複雑・ファジー小説

Re: 戯構築世界ノ終末戦線 ( No.11 )
日時: 2023/03/11 17:20
名前: htk (ID: Mr.8bf9J)

1章〜〜第1幕、8話ーー副題(未定)



「もう大丈夫よ?
、、さあ、目を開いて」
 柔らかな感触が離れたかと思うと、渡し守にそう言われた。
 俺はゆっくりと目を開けーー先程とは別の光景を目にする。
 あの川岸では無いーー。
ーーだからと言って何処なのかというと、何処だとも言えないような場所だった。
 真っ白だ。
 生前、俺は豪雪の年に一面積もった雪景色を見た事があるがーーそれと比べてすら、こちらの方が白く眩い。
 いつの間にか脇に佇んでいた渡し守が、全てが真っ白な世界のある一点を示す。
「向こうへ真っ直ぐ進みなさい
、、上手くいけば、あなたは彼女に会えるわ?」
「……上手くいかなかったら、どうなるんだ?」
「それは訊かない方が良いわね?
、、覚悟が定まったなら、先へ進みなさい
此処から先の世界は一方通行よ?
もし、ここで怖気付くなら川岸に戻してあげられるけど、、」
 若干、こちらを案じるように言ってきた。
 上手くいかなかった場合ーーどうなるかを教えてくれるつもりは無いらしい。
 俺はやや考えるが、心はもうーー定まっていた。
 あの川岸に戻るかを訊ねてきた渡し守に、首を振る。
「……いや、良いんだ
ご親切にありがとう
ところで、あなたの名前は……?」
「いずれ、世界の行く末に携わる御使いが番物と手を携えるならば、その刻、、名乗る機会があるかもしれないわね?
、、それじゃ頑張って!」
 そう言って彼女は強めに背中を押してきた。
 蹈鞴を踏みそうになりながらも振り返ると、渡し守は真っ白な世界に溶け込んでいくーー。
ーー最後に微笑を浮かべ、拳を握り込んで示してきた。
 激励だろう。
 それを見送る俺は一礼し、身を翻す。
 ただただ白く、足場が本当にあるのかどうかもよく分からないがーー俺は純白の世界で歩みを進める。
 上手くいかなかったらどうなるかは知らないが、此処から先ーー退路は無いと思って良いだろう。
 戦では、時に敵の追討を絶つべく誰かが殿を務めなくてはならない場合もあれば、無慈悲な上官の命によって死に兵にされる事もある。
 それを思えば、退路があったって無くたって同じだ。
 前を進まなければ道は開けないし、後ろを振り返っている時間が時にーー多くの喪失を生む事だってある。
 これは戦場で寝起きするにつれ、醸成されてきた俺の考えだ。
 確信を持って、前進しなくてはならない。
 迷える将官の姿を見れば兵達は不安に襲われ、やがては末端の兵にまでそれが波及した時ーー戦場では敗北を喫する事となるだろう。
 国軍で若くして頭角を現した俺はそう教わり、ほんの短い期間だったがーー近衛師団副団長まで上り詰めた。
 それが喉元に傷を受け、ただの夜番に降格した頃にーー彼女は城に仕え始めたらしい。
 貴族の子女だった。
 いずれは爵位持ちの誰かの目に留まり、嫁いでいくに違いない。
 よく居る使用人の身の振り方は、大概にしてそんな所だった。
 彼女も同様ーーいつかは誰かに嫁ぎ、子を成して一門の為に一生を捧げるに違いない。
 そう思ったのが最初で、それから数年ーー。
ーー彼女はまだ、王城務めを続けていた。
 理由は何だろうーー?
ーー器量が悪いとは聞かないし、話に聞く限り目立った失敗や粗相があったとも考えにくい。
 それなら何故ーー彼女の容色ならとっくに何処かの貴族に貰われていっても不思議じゃなかったのに、疑問だった。
 もし訊ねる事が出来た身なら、俺は訊ねただろうかーー?
「……何故、君はたかが夜番の為にこうして飲み物を運んできてくれるんだ?」
