複雑・ファジー小説

Re: Requiem†Apocalypse ( No.1 )
日時: 2023/09/21 23:31
名前: 匿名 (ID: MDTVtle4)

序ノ廻ノ起

「最後のチャンスだ、”ルカ・フィリッポス”。正直に答えなさい」

 僕の名を呼んでそう聞いてくるのは、目の前ですごく怖い顔をしている壮年のおじさん。白いローブを羽織っていて、いかにもな感じの白髪の整った髪と、同じ色の口ひげを蓄えた見た目。とてもじゃないけど、この場で僕を”擁護”してくれるような人ではない事はよくわかる。同じような格好のお兄さんやおじさん、お姉さんやおばさん。老若男女問わず、目の前のおじさんの両隣を数人が囲って、僕を睨みつけてきてる。怖い。
 そう考えながら、僕は額から汗を流していた。嫌な汗、べとべとしてるし、頭が真っ白になって何も考えられなくなってしまう。怖いから。

「は、い……」

 僕はそう答える事しかできない。

「お前は――」

 僕の脳裏には、あの恐ろしい光景が蘇ってきている。

 ――深紅に染まった僕の家。薔薇よりも真っ赤で、ぬるりとした感触と鉄みたいなにおいと、心臓の鼓動の音。それが僕の身体中を駆け巡って……ただ、目の前に広がっていた視界に映っていたのは、赤く染まる大好きな、パパとママの姿。それと……

<アハハハハハッ>

 知らない人の笑い声。耳に入ってくる音とその声が混ざり合って、脳内で響いている。
 なんで、どうして。という疑問を口にする前に、僕の喉がきゅっと締まる感覚が襲ってきた。息ができなくなり、かひゅっと音が僕の口から漏れる。背中に衝撃、遅れてやってくる痛み。壁に叩きつけられたと認識すると同時に、目の前の人が僕の悶え苦しむ様子を見て楽しそうに笑っていた。

<――――>

 何か言ってる。何かを口にしている。口が動いている。でも、それを理解できる余裕もない。僕、ここで死んじゃうのかな……。目が潤んできて、視界が歪んでくる。僕も、パパとママと同じように、動かなくなっちゃうのかな……




―――




「――僕は、身動きが取れませんでした。僕は……抵抗なんてできるはずもありません」

 目の前のおじさん達に、僕はそう答える以外できなかった。だって、それが真実で、それ以外の事を僕にできるわけがない。

「――いい加減にしろっ!」

 バアンと机の叩く音が部屋を駆け巡って、反響してくる。ここは地下室。しかも、かなり広い場所だから、音も良く響いて壁の中に消えていく。僕は、その音に驚いて身体が一瞬痙攣した。

「嘘をついても無駄だ、フィリッポス! 貴様以外にあの夫婦を殺せるはずもない。なぜならば、貴様の言う「真犯人」の痕跡など……どれだけ調べようとも出ていないのだからな!」

「……っ! 違います、本当に僕はあの人に首元を掴まれて、それで――」

「あなたが殺したのでしょう?」

「この人殺し!」

「なんという子なのだ。あんな惨いやり方で、しかも肉親を殺すなどと……!」

 だれも僕の反論を聞いてくれない、遮って僕の言葉を無視している。僕は必死に声を上げたんだ。「違う」「僕じゃない」って。だけど――

「静粛に」

 怖いおじさんが木づちを叩いて、その場を鎮めた。そして、僕を見下ろしてくる。その目は、冷たく恐ろしく、僕の背筋も凍ってしまうくらいだった。彼が口を開く。その内容は、無慈悲なものだった。

「”ルカ・フィリッポス”。貴様に判決を言い渡す」

 この場に僕の味方はいない。下された判決を覆す事も、僕を弁護してくれる人も……いない。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.2 )
日時: 2023/09/21 23:34
名前: 匿名 (ID: MDTVtle4)

