複雑・ファジー小説
- Re: 戯構築世界ノ終末戦線 ( No.8 )
- 日時: 2023/03/09 18:39
- 名前: htk (ID: 5USzi7FD)
1章〜〜第1幕、5話ーー副題(未定)
一人だ。
あの小間使いの少女ーー。
ーー結局名前を聞く機会は無かったが、知り合いらしい魔族と合流したのを機に、ひっそりとその場を去った。
冷たい、と思われるかもしれないが狙われているのは追っ手の様子を見てきた限り、俺だ。
新人の小間使いをあのまま連れ回してしまってはいずれーー何かが起きないとも限らない。
不甲斐無いが、今の俺には少女一人すら護り切るだけの自信が無かった。
それに、あの少女には特別な何かがあるようだし、おそらく問題無いだろう。
連れの魔族の男もあれだけの眷魔を従えているのだから、無事切り抜けられる筈だ。
俺は町外れを抜け、人里から離れた地を歩く。
もし、誰かに目撃でもされたらその歩く姿から、情けなさが滲み出ていると映ったかもしれないーー。
そんな誰かに名乗る機会も呼ばれる機会も唖の身の上ではそうそう無い俺の名は、敗残兵エドゲルーー。
ーーいや、逃亡兵といった方が正しいだろう。
城下町での戦闘はまだ収まってなかったし、王城の中庭を襲撃した人数はざっと100人程度だったがーー。
ーー町中で暴れる賊共も含めれば、どれだけ人数を揃えていたかは分からなかった。
そして、幾度か追っ手と斬り結ぶ内にーーこの剣だ。
剣身が根元からへし折れ、今ーー俺の手に握られているものは鍔から下だけとなってしまっている。
もう戦う必要は無いーーと言われているみたいだった。
剣が折れた際、まだ幾らかは残っていた無けなしの闘志も砕けてしまったのだろうーー。
ーー柄を握る掌に、力が入らない。
消耗した足のまま山中へと分け入っていった俺は、片耳に物音を聴く。
落ち葉を踏み締めるような音は、こちらを窺うように足を止めた。
暗くてよく見えないが、ここで出る大抵の魔物は知っている。
ずんぐりとした豚ーー。
ーーいや、あの豚大臣とは別の本来の意味での豚だが、それが意味する本来の豚とは家畜化されてるから大人しいのであって、たとえ見た目が似ていてもまったくの別物だった。
体高が人の高さ程の魔物ーーピグルミートンはこちらを見付けると、後ろ脚を盛んに踏み鳴らす。
来るーー。
ーーそれがいつものピグルミートンの十八番で、出会い頭早々の突進は戦列を構えた盾の訓練にも利用される。
だが、俺にとっては慣れたものだ。
迫り来る巨豚の突進を難なく躱し、躱した際にその後ろ脚を爪先で引っ掛ける。
制御を失ったピグルミートンがそのまま何処かへぶち当たればーーこの場合は周囲に乱立する木々だが、その大きな物音を合図に攻め立てるのが定石だった。
兵達の野外訓練では、いつもそうしている。
だが、俺はふらつくピグルミートンの追走を躱し、まだ暗い森の中を駆けた。
仕留めても良かったが、折れた剣だけでは時間がかかるだろう。
ここで無駄に体力を消耗しても仕方無いし、僅かに差し込む月明かりを頼りに先へと進む。
目的があるわけでは無いーー。
ーー城住まいの身分ながら唖となったせいで、大した付き合いも無くなっていた俺にとって、帰る場所というのは望めなかった。
あの襲撃の様子では、おそらく近日中に王都は制圧され、マルトワ国民にとって苦難の時代が始まるかもしれない。
そこに怒りや義憤を感じないわけでは無かったが、何故かーー。
ーー王城を脱出した時から、浮かび上がった激情は数瞬もしない内に沈んでいってしまう。
原因はーー自分でも分かっているとは言い難いが、彼女だろう。
俺が相方と夜番をしていると、いつも決まって飲み物を持ってきてくれたーー。
ーーそれだけの関係だ。
唖になって名乗る機会も喪ったせいか、人の名前を訊ねる事も出来無くなったし、誰かから名前を呼ばれる事もめっきりと減っていった。
だから、使用人の彼女の名前を俺は知らないし、その事がーー酷く悔しい。
何故、俺は彼女の名前を知らなかったのだろうかーー?
