複雑・ファジー小説

Re: 白い「キミ」とグレーな「ボク」 ( No.5 )
日時: 2023/11/25 21:40
名前: でんた (ID: eVCTiC43)

第四話「君の後ろ姿を追って」

昼休みの失態を挽回することもできず、学校での一日は終わった。
七時限ある授業のうち、最後に話しかけることができたのはやはりあの食事の時だけだった。

七時限目の授業を終えて、終礼に入る前の数分間の休憩時間。康太は最後の「抵抗」に帰りに誘おうとした。
「ねぇ白瀬さん。」と話しかけようと口を開けた時。

「花梨ちゃーん!」

クラスの女子生徒達が転校生に近づこうと、花梨の机に群がった。
彼女らは、先程のように花梨について色々聞きだそうとしている。

「花梨ちゃん、数学得意そうだよね。テストギリギリだから教えてほしいな!」

「後でRINE交換しようよ!」

皆それぞれ勉強の話題や、連絡先の交換、どんな趣味なのか質問を投げかけた。
花梨は一気に群がられ、まるで籠の中の鳥のように窮屈な環境に置かれ、ただ黙り尽くしている。

「あ、えっと…」

両手を膝の上に置き、ただ戸惑っている彼女を見て、女子生徒の一人が声をかけた。

「ちょっと、また花梨ちゃん困っちゃってるじゃん。みんな落ち着こうよ。」

クラスの女子の中心である蓮花が、みんなにそう呼びかけ、質面攻めで騒ぎ立てる態度をいさめた。
彼女らも蓮花の言うことならと騒ぎを抑え、蓮花が代表して花梨に話しかける。

「私、栗本蓮花、宜しくね。クラスの女子達はみんな仲良しだから、花梨ちゃんも一緒に学校生活楽しもうね!」

花梨の机に手をつき、花梨の顔を見つめて言う。
面と向かって歓迎された花梨は、さらに赤面して「うん。」と小さく頷いて応えた。

「おーい、着席しろー。」

担任が戻ってくると、女子生徒らは自分の席にそれぞれ戻っていった。

「あぁ、ダメだった。」

康太は最後のチャンスを失ったように思え、ただ落胆した。
そして、担任はそのまま終礼を始めた。

「…ということで、今日は以上です。みな、中間考査に備えろよー。」

生徒たちが「えー!」と嫌がる中、終礼が終わった。康太も帰宅の途につく。
康太が教室を出ると、一人で足早に廊下を歩く花梨の姿を見つけた。恐らくもうパニックに陥りたくないのだろう。
今こそ一緒に帰ろうと話しかけるチャンスかと康太は思った。しかし、いざ話しかけるとなると少々怖くも感じている。ただ、その小さな背中を見つめるほかなかった。

校門を出ると、周りには同級生や他学年の生徒が賑やかに下校している。…康太と花梨の二人を除いて。
喧騒の中でその影を薄くするようにただ俯いて歩いている少女の姿を、帰宅中の生徒らは何ら気にすることはないだろう。

康太は花梨との距離を縮めようにも、どうしようもないので、その姿を見つめながらただ歩いていた。

気づけば最寄り駅の改札に到着していた。やはり花梨は康太の数歩先にいる。
駅のホームでは、沢山の同学生が電車を待っている。同じ制服の中にいても、康太は花梨の姿を見失うことはなかった。
花梨は三号車の二番ドア列に並んでいたが、康太は彼女の傍に近寄ることができず、同じ車両の一番ドア列に並んでいた。

やがて、康太の乗るべき電車が到着した。田舎であるためか、電車は帰宅ラッシュの時間帯にあっても空いている。

「多原田ぁ~。多原田ぁ~。お忘れもののないよう、気を付けてお降りください。」

車掌の放送が流れるとともに開いたドアに、多くの学生が乗り込む。
普段、康太は後ろの邪魔にならないよう、車両の中央に向かって歩く。今日も同じように乗車した。
康太は、いつものように、二番ドアと一番ドアのちょうど中央あたりで止まって椅子に腰かけると、

「…あっ!」

彼の右の席には、花梨が座っている。どうやら彼女も人の流れに乗って、車両中央まで歩いてきたようだった。
まさかあんなにまた話しかけようとした彼女が自分のすぐ横に座ることになるとは思わなかった。唐突に胸の鼓動が高鳴り、それは、周囲の騒めきの中でも耳にその振動が伝わるほどだ。
「話しかけなきゃ」康太の脳内にはその一つがずっと、まるで長い帯のように延々と渦巻いている。

「今日は、今日はとりあえず良いかな。」「いや、でもここで話しかけなきゃ、ずっと逃げてしまう。」
彼は、相反する考えが更に頭を巡っているのを感じた。

「ドアが閉まります。ご注意ください。」

やがて、電車は走り出す。
車掌がベルを鳴らすと、ゆっくりと景色が流れていく。