中華飯店「寧幸むしろしあわせ」。この広いフランスでも唯一の、東洋の食文化「中華料理」「和食」というものが食べられる「定食屋」。店内は脂っこくてべとべとしていますが、すごく汚い! と目くじらを立てる程でもありません。赤い壁に四角い渦巻きの絵が描かれていて、とても不思議な空間です。そんなこの定食屋さんは、フランスでは見たことのない「ギョーザ」とか「ラメーン」とか……こってりしていて脂っこいのに、ガツンとした濃い味、尚且つ病みつきになる程の中毒性を誇る美食を提供してくださって、しかもぼくみたいな低所得者でも毎日通えるくらいの低価格で楽しめる……ぼくにとっての聖域サンクチュアリなんです。ぼくは、中でも「素ラメーン」という、しょうゆのあっさりめのスープに絡まる具なしラメーンが大好物で、仕事終わりには師匠と共に寧幸までやってきては、一緒にラメーンを食べているんですよね。まあ、今日は一人なんですが。

「ずずずっ、ずぞぞぞぞっ」

 音を立てながらラメーンを啜る。飛び散るスープ。普段なら”ヨハンソン”さんも驚いて行儀悪い! と怒るんですが。この場にいないので、東洋の言葉で「無問題もーまんたい」という奴ですね。こうして食べるとなぜかうまいと感じるんです。不思議、不思議。で、ぼくは、ラメーンをハシでつかみながら、目の前の分厚い本を開いて、ハシでページを捲りながら読み進めていました。ページが汚れる? そんなもん、ぼくには関係ありません。

「わかりやすい公式ですねぇ、ウケる」

 ぼくの何気ない一言に、店の親父さんが「は?」と声を漏らしていました。

「なんじゃそりゃ」

「ん」

 親父さんがそう聞いてくるもんですので、ぼくは親父さんの方をみる。

「独り言です」

「はあ……」

 ぼくが親父さんにそう言うと、再び本に向き直った。親父さんの呆れたような声が聞こえますが、どうでもいいです。ラメーンおいしいです。

「ナンシー、そいつみとき」

「はいな」

 親父さんの隣にいるスペイン人っぽい女の人の声が聞こえます。なんだか視線を感じますがどうでもいいです。目の前の論文を完読するのが、今のぼくの使命です。ぼくはそう思いながら、ギョーザをタレにつけてぱくり。うーん、もちもちの皮の中からあふれ出る肉汁、そしてミョウガのつんとしていながら優しい辛みと、ネギの甘みとかなんやらが口の中で爆発して……

「んん~、高まるぅ~!」

 思わずそう叫ばずにはいられない。ぼくは隠し事ができません。

「……¿Tiene seguro?(保険入ってるか?)」

 厨房にいるはずのスペイン人の……あ、ナンシーさん。が、唐突に聞いてくる。

「Busca en otra parte.(他をあたってください)」

 ぼくはそう答えました。
 ……おや、親父さんが何かを持って奥に行くようですね。あれは「ジグソーパズル」ですか。パリに出張に行った時に、枢機卿の部屋に飾ってあったのを見ました。確かあれは2000ピースの大きな絵画のような大きさでしたね。
 こっそりついて行って見る事にしました。親父さんがテーブルにパズルを置いて、ピースを脇にやる。ふむ……。ピースは1000、完成までに約45分くらいを所要しそうですね。完成品はおそらくかの有名なフェルメール作の絵画「牛乳を注ぐ女」を模したモノでしょう。パチモン臭がハンパない。マジパネェですね。
 ん……っ。あぁ、これ。

「1ピース足りませんね」

「……は?」

 親父さんがぼくの存在に気が付いたようで、声が上擦ってるみたいです。驚いて振り向きました。それはいいです。1ピースどこかになくしたのか。まあ、ぼくには関係ないですね。ぼくはラメーンが伸びてしまう事を思い出し、テーブルに戻る。

「なんだがや……?」

「Oye, contrata un seguro.(おい、保険入れよ)」

 そんな声が聞こえてきたような聞こえてないような。とりあえず、ぼくは目の前の論文を読み進めていきました。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.3 )
日時: 2023/09/21 23:39
名前: 匿名 (ID: MDTVtle4)

「いやはや、君が無事でよかったよぉ、うん!」

 目の前の赤い髪のお兄さんが大笑いしながら、僕の肩を叩く。赤い髪に翠色の瞳の、すごく背の高いお兄さん。右目はアイパッチで隠していて、立派な白の教会騎士の紋章が入った上着を羽織っている。そんなお兄さんが、僕が迷わないように「こっちこっち」と、笑顔で手招きしてくれた。僕はそれに必死について行く。結構歩幅が広くて、小走りじゃないと追いつけないから、一生懸命に見失わないようについていく。
 なぜこのお兄さんが僕の目の前を歩いているかというと――。




