複雑・ファジー小説

Re: 戯構築世界ノ終末戦線 ( No.6 )
日時: 2023/03/09 18:22
名前: htk (ID: 5USzi7FD)

1章〜〜第1幕、4話ーー副題(未定)



 何で、君がーー。
ーーそう言ったつもりになったが、言葉が出てこなかった。
 自分が唖だった事も忘れて、呻きを零す。
「……ウ゛ゥ゛エ゛……?」
 俺の背を抱くようにして、使用人の彼女が覆い被さっていた。
 火槍に貫かれた胴から、肉の焼け焦げた匂いが漂ってくる。
 同時に俺の肩の付け根あたりもじわりと痛んだから、先程放たれた攻撃術が人一人分を貫通したに違いなかった。
 見開かれた双眸と、目が合うーー。
ーーその先に映る俺の顔は、きっと情けなかったに違いない。
 既に痺れの消えた足で、彼女の方を向いた。
 足元へそっと寝かしつけるが、衣服にぽっかりと空いた穴が傷の深さを物語っている。
「……ウ゛ハ゛ウ゛イ゛……」
 済まないーー。
ーーと言ったつもりだ。
 勿論、そんな言葉が俺の口から出てくる事は無い。
 苦悶を浮かべた使用人の彼女は、苦痛の声を上げる。
 その様子を見、事態に気付いた小間使いの少女が駆け寄ってきたがーー。
「嘘、、
、、先輩?」
 まるでこれから先に起こる事が分かったかのように、遠巻きにしていた。
 たった一歩の距離を、果てしなく長いものに感じたのだろう。
 暗い予測を打ち払い、俺は息も絶え絶えな彼女の手を握る。
「ク、、フぅ、ふゥ
、、副団、長様、、」
 上手く呼吸が出来ていないらしかった。
 身体に風穴が空いていては無理も無い。
 彼女は何かを言いたげに、苦しげな口を動かす。
「フぅ、ふゥ、、ク、、?
そん、な顔、、しないで下さ、、」
 俺はこの瞬間、余程情けない顔をしているらしかった。
 彼女は自身の苦痛を捨て置き、続ける。
「、、ふゥ、ど、、どうか
無事、落ち延、、
、、この国、を、、」
「……ウ゛ヘ゛ウ゛ア゛……」
 もう喋るなーー。
ーーそう言いたかった。
 それで結果が変わるとは思えないが、この時の俺は僅かな希望に縋りたかっただけだ。
 長い吐息が彼女の口から漏らされ、情けない顔を映したその瞳はーー光を喪った。
 もう何も映し出さないーー虚無の表情だ。
 その瞼をそっと閉じてやるが、そこから先ーー何を考えれば良いのか分からなかった。
 人死には初めてじゃないし、戦場や魔物の掃討で何人もの兵士を看取った事も当然ある。
 それなのに、このーー渇きにも似た空虚な感覚は何なのだろうかーー?
ーー俺はこの感情を、知っているようで何も知らない。
 呆然と思考が混濁しそうな頭上から、誰かが叫んでいるのが聞こえてくる。
「ちイ!?暗くてよく見えねえが、、
、、生きてやがんな!?
追え!」
 聞き覚えのある声が指示を飛ばした。
 ドタドタと駆ける足音ーー。
ーーそれらに紛れて、また今度は別の聞き覚えのある声が話しかけてくる。
「副団長さん、、行きましょう?
、、ちゃんと付いて来て下さい」
 言われるがまま、今日初めて会った少女に手を引かれた。
 まるでお荷物だ。
 生きようとするその華奢な手とは違い、俺の心はどうしようもなくーー。
ーー取り遺された彼女に惹かれていた。



