
「襲われた研究所は、どれもフォージのコントロールや暴走に関するものが多かった」
それに、と哲人は言葉を付け足す。
「彼は一般人もいるメタルタワーでは暴れようとはしなかった。そして進君も、フォージに目覚めるまでは殺そうとしなかった。……彼は、フォージを持つ異警のみに、致命となる危害を加えているのさ」
「でも、なんで?」
「それは分からない。ただ彼はフォージという存在を憎んでいて、それを消そうとしている」
進は前に大門に言われたことを思い出す。
『おいおい、フォージのない一般人か?』
その後、大門はそれ以上進を、フォージに目覚めるまでは攻撃することは無かった。確かに、彼は意図してフォージを持つ者だけを狙っていた。
「そしてここに、彼が会議に現れた際の発言が鍵になる。『ブリギッド』の所在を探っている、というね」
「隕石の所在の為だけに、あんなに人を……」
進が組む両手に、力が入る。それを見た哲人は、力を抜けと言いたげに肩に手を乗せた。
「ブリギッドは隕石と呼ばれているけど、その実態は金属の塊なのさ」
「……金属?」
「そう。しかも我々人類が確認していない、未知のね」
「でも、そんなのあったって、何ができるんですか」
「……実はね、フォージというものは、最初はオーアという病名の病気だったんだ」
哲人の言葉に、進は驚きを顕にした。
「詳しい概要は省くけど、ブリギッドが降ってきた後、ある一人の人間が異能に目覚めて暴れ始めた。それが最初のオーアさ」
オーアと聞いて、進は英語のoreを思い浮かべた。その意味は、鉱石。
「そして研究の結果、オーアはブリギットが発する電磁波に似たものが原因で発症する事がわかった。だから政府はその電磁波を弱める目的で、ブリギットをある施設に入れたんだ」
「……電磁波を弱めた結果、病気は人が操れる異能になった」
「その通り。鉱物が精錬《フォージ》されて、金属として扱えるように、ね」
だけどねぇ、と哲人は言う。
「ブリギットが発する謎の力は、今もある施設に蓄積され続けている。今解き放ったら、フォージを持つ人間は暴走どころでは済まないだろうね」
「つまり、大門はブリギットの力を解放して、フォージを持つ人間を……」
纏めて排除しようとしている、そこまで言葉が繋がって、進は思わず身震いした。そして先程の哲人の『必要な情報が揃った』という発言を思い出して、進は慌てたように、哲人に問う。
「じゃ、じゃあ大門はもう」
「掴んでいるんだろうねぇ。ブリギットの場所を」
つまり、大門はもうチェックメイトに手をかけている。しかし進達には国家機密であるブリギットの場所など分かりはしない。このままでは、大門が無防備な|キング《ブリギット》を取って勝ちじゃないか。そう考えた進は、呆然とするしかない。
「……さて、行こうか。|金剛《こんごう》|異警《いけい》|事務所《じむしょ》には、今は僕達しかいない」
だから、哲人が言った意味が分からなかった。
「行くって……何処に行くんですか!? ブリギットの場所が分からなきゃ、僕達にできる事なんて」
そう必死で言いながら、ふと進は、哲人が笑っている事に気づく。
まさか、と思った。
哲人は、進のまさかを踏み抜いた。
「はは。いつ私が、知らないなんて言ったかな?」
進にとって、目の前の男は、日に日に分からなくなるばかりだった。
○
日は完全に落ち、代わりに月が天に昇る頃だ。メタリックな外見が街の灯や電光を反射する鉄塔、メタルツリーの屋上に、二つの影が立っていた。
そのうちの一つ──白いペストマスクを被った、裾が足元まである黒いモッズコートの男──大門青葉は、黒と緑が混じった髪を隙間から覗かせていた。相も変わらず不気味なその外見は、もはや自分は人ではないと主張しているようだった。
もう片方の影── シミひとつない肌に膝元まで伸びた髪。どちらも透き通りそうなほど真っ白だ。白いブラウスには、サスペンダーで留められた、黒いコルセットスカートが合わせられていて、ゴシックロリータのような服装だが、靴だけが無骨な黒いブーツである。無彩色で固められた端正な顔立ちの少女──大門《だいもん》乃亜《のあ》は、まるで人形のようだった。
「パパ、あれは何?」
少女が男の袖を小さく引っ張って問う。ああ、と男は少女が指差すものを見た。
「あれは線路って言ってな。人を乗せた凄い早いものが通るんだ」
「線路……覚えた」
乃亜は何も知らない少女だ。正確には、覚えることが出来ないのだ。自分が強く関心を持った事、そして特定の事以外は、すぐに忘却してしまう。まるで、コンピュータを最適化する為に、定期的に不必要なファイルが削除されるように。
きっとすぐに忘れちまうんだろうな、と思いながらも、大門は少し屈んでその手を握る。
その細腕は、折れそうな程、華奢に思える。小さな手のひらは、ガラス細工のように繊細に見える。それなのに、この少女は何があっても傷付きはしない。
それならきっと、大丈夫だ。
きっと、自分の事など忘れてくれるし、それでも傷付きはしないのだろうと。そう思って、大門は安堵する。もう思い残すことも無いなと、彼は自分の腕時計を確認した。
時刻は午後十一時を回っていた。もうすぐ指定の時間だと、彼はポケットからひとつの端末を取り出した。
携帯端末のようにも思えるが、それには音量を調節するボタンも充電プラグを挿す場所もない。あるのは、電源をオンオフにする機能だけ。彼がその端末に電源を入れると、液晶が光だし、幾つかの赤いボタンが映し出される。
問題ないと確認し、端末を電源を切ってポケットに仕舞った。
「……カカ。最後の大仕事だ」
彼の口から、笑いが出た。その笑いは、愉快でたまらないと言うよりも、やっと終われるという、安堵のこもったものだった。乃亜は不思議そうに大門を見るが、その顔はペストマスクに隠されていて、よく分からなかった。
大門はもう一度、街を見下ろした。今日も沢山の人間が、街という身体の血液となって循環している。この景色こそが、大門が守りたいと志したものだった。
それなのに、ある日ウイルスのように、正常なものを狂わせ、破壊するだけのものができた。
「……はぁ」
大門はため息をついた。メタルタワーから発された駆動音を聞き取ったからだ。
そして、到着を知らせるベルと共に、エレベーターが開く音がする。
折角、最後の日は安心して終われると思っていた。それでも、彼にとってのウイルスが、今日もまた現れた。
フォージなんてウイルスを携えた、二人組が。
「全く、なんでここに来たんだ?」
「はは。秘密を知っているのは、何も国のトップだけじゃないのさ」
哲人の言葉に、大門はマスクの内で怪訝な顔をした。しかし今更どうでもいいと思い直した大門は、哲人に手を向ける。
「《|緑玉の拒絶《エメラルド・エクスクルード》》」
その声に呼応するように、緑玉の壁が哲人に迫る。
「させない!」
しかし反応したのはその横に居た進だ。
「《|緑玉の城壁《エメラルドファランクス》》!」
進のフォージによって、進と哲人を覆うように緑玉の壁が形成される。誰かを拒絶する為ではなく、誰かを守る為の壁。大して出力をしていなかったのか、大門が向けた壁はガラスが割れるように砕け、大気に霧散した。
「やれやれ。自分のフォージと対峙してみると厄介なもんだな」
「もう好きにはさせない。逃げるなら今のうちだ」
進のその言葉に、大門は笑いながら返す。
「カカ、逃げる?」
大門はポケットから端末を取りだし、液晶に映ったボタンを一つ、押した。
「違うな。お前らはもう、逃げられない」
哲人と進が乗ってきたエレベーターから、謎のピーピーという機械音が流れ始める。
「危ない!」
「わっ」
進が呆気に取られて周りを見ていると、哲人が進を抱えて飛んだ。
次の瞬間、暗闇の中に閃光が迸る。
先程まで二人がいたエレベーターが派手な音、光、熱を発して爆裂した。その爆風で、乃亜の髪がフォージを使ってもいないのに荒ぶる。
「さあ、腐れ縁もここまでだ……決着を付けようぜ」
戦いの火蓋は、既に切り落とされていた。
- Re: 流星メタルに精錬フォージ ( No.8 )
- 日時: 2022/06/09 23:46
- 名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)
男は、誰かを救える人間になりたかった。そんな正義を目指す男に芽生えたのは、ベリリウムのフォージ。圧倒的な防御力と、中距離の間合いを得意とする攻撃を持つそれは、他のフォージとは一線を画す程の力があった。
この力で、きっと多くの人を救う事が出来る。
まだ若かった男は、そう信じて止まないまま、警察官になった。
○
今か今かとうずうずしていた乃亜が、真っ先に飛び出した。当然ダイヤモンドの刀が斬り掛かるのは、既に《鉄人》で身体を鋼鉄に染めた哲人だ。