ーーその理由は自分が唖だからだと説明は付くが、それでも後味が悪い。
どうしようもない居心地の悪さから俺はーー逃げていた。
その事は多少なりとも自覚しているし、結局の所ーー彼女と深く関わろうとしなかったのが原因だろう。
名前を知らないーー。
そんな彼女が最後に言おうとしたのは、果たして何だったのだろうかーー?
ーーこちらの身を案じながらも、苦しげに言いかけた最期の言葉を考える。
『、、ふゥ、ど、、どうか
無事、落ち延、、
、、この国、を、、』
この国をーー?
どうしろと言うのだろうーー?
ーー多少の剣の腕があっても、相手は何処の所属とも分からない得体の知れない集団だ。
あの小間使いの少女は、ぷれいやーーーと彼らや自らを称したが、何度倒しても甦るのが本当ならどうしようもない。
実際、火の手が上がった城下町ではあの中庭で見たような顔を見掛けたし、これまで逃げてくる際にも同じような顔と何度か戦った。
何度倒してもあの賊共が攻めてくるなら、実質手の施しようが無いーー。
ーー俺は彼らのような不死身では無いし、嬉々と襲撃してくるぷれいやーとやらのしつこさには正直、疲れていた。
使用人の彼女は、国をーーと最期に消え入りそうな声で呟いたが、俺にどうしろと言うのだろうかーー?
ーー護って欲しい?
それとも救って下さいーーとでも言おうとしたのかもしれない。
だが、俺は喧騒に包まれた城下町を落ち延び、こんな所に居る。
森を抜けた先のブナブエナの町に向かったとしても、大した戦力は期待出来ないだろう。
それに唖の身の上ではまず怪しまれるだけだし、肝心の俺が話せないとあってはーー打つ手が無い。
「……ウ゛ッ゛ク゛ァ゛!?」
臓腑でも吐き出しそうな気分で、俺は唸った。
もどかしさを抑え、先を進む。
足は王都から西ーーブナブエナ方面へと何となく向かってはいるが、辺りは暗がりの森だ。
実際、何処を歩いてるかはよく分からないし、まったく見当違いの方向へ向かってる可能性もあるだろう。
そういえば、この森は確かーー妖精の森と呼ばれていたのを思い出した。
迷い込んだ旅人を欺き、人の魂を奪うとも妖精の国で一生の間囲われるともいわれているが、それは噂に過ぎない。
実際はマルトワ国民が他国の他所者を揶揄うのに流布したとーーそう理解されるのが一般的だ。
勿論ーー妖精と呼ばれる、人種なのかそれとも魔物なのかよく分からない存在は居る事は居るらしいが、幸いにしてか俺はそういった不可思議な存在を確認した事が無い。
そんな事を考えていると今度はーー野犬の群れだ。
魔物だろう。
通常、魔物かどうかを見極めるのには、その足元を見れば良いーーといわれている。
何故なら、魔物からは物体にある筈の影が生じる事は無く、明るい場所なら簡単に見極められるからだ。
しかし、今の時間帯は未明頃だろうかーー?
ーー暗さで野犬の足元は確認出来ないがどちらにしても十中八九、魔物と見て良いだろう。
先の豚と違って匂いを辿られたらキリが無いし、逃げるのはあまりお薦め出来なそうだ。
俺は仕方無く、鞘の留め具を外してそれを握った。
次話=>>9