―――




 時は少し遡るけど、僕「ルカ・フィリッポス」が審問にかけられて、判決を言い渡されるまさにその瞬間だった。

<異議ありィ!>

 中性的な声がその場に響き渡り、怖いおじさんの木づちがピタリと止まった。そして、声の主に視線が集中する。僕に突き刺さる視線が、全てその人に向けられたんだ。僕も釣られてそれを見ると、銀髪のお姉さんが立ち上がっておじさんを見ていた。表情にはどこか余裕げな雰囲気を感じる。

<ようよう、じじばば共! こぉんな未来ある美少年を寄ってたかって虐めて楽しいんかァ? 何の証拠もねえのによぉ、ぐだぐだ言う前に証拠出せっつーんだよオラァン!?>

 お姉さんがまくし立てるように叫び、おじさんを指をビシリと突き刺さるような勢いで指し示す。

<"ガブリエル"。審判に異議を唱えるという事が、どういう意味か、解っているのか?>

 おじさんが苛立ちを含みながら、お姉さん――ガブリエルさんにそう尋ねる。だけど、ガブリエルさんはというと、腕を組んで鼻を鳴らし、不敵な笑みでおじさんを見下ろしていた。

<解ってるよ、うっせーな。だが、私がどういう存在かってのも、あんたも理解してんだろ? 神が敷いたレールや秩序に、私ら”異端者”には通用しない。だからこそ、だ>

 ガブリエルさんはおじさんに突き刺していた指を、そのまま僕の方へ向ける。

<あの子はうちら「鎮魂歌レクイエム」が引き取る。それで問題ないでしょ。この事件は、うちらの管轄だしな>

 そう言って、へらへらと笑い始める彼女。周囲の人たちもあきれるやらどうすればいいやらで困っているようだった。ひそひそと何か話し合ってるみたいで、互いに顔を見合わせている。……でも、しばらくの内に。

<……いいじゃないの、地底人共が引き取ってくれるっていうなら、好都合だわ>

 というおばさんの声が響き渡り、その声を皮切りにざわざわとざわめき始め、彼女に賛同する審問官の皆さん。ガブリエルさんは腕を組んで満足げに口元を緩めていた。うんうんと頷きながら、おじさんの方を見る。

<で、”ラフノフ”さん。どうすん? 審問官の皆さんはうちらにあの子を預けるみたいですけどぉ?>

<……はあ。承知した、ルカ・フィリッポスの処遇は、ガブリエル。君に任せるとしよう。満場一致でもあるしな>

 ラフノフと呼ばれたおじさんが木づちを叩き、僕を見下ろした。

<ルカ・フィリッポス。有罪ではあるが……君の処遇はこの、「ガブリエル=ラ・ピュセル・サ・ザカリヤ」に一任する。よって、君は本日付で鎮魂歌レクイエムの配属を命じる>

<感謝しまーす、審問官長~♪>




―――




 と、言う事があり、ガブリエルさんはどこかへフラッと行っちゃって、赤い髪のお兄さん……「ヨハンソン・レッド」さんが代わりに僕を案内してくれると、彼が言ってくれた。ので、今はヨハンソンさんの後について行ってるわけだ。
 ヨハンソンさんの話では、ここはフロー大聖堂という、この島で一番大きな聖堂らしい。で、この島の中心都市である「フローレイズ」の衛兵の役割を担い、日々善良な市民を守る為に活動している。この島では、国王よりも「教会」の方が権力が強く、教会独自が擁する「教会騎士」や「異端審問会」が、島の秩序を守っているというらしい。
 ヨハンソンさんやガブリエルさん達、「鎮魂歌レクイエム」はこの大聖堂の地下を拠点に、不可思議な事件や発生から数年から数十年経つ事件などを担当し、解決に向けて捜査、或いは実力行使をする裏組織、なんだって。