哲人も分かりきったように、その刀を右手を払って弾く。静かな夜の屋上に、心地のいい音が反響する。
「てっと、わたし、おぼえてる」
「そうかい。私としては、忘れて欲しかったけどねぇ」
少女は心の底から嬉しそうに言って、哲人から跳び退く。やれやれと言いながらも、哲人は構えを正す。その挨拶のような攻防を傍目に、大門は進の方を見る。
「向こうも始まったみたいだな。俺達も始めようぜ、後輩」
「あなたを先輩にしたつもりは無いですけど、受けて立ちます」
ペストマスクの奥の、黒く濁った緑玉の瞳が、進の白んだエメラルドグリーンを灯した瞳と合う。
二人が行動を起こしたのは、ほぼ同時だった。
「『緑玉の咆哮』!」
二人の声が重なる。お互いの手から、斥力を持つ緑色の槍が放たれ、ぶつかり合う。こちらはギャリギャリとまるでドリルをかち合わせているかのような、歪な金属音が弾ける。
今度は対消滅などしなかった。勝ったのは、大門が放ったもの。進は自らが放った攻撃が押し負けるのを見るや否や、すぐに自分の前に緑色の壁を展開した。勢いはだいぶ削られていたのか、壁に激突した『緑玉の咆哮』は一瞬で消える。
「出力は俺の方が上みたいだな」
「くっ……」
同じフォージを持つとはいえ、大門は経験も何もかも進の上を行く。この戦いでは、進は不利だと直感的に悟った。
だから、進は哲人を信じるしかない。自分が持ち堪えている間に、哲人が乃亜を倒してくれる事を待つしかないのだ。傍から情けないかもしれない。しかし、進が油断出来ない駒となっている事が、以前のような二対一の不利状況になることを防いでいた。
一方、哲人と乃亜の戦闘は激化を辿る一方だった。もはや前座のような値踏みのし合いはなく、あるのは一瞬の隙を狩ろうとお互いが目をギラつかせる、達人同士の電撃戦だ。
「《ダイヤモンドダスト》」
乃亜がそう唱えるのを聞いて、哲人は気を更に引き締める。乃亜の髪が荒ぶるように逆立ち、それらが収束して、一本のダイヤモンドの剣となる。彼女が手に持つ刀を含めれば、二刀流だ。
しかしそれだけでは無いことを、哲人は知っていた。もはやその特異性を隠す気もないのか、乃亜は間合いでもないのに、哲人に向かって二つの刃物を振るった。
夜の中で、ダイヤモンド達が光を放って煌めく。
そして、哲人の身体に少しの衝撃の後、また服が切り裂かれ、体に小さな傷が入る。哲人の鋼鉄の体が傷付いているのだ。並大抵の人間ならば、この時点で死亡しているだろう。
「なるほど……《ダイヤモンドダスト》……そういう事か」
哲人はその様子を見て、何が起こっているのかようやく理解出来た。
「君が刃物を振ると、塵みたいに小さなダイヤモンドの粒が飛ぶ。そして超スピードで放たれたダイヤモンドの粉塵達が、カマイタチのように、目にも見えない斬撃となって、切り付けてくる訳だ」
「……やっぱり、てっとは、つよいね」
少女は感心したように言う。自分のフォージが見破られたことなど、今まで無かったからだ。理解する前に殺傷するだけの性能が、それには十分あった。
しかし、それで問題が解決したわけではない。そのギミックがハッキリしたところで、その飛んでくる不可視の斬撃は、防ぎようがないのだ。厄介だねぇ、とだけ呟いて、哲人は焦らないように頭を回転させる。
これが哲人の戦い方だった。彼の持つフォージ、《鉄人》は、言うなれば最弱のフォージだ。その能力は体の鋼鉄化だけで、あとは他のフォージより少し強めな身体強化程度しかない。
そんな彼がここまで喰らい付けているのは、無比な体術と経験、そして知略によるものだ。最弱の能力だからこそ、それを補う為に思考を巡らす。不意を打ち、隙を突き、策を巡らし、勝利をもぎ取る。この手段を選ばない泥臭さこそが、哲人の何よりの武器だった。
「負ける訳には、いかないからねぇ」
そう哲人が言うと、乃亜は再び哲人に急接近して、その刀と剣で斬り付けようと刃を向ける。ダイヤモンドが再び距離を詰めてくる事を予測して、既に哲人は行動を始めていた。
「そこだ」
そう、哲人にはまだ見せていない手札があった。
彼は懐からその秘密兵器を抜き、その引き金を引く。銃口がマズルフラッシュを放ち、乾いた音と共に、鉛の塊が超高速で発射される。
「ッ!」
彼が取り出したのは、一丁の拳銃。セミオート式で長いバレルが特徴のそれが放った銃弾は、少女の胸をしっかりと捉えた。人を殺すには十分すぎる攻撃をもろに受けた少女は、あまりの衝撃から、背中を床に付けるように倒された。
しかし、哲人は更に顔を顰める事になる。
「いたい……」
痛い、で済んでたまるか。そう哲人は心の中で愚痴った。少女の胸からは、血液のようなものは出てきていない。ムクリと起き上がった彼女は、胸に当たって潰れた弾丸を手に取って、適当に床に放る。まるで服についていた毛玉を払うかのように。
今まで切ってこなかった、拳銃での攻撃という手札は、どうやら殆ど意味の無いカードだったらしい。こめかみに冷たい汗が垂れるのを感じて、哲人は自然の笑みが溢れた。
どうしようもないという言葉が詰まった、後ろ向きな笑みだった。
○
哲人と乃亜のお互いが進退を繰り返す戦闘とは対称的に、進と大門の戦闘はじりじりと圧力の掛け合いのような消耗戦だった。
「『緑玉の咆哮』」
「『緑玉の防壁』!」
進を守るエメラルドグリーンの防壁に、大門が緑玉の槍を放つ。空間が緑に色めき立ち、矛と盾が砕け散って宙に霧散する。
どちらかがフォージを使用して仕掛け、もう一方が防御する。基本的にその繰り返しである。両者遠距離攻撃と防御を兼ね備えたフォージである為、中々決定打のようなものが出ない戦いになっていた。
「カカ。このままじゃ負けちまうぜ?」
「くっ……」
だが状況はじりじりと、確実に進が劣勢へと傾いていた。出力も、経験も、練度も、何もかもが、大門には適わない。一つ一つの行動を行う度に、僅かに大門が上回り、時には進にダメージが入る。このままでは、塵が積もって山となる未来は明白だった。
大門は強い。最初から分かりきったことを、進はフォージが芽生えたことにより、深く実感した。だからこそ、疑問だった。
「どうして」
進は、大門に問う。
「あなたは強いのに、こんな事をするんだ」
進は、羨ましくて仕方が無かった。自分の不都合をねじ曲げるほどの力を持ちながら、何故それを悪事に向けるのか。失われたはずの記憶の片隅から、嫉妬の感情が滲み出ていた。
問われた大門は、再び攻撃をしながら言葉を返す。
「いくら強くても、人は救えないんだぜ」
それは吐き捨てるような言い草だった。散々考え尽くしたと、言わんばかりの言葉。
「だからって、フォージを持ってる人達を消すなんて間違ってる!」
そう言って、進は手に緑色の輝きを宿し、力の限り踏み込んで大門との間合いを詰めた。大門はそれを見てすぐさま防壁を展開。再び緑玉が共鳴するが、進はすぐに吹き飛ばされ、派手に床に背中を打ち付けた。
追い打ちをかけるように、大門の言葉が飛んでくる。
「間違ってるか? お前の目の前を見てみろ、フォージは立派な悪だ。隕石が持ってきた、ウイルスなんだよ」
大門のいつもの余裕の語り口調が、消えつつあった。変わりにそこに芽生え始めたのは、僅かな怒りと、哀しみだ。
「人間は愚かなんだよ。だから、力があるとそれでズルしちまう。それが行き着く先が、化け物なんだよ」
大門の脳内に、自分が警察時代に検挙した者たちが思い浮かぶ。彼らはまるで当然の権利かのように、他人の生活を破壊し、踏み躙った。
大門は、いつも遅れて駆け付けることしか出来なかった。その光景が大門の頭にフラッシュバックして、ペストマスクの奥で、苦虫を噛み潰したような顔をする。それは当然、進には見えていない。
そんな大門に、進は身体を震わせながらなんとか立ち上がり、でも、と返す。
「哲人さんは違った」
進は、絶望的な運命にあったのかもしれない。哲人と出会わなければ、あの日死んでいたかもしれない。そして、哲人がフォージを使わなければ、進はあの場で犬死していただろう。
「あの人は、僕を救ってくれた。家も、肉親も、お金も、記憶も、何もかも忘れて失った僕に、希望をくれたんだ」
フォージによって、命を救われた。それが利己的で合理的な判断による、上辺だけの優しさだったとしても、進は構わない。哲人がフォージを使い自分を守った。それ以外の事実を、進にはどうでもいいように思っていた。
「今度は僕が助けになりたい。哲人さんの役に立ちたい。だから、あなたを止める」
進は更に、言葉を続ける。
「あなただって、守りたいものがある筈だ。あなたの娘も……大門乃亜だって、ブリギットの力で死んでしまうんだぞ!」
進の言葉に、大門は押し黙る。図星を突いたかと進が思案するも、返ってきたのは、余りにも無責任な一言だった。
「……乃亜は大丈夫だ」
「なんで、そんな適当なことが言えるんだ」
