複雑・ファジー小説

Re: もちもちつよつよ旅日記 ( No.26 )
日時: 2023/07/07 22:52
名前: sumo (ID: 2cE7k4GX)

episode 26

ようやく朝日が顔を出し始めた頃、少女とスライムは町外れのバス停に着いた。

そこは大都市とは思えないくらい殺風景で、人が住む町からはかなり離れていた。
バス停の周りには、少女とスライム以外、誰も居なかった。

「ねえ。」
少女がスライムに話しかけた。
さっきまでの苛立った様子はどこかへ去って、細い声がすぅっとボクまで届いた。

「わたしたち、これからどうなるんだと思う」

後ろ姿を見せて、振り返らずにぽつりと呟いた。
そよ風にすっかり伸びきった髪がなびき、さらさらと揺れた。

ボクはいきなり聞かれて、何も言えなかった。
ボクらのこれから。
今まで考えたこともなかった。


だからその問いにスライムは、すぐに答えられなかった。

「今までさ、私たち旅してきたけど。本当に答えなんか見つかるのかな?」

「それは、きっと..だいじょうぶ..」
スライムが小さな声で、それでも少女に届くように、精一杯励まそうとしたが、少女は食い気味で次の言葉を放った。
「それって、」

「それってさ、ほんとに思ってる?結構長い間探してるのに、私の親も、名前だって分からないままなのに、」
少女はやはり背中を向けたまま、朝焼けを見ながらスライムに言う。

「で、でも」

「でも、何?」

「で、でも..」
少女の今までにないくらいの鋭い言葉に、スライムはひるんでしまい、口をつぐんだ。
もぞもぞしている間に、少女が嘆いた。
「ほんとにあるのかな。」

「は」

「私の名前。付けてもらえてないんじゃないかな。普通さ、子供が行方不明になったら。居なくなったら、みんな、一生懸命さがすよね。こんな大都市に来ても、張り紙ひとつないんだよ。だったらさ。こう思うしかないじゃん。」
「...私の、お母さんとお父さん、居ないんじゃないかなって。」

「じゃあ、わたしはなんなんだろうね」少女は鼻声で言った。
悔しそうに。苦しそうに。うつむいた。

「....。」
スライムはただ地面を見つめて黙っているしかできなかった。

少女の様子が最近おかしかったのは、自分の親が見つからないことが苦しいから?
親に愛情を注いでもらうことができないこの日々が、寂しいから?
自分の名前すらも分からないことに絶望を感じたから?

だからって、少女に親が居ないなんて、名前がないなんて、

「そんなわけ、な..」

ない、よと言い切る前に少女は振り返った。
このとき、ボクは初めて少女の表情を知った。
顔は涙でぐしゃぐしゃで、必死に堪えている顔だった。


「ない、って、言える?」少女はボクの目をじっと見て、
そして目線を合わせるようにしゃがみこんでいった。

「そ、れは」ボクは慌てた。
少女の推測が、100パーセントありえないなんて、そんなことは、言えないかも..しれない..。

「最近いっつもそうだよ。根拠もなく励ますのやめて。もう嫌だ。本当はなんとも思ってないんでしょう?ねぇ。」

「で、でも..」
こ、怖いけど。何か言わなくちゃ。

「でも、何なの?」
少女ははぁ、とため息をつきながらボクに聞いた。

「でも、根拠がないとしてもボクは信じる!君の名前も、おとうさんもおかあさんも、ボクがきっと、見つけるから!」
ボクは精一杯叫ぶようにして、気持ちを伝えた。
「...。」
少女は目を見開いた。頬は涙で濡れ、朝日の光が反射して煌めいている。
少女は口を開いた。

「は?」
それが、少女の口から出た言葉だった。

「だから、それ、やめろって言ってるんじゃん。信じるから何?きっと見つけるって、ふざけてんの?」
ボクを見下すようにして言った少女の目は、とても、冷たかった。
「ぇ..ぇ..」

"私さぁ、正しいこといってるんだから、おどおどしないでくれる。自分が言ったことに責任持ってよ。"
"それにさ、今まで見つかんなかったんだよ?でも、でもって。結局何が言いたいの?"
"てかさっきから、お前の言う言葉、ぜんっぜんフォローになってないよ?"

ずらずらと少女は吐き出していく。
お前、なんて。
言われたことなかったのに。

ボクはぽろぽろと涙が溢れた。

バスがやっと来た。
バス停の真横で、プシュー、と煙を出して止まった。



少女はついに立ち上がって
「じゃ、ばいばい。さよなら。いままでありがとね」
バスに飛び乗った。


「ま、まって!」
ボクを、置いていかないで。

ボクはバスの段差さえも越えられない。
だから。一人で、バスには、乗れない。
いつも少女の肩に乗って、乗車していた。

ボクの小さな体でどんなにぴょこぴょこ跳ねても、届かない。
(こ、このままじゃ...)

そして、バスの扉は、ゆっくりと、閉まった。

「まって、」
バスが走り出した。どんどんバスの姿は遠ざかり、見えなくなってしまった。
ボクは精一杯跳ねて追いかけた。今までにないくらいの長距離を走った。


でも、全く 
届かなかった。

「そんな..」
バスは、遠いどこかへ走り去ってしまった。