「ルカ君、君はこれから「鎮魂歌レクイエム」に所属してもらう。ごめんけど、拒否権はなしね」

 ヨハンソンさんがそういいながら、昇降機に乗り込むので、僕もそれに続いた。

「……いえ、僕はガブリエルさんに救われた身です。拒否権も何も……」

「ま、色々胡散臭い場所だし組織だけど、とりあえず空気を読んどけば、その内勝手もわかるからさ」

 僕が乗り込んだことを確認すると、ヨハンソンさんが昇降機のリモコンらしきものをぽちっと押す。ガコンと大きな音と揺れと共に、昇降機が上へと昇っていった。機械音と歯車のこすり合う音が、ギチギチと響いて上へ。広い空間に昇り切ったと思ったら、ガコンとさらに大きな音と揺れが響いた。一瞬、前のめりになるものの、踏ん張って倒れないように、足元に力を入れる。

「ここが、「鎮魂歌レクイエム」の本部。……ってかっこよく言っても、結局は掃き溜めみたいなもんだけどね。ようこそ、ルカ君。歓迎するよ」

 ヨハンソンさんがそう言いながら、数歩歩いて、僕の方に手招きをした。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.4 )
日時: 2023/09/21 23:44
名前: 匿名 (ID: MDTVtle4)

 目の前に広がるのは、とても広い空間……だけど、蜘蛛の巣だらけの天井だし、資料やら書物やらっぽいものが、大量に詰め込まれた本棚がずらーっと並んでいるし、しかも埃っぽい。明かりも天井からつり下がってるガス灯だけで、薄暗い。でも、視界は不思議と暗すぎたりしないし、奥の方までよく見える。本棚が並ぶ傍に、デスク並んでいて、そのデスクの上にも大量の資料とか本が積み上がっていて、とてもじゃないけど、綺麗とは程遠い場所だった。一応、仮眠スペースらしき場所と、ふかふかのソファがテーブルを挟んで向き合っていたりしてる応接スペース、あとは何故か奥の方には、大量の缶詰とか水筒らしきものが積み上がっていた。多分非常食だろうなぁと思って見てると。

「ルカ君、こっちこっち。はやくはやく」

 ヨハンソンさんが僕を手招きしている。慌ててヨハンソンさんの前まで小走りで近づくと、ヨハンソンさんはデスクの上の荷物をどかし、持っていた雑巾で汚れやほこりを拭きとっていた。

「ここ、これが今日からルカ君のデスクだよ。私物はこの中に入れてね。後、コーヒーとかお茶は給湯スペースにあるから、そこで。これから一緒に頑張ろうね、お仕事」

「……えっ」

 お仕事、か……というか、僕はこの鎮魂歌レクイエムに所属して、不可思議な事件とかを解決するとは聞いてたけど、結局何をどうするかっていうのは詳しくは知らない。一体、何をさせられるのか、不安になってきちゃった。

「あ、あの。僕は一体何をさせられるんでしょうか……?」

「あり?」

 僕の質問に、ヨハンソンさんの目が点になる。

「聞いてない? ”ガッちゃん”から」

「ガッチャン?」

「あーごめん、ガブリエルさん。君の審議に異議を唱えた人。なんか銀髪で傷だらけでおっぱい大きくて露出多い人」

「いや、そこまではアレですけど……」

 ガブリエルさん、僕を助けてくれた人。確かに、「僕を引き取る」と言ってくれたけど、本当に詳しい事は全然何も教えてくれなかったな。「あとは頑張れ!」なんて言ってたけど、投げやりだったなぁ……。

「まぁいいや。おさらいしとくか。まあ、さっき不可思議な事件とか発生から何年も経った事件を解決したりするほかに、立件にしようがない事件を解決に導くっていうねぇ――」

「えっと、要するに……他の部所や教会騎士とか異端審問官たちじゃ解決できないから、頭がおかしいとしか言いようがない相談とか、ハードクレーマーとか無茶苦茶な苦情をたらいまわしにされてきて、それをのらりくらりとかわすだけで、他は何もする事がない……って感じでしょうか?」

「あッ、う……あぁ、うん。ま~、見方によっちゃ、そう見えるかもしれないわねぇ~……」

 ヨハンソンさんの目が泳ぎ、そう言いながら慌てるように自分のデスクに向かい、デスクの引き出しを引いたり、上の資料を何冊か腕の中に抱え込んだり、何か探している様子だった。