「確信だぜ。……冥土の土産に教えてやるよ」
大門はもう、愉快そうには喋らない。
「乃亜はな、俺達みたいにブリギットのせいで、フォージに目覚めたわけじゃない」
まるで吐き出そうとしている言葉達を、心底嫌っているように。
「人工のフォージなのさ。脳に電極ぶっ刺されて、散々身体にメスを入れられて、人権を削ぎ落としたその果てが、あの娘なんだよ」
その言葉に、進は唖然として口を開けるだけで、何も言い返せない。雷に打たれたように静まり返った進を傍目に、大門は哲人と今も戦っている愛娘を一瞥した。
この世から逸脱したモノクロの容姿は、異常な程の輝きを放っていた。
- Re: 流星メタルに精錬フォージ ( No.9 )
- 日時: 2022/06/10 23:39
- 名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)
1-4.流星にメタルツリー③
男は、誰も救えなかった。
男のフォージは、《緑玉の庇護》は確かに強かった。
だが、男が駆け付ける頃には、既に被害は出ていた。フォージを使う犯行は、被害が出るまでも早い。男は何度も、目の前で散り行く命を見た。
それでも、救えた命があった。
少女の名前は、ノア。彼女の両親が殺された後、すんでのところで男が駆け付け、犯人を無力化して確保した。
男は嬉しかった。自分でも、誰かの命を救える、そう思えたのだ。
だが、それも数日だけの間だった。
少女は親の後を追って、屋上から身を投げた。
その日から、男は自分のフォージの名前を変えた。
この力は、誰も庇護なんか出来はしないのだ。
この力は、何かを拒絶することしか出来ないのだと。
そうして、《緑玉の拒絶》というフォージを持つ、若手の期待株であり、出世も間違いないと言われていた男は、そんなものに価値は無いと吐き捨てて、警察を辞めた。
○
大門と進の会話を聞いていた哲人は、目の前の乃亜を見た。なるほど確かにそれなら合点が行くと、心の中で哲人は納得する。
彼女のフォージ、《ダイヤモンドダスト》は明らかに異質だ。その能力も勿論そうだが、なによりも違和感だったのは『ダイヤモンド』という、『非金属』しか含まれていない名を冠している事だった。だがそれも、彼女のフォージが人の手によって作られたものならば、説明がつく。
だが、それが分かったところで、結局何も変わりはしない。いち早く思考を切り替えた哲人の拳が、乃亜の腹部に迫る。乃亜はそれをひらりと躱すと、その隙をついて髪のダイヤモンドの刃で、腹を撫でるように斬りつけた。
「っ!」
「まだ、あそぼ?」
哲人にとっても、少なくないダメージが入った。流石に不味いと哲人が下がるが、それを乃亜は許さない。ラインを上げた乃亜は、刀の先を哲人に突き出した。
ここにきて唐突な突き。初見の攻撃に哲人は反応出来ず、肩に刺突が直撃。鉄の体を、ダイヤモンドが穿った。そのまま哲人は突き飛ばされるが、床を手で掴むように指を立てる。鋼鉄の手とメタルツリーの屋上がギャリギャリと摩擦して、哲人はなんとか鉄塔から投げ出されずに済んだ。
「危ない危ない。あと少しで場外行きするところだったねぇ」
「落ちちゃ、だめ。てっとは、わたしが斬るの」
優勢と見て乃亜は再び跳躍し、哲人の元へと高速で飛び込む。
哲人がポケットから拳銃を引き抜き、二発三発と銃弾を放つ。乃亜は髪の毛で編み出したダイヤモンドの刃を、盾にするかのようにして防ぎ、そのまま距離を詰めてくる。
だが哲人も無駄にそんなことをした訳では無い。事実防御に一本を使わせた事で、彼女が攻撃に使えたのは、手に持った刀だけだった。
「えい」
少女の小さな掛け声とは、かけ離れた力で刀が振られる。あらゆるものを分断するかの如く、研ぎ澄まされた上段切り。ダイヤモンドの刀は煌めきを放ちながら、哲人の顔に迫る。
「それを、待っていたんだ」
だが、哲人は笑う。そして、その笑みが両断されることは無かった。
「え」
何故なら、その刀は止められていたのだ。予想外の防ぎ方に、乃亜は思わず硬直する。
振り下ろされた刀を、両側から手のひらで挟むようにして受け止める技。
そう、真剣白刃取りだ。哲人は超高速で振り下ろされた乃亜の刀を、その身一つで見切り、取り切ったのだ。
当然、咄嗟の反射神経だけでは到底できない。乃亜が直線で突っ込んでくる状況を作り、射撃による牽制で攻撃を一本に絞った。そして乃亜は最初の一振は上段切りが多いという、今までの傾向から予測して、哲人は白刃取りなどと言う無謀な行為をやってのけた。
これは博打だ。用意周到に行われただけの、ギャンブルに過ぎない。これが哲人の戦い方だ。大門にも、乃亜にも、進にだって、こんな事は出来はしない。彼らには、堅実にフォージを使えば、勝機を見い出せるだけの力があるからだ。
だが、哲人は違う。だからこそだ。最も弱いフォージを持つ哲人だからこそ、通らなければ負けの勝負を仕掛けることが出来る。何故なら、こうでもしなければ、哲人に勝ち目など見えてこないのだから。
「この賭けは、私の勝ちだねぇ!」
そして、哲人はその惚けた乃亜の顔面に、頭を鋼鉄化させ、力の限りの頭突きを食らわせた。乃亜が怯み、刀に入れた力が弱くなる。そのまま刀を弾き、哲人は渾身の右ストレートを、人形のような華奢な少女の鳩尾に、一欠片の容赦すらもなく叩き込んだ。
少女の身体が、くの字に曲がって吹き飛ぶ。メタルツリーの壁面に、めり込むようにして突っ込んだ彼女が、そのまま跳ね返って床に倒れ伏す。
哲人はかなり呼吸を荒らげていた。彼にとっても、とても平常心を保てる博打ではなかったのだから。それでも、なんとかなったと安堵した。
いや、したかった。と言うべきか。
哲人の目が、見開かれる。
「はは……すごい、すごいすごいすごい! てっと! あなたはすごい!」
少女は嬉しそうだ。満面の笑みだ。子供のそれは、尊いもののはずだ。だが少女が笑う度、哲人は絶望をする。
「斬りたい! あなたを斬りたい! だって! わたしは! その為に! 生きてるから!」
少女は立ち上がって、手を挙げて、嬉しそうな声音で唱える。
「『ダイヤモンドドレス』!」
少女の身体が、煌めきを放ち始める。彼女の服も、肌も、何もかもが、透明なガラスのように透き通り始める。そして、彼女の髪の毛が荒ぶり、先程のように一本に纏まるのではなく、十数本に別れ、その一つ一つが凶悪な鋭さの剣に変形する。その両手は最早刀は握られておらず、手そのものが鋭利な刃物と化していた。
光を乱反射する刃物に包まれたドレスは、正しくダイヤモンド級の輝きを放っていた。
彼女の身体中の刃物が、さざめくように駆動する。その一つ一つが煌めいて、ダイヤモンドの粉塵が見えざる斬撃と化して、哲人に襲い掛かる。
その異常な数に、哲人は何も出来ない。身体中に傷が付き、ダメージを負う。哲人の立っている足場すらも切り刻まれ、崩れ落ちる前に、哲人はなんとか別の足場へと移る。
その瞬間、乃亜は既に哲人の前に居た。
「──ッ」
目を爛々と輝かせた乃亜が、理不尽にすら思えるほどの物量を用いた攻撃を開始する。
このままだと殺される。そう直感で感じ取った哲人は、防御を捨てて乃亜を突き飛ばした。
攻撃に集中し過ぎていたのか、それとも十数本の剣を同時に操っていて回避に意識を避けないのか、乃亜は簡単に突き飛ばされた。
だが、その間に、哲人の身体は傷だらけにされていた。その一つ一つは浅いが、最早普通の人間ならば細切れのサイコロステーキだろう。
「はは。……もう、だめ、かな」
その圧倒的なフォージを前に、哲人は諦めたように、そう零した。
死力を尽くした。あらゆるものを使った。武器も、フォージも、卑怯な手段も、知略の限りの策も、大博打すらも切り尽くした。
哲人はもう、お手上げだと言わんばかりに、笑った。
そして、小さくため息をついた。
「……ふぅ」
そして哲人が行ったのは、自暴自棄にも見える行為だった。彼は懐に手を入れ、二つの箱状のものを取り出す。最初は何かの武器かと乃亜は身構えたが、それらは武器と言い難く、とある嗜好品に似ていた。
哲人は取り出した小さな銀色の箱の蓋を開く。すると小さな火が灯される。ジッポー式のライターだ。そして彼はもう片方の手で、黒い紙箱から取り出した一本の細い棒──煙草に火を付けた。
「てっと、なに、してるの?」
「はは、死ぬ前に、一服しておきたくてね。これくらい、許しておくれよ」
進の前で、哲人は煙草を吸っていたという記憶はない。事実として、哲人はそこまで煙草を好んではいない。彼のフォージは身体が資本である為、喫煙はしないし酒も適量程度しか嗜まない。それが哲人の主義だった。
そんな彼が、煙草を咥えて軽く吸う。すぐに口の中に独特の臭いと煙が充満するのを感じて、彼はそれを口から吹き出す。少しでも、タールとニコチンを体内に入れたくなかった。