 自然と、口から漏れる。
 気付けば、いつもの中庭だ。
 まだ賊共に襲われる以前ーー。
ーー踏み荒らされる前の王城に、俺は居た。
 あの真っ白な世界は跡形も無く、〝この日〟は珍しくーー共に夜番を務める相方も居ない。
 いつか見たーー覚えのあるような記憶だ。
 トレイに二つカップを乗せた〝彼女〟は、俺にその一つを渡しながら言う。
「、、たかが夜番だなんて言わないで下さい、副団長様
あなた様はあの日私を助けてくれた、勇敢な騎士様なのですから」
「……騎士様?
それはどういう?」
 分からないーー。
 あの日、と言われてもーー。
ーー俺が彼女と会ったのは、彼女が王城務めを始めてから間も無くだった筈だ。
 まったく覚えが無い。
 怪訝そうなこちらを見、彼女は溜め息を吐く。
「はあ、、
、、何でもありません」
「……いや
何でも無くは無いだろう?
気になるんだが……」
「ご自身の胸に聞いてみて下さい」
 つれなく、そう返答が返ってきたがーー俺が頭を悩ませていると、怪訝そうに訊いてくる。
「、、本当に覚えていらっしゃられないのですか?
副団長様がまだ、クアノッキのスラムで生活していらした頃です」
「……うん?
随分と昔だな、、というか、俺が孤児だったなんて君に言ったか?
あ、、!さてはあいつ、喋ったな……」
 此処には居ない相方に向かって、俺は毒吐いた。
 あいつも時々口が軽いから困るーー。
ーー夜番の片割れをどう問い詰めようかと考えていると、彼女は話題を変えた。
「今度、クアノッケル領内で軍事指南を務めるそうですね?」
「……ああ、その話か
1日だけでも良いとのお貴族様のお達しなんだが、、
、、何故俺なのか、まったく分からん……」
「副団長様の名声が伝わったからでしょう
、、先のリトワール国との戦いでのあなた様のご活躍は、王都のみならずマルトワ辺境にまで知れ渡ったと聞いておりますから」
「……うん?そうなのか
そう聞くとむず痒い気もするな
ところで、なんだが……」
「はい、何でしょう?」
 こちらの言葉を待つ様子の彼女に、俺はやや沈黙した。
 いざこうして話してみると、どうにも切り出しにくいーー。
ーー何故、死した筈の彼女とこうした遣り取りが出来るのかは疑問だが、此処は死後の世界の筈だ。
 俺は意を決し、まだ名前も知らない使用人に訊ねる。
「……その、君の名前を
いや、知らなくてだな?
済まないが、教えてくれないか……?」
 覚悟を決めて言ったが、返ってきたのはーー無言だった。
 改めて彼女の顔を覗き込むが、楚々とした顔がいつも以上に無表情だ。
 いやーー。
ーーどちらかというと手に持つトレイをカタカタと震わせ、どうやら怒らせてしまったらしい。
「……あ!いや?
その、まだ名前を訊ねた事が無かったと記憶しているんだが、、
、、君の名前を知りたいんだ」
「ふう、、」
 長い溜め息を吐き、気分を落ち着かせているように見えた。
 不味い事を言ったかもしれないという自覚は、多少はあるーー。
ーー本来なら、こうして喋れる身なら真っ先に訊くべき事だし、自身の至らなさとか情けなさを突き付けられている気分だ。
 彼女は長い沈黙の末、ようやく口を開く。
「初めて城務めになった折に申し上げましたが、、
、、アンネリです」
「……アンネリ、か
いや、初めて城務めになった時?
悪いがちょっと記憶に無いんだ、本当に済まない……」
「はあ、もう良いですよ、、
今度は忘れず、確と覚えて頂きたいものです
エドゲル様」
「……あ、ああ
分かった」
 名前を呼ばれ、俺はカップの中身を飲み干した。
 正直、居た堪れない。
 温度を下げた彼女の視線を真横に、夜風が一層冷え込んだ気がした。



次話=>>12