「ここには、ガブリエルさんとヨハンソンさんだけですか?」

「いいや? もう一人、13歳の子がいるんだよ。「レク」君っていう、死んだ魚みたいな目をした子でね。なんと、黒髪なのよ」

「黒髪……珍しいですね、東方の方ですか? それともラテン系でしょうか、アフリカの子でしょうか?」

「いや、それは知らん。なんせ、身元不明の孤児だからねぇ」

「へえ……」

 と、その時。昇降機が降りて昇ってくる、あの大きな音が響き渡っていた。僕とヨハンソンさんが反射的に昇降機の方を見る。

「誰かきた。お客さんかな?」

 「珍しい事もあるんだな」とヨハンソンさんが呟きながら、昇降機に近づくと。
 昇降機から姿を現したのは、いかつい顔の眼鏡かけたおじさんだった。白いタオルを頭に巻いて、ヨハンソンさんよりずっと年上で、髪色と顔の作りからして、東洋人だと思う。何かをぶら下げて、しかもしかめ面で昇降機が昇りきるのを待っていた。おじさんがリモコンを落とすと、それが「ガンッ」と音を響かせる。

「あぁ、ガンってやらないで、一昨日直したばっかなんだから!」

 ヨハンソンさんがおじさんに近づいて慌てたようにそう言うと、おじさんが手にぶら下げていた白いものをヨハンソンさんに突き出す。よく見たらそれは、黒いもじゃもじゃ頭の男の子だった。

「あんたが責任者けぇな! こいつが食い逃げしようとしてたんっちゃ」

「食い逃げだなんてひどいですなぁ」

 男の子が無気力にぶら下がりながら反論すると、おじさんは怒り狂って怒鳴る。

「どう見ても怪しいけえ、教会騎士なんぞ信じられんがや!」

 彼が身体を捻り、おじさんの手から逃れる。うまい事するなと思っていると、おじさんに向き直った男の子は、おじさんを上回る怒鳴り声で対抗していた。

「財布、忘れてただけでしょうがァん!?」

「ま、まあまあ、落ち着いて「レク」君。ピーフピーフ。スリーピース。なんちゃって」

 ヨハンソンさんが今にも掴みかかりそうな勢いの彼を羽交い絞めにして持ち上げた。身長が低いので、ぶらーんとぶら下がっている。……というか、あのもじゃ頭君が「レク」君なんだ……。確かに死んだ魚みたいな目をしてる。

「で、おいくらくらい食べたのかな、この子」

「全部で3フラン飛んで11スーだがや」

 3フラン飛んで11スー……確か、家具付の部屋を借りるのに、週1フランくらいだった気がするけど……。

「よく食べるんだよねぇこの子」

「ツケにしろやァ!」

「君曲がりなりにも衛兵でしょ?」

 怒り狂うレク君にヨハンソンさんは必死に宥めている。でも、怒ってるのに表情が一つも変わらない。感情が無いのは顔だけなのかな。すると、ヨハンソンさんは、器用に片手でレク君を掴みながら、自分の羽織っているコートの懐から財布を取り出し、言われた金額を取り出して、おじさんに渡した。

