複雑・ファジー小説

Re: 連翹(れんぎょう) ( No.1 )
日時: 2022/10/31 00:01
名前: @(アット) (ID: p/lGLuZQ)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi

壱話 ドクニンジン



 まだ人通りの絶えない街。まるで今日が最後だと言っているかのように輝く、薄く伸びたようなぺしゃんこの月。

なぜそんなものを見ているかといえば

 今日はクリスマス。街中に♡が溢れているからだ。

 それが嫌で私は空を見ながら歩く。人に当たろうなど気にはしない。ぶつかりムカついている人もいるが、人が星の数...それ以上にいるここでは人に当たることを気にしているものなどほとんどいない。別に当たったからと言って死ぬわけではないのだ。

 赤信号の前で止まる。街頭やら広告が流れている画面やらが明るくこの横断歩道を照らしている。昔の人が見れば、朝と勘違いしてしまいそうだ。そんなことを思う。

 昔の人が今の世界を見たらどう思うだろうか。「綺麗だ」と言ってくれるだろうか。

 この社会でなにも生産していない自分が言うのも変だが、現代は凄くいい時代だと思う。

 なにをもっていい時代だと言うのかは知らないが、きっとそうなのだろう。

 なにせ自分が生きていられるから...

 生活保護。なんて耳障りの良い言葉なのだろう。 

 そして―――――――

 なんて嫌な響きだろうか。生に感謝しつつも、これには心が2つに割れそうだ。

 人の金で食べる飯は美味いと言ってるやつがいたが、私はそんなふうにはなれない。

 あれは金のある奴のセリフだ。それか余程のクズか、だ。

 私はそこまで外道にはなれない。綺麗言を言うつもりはないが、やはり心が痛む。

 だが、それにもなれつつある。飯を食べるたびに涙をこぼしていた頃が懐かしいほどだ。

 だけど、時々分からなくなる。はたしてあの涙は申し訳なさからきたのか、それとも悔しさからきたのか。はたまた―――――

 くだらない自分語りに終わりを告げるかの如く、信号が青に切り替わった。

 人々が一斉に歩きだし、また人にぶつかる。その繰り返し。―――――――――かに思えた。

 だだっ広い道路で一人だけ歩いている自分。周りに人がいなく一瞬時が止まったように感じた。だがそうではなかった。一人の声が後ろから私に叫んでいる。

「横を見ろ――――――」

 明かりを感じた右を向けば、目が眩むほどの明かりが映る。

「え?」

 耳に残るような金属音とともに肌に触れたヒンヤリと冷たい感触。その後に浴びる温かい赤い鮮血と人の声。ここで「鉄の味がする。」と言えばカッコよかったのかもしれない、だが顔からぶつかり、舌が潰れてしまったらしい。

 さっきからおかしいと思ってたんだ。不自然なほど出てきた「生死」を連想する言葉の数々。

 フラグってこういうものなんだなと痛いほど感じた。いや、ほんとに...

でもそれ以上に脳裏に浮かんだ思い出はどうと言うことはない自分語りだった。

 私は正直に言って非凡だろう。自費出版はしたものの全くと言っていいほど売れなかった。三冊。これが売れた数だそうだ。(自分と友達で二冊だから実際に買われたのは一冊。ここまでくると逆に才能かも...と思ったほどだ)その売れた一冊ですら、本屋の前のゴミ箱に捨ててあった。
 
 そんなことはもう十年も前の話なのである。
 
 小説を書き始めてはや二十年。まったく時間が経つというのは早いものだ。早すぎる。

 近くのコンビニは潰れていた。隣の家のお子さんは20歳になっていた。両親は亡くなり、絶縁した弟は結婚をし、二人の子宝に恵まれ四人で幸せに暮らしていた。

 人間と言うのは子孫を残すのには十分に生きるが、何かを成し遂げるという観点からすれば非常に短い。

 今まで付き合った男性は皆無、告白どころか浮いた話すらないのだ。子孫の「s」の字すらない。多少あったかもと思ったが、インクの入っていないペンで紙を擦るぐらいだった。

