複雑・ファジー小説
- Re: もちもちつよつよ旅日記 ( No.32 )
- 日時: 2024/01/04 21:30
- 名前: sumo (ID: 8kWkLzD1)
episode32
「ちきたくちくたく....。」
時計の短い針はもう8を差していた。
ふと外を見ると、窓の外はみかんの色で、少し黒も混じってきて、
だんだん夜になってきているのが分かる。
お昼ご飯はとっくに済ませてしまったので、僕のお腹はくぅぅと鳴いた。
「残ったパン食べちゃおうかな..」
いくらでも食べていい、と言ってくれたので、
せっかくなら用意された分全て食べようと思っていたのだが、
バスケットに入っていた沢山のパン全てを食べきることはさすがに無理だったので、
バスケットの中にはまだパンが残っている。
(いやいや、勝手なことしちゃダメだよ。これはお昼のために用意してくれたんだし。)
僕の頭の中でパンに手を伸ばす僕を制御する声が聞こえる。
やっぱり、もう少し待とう。
夜ご飯を用意してくれているかもしれないし。
ふと、バスケットに残ってしまった冷えきったパンたちを見て、
「少女ならきっとぺろりと平らげちゃうんだろうな。」
なんて想像してしまったので、余計に寂しさと、不安が脳内を襲う。
「マキコさん、まだかなぁ」
お腹も空いてしまって、読書にも集中できない。
そしてしんとした部屋の中でただ独りだと思うと、なんだか怖くなってきてしまった。
「はやく帰ってきてぇ」
べそをかきながらドアの付近で待っていたが、一向に帰ってこなかった。
そしてどれだけ時間が経ったか。
辺りが真っ暗になってきた頃、ようやく裏口から音がした。
「ただいま」
やっとだ、と一気に不安から解放され、安心感でいっぱいになり、体が暖かくなった。
「おかえりなさい!あのねまきこさん..。」
喋りながら裏口まで小走りでマキコさんに近寄る。
..が。
帰ってきた彼女は今まで見たことがない冷たい表情で、僕を見下ろした。
何も言わなかった。
ただ虚ろな目を覗かせて、僕に視線を送った。
背筋が凍るようなその瞬間はすごく長くて、時がゆっくりになったように感じた。
鋭い目線が額を貫通したかのように通りすぎて、僕は口ごもってしまった。
「あ..ぇ、と..」
ただ圧倒されてたちすくんでいる僕を通りすぎて、マキコさんはすたすたと自室に戻ってしまった。
「僕、なにか、したっけ..。」
あの目...。
怒ってるのかな、マキコさん。
マキコさんの"きもち"が僕には全く分からなくて話しかけることもできぬまま、
その日、マキコさんと顔を合わすことはなかった。
辺りが暗く、寝静まった中、
結局僕は空っぽのお腹を満たすためにバスケットに残った
冷えきったパンをただ無心でかじっていた。
それからマキコさんが部屋から出てくることもなく、僕はマキコさんが居る部屋のドアに向かって
「おやすみなさい」とだけ告げて、眠りについた。