彼が煙草に求めているのは、味やストレスの解消などではない。
──どうしようもなく、怒りを感じる、この匂いだ。
灰谷哲人は、怒るという感情が薄い人間だ。
他人に期待せず、何より信用をしなかった。想定通りに動けば儲けものであると、彼はそのような思考回路の人間だった。だから他人やものに対して、イラつきはするものの、決してそれが怒りまで届くことは無かった。
だが、この銘柄の煙草の香りだけは別だった。哲人がまだ青かった時代を思い出させる。哲人にとって、忘れたくても忘れられない記憶。
この甘ったるい癖して、無駄に煙たくてヘビーな味が、哲人の中の怒りを煮え滾らせる。鉄人に内蔵された溶鉱炉に、憤怒の燃料が注ぎ込まれる。
哲人は手に持つ煙草を、不意に折り曲げた。人の色を取り戻していたはずの手は、彼のフォージによってその煙草と同じ黒に染っていく。鋼鉄よりも、更に純粋で、マットなブラックに。
「これが、本当に最後の最後」
彼はそのまま、火のついたそれを握り潰した。
「私の、『全身全霊』だ」
そう呟いて、哲人は唱える。
進すら初めて聞いた、その文言を。
「『鉄人零号』」
その言葉が、その場にいた者の耳に入った、次の瞬間。
乃亜の頭のすぐ側まで、漆黒の手が、伸びていた。
- Re: 流星メタルに精錬フォージ ( No.10 )
- 日時: 2022/06/14 23:13
- 名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)
1-5.ブラックデビルにタイムリミット
男はもう、誰かを救いたいとは思わなかった。
救いたいのでは無い。そもそもそんな状況にしてはいけない。そのための原因を、予め取り除くべきだ。そう考えた男は、情報を集めた。そのうち、正攻法では限りがあると悟った彼は、ハッカーや情報屋、時には自ら非合法活動を行うようになっていった。裏社会のコネクトは、警察時代に入口を幾つか把握していために、溶け込むまでに時間はかからなかった。
そのうち彼は素顔を捨て、ペストマスクを付けるようになる。顔などという要らない情報は、足でまといになるだけだと考えたのだ。
そしてそんなある日だ。彼はある研究所に忍び込み、データを集めようとした。
だが、そこで行われていたのは、法外な改造手術を施し、人工のフォージを発現させるというものだった。
男は怒った。フォージなどという悪を、態々生み出そうとする愚かな人間たちが。それは正義感などではない。最早八つ当たりも同然だった。
その施設を破壊し尽くし、非道な研究を行っていた者達を血祭りに上げた。彼の正義に、慈悲という言葉は既に無くなっていた。
男がコンピュータから研究データを抜き、その場を後にしようとした時だった。施設の、ひとつのカプセルが開いた。緊急事態の為か、催眠装置の中で保存されていた、とある少女が目を覚ましたのだ。
その純白の少女の姿に、男はある日、救えたはずだった別の少女の面影を重ねた。
純白の少女は全てを忘れていて、男を頼るしか無かった。
その日から、男は父親になった。少女は娘になった。
お互いが、必要としていた。その為に、自分の姿を偽った。
そして、それはいつしか、本物になった。
○
漆黒の手が、乃亜に迫る。
その音すら置き去りにしたスピードに、反応できたのは乃亜だけだった。回避が間に合わないと判断した彼女は、咄嗟に髪の毛の全ての剣を重ね、拳を防ぐ為の盾を作り出す。
だが、その哲人の拳はまるで紙を突き破るかのように、易々とその何重にも連なったダイヤモンドを砕く。ガラスが割れるような音を立てて、破片が散らばる。その光景に、思わず目を見開いた乃亜の身体に、受け止められなかった勢いそのまま、鉄拳が打ち込まれた。
もはや悲鳴などあげる暇すらもなく、少女の身体は紙吹雪のように宙を舞う。
哲人は更に追い打ちをかける。一瞬にして吹き飛んでいる真っ最中の乃亜との距離を詰めた。余りに人間離れした行為だった。先程までの人間らしい戦い方など一切ない。あるのは、極限まで高められた純粋な力。
だが乃亜も既に、目の前のそれが、人間だとは思っていない。彼女はすぐさま修復した剣達で、間合いに入った彼に斬撃を飛ばす。
哲人は身体を切り刻まれようが、その無表情な顔を全く動かさない。いくら身体に傷が入ろうがお構い無しだ。右足を踏み込み、それを軸にして、強烈な力を持った回し蹴りを繰り出す。
乃亜はダイヤモンドの剣と化した両腕で防御をする。しかしそんな防御など焼け石に水でしかない。当然それは砕け散り、乃亜の身体にトラックに追突されたような、強烈な衝撃が襲い掛かった。少女は強制的に進路を変更され、床に叩き付けられバウンドするように転がる。
圧倒的だった。『鉄人零号』を使った哲人はもう止まらない、いや止まれないのだ。まるで動き続けなければ死んでしまうサメのように、彼は只管に乃亜を狙い続ける。倒れ伏す乃亜の頭に、真っ黒の手を鉄槌の如く振り下ろした。
乃亜が何とかそれを首をひねって避ける。振り下ろされた哲人の手から轟音が鳴り、周囲に蜘蛛の巣状のヒビが入った。
その手には、混じり気のない殺意が込められていた。今のが直撃していたら、乃亜とはいえスイカ割りのように弾けていただろう。
そんな哲人に、乃亜は怯える。
「──あはっ」
訳がなかった。少女は自分を遥かに上回る存在に、歓喜を露わにして目を輝かせる。きっと、これを斬れたら楽しいだろうと。純粋無垢な笑いと共に、少女は全身の刃物を駆動させながら、逃げるどころかむしろ、自ら哲人の方へと飛んだ。
その笑いに、哲人は何も返さない。鉄で出来た微動だにしない顔のまま、ダイヤモンドの少女を迎え撃つ。
○
進と大門の攻防は、先程とは打って変わって、消耗戦とは言い難いほどに苛烈で、一方的なものとなっていた。
先程から攻撃をしているのは大門の方だけだ。進はそれを防ぎ、回避する事だけが精一杯と言った様子で、とても勝ち目があるようには見えなかった。
しかし、そんな状況とは裏腹に、切羽詰まった声を上げているのは大門の方だった。
「さっさと諦めろよなぁ!」
「お断りします!」
一方追い詰められているはずの進には、その顔には余裕すらある。勝っているとは言い難い状況であるにも関わらず。
大門が焦っている理由。それは乃亜と哲人の戦闘の状況から来るものだった。『鉄人零号』によって哲人が圧倒的な力を手にしたのを見て、大門はすぐにでも進を片付け、乃亜の支援に回る必要があると、感覚的に察知した。だからこそ、先程までのじっくりと追い詰めるようなやり方を止め、短期決戦に持ち込もうと、可能な限りフォージを使用し、進を撃破しようとした。
そんな進は大門とは対称的に、寧ろ大門を倒すことを諦めた。そして進が取った戦術は、出来る限り倒されないこと。少しでも時間稼ぎをすることだった。
「『緑玉の咆哮』!」
空気を引き裂くような音を立てながら、斥力の矛が大門の手から放たれる。それは先程までの威力とは比べ物にならない。
進も負けじと斥力の壁を生み出す。緑玉同士が衝突し、エメラルドグリーンの輝きが弾けた。矛と盾の対決。勝ったのは、大門の生み出した矛だった。
進の身体を、衝撃の塊が襲う。十分に衝撃が和らいでいる筈だが、内臓を直接揺らす攻撃のダメージは小さいとは言えない。
「ッ!」
進の喉からカエルの鳴き声ような音が出た。腹の中をぶちまけそうになるが、上がってきた胃液を飲み込んで堪える。嘔吐など、していられる状況では無かった。
進が最強とすら言えるフォージを持つ大門を相手にして、ここまで耐久が出来る理由は、一重にフォージの性質にあった。
進と大門のフォージは、乃亜のような攻撃的なフォージではない。その性質は「斥力の壁を生み出す」という、防御の方に寄っている。防御の力を無理矢理攻めに転用している大門と、そのまま防御に回している進。二人の間にある実力差を、このフォージの性質が埋めていた。
大門は舌打ちをした。このままでは、進に耐えられている間に乃亜が撃破され、人数有利を作られてしまう。あの化け物と化した哲人と、自分の劣化とは言え同じ性質のフォージを持つ進を同時に相手取るのは、幾ら大門とは言え無理難題でしかない。
だから大門は、保険を掛けるのを辞めた。
哲人を倒す為に温存しておいた力を、そのまま攻撃に回す。
「褒めてやるよ、後輩。俺に……全力を尽くさせた事をだ」
大門の周囲に、緑色のオーラのようなものが展開され始める。それは、余りに大き過ぎるフォージのエネルギーが、滲み出ている事を意味していた。
「『緑玉の咆哮』ッ!」
先程と同じように、斥力を伴う緑玉の矛が放たれた。
三本同時にだ。
「嘘だぁっ!?」
進は思わずそう叫んでしまう。一本でさえあれ程の威力の攻撃が、三倍となって押し寄せてくる。その事実に、進は思わず後退りをする。