 そんな私が何かを成し遂げるなどそれまた滑稽な話で、もちろんないのである。

 唐突ではあるが、これまで書いた小説は全て動かないのだ。物語が終わっている。

 これは決して完結したとかそういう意味ではなく、読む者がそこで読むのをやめれば、そこで終わるのである。

 いや、終わっているという表現は正しくないな。

 始まっていない。そう言うべきなのだ。

 物語を初めてくれる者がいなければ、その話はなかったも同然なわけで。歴史書に載っていない歴史と一緒なのだ。

 それを知る者がいなければ、そんな話はなかったと言える。 

 だからなのか私は紙に書いている。

 矛盾してしまうかもしれないが、誰にも見られなくとも残っているという事実だけで物語は始まっているような気がした。

 唯一の自分の生産品(また矛盾してしまった)。題名は「スノードロップ`s」。

 希望を持つ老若男女が、その希望を手に入れるために殺し合う。

 そんなよくあるバトル漫画だ。

 主人公の「水無月 葵」が親友の「山桜桃 咲」を血祭りにあげ、臓物をかき分け彼女の心臓を喰らう。その血の味を噛みしめ、彼女は泣きながらこう呟く。

「鉄の味がする」

 そんな感じで終わり、続きを期待させたが...希望虚しくといった感じだ。

 そんな小説の主人公――――ではなく、``元``主人公の「卯月 京介」が「水無月」にいったセリフ。これが自分ながら大好きなんだ。

「スノードロップ。お前に死を告げに来た。」

 これが大好きで、あの頃にはたくさんいた友人によく言ったものだ。

 そんな京介は捨て石系主人公(名付けたのは自分だが今思えば酷い言い方)で、その世界観と戦いにおいてのルールなどなど、それらを上手く水無月ちゃんに伝えるための本当に捨て石の役回りだ。(まど◯ギの巴さんみたいな)

 もちろんそのセリフを吐いた後、水無月に殺されるわけだが。

 だが私は本当は主人公を卯月にしたかった。

 設定としては主人公と同じ高校1年生で目がキリッとしていて、細身、長身で瞳孔の色は赤く顔立ちはイケメンと言って差し支えないレベル。そんな感じで描写していた気がする。

私の好みに全ブリしたキャラだった。そのせいで一時期やっていたマッチングアプリの希望欄に

「卯月君みたいな人♡」

って書いたのは良い黒歴史(?)だ。

まぁ、そんなキャラだったのだが、死んだ理由としてはまだある。

 主要キャラのほとんどには一人ひとりに「ホープ」と言う能力があり、それを使用しながら戦うのだ...

 だが彼は一度も使わなかった。

 そのせいで水無月に負けた。そう言ってもいい。(使ったとしても勝算など半分にも満たなかったのだが)

 本当は使わせるつもりだったのだ。だが彼の設定を読み返すと使わせる気が失せた。

 なぜさっきからこんなに他人行儀かというと、登場人物の中で、唯一彼だけが動いていたからだ。彼だけが私が考える行動とは違う事をした。

 小説は、作者の思い通りだ。だが、彼だけは違った。

 彼のことを考えると自然に筆が動くのだ。そういう観点では私が卯月になっていたことになる。

 例えるなら、水無月や山桜桃などは私が着ぐるみをきて演じている。
 
 だがその私を、彼は動かしている。

 そんな感じだ。

 こんなしょうもない事に時間を割いている中、私の体からは血が溢れ出ている。

 私は一体何をしたかったのだろうか。

 そして私は何を成し遂げたのだろうか。

 そんなことを考えた途端、私は掠れた声でこう叫んでいた。

「私にまだチャンスがあるなら、希望を叶えてくれ。」

 全くもって恥さらしだ。我ながら。

 死ぬなら静かに死んでほしいものだ。

 こんな最後に吐く言葉が、卯月が言った言葉だなんて。

 そんな意味の分からない願望を叫んだ途端、一気に現実に戻される。だがそれはあまりにも非現実的なもので...いや現実的なものなのだが、そうではない。

 目に映る景色全てが、懐かしい。でも少し視界が低く違和感がある。

 街灯が灯る夜道。肌をつつくような寒さ。そして「キリッとしていて、細身、長身で瞳孔の色は赤く顔立ちはイケメン」そんな男が一人、こちらを指さしている。

「スノードロップ。お前に死を告げに来た。」

 その瞬間、私の視界は彼の顔で覆われていた。