「どうも、ご迷惑をおかけしました」

 おじさんはそれを受け取ると、レク君を睨みつける。

「今度、財布しゃーふ忘れたら、おめえをギョーザのタネにして茹でるよ?」

 レク君は一瞬身体をびくりと痙攣させ、おじさんが昇降機に乗り込んで降りていくのを見守っていた。

「ではおかげさまで、毎度みゃあど

 おじさんの姿が見えなくなると、ヨハンソンさんがレク君を床に降ろす。降ろされた彼は、なんだか叱られてしゅんとなっている犬みたいに、俯いていた。

「すみません」

「病院行ってたんじゃなかったの?」

 ヨハンソンさんがそう言うと、レク君が目を逸らす。

「多分、すれ違った時に財布盗まれたんです、あの刺青タトゥー野郎。次会ったらぶん殴ってやります」

「暴力沙汰はご法度、衛兵の基本だよ」

 レク君が地団駄を踏んでいるのを見ると、彼のバッグから何か白い布が覗いていた。

「君、それ……」

「ん? ――はっ!?」

 レク君が僕の指さす方向に目をやると、急いでそれを引っ張り出す。中から出てきたのは財布だ。

「ぼくの財布! なぜこんなところに……ヨハンソンさん、返します!」

「あぁ、慌てない慌てない、慌てない……」

 レク君が慌てて財布からお金を取り出そうとするので、ヨハンソンさんも慌ててそれを制止する。

「レク君、それよりも紹介したい人がいるんだよ」

「んえ」

 ヨハンソンさんが僕を指し示した。

「こちら、「ルカ・フィリッポス」君」

 そして、レク君の方も指し示す。

「こちら、「レクトゥイン・パース」君」

 レク君が一礼した後、目を見開き、僕に近づいてきた。僕に近づくたびになんだかニンニクのにおいが立ち込める。そして、顔を近づけてじーーーっと凝視してきた。

「ウワサの「ルカ・フィリッポス」君でありますか。あの、「フィリッポス家惨殺事件」の容疑者である」

 僕はどんな顔をすればいいか分からず眉をひそめるが、彼は気にしていないのか、そのまま死んだ魚みたいな目で僕を凝視しながら。

「はじめまして、「レク」です。お会いできて、だいぶ感動です」

 僕が硬直していると、レク君は「ふむ」と声を出す。

「……意外に普通の人間だな。人は見かけに寄らんもんですなぁ」

 そう言って、レク君はその場から離れた。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.5 )
日時: 2023/09/21 23:48
名前: 匿名 (ID: MDTVtle4)

 レク君が離れてバッグから何かを探している。ヨハンソンさんがそんな彼を見て、微笑みながら口を開いた。

「こう見えてね、彼は天才なんだよ。だいぶ変人だし偏食味音痴だけど」

「へぇ~……」

 僕はそう言うと、レク君がバッグから何かの新聞を取り出した。

「今日面白いモノをお持ちしましたよ、ヨハンソンさん」

「へえ、何々?」

 ヨハンソンさんが、新聞を広げるレク君についていき、レク君はデスクの上の資料を乱暴にどかして、ばらばらと資料たちが床に散乱していく。空いたスペースに新聞を広げると、レク君は楽し気に何かの記事を指さした。

「これこれ。この記事。今日の新聞なんですが、東洋に伝わる「気功の達人」だそうです。なんでも、「通行人100人倒し」っていう企画で、全員倒したと記事になってんですよぉ」

「ほぉ、実際に見てみたいねぇ」

「今度ビデオも出るみたいです。だいぶ高いので、給料前借よろしゅうおなしゃーっす」

「それはガッチャンに言ってね」

 レク君とヨハンソンさんが二人で和気あいあいとしている。僕もそれを覗いてみるけど、記事を見る限り、なんとも胡散臭い感じがしていた。そもそも、気で人が転ぶのだろうか? 実際に目にしないと、信じれない。

「そんなインチキで眉唾ものの記事を眺めて一日が終わるんですか、ここは……」

 僕がそう呆れながらつぶやくと、レク君が僕の方へ振り返る。

「……確かに、この記事は眉唾もの臭いですし、実際近代の科学技術発展と、産業革命による文明開化によりある程度の事柄は説明がつくようになりましたね。ですが……」

 レク君が新聞を閉じた。

「人間の脳は通常、たった1割しか使われていないそうです。そして、残り9割がなぜ存在し、どんな可能性を秘めているか。それはまだ解明されていないようです。そして……これから未来、それが解明されるかどうかもまだ、未知なんです」

 レク君が僕の方へ歩み寄ってくる。

「例えば、目を見るだけで他人を操ったり、物を浮かせたり、音を消したり、異常な記憶力だったり。……死者を呼び出したり、とかね。東洋にはその昔、10人の声を聞き分ける人や未来が見えた人がいたという話もあります。実際、ギザのピラミッドは超能力者によって作られたと言われていますし、東洋に気で肉体を増強させる能力を持つ人もいるようです」

 レク君が僕の目の前で止まり、僕の顔を凝視した。

「常識では計り知れない、特殊能力を持った人間が、この世界に確実にいると、ぼくはそう思います」

 それって……

「超能力者とか、霊能力者……ってやつですか? 馬鹿馬鹿しい。そんなのはあるはずないよ。そういうのって、どうせただの妄想とか、不安から来る幻覚とか、思い込みなんだよ。科学が発展し始めて、不可思議な事が証明され始めてるこの時代に、そんな事言ってるなんて……頭のおかしな子ですね!」