でも、と進はその足を奮い立たせる。幾ら大門だろうと、あれぐらいの攻撃をすれば流石にエネルギー切れが近いはずだと。逆に、あれさえ防げば勝機が見えてくるのだと。
だから、進も力の限りを尽くした。
もはや喉から何を叫んだのかは分からない。ただイメージした。自分を守る防壁。何重にも積み重なったそれを。
進が展開したのは、先程の数倍の数の壁。それが『緑玉の咆哮』と衝突する。それらが激突した衝撃波だけで、進は仰け反る。なんとか足に力を入れ、歯を食いしばり、防壁にさらに力を回す。一枚目、二枚目と割砕かれていくそれらに、惜しみなく全てのリソースを注ぎ込む。
「あああああああああああああああああああああ!」
擦り切れそうな程の叫び。喉も、体も、頭の中も、全てが焼けるほどの熱さと痛みを発する。もう無理だ、限界だと悲鳴を上げる。それでも、進はフォージを止めない。
全てを投げ打つような、そのあまりにも異常な生き様。
『都合良いでしょう? 記憶もない、宛もない。そんな人間の方が』
それは、皮肉にも哲人が放った言葉を体現していた。未練も、俗物的な執着もない彼には、自ら止まる理由などない。
緑色の壁が輝きを強める。まるで進の命を燃料に燃え盛る灯火のように。
その進の魂がこもった最後の壁は、三つの矛を見事に防ぎ切った。
「やっ……た……」
進が、膝を付く。立ち上がる力などない。こうしているだけでも、彼はもう限界なのだから。
そして、彼の頭に労うように、ぽんと手が置かれた。
「正直、防がれるとは思わなかったぜ」
お前はよくやったよ。
そう言ったのは、誰でもない大門 青葉だった。
「あ──」
大門は『緑玉の咆哮』を放った後、自らもその攻撃に隠れるように距離を詰めていたのだ。遠距離攻撃と共に自分も攻め上がる、シンプル故に強力な戦法。進は初見では、このコンボを見破ることは出来なかった。
「『緑玉の一撃』」
頭蓋骨に直接斥力を打ち込まれた進は、そのまま視界が揺さぶられて床に伏した。
最低限の威力しかないのか、大門にも余裕が無いのかは分からないが、まだ進には意識があった。不明瞭ながらも、彼はほとんど回らない頭で、最後の言葉を紡いだ。
「あと……は……」
頼みます。という言葉すら、進の体には言う力がなかった。ただ意識だけがある状態で、進はその場から動く事さえ出来なかった。
○
乃亜は言った。進に、私とあなたは似ていると。
だが、その二人の違いが、戦力差こそ圧倒的であった二対二の勝敗を分けた。
大門に適わないと悟った進は、時間稼ぎに徹したのだ。弱い進が強い大門を食い止めるだけで、戦力差は縮んでいく。
一方、乃亜には時間を稼ぐなど頭に無かった。彼女は目の前の標的を、斬れと言われたものを斬るという風に作られている。だから、そんな考えなどできない。
その結果、この戦いは互角という戦況となった。
乃亜は認識していないが、彼女の体は既に限界だった。元々の素体が少女なのだ。幾ら改造されているからと言って、本体は哲人のような成人男性に比べれば、か弱いものでしかない。
それは、自分の体力を考慮する機能が、乃亜に付いていなかったから起こり得た事だった。突っ込んだ乃亜の速度が、急激に落ち込んだ。限界だったのだ。
その隙を、目の前の鉄人は見逃さない。哲人は乃亜の頭を掴み、乃亜が反応する前に、床に叩き付ける。少女は痙攣するように身体を何度か跳ねさせて、動かなくなった。
髪の毛や身体の煌めきが、魔法が溶けるように失われていく。乃亜のフォージがティルトしたのは、誰の目から見ても明白だった。
標的を撃破した事を認識した哲人の黒い眼差しが、そのまま別の方を向く。
時を同じくして、進を打ち倒した大門の、ペストマスクの奥に覗く、黒の滲んだエメラルドの瞳が、背後を振り向いた。
そして、二人が相対した。
もはや言葉などない。そんな余裕も暇もない。死力を尽くした後の二人が、考えることは同じだった。
──一撃必殺。
《緑玉の拒絶《さいきょう》》と《鉄人《さいじゃく》》が取った選択肢は、奇しくも同じ、全身全霊の『拳』だった。
- Re: 流星メタルに精錬フォージ ( No.11 )
- 日時: 2022/06/15 23:42
- 名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)
1-5.ブラックデビルにタイムリミット
親子はその日も、目的のために動いていた。男は自らの正義を全うする為。少女は自分の存在意義を満たす為。
そんな中、男はフォージの起源であるブリギットの情報に辿り着く。その力が人に取り憑き、暴走をさせエネルギーを使い果たして衰弱死に追いやるという、凶悪なものであることにだ。
その男はブリギットについての情報を集めたが、あらゆるツテを辿ってもその場所まで辿り着くことは出来なかった。
警視総監と直接対面しても、やはり口を割ることは無かった。どうしたものかと困り果てた男の前に、その人影は現れた。
それの素顔は分からなかった。何故なら、顔は銀色のフェイスヘルメットに包まれていたからだ。鼠色のバイザーの奥の、瞳の色さえ分からない。真っ黒なライダースーツには、銀色のラインが入っている。突然現れた謎のライダーは、男にこう言った。
『お前の欲しいものを、くれてやる』
ただし、と男は続けた。
『お前の目的が達された時、ブリギットはこちらが頂く』
そんな厄災の元凶くれてやると、男はその話を呑んだ。
○
『鉄人零号』は、所謂諸刃の剣だった。
怒りを起点として、身体中のあらゆるものをフォージのエネルギーとし、極限まで《鉄人》の身体強化を高めるというものだ。
もちろん燃費も出力も何一つ考慮していない、ただの暴走と紙一重のそれは、長くは保たない。そのタイムリミットは、一分だけ。
哲人という最弱が手に入れた、最強の60秒間。だがこれを使えば身体中のエネルギーを使い果たし、ティルトどころか意識を保つのさえ難しい。だからこそ、哲人は一秒すら無駄にできない。
もしも大門がそのリミットを知っていたのなら、彼は出来る限り時間を稼ぎ、力尽きるのを待っていただろう。だが、大門はタイムリミットの事など知らない。最後まで隠し続けた、哲人の作戦勝ちだ。
ベリリウムと鉄、緑玉と純黒、そして拳と拳が、交錯する。哲人も大門も、お互いのフォージを全力フルスロットルだ。後のことなど頭になく、ただ目の前の敵を、一秒でも速く倒すことしか考えていない。
その余りの威力に、空間が揺れた。周囲のガラスが衝撃の波に耐え切れずに、連鎖的に破壊されていく。二人の周囲の床がめくれ上がる様にして剥がれ、吹き飛ばされる。
物理的に誰も近づけないような、渾身の一撃の対決。
押されているのは、大門だ。
もう彼には哲人を迎え撃つだけの、十分なエネルギーが残っていなかった。先程、進に割いたリソースがあれば、この勝負も分からなかった。
それでも、大門はフォージを使う事をやめない。例えガス欠だろうと、適わないと分かっていようと、彼は頑なに譲らない。ここで引くことは、彼の正義の敗北だからだ。
そして、
哲人の冷たい鉄の正義が、大門の黒く滲んだ緑玉の正義を打ち破った。その漆黒の鉄腕は、そのまま大門の鳩尾に差し込まれた。
「────ッ!」
大門が声にならない悲鳴を上げる。
そのまま空気を全て吐き出しながら、大門は派手に転がっていき、ロクに受け身も取らず二回三回と床に身体を打ち付けて、あと少しで落下してしまいそうな場所で倒れ伏した。
「うっ……」
哲人が60秒ぶりに喉から音を発したと思えば、張っていた糸が切れたかのように、その場で膝を付く。そして、呼吸するのがやっとといった様子で、胸を抑えながら周囲を確認する。
「はは、……何とか……なっ……うぅっ」
哲人が激痛を感じて自分の手のひらを見ると、おぞましい程に赤黒い液に濡れていた。彼が気付かないうちに《鉄人》のフォージがティルトして、乃亜に散々切り付けられた部分から血液が溢れ出していた。
「哲人さん!」
そんな哲人に進がフラフラしながらも駆け寄る。少しだけ倒れて休んでいた進は、身体を動かすだけの力が回復していた。当然、フォージはティルトしてしまっているが。
「進くん……済まないね…………いでで……」
「取り敢えず二人は止めましたし、後は警察の到着を」
待てば良い。そう言おうとした進の言葉が、遮られる。そして、先程までの和らいだ表情を一気に強ばらせ、咄嗟に臨戦態勢に入った。
進が見た先にあるのは、何とか立ち上がろうとしている大門 青葉の姿だった。口から謎の呻き声のようなものを上げながら、彼は何とか立ち上がろうとしていた。
「大門、まだやる気なのか……!」
「……いや、無理みたいだねぇ」
言葉を発する事すら一苦労といった様子で、哲人は続ける。
「さっきので肋骨数本は逝ったはずさ。恐らく、立つのも難しいんじゃないかな」
その言葉通り、大門は片膝を付いて息をするので精一杯だった。
