複雑・ファジー小説
- Re: もちもちつよつよ旅日記 ( No.29 )
- 日時: 2024/01/03 22:23
- 名前: sumo (ID: 8kWkLzD1)
episode 29
「ん...」
「よぅ、起きたか。よかった~」
その声は聞きなれたものだった。
「マキコさん!?」
周りを見渡すと、見慣れた光景が広がった。
さっき出ていったはずの、パン屋に、僕はまた戻ってきてしまった。
「おーよかったよかった。すぐそこの駅の近くまでいったらアルバイトが道端で倒れてるもんだから、びっくりしたよ。」
「あ...」
僕はあのあと力尽きて倒れたのか...すぐそこで。
僕が頑張って走った道のりはたいした距離じゃなかったみたい。
正直恥ずかしいや。
「それで..何があったのか..教えてくれるか?」
マキコさんは真剣な顔で、そして少しすまなさそうにして、弱々しく聞いた。
「えと...。」
___僕は置いていかれたことについて、包み隠さず話した。
迷惑だと思ってこの店を出たことも。
「...あの娘は幼いながらに色々抱えてるんだな」
僕の話が終わったあと、すまなかった、とマキコさんは頭を下げた。
「マキコさんは謝る必要ないよ。悪いのは僕だから。僕が...弱いから...。」
マキコさんは困った顔を浮かべて黙った。
たぶん、僕が暗い顔をしているからだ。
僕は、マキコさんに心配をかけてしまわないようにと、にっこり微笑んだけど、
涙がすぅっと頬を流れて、ふと、思った。
__僕がもっともっと、強かったら。
(きっとこんなことにはならなかったはずなのに、、)
うつ向いている僕を見て、マキコさんはしばらく考え込んでしまった。
が、「ひとつ聞いていいか?」とマキコさんはしゃがんで、僕の目線に合わせてから、口を開いた。
「..今、あの娘のこと、嫌いか?」
「...ううん。大事な、ともだち」
僕が答えると、マキコさんの口角がふっと上がった。
「じゃあ、会って仲直りしよう」
マキコさんは立ち上がった。
「...うん!」
その頃にはすっかり気持ちが楽になって、
僕を取り囲んでいたモヤモヤが少し薄くなった気がした。
心に晴れ間が見えてようやく、僕はこの店にいたおばあさんのことを思い出した。
いつもこのお店の、入り口から見えるキッチンでパンを作っていたはずなんだけど、
見渡してもどこにも見当たらない。
「ねぇ。マキコさん、」
「んーなに?」
「おばあさんはどこに..」「聞かないでくれ。」
マキコさんは、僕の言葉に被せたので、最後まで聞けなかった。
マキコさんはにっこり笑ったあと、何もなかったように振る舞った。
言われた通りに僕も、二度とおばあさんの話はしなかった。