「よく言われますね」

 僕は脳に浮かんでいた言葉を口にする。かなりきつく言ったけど、レク君の表情は変わらない。そこがとても不気味にも感じた。
 超能力や霊能力は嘘っぱち。パパがそう言ってた。僕もそう思ってる。それに……そんなもので誰かからお金を巻き上げたり、命を脅かしたりっていうのもよく聞く話。そんなのを信じろなんて馬鹿馬鹿しい! 存在しないものに怯えるなんて、どうかしてるよ。
 レク君は「そうですね」と一言。僕から一歩後退った。

「でも、ぼくは会った事ありますよ。能力者そういうの。それでひどい目に遭いましたし」

 レク君の瞳に、僕の顔が映り込む。

「あなたも、そうですよね?」

 そう尋ねてくるので、僕は一瞬答えることができなかったけど。なんだか癪に障った。だから、苛立ちが隠せない。

「……知ったような口をきかないでよ。君に何が分かるの」

「ご機嫌斜めですか?」

 そんな僕達の空気を察したヨハンソンさんは、僕達の間に割って入ってくる。

「ままま、平和平和。マリア様マリア様、チッチキチー」

 ヨハンソンさんが笑いながら親指を立てると、昇降機の昇ってくる音がまた響いてきた。僕達の視線がそれに集中する。

「入りまーす」

「なっ、シオンちゃん!?」

 ヨハンソンさんが、女の人の声と昇降機から現れた人影を見て、指を引っ張り始める。そして、女の人に慌てて近づいて行った。女の人は顔が幼く見え、長い髪に3色のバラの髪飾りをつけた、とてもかわいらしい見た目の人。ヨハンソンさんの知り合いなのかな?

「な、何しに来たの!?」

 ヨハンソンさんの問いに、女の人がリモコンをガンッと落とす。

鎮魂歌レクイエムの皆さまにお客様が」

 彼女がそうにこやかに笑い、

「それでは、張り切ってどうぞ!」

 と、後ろにいたお客様を指し示した。その後ろには、新聞で何度か見たことある人の顔だった。

「な、なんだ、仕事か」

 ヨハンソンさんが胸を撫でおろす。

「久方ぶりのお客様だ」

 レク君がそう言いながら、お客様に近づいて、頭を深々と下げた。

「いらっしゃいやせ」

Re: Requiem†Apocalypse ( No.6 )
日時: 2023/09/25 19:54
名前: 匿名 (ID: Id9gihKa)

序ノ廻ノ承

 ヨハンソンさんが昇降機に乗ってきたお客様二人を応接スペースへ案内する。立派な貴公子の服みたいなフリフリとか、北欧人の綺麗な金髪碧眼がまぶしいな。それにとても整った顔立ち。こういうのが所謂、イケメンってヤツなのかな。後ろについてくる眼鏡をかけたお兄さんも、同じくイケメンだ。多分ラテン系の人かな。黒髪のやや黒い肌のカッコイイ人。憧れちゃう。あ、そういやこの貴族っぽい金髪の人は新聞に日夜載ってる、著名人さんだよね。名前は確か……

「はじめまして、鎮魂歌レクイエムの皆様。私、この方「チャールズ・ラプソン」の秘書官を務めさせていただいております、「ミゲル・アゾ・アラン・ブライアン」と申します」
「なげーな」

 レク君が小声で言ったので、チャールズさんとミゲルさんは気づいて無いみたいだった。この人はラプソン領の領主様のラプソン公爵閣下だったな。毒舌家でズバリとぶった切るキャラクターが人気を博して、新聞でも一面に載らない日はない。それくらいの人だ。
 ヨハンソンさんは深々と頭を下げ、にこりと笑う。

「ラプソン領の領主様がこんなかび臭くみすぼらしい地底まで、はるばる感謝申し上げます。閣下のご活躍はいつも新聞で拝見しております。それで、一体こんな掃き溜めに何の用ですかな?」

 ヨハンソンさんの問いに、深いため息を吐く閣下。

「はあぁぁ~~。たらい回しにされる度に同じことをいちいち説明しなきゃならんのか?」
「そうですね。それがビチグソ教会騎士共のファッキンな掟なもんで。どうぞお願いいたします」

 閣下の愚痴にレク君はさらりと言ってのけた。閣下は当然ぽかんと、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているが、レク君はにやりと笑う。