だが、そんな彼が不意に、ポケットに手を忍ばせる。
二人に、嫌な予感が走った。
「進君、あれは」
「爆弾のスイッチだ!」
大門が取り出したのは、画面のひび割れた液晶端末だった。機能は停止していないのか、電源を入れるとそれにいくつかの赤いボタンのようなものが写し出される。
「これを押せば……終われる。やり直せる、この世はまだ」
息も絶え絶えということが、喋り方だけで伝わってくるほどに限界の大門。それでも、ペストマスクの奥に覗く瞳のギラつきは何一つ霞んでなど居なかった。
「止めろ! そんなことをしたって、苦しむ人が増えるだけだ!」
「カカ、そうかもな」
「なら、なんで!」
大門は笑っていた。それは自分への嘲笑の笑みだ。
「いつからか、フォージを消し去るっていう手段が、目的に変わってた。だけど今更なんだよ。もう、戻れないんだよ」
「分かってるのに、何でやめないんだよ! やり直せば良いじゃないか!」
進の言葉に、大門はため息混じりに返す。
「今更、何のために生きろってんだよ」
彼の言葉には、隠しきれない疲労が詰まっていた。今現在ではない。彼がずっと積み重ねてきた、後悔や苦悩が、疲れとなって滲み出ていた。
「教えてやるよ後輩。俺はな、人を救いたかったんだよ。でもこの世界は、そんな風に甘くできてない。だからもう、生きる意味なんて無いんだよ」
そう語る大門は、もう終わりたがっていた。
だが、進はそんなことをさせられない。
「大門 乃亜は」
自分に似た少女の事を、知っていたから。
「あの子は、どうなるんだよ」
先程も同じ文面の質問を進は大門にしていた。だから当然、大門だって同じ返答をする。
「俺の事なんかすぐに忘れる」
だが、進は違うと言葉を返す。言葉は同じでも、聞きたいことは別だった。
「あの子にとって、あなたがどれだけ必要かの話をしてるんだ!」
その物言いに、人の間に勝手に入ってくるような無遠慮さに、思わず大門も苛立つ。
「あんたに乃亜の何がわかる!」
声を荒らげる大門。
一方進は、噛み締めるように、小さく言葉を紡ぎ始めた。
「……分かるんだよ」
あの日の言葉、乃亜の言葉を思い出す。
『前も後ろも分からなくて、一つのみちしるべだけを見てるの』
その意味が、やっと進には理解出来た。きっと自分のように、記憶を失って、困っていた所に、現れたのが大門だったのだろう。彼女も自分と同じだったのだと、進は感じ取った。
「あの子と僕は似てるんだ。目の前に現れた道標を辿るしかない。だって、それ以外に何も無いから」
進にとっては、自分のことを言っているだけ。
だが、大門はまるで乃亜の心境を聞いているように感じた。
「僕には居場所も、帰るべき場所も、家族の記憶だって無い。でもあの子には、あなたがいる」
羨ましい。進はそう感じた。曲がりなりにも、彼女は自分が持っていないものを沢山もっているのだ。
だから、彼女から家族という存在を奪おうとした大門が許せなかった。彼女にさえ、それを失って欲しくなかったからだ。
「生きる意味がないなら、あの子の為に生きてくれよ! あの子の事を思うなら、あなたは死んじゃダメなんだ!」
それは願いだった。自分のような辛い思いは、もう誰にもして欲しく無いと、進の心の底からの、祈りだった。
ふと、大門が視界を横に向けた。
夜に透けそうなくらい真っ白な肌、髪、そして瞳の少女が、いつの間にか、そこに佇んでいた。もうフォージは使えないだろうと、進も哲人も、何も手出しはしない。
「乃亜」
大門が呼び掛ける。
「うん?」
乃亜が返事をする。
「なぁ、乃亜。俺が居なくなっても、大丈夫だろ?」
大丈夫。そう返してくれるだけでいい。俺はお前を愛しているけど、お前は俺を愛さなくていい。忘れてくれたら、それでいい。
大門はそう思っていた。
しかし、大門の意思に反して、乃亜は何も言わず固まった。まるで、こういった場合になんと発すればいいか、言葉を知らないかのように。
「わからない」
乃亜が零したのは、肯定でも否定でもなかった。ただ、彼女の語彙の中には、胸の中に詰まる寂寥感を示すものが、何一つなかったから。
だが、彼女の意思は、その両目から零れた、ダイヤモンドのように輝く雫を見れば、すぐに分かる事だった。
「わからないけど、ぱぱは、だいすき」
私には、あなたが必要だ。それを彼女の知っている限りの言葉を尽くした言い換え。そのニュアンスは、確かに大門に伝わった。
大門は、その手を震わせながら、ゆっくりと、人形のようなか細い少女を、自分の娘を抱き寄せた。
「こんなお父さんを、許してくれ」
少女は、自分の父親が何を言ってるのか分からなかった。だから、彼のなすがまま、抱擁を受け入れた。
継ぎ接ぎだらけ、歪み塗れの二人かもしれない。生まれた場所も、育ちも、流れている血だって、何一つ同じところなどないかもしれない。それでも、お互いに必要とし、求め合っている。
だから、幾らボロボロでも、ちぐはぐでも、その二人は間違いなく、絆で繋がれた親子だった。
ようやく安寧を手に入れた大門は、愛娘の頭に自分の頭を近付けた。これだけは離さないと、言わんばかりに。
そして、大門はそのまま動かなくなった。
「……ぱぱ?」
不自然なくらいに。
まるで、死んだかのように。
だらりと、大門の抱擁が解けた。
乃亜は手に、不自然に湿り気を感じた。
その手は、血で染っていた。
そのまま大門は、寄り掛かるようにして乃亜に向かって倒れる。
彼の背中には、針のように先端が尖った物が、突き刺さっていた。それは、彼の腹部を刺し貫くほど、深くまで入り込んでいた。
「……排除」
突如として、大門の身体の下から、何かが膨らむように発生する。それは液体のような質感で、ゲーム等で出てくるスライムのようなものだ。大門の背中に刺さっているものも、この正体不明の物体から伸びていた。
そのスライムが、徐々に輪郭を形成していく。それは次第に人型となり、遂には完全に人間の形を得た。
「使えない奴だ」
それの素顔は分からなかった。何故なら、頭は銀色のフェイスヘルメットに包まれていたからだ。鼠色のバイザーの奥すら不透明だ。銀色のラインが入った黒いライダースーツに身を包んだそれの手には、大門の血液がべっとりと付着していた。
その姿に、進は突然、強烈な頭痛に襲われた。
- Re: 流星メタルに精錬フォージ ( No.12 )
- 日時: 2022/06/21 00:33
- 名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)
1-5.ブラックデビルにタイムリミット②
親子はその日も、目的のために動いていた。男は自らの正義を全うする為。少女は自分の存在意義を満たす為。
そんな中、男はフォージの起源であるブリギットの情報に辿り着く。その力が人に取り憑き、暴走をさせエネルギーを使い果たして衰弱死に追いやるという、凶悪なものであることにだ。
その男はブリギットについての情報を集めたが、あらゆるツテを辿ってもその場所まで辿り着くことは出来なかった。
警視総監と直接対面しても、やはり口を割ることは無かった。どうしたものかと困り果てた男の前に、その人影は現れた。
それの素顔は分からなかった。何故なら、顔は銀色のフェイスヘルメットに包まれていたからだ。鼠色のバイザーの奥の、瞳の色さえ分からない。真っ黒なライダースーツには、銀色のラインが入っている。突然現れた謎のライダーは、男にこう言った。
『お前の欲しいものを、くれてやる』
ただし、と男は続けた。
『お前の目的が達された時、ブリギットはこちらが頂く』
そんな厄災の元凶くれてやると、男はその話を呑んだ。
○
『鉄人零号8てつじんぜろごう)』は、所謂諸刃の剣だった。
怒りを起点として、身体中のあらゆるものをフォージのエネルギーとし、極限まで《鉄人》の身体強化を高めるというものだ。
もちろん燃費も出力も何一つ考慮していない、ただの暴走と紙一重のそれは、長くは保たない。そのタイムリミットは、一分だけ。
哲人という最弱が手に入れた、最強の60秒間。だがこれを使えば身体中のエネルギーを使い果たし、ティルトどころか意識を保つのさえ難しい。だからこそ、哲人は一秒すら無駄にできない。
もしも大門《だいもん》がそのリミットを知っていたのなら、彼は出来る限り時間を稼ぎ、力尽きるのを待っていただろう。だが、大門はタイムリミットの事など知らない。最後まで隠し続けた、哲人の作戦勝ちだ。
ベリリウムと鉄、緑玉と純黒、そして拳と拳が、交錯する。哲人も大門も、お互いのフォージを全力フルスロットルだ。後のことなど頭になく、ただ目の前の敵を、一秒でも速く倒すことしか考えていない。
その余りの威力に、空間が揺れた。周囲のガラスが衝撃の波に耐え切れずに、連鎖的に破壊されていく。二人の周囲の床がめくれ上がる様にして剥がれ、吹き飛ばされる。