 途中、見覚えのある顔とすれ違った。
 恰幅の良い身体はお世辞にも整っているとは言い難い。
 その男が、何やら口喧しく言い立ててくる。
「この忙しいのに何だね?
、、見れば唖の元何団長君だかが居るじゃないか?え?
小火騒ぎもせっかく収まりそうだというに、君はそのへんで王城務めも忘れて女遊びかね?
これは大問題だよ!?まったく、、」
 ブツブツと言う肥満体の話は正直ーーどうでも良い。
 だが、俺の手を引く少女はそうは思わなかったらしい。
「あのですね?
今がどんな状況か分かって言ってますか?
この国、マルトワでしたっけ?
襲われてるんですよ!プレイヤーに!」
「勿論分かっているとも!
だから私がこうして、大臣の身に与りながらも走り回ってると分からないのかね?え?
これだから平民上がりの小間使いなんぞ、雇うべきでは無いと常々陛下には申し上げていたのだよ!」
「平民とかそんなのはどうでも良いんです!
あそこ、見て下さい!
今お城の城壁らへんで火の手が上がってますよね?
聞いてます?人の話!?
とにかくあっち向いて下さい!?何なんですか!あなたは、、!?」
 少女は催促するが、無駄だろう。
 お大臣の彼は自分の話に夢中で人の話なんか聞かないし、仮に目の前で雷が落ちても気付かない程度には面の皮が厚いと言われている。
 少女が懸命にその指で示すが、一向にそちらを向く気配は無い。
「やれやれ、こんな騒ぎの中で冗談がお上手なお嬢さんだね?え?
いっそそれだけ元気があるなら少しは消化活動に役立って欲しいものだよ、まったく、、
ああ、私は忙しいというのに平民はこれだから、、」
「何なんですか!?
もう知りません、知りませんから!
副団長さん、早く行きましょう!
こんな豚放って囮にでも役立って貰えば良いんです!
さよなら!」
 言った彼女は断固とした雰囲気で俺の手を引いた。
 案の定ーー此処で足止めを喰らったばかりに、後にしてきた方角から足音が聞こえてくる。
 別に豚ーーじゃなくて大臣がどうなろうと知った事では無いが、それにしても少女の言った悪口は的を射ているように思えた。
 そんな事を考えている内に、賊の追っ手の声が喧騒に包まれた城下町に響き渡る。
「居たぞ、あそこだ!
ボス初討伐は俺が貰うぜ」
「待てよ、一人で突っ走るな!
、、あいつは強え!
よし、一人は援軍呼んで来い!
俺らで時間を稼ぐぞ!いいな!?」
 そう言った一人の指示を皮切りにこちらに向かってきた。
 既に少女に手を取られた俺は急かされるが、あの大臣は事態の概要をまったく把握していない。
「何だね?次から次々と
そこの君達ぃ、、ちょっと手が空いてるなら手伝っては貰えんかね?え?
こんな夜分に走り回る気力があるなら、如何に素行の悪い平民風情でもたまには役立つというものだよ!わっはっはっは」
「煩え、豚野郎!?
、、俺の新スキルのサビ落としにしてくれるぜ!
喰らえ、スラッシュアッパー!」
「ぶひィイッ?!
、、き、貴様らぁ!?
まさか小火騒ぎの犯人の一味かね?え?
このマルトワの重鎮たる私に刃向かおうとは、平民以下の分際の癖に笑止千万!
先祖伝来の爆烈術で葬り去ってくれようぞ!?
、、彼の敵をこの地より灰燼と帰せ!エクスプロ、、」
「ブヒブヒ煩え!
スラッシュアッパーからの、、
、、ターンチョップだあッ!」
「ぶひヒィイッ!?
まさか、この私が平民以下の賊めらに、、
、、ぶファア?!」
 後にしてきた路地から断末魔が聞こえた気がしたが、空耳かもしれない。
 騒ぎの収まらない城下町を抜け、先を急ごうとしたーーその時だ。
 奇妙な鳴き声を耳にした気がした俺は、頭上を見上げる。
 真夜中の空に浮かぶ月ーー。
ーー雲間の少ない暗がりを背景に、月光を遮る〝何か〟が浮かんでいた。
 いや、羽ばたいていると言った方が正しいかーー。
ーーその生き物はこちらを見降ろしたかと思うと、喧騒の鎮まらない城下町にゆっくりと降り立った。



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