複雑・ファジー小説
- Re: 戯構築世界ノ終末戦線 ( No.10 )
- 日時: 2023/03/11 17:11
- 名前: htk (ID: Mr.8bf9J)
1章〜〜第1幕、7話ーー副題(未定)
黙々と人列が続くーー。
ーーゆらゆらと生気の無い者達は、誰一人として喋らない。
そこにはヒューマンも居れば、特定の国家が魔族と呼ぶ様々な人種も居た。
色褪せた原野だ。
皆、一様に何処かへ向かっているらしく、萎びた色合いの草花に脇目を振る事も無い。
人列には子供も大人も、老人も混じっていた。
ざっくりと一望すると年老いた者が大きな割合を占めていそうだが、それがいったい何を示すのかは憶測の域を出ない。
いや、何となく分かってはいるーー。
ーー毒キノコを食した俺は死に、生身の身体を持たない者達の世界へ向かっているのだと、漠然とだがそう感じる。
しかし、どういうわけかーーそれが分かったからといって、何を為そうとか、あれこれしようとまでは思えない。
この色褪せた世界がそういう場所なのだと感覚的に理解した俺は、ゆらゆらと進む人列の中に溶け込んでいた。
人は死して、地上とは別の冥陸大地へ誘われると聞いた事がある。
生前の俺にとって死後とは確かめようも無い眉唾話だと思えていたが、実際に目にしてみると、特にどうという事も無い世界だ。
色素を失ったような草木が見える他に、これといったものは無い。
黙々と続く人列達はそれらに興味を持たず、多少の起伏に富んだ丘陵地帯を進んでいた。
俺も流れに任せ、ゆらゆらと続くーー。
ーー暫くそうしていると、対岸の向こうが霞んで見える川が遠目に出来た。
濛々と立ち込める霧で、向こう岸に何があるのかは分からない。
人列は船着場へと続き、渡し守らしい男へ何かを手渡している。
そのまま舟に乗る者も居れば、その渡し守に首を振られーー途方に暮れたように佇んでいる者達も居た。
次々と振り分けられていく彼らに続いて、今度は俺の番だ。
渡し守は手を差し出し、何かを催促しているらしい。
「……何だ?」
ここで俺は初めて、自分が喋れる事に気付いた。
そうだーー。
ーー俺は既に死んでいるんだから、言葉を口に出来たとしても不思議では無い。
渡し守の男ーー怪訝そうに眉を上げたのは、老人だろう。
フードを被った奥から、嗄れた声を漏らす。
「何かね?
、、現視世の駄賃を持たねば、向こう岸へは渡せんよ?
持ち忘れたのかね?」
「……駄賃?
そんなもの、冥陸大地で必要なのか?」
「当然じゃろう?
、、何処の世界にタダで飲み食いさせてくれるお人好しが居るのかね?
持ち金が無いのなら向こう、、さあ、行った行った!」
言われ、俺は川岸で集まる者達の元へ向かった。
向こう岸に渡れなかった彼らも、手持ちの金が無かったのだろうかーー?
ーー疑問に思い、訊ねてみる。
「……なあ、君達もお金が無かったのか?
俺もなんだ」
そう言って一人に声を掛けてみたが、反応は無い。
ゆらゆらと焦点の合わない視線で、こちらの言葉に何ら反応を示さなかった。
不気味だーー。
ーーこれ以上此処に踏み留まっていても良いのか、判断に迷う。
そう思って船着場の方へ視線を送ると、あの渡し守が舟を漕ぎ出す所だった。
それから暫くして、今度はまたーー別の渡し守らしい人が空の舟を漕いでくる。
舟が満員になる度、向こう岸に渡れる人達は深い霧の向こうへと消えていった。
ただこうして佇んでいても始まらないから、もう一度並んで訊いてみよう。
俺はまた、長い人列の最後尾に付き、丘陵の向こうから此処に戻ってきた。
「はあ!?
、、駄賃が無いなら邪魔!
とっとと行け!この文無しが、、!」
今度は若い娘の渡し守だ。
邪険に扱われて良い気はしないが、此処で引き下がっては何も得られないだろう。
「……生憎と手持ちが無くてな、済まん
駄賃が無い人はどうしたら良いんだ?
彼処で突っ立ってる以外で……」
「そんなの、死喰い鴉に啄まれるまでぼーっとしてりゃあ良いじゃない!?
、、あたしに訊かないでくれる!?
さあ、とっとと行け!死人風情が、、!」
言われ、押し出されるようにまた生気の無い者達の元へ戻った。
死喰い鴉ーー?
ーー怪訝に思って空を見上げるが、濛々と立ち込めた霧のせいでよく分からない。
だが、川岸の周辺をよく見てみるとーー不気味な人骨が散乱しているのが分かった。
生気の無い者達はそれにすら関心が無さそうで、ただ無心のままに啄まれる末路を辿るのだろうかーー?
ーー俺はそそくさとその場を離れ、また人列の最後尾へ戻る。
実際、列に割り込んでみてもーーとは思ったが、不用意な行動は慎んだ方が良い気がした。
そして、今度は3人目の渡し守だ。
「あら困ったわ?
、、駄賃が無い死人は向こう岸へ渡さない決まりなのよ?」
「……いや、それは良いんだ
どうやったら此処以外の場所に行けるんだ?
、、死喰い鴉とやらに襲われたくは無いし、何か無いのか?」
「見た所、あなたは他の死人達と少し違うみたいね
、、魂が残ってるのかしら?」
「……魂?」
先に話した渡し守達よりは話がしやすそうだから、俺は訊いた。
魂ーーとは、人の胸の辺りにあると聞いた事があるが、よく分からない。
訊き返すと、渡し守の彼女が応じる。
「魂っていうのはね?記憶を保持する為の構成体の一つよ
、、もしあなたが魂を残してるなら、向こう岸へ渡る必要は無いわね
何か思い出せない、、?例えばそう、、
、、生前の恋人とか?」
言われ、俺は考える。
生前の恋人と言われると皆無だが、頭に浮かんだのはーー使用人の彼女だ。
「……恋人は居ないが、気になる相手なら……」
「まあ!素敵ね!
その人とはどんな関係だったの?
、、ちゃんと想いを伝えたのかしら?」
「……いや、彼女は、、
、、実は名前も知らないんだ……」
「そう、片想いなのね、、」
哀れんだ瞳で、渡し守の女性はこちらを見た。
誤解があるようだが、俺は別にーー使用人の彼女に懸想をしていたわけでは無い。
だが、渡し守は根掘り葉掘りこちらの事情を訊ねてきて、俺は訊かれるがままに答える。
「……だから、彼女の名前を知りたいんだ
別に今更どうなるとも思えないが、会って話がしたい!」
「うんうん分かるわよ、その気持ち
いいわ!
、、上手くいくか分からないけど、あなたのその想いがあれば、、きっと成功すると思うわ!
じゃ、目を瞑って?」
「……は?
何をするんだ?」
「良いから良いから!
言う通りにするのよ?」
言われ、俺は怪訝に思いながらも目を閉じた。
顔に何かーー柔らかい感触が伝わり、目を開けそうになるが止められる。
「開けちゃ駄目よ?
、、そのままそのまま、彼女の姿を思い浮かべなさい
大丈夫!
、、全てを私に委ねなさい?」
言われるがまま、頭が朦朧としてきた。
柔らかな感触で良い匂いがするーー。
ーー何となく懐かしいような恋しいような気がする心地良さが、やがて俺の全身を包んでいった。
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