物理的に誰も近づけないような、渾身の一撃の対決。
押されているのは、大門だ。
もう彼には哲人を迎え撃つだけの、十分なエネルギーが残っていなかった。先程、進に割いたリソースがあれば、この勝負も分からなかった。
それでも、大門はフォージを使う事をやめない。例えガス欠だろうと、適わないと分かっていようと、彼は頑なに譲らない。ここで引くことは、彼の正義の敗北だからだ。
そして、
哲人の冷たい鉄の正義が、大門の黒く滲んだ緑玉の正義を打ち破った。その漆黒の鉄腕は、そのまま大門の鳩尾に差し込まれた。
「────ッ!」
大門が声にならない悲鳴を上げる。
そのまま空気を全て吐き出しながら、大門は派手に転がっていき、ロクに受け身も取らず二回三回と床に身体を打ち付けて、あと少しで落下してしまいそうな場所で倒れ伏した。
「うっ……」
哲人が60秒ぶりに喉から音を発したと思えば、張っていた糸が切れたかのように、その場で膝を付く。そして、呼吸するのがやっとといった様子で、胸を抑えながら周囲を確認する。
「はは、……何とか……なっ……うぅっ」
哲人が激痛を感じて自分の手のひらを見ると、おぞましい程に赤黒い液に濡れていた。彼が気付かないうちに《鉄人》のフォージがティルトして、乃亜に散々切り付けられた部分から血液が溢れ出していた。
「哲人さん!」
そんな哲人に進がフラフラしながらも駆け寄る。少しだけ倒れて休んでいた進は、身体を動かすだけの力が回復していた。当然、フォージはティルトしてしまっているが。
「進くん……済まないね…………いでで……」
「取り敢えず二人は止めましたし、後は警察の到着を」
待てば良い。そう言おうとした進の言葉が、遮られる。そして、先程までの和らいだ表情を一気に強ばらせ、咄嗟に臨戦態勢に入った。
進が見た先にあるのは、何とか立ち上がろうとしている大門 青葉の姿だった。口から謎の呻き声のようなものを上げながら、彼は何とか立ち上がろうとしていた。
「大門、まだやる気なのか……!」
「……いや、無理みたいだねぇ」
言葉を発する事すら一苦労といった様子で、哲人は続ける。
「さっきので肋骨数本は逝ったはずさ。恐らく、立つのも難しいんじゃないかな」
その言葉通り、大門は片膝を付いて息をするので精一杯だった。
だが、そんな彼が不意に、ポケットに手を忍ばせる。
二人に、嫌な予感が走った。
「進君、あれは」
「爆弾のスイッチだ!」
大門が取り出したのは、画面のひび割れた液晶端末だった。機能は停止していないのか、電源を入れるとそれにいくつかの赤いボタンのようなものが写し出される。
「これを押せば……終われる。やり直せる、この世はまだ」
息も絶え絶えということが、喋り方だけで伝わってくるほどに限界の大門。それでも、ペストマスクの奥に覗く瞳のギラつきは何一つ霞んでなど居なかった。
「止めろ! そんなことをしたって、苦しむ人が増えるだけだ!」
「カカ、そうかもな」
「なら、なんで!」
大門は笑っていた。それは自分への嘲笑の笑みだ。
「いつからか、フォージを消し去るっていう手段が、目的に変わってた。だけど今更なんだよ。もう、戻れないんだよ」
「分かってるのに、何でやめないんだよ! やり直せば良いじゃないか!」
進の言葉に、大門はため息混じりに返す。
「今更、何のために生きろってんだよ」
彼の言葉には、隠しきれない疲労が詰まっていた。今現在ではない。彼がずっと積み重ねてきた、後悔や苦悩が、疲れとなって滲み出ていた。
「教えてやるよ後輩。俺はな、人を救いたかったんだよ。でもこの世界は、そんな風に甘くできてない。だからもう、生きる意味なんて無いんだよ」
そう語る大門は、もう終わりたがっていた。
だが、進はそんなことをさせられない。
「大門 乃亜は」
自分に似た少女の事を、知っていたから。
「あの子は、どうなるんだよ」
先程も同じ文面の質問を進は大門にしていた。だから当然、大門だって同じ返答をする。
「俺の事なんかすぐに忘れる」
だが、進は違うと言葉を返す。言葉は同じでも、聞きたいことは別だった。
「あの子にとって、あなたがどれだけ必要かの話をしてるんだ!」
その物言いに、人の間に勝手に入ってくるような無遠慮さに、思わず大門も苛立つ。
「あんたに乃亜の何がわかる!」
声を荒らげる大門。
一方進は、噛み締めるように、小さく言葉を紡ぎ始めた。
「……分かるんだよ」
あの日の言葉、乃亜の言葉を思い出す。
『前も後ろも分からなくて、一つのみちしるべだけを見てるの』
その意味が、やっと進には理解出来た。きっと自分のように、記憶を失って、困っていた所に、現れたのが大門だったのだろう。彼女も自分と同じだったのだと、進は感じ取った。
「あの子と僕は似てるんだ。目の前に現れた道標を辿るしかない。だって、それ以外に何も無いから」
進にとっては、自分のことを言っているだけ。
だが、大門はまるで乃亜の心境を聞いているように感じた。
「僕には居場所も、帰るべき場所も、家族の記憶だって無い。でもあの子には、あなたがいる」
羨ましい。進はそう感じた。曲がりなりにも、彼女は自分が持っていないものを沢山もっているのだ。
だから、彼女から家族という存在を奪おうとした大門が許せなかった。彼女にさえ、それを失って欲しくなかったからだ。
「生きる意味がないなら、あの子の為に生きてくれよ! あの子の事を思うなら、あなたは死んじゃダメなんだ!」
それは願いだった。自分のような辛い思いは、もう誰にもして欲しく無いと、進の心の底からの、祈りだった。
ふと、大門が視界を横に向けた。
夜に透けそうなくらい真っ白な肌、髪、そして瞳の少女が、いつの間にか、そこに佇んでいた。もうフォージは使えないだろうと、進も哲人も、何も手出しはしない。
「乃亜」
大門が呼び掛ける。
「うん?」
乃亜が返事をする。
「なぁ、乃亜。俺が居なくなっても、大丈夫だろ?」
大丈夫。そう返してくれるだけでいい。俺はお前を愛しているけど、お前は俺を愛さなくていい。忘れてくれたら、それでいい。
大門はそう思っていた。
しかし、大門の意思に反して、乃亜は何も言わず固まった。まるで、こういった場合になんと発すればいいか、言葉を知らないかのように。
「わからない」
乃亜が零したのは、肯定でも否定でもなかった。ただ、彼女の語彙の中には、胸の中に詰まる寂寥感を示すものが、何一つなかったから。
だが、彼女の意思は、その両目から零れた、ダイヤモンドのように輝く雫を見れば、すぐに分かる事だった。
「わからないけど、ぱぱは、だいすき」
私には、あなたが必要だ。それを彼女の知っている限りの言葉を尽くした言い換え。そのニュアンスは、確かに大門に伝わった。
大門は、その手を震わせながら、ゆっくりと、人形のようなか細い少女を、自分の娘を抱き寄せた。
「こんなお父さんを、許してくれ」
少女は、自分の父親が何を言ってるのか分からなかった。だから、彼のなすがまま、抱擁を受け入れた。
継ぎ接ぎだらけ、歪み塗れの二人かもしれない。生まれた場所も、育ちも、流れている血だって、何一つ同じところなどないかもしれない。それでも、お互いに必要とし、求め合っている。
だから、幾らボロボロでも、ちぐはぐでも、その二人は間違いなく、絆で繋がれた親子だった。
ようやく安寧を手に入れた大門は、愛娘の頭に自分の頭を近付けた。これだけは離さないと、言わんばかりに。
そして、大門はそのまま動かなくなった。
「……ぱぱ?」
不自然なくらいに。
まるで、死んだかのように。
だらりと、大門の抱擁が解けた。
乃亜は手に、不自然に湿り気を感じた。
その手は、血で染っていた。
そのまま大門は、寄り掛かるようにして乃亜に向かって倒れる。
彼の背中には、針のように先端が尖った物が、突き刺さっていた。それは、彼の腹部を刺し貫くほど、深くまで入り込んでいた。
「……排除」
突如として、大門の身体の下から、何かが膨らむように発生する。それは液体のような質感で、ゲーム等で出てくるスライムのようなものだ。大門の背中に刺さっているものも、この正体不明の物体から伸びていた。
そのスライムが、徐々に輪郭を形成していく。それは次第に人型となり、遂には完全に人間の形を得た。
「使えない奴だ」
それの素顔は分からなかった。何故なら、頭は銀色のフェイスヘルメットに包まれていたからだ。鼠色のバイザーの奥すら不透明だ。銀色のラインが入った黒いライダースーツに身を包んだそれの手には、大門の血液がべっとりと付着していた。
その姿に、進は突然、強烈な頭痛に襲われた。
- Re: 流星メタルに精錬フォージ ( No.13 )
- 日時: 2022/07/02 22:17
- 名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)
1-5.ブラックデビルにタイムリミット③
その突如として現れたライダースーツ姿の男に、進は脳内に強烈な頭痛と共に、若干の違和感を覚えた。それが既視感であるということを理解するのには、数秒を要した。
「ぱぱを! 虐めないで!」
乃亜が初めて怒りのような感情を発露させた。彼女は手にダイヤモンドの刀を生み出し、なんの躊躇もなくそのライダーに向けて、上段から切り下ろす。余りの回復の速さに、哲人と進は驚かされる。二人はまだフォージを使えるほど回復していないのに、少女のフォージは既に安定しているように見えた。
「《ダイヤモンドダスト》!」
煌めきを伴った刃が、そのフェイスヘルメットに触れた。あらゆるものを分断する、ダイヤモンドの業物。それはまるで薪割りのように、フェイスヘルメットごとライダーの身体を、真っ二つに斬り裂いた。
なんと呆気ない一撃。真っ二つになって尚立ちっぱなしの身体から、血液が吹き出す。
はずだった。
「ダメだ!」
そう言い放ったのは、未だ強烈な頭痛に襲われている進だった。
彼の言葉を体現するかのように、ライダーは真っ二つになった身体を自分の両腕を使い、そのまま両側から押して、切れ目をそのまま押し合わせた。ライダーの身体には未だ傷跡の縦線が残っているが、少なくともそれはまだ死んではいなかった。
「そのフォージに……物理攻撃は……!」
接合面が水音を立てて、泡を吹くようにして揺れる。数後には、まるで乃亜の攻撃なんてなかったかのように、完璧に再生をしたライダーの姿があった。
そのフェイスヘルメットが、目の前の乃亜から別の方を向く。少女では自分を傷付ける事が出来ないと、把握したようだ。
その鼠色のバイザーが向けられたのは、進の方だ。
「ほう」
その声音は、男のものだった。ただノイズ混じりのその声は、明らかに肉声ではないと分かる。
「貴様か」
その男は、まるで進を既知の人間かのように呼びかけた。
一方で、進もその姿を、フォージを、佇まいを、確かに知っていた。何故かは分からない。ただ記憶の奥底から、この男の情報だけが滲み出てくる。それを知ったエピソードなどは何一つ出てこないと言うのに。
そうやって男が進に意識を逸らしている最中に、既に乃亜は十二分に力を蓄えていた。そして、それを解放しライダーに迫る。
「『ダイヤモンドドレス!』」
少女の身体や服が透き通り始める。夜空に溶けそうな髪が、まるでメデューサのように枝分かれし、それら各々がダイヤモンドの剣となった。両手も鋭利な刃物と化した乃亜が、ダンスを踊るようにして、十数個もの斬撃を浴びせかける。
その斬撃一つ一つが、ライダーの身体を服やヘルメットごと斬り飛ばす。男はミキサーにでも掛けられたように、腕、足、頭、胴と、その一つ一つの部位以上に細切れにされた。
「《アクアレギア》」
だが、フェイスヘルメットからはそう声が発される。次の瞬間、切断された左手の部分が、唐突に少女目掛けて飛び出した。
乃亜は咄嗟に、それを左手の刃物で切り伏せた。
だが、切断した程度ではそれは止まらなかった。真っ二つになったまま、それが乃亜の首元に直撃する。
「ッ!?」
「鬱陶しい」
手の形だったそれが、銀色に変色したかと思えば液体へと形を変え、乃亜の首にまとわりつく。そして、万力のような力で気道を絞め上げ始めた。
「くるし……っ」
ライダーの床に落ちた身体たちがお互いに身を寄せ合うようにして混ざり合い、再び人型を形成してまた再生をする。ただ、左手から先は欠けているようだった。
ライダーはそのまま首元のそれを取り除こうと躍起になっている乃亜に近付き、その鳩尾に膝を撃ち込んだ。
大して早くもない攻撃。だが防御や回避に回す余裕など、酸欠状態の乃亜には無い。腹部に衝撃を感じた乃亜は、更に力を失い、遂にはフォージがティルトしてしまう。身体中からダイヤモンドの輝きが失われ、ただの少女になった乃亜が崩れ落ちるようにして倒れ、嵌められた首輪に悶える。
「人工風情が」
そう吐き捨てたライダーが、その靴で乃亜の頭を踏みつける。
目の前で行われる余りにも一方的な暴力を、進は見ていられなかった。だが、進にはそれを止める力などなかった。理解出来たのだ。今のほぼ力尽きた自分が何をしても、無駄に終わるだけだと。それは隣にいる哲人も同じだ。
世界は、余りにも無情だった。あの親子は、きっとこうなる運命だったのだと。どの道を選んだとしても、最後には丸く収まりハッピーエンドなんてものは、存在しないとでも言いたげだった。
「ぱ、ぱ…………」
少女は幼いながらに、察してしまった。きっと、自分はもう死ぬのだろうと。だから、最後は自分を救ってくれた人の事を想おうと、決めていた。
そして、激しい音がした。
その音に、その場にいた誰もが頭をそちらへと向けた。プロペラが回転して、空気を切り裂く音。ヘリコプターだ。小さめのそれが突如として、メタルツリーの屋上へと登ってきたのだ。
今現在、警察は下の階で上へと行く手段に手間取っていた。下の階の階段もエレベーターも爆弾によって破壊されてしまっており、応援に駆け付ける手段が無かったのだ。
だから、設備の破損や火災などを無視できるヘリコプターという手段は、妥当であるように思える。しかし、問題があった。
それは、警察がすぐに動かせるような高速ヘリコプターでは、少人数しか上に運べないのだ。操縦士も含め、二人が限界といった所の馬力しかないそれ。一人が行ったところで、強大な能力の前では一切歯が立たないのが目に見えていた。
だが、この男に限ってはそんな心配など、誰もしなかった。
その人物が、ヘリコプターから飛び降りるようにして現れる。
「全員『立てや』」
その男は、水色の警察の制服に身を包んでいた。黒の短髪には、所々に白髪が混じっている。強面の40半ばといったところだが、その顔や姿勢からは若々しいバイタリティさえ感じる。灰色の尖った吊り目は、フェイスヘルメットの男を見据えていた。
現れた男──警視総監、我堂満之は、全員に底冷えするような声音で命令を下した。
瞬間、乃亜に足を置いていたライダーがふらつき、二三歩移動して、力が抜けたように片膝を付いた。それは明らかに、その男が意図した挙動ではない。
「『ゴーストライダー』か。なんでお前がここにおる」
「我堂……面倒な奴だ」
『ゴーストライダー』と呼ばれたライダー姿の男は、我堂を見るや否や、バツの悪いとでもいいだけな声を上げた。
「はは、間に合ってよかった」
笑っていう哲人に、我堂が鋭い睨みを効かせながら返す。
「おい灰谷。お前には山ほど言いたいことがある。死ぬなよ」
「……ええ。それくらいは、受け付けますよ」
二人がやり取りをしている間にも、ライダーが立ち上がれる気配はなかった。それどころか、進は自分も立ち上がれなくなっていることに気が付く。この場にいる人間で、立っているのは我堂だけだ。
「分が悪い。ここは退く」
「させんぞ。『ここから動け』!」
瞬間、進は自分の体か硬直するのを感じた。呼吸や瞬きといった無意識で行えるものは出来るものの、その場から動こうとすると体が鉛のように重くなり、進は動けなくなってしまっていた。言葉は喋れるらしく、哲人が進に言う。
「我堂さんのフォージ《無能な司令官》だねぇ。……彼の言葉には、絶対に誰も従えなくなるのさ」
ライダーもピタリと動きが止まる。だが、逃げることがその男の狙いではなかった。
彼は既に目的のものを拾い上げていた。携帯端末状のそれを起動し、彼はなんの躊躇もなく、表示された全てのボタンを押した。
瞬間、轟音がした。その後に、その場に全員の足元が揺れるような感覚。メタルツリー内の爆弾が起爆し始め、床がその衝撃で揺さぶられているのだ。
「さらばだ」
「おい待たんかい!」
次の瞬間、ゴーストライダーの足元に機械音がしたと思えば、耳を劈く音と共に、赤色の爆煙が上がった。ゴーストライダーが、その爆風で吹き飛ばされ、そのまま落下していく。
そして、その場にいた、意識不明の大門と乃亜も、屋上から投げ出され、闇へと消えて行った。
「そんなっ……!」
進がフォージを使って拾いあげようとしても、既に二人は夜の底へと沈んでいってしまった。進は胸の中に残るやるせなさを、拳に込めて床に打ち付けた。
「クソ、流石に対策はしとったか」
《無能な司令官》はあくまで相手の行動に制限をかけるフォージだ。爆風によっての移動など、二次的な要因によって齎される現象までは抑制することが出来ないのだ。
「……私達の負けだねぇ、これは」
哲人が、爆風によってこちら側へとスライドしてきた携帯端末を拾い上げて、画面を見る。
そこには、明らかにタイムリミットを示すかのような電子式のタイマーが表示されており、進がそれを見た頃には、既に数字は「5:00」になろうとしていた。
タイムリミットは、五分だけ。
それは、フォージを使う全ての者にとってのタイムリミットでもあった。