「よろしくお願いしマンモス」

 なんというか、一度見たら忘れられない、不気味な作り笑いだ。気を取り直して、ミゲルさんが「閣下、私から」と閣下を宥めるように言い、ヨハンソンさんの方を見る。

「実は、閣下が懇意にしている、「未来視ができる星占術師」で有名な「ローナ・ヴァルター」という星占術の先生が、嫌な占い結果を出しまして」
「占い?」
「結果!?」

 ヨハンソンさんとレク君が驚いたような声を上げ、レク君はミゲルさんに駆け寄る。

「あの、それってもしや予言ですか!?」
「こちらは……」

 ミゲルさんが困惑……というより、レク君の口臭と体臭に顔をしかめている。確かにニンニク臭いよね、あの子……。

「レク君……」
「おっと失敬。ぼくはレクです、教会騎士やっとります。で、どんな予言よげんー?」

 レク君がまじまじと、死んだ魚みたいな目で凝視するので、閣下もミゲルさんも呆気に取られて目を見開いたまま硬直していた。いや、気持ちはわかる。光の無い目で凝視されるとどう反応すればいいかわかんなくなるよね。
 ミゲルさんは我に返り、ヨハンソンさんとレク君を見ながら口を開いた。

「実は、閣下は明日が誕生日でして。毎年この島の領主様や各要人や貴族達を招き、パーティーを開くのですが。ヴァルター先生によりますと――」
「明日の誕生日パーティーで何者かに暗殺されるらしいんだよ、この私が」
「えぇ!?」

 閣下が遮ると、ヨハンソンさんとレク君、僕は声を上げる。レク君は何故か声が上擦ってたけど。

「殺されたくなければ、20万フランを払えなどと言っているのだ」
「にじゅ……!?」

なんだその金額!? 大金過ぎて国家予算レベルじゃないか!? というか国家予算が今現在どのくらいなのかよくわかんないけど。

「そうすれば、未来を変える方法を教える、と」

 ミゲルさんがそう言うと、レク君は明らかにルンルン気分で今にもスキップしてしまいそうなくらい高揚していた。ヨハンソンさんは苦笑しつつ、眉をひそめている。

「随分インチキな星占術師もいるもんですなぁ」
「ところがどっこい、ヴァルターは本物だ」

 閣下が真顔で、低い声でそう言う。

「私はこれまで奴の言葉に助けられたことか。そのおかげで、私は今の地位に立っている。跡継ぎだった兄と父やその他覇権争いになっていた勢力を排除し、若くして領主になれたのも、ヴァルターのおかげだ」

 なんというか、貴族の闇を耳にしちゃった感じだ。嫌だなぁ、家族すら蹴落として権力を得る大人とか。

「なら、パーティーを中止にすればいいじゃないですか」

 僕がそう言うと、閣下は僕を睨みつけてくる。

「お前みたいなガキにはわからんだろうが、さっきもミゲルが言ったように、他領主や各要人や著名人やら貴族達まで大勢、招いた手前、今更占い師如きに言われたくらいで中止にするなんざ、できんのだよ。大人の世界ってのはそういうものだ」
「なんですかそれ、下らない」

 僕がそう言うと、さらに激昂したように閣下が立ち上がり、僕に向かって指をさす。

「なんつった!?」
「ま、まあまあ! まあまあ、落ち着いて。分かります、分かりますよぉ」

 ヨハンソンさんが必死に閣下を宥め、閣下をソファに座らせた。

「で、私達は何をすればいいのでしょうか?」

 ヨハンソンさんの問いに、ミゲルさんが答える。

「明日のパーティーに、閣下の護衛をつけてほしいのです」
「些か大げさかと……」

 ヨハンソンさんが苦虫を噛み潰したような顔で答えると、閣下がまた怒り出した。

「私が毎年、貴様ら教会にいくら布施ていると思っているんだ? 私はスポンサーだぞ。スポンサーが困っている時こそ、迅速に動くべきではないのか!?」
「ふふっ、お気の毒」
「なんだと!?」
「レク君!」

 閣下の怒鳴り声に、流石にまずいと思ったのか、ヨハンソンさんはレク君をつまみ上げる。宙ぶらりんになったレク君は、まるで糸の切れた人形のようにぶらーんとぶら下がっていた。

「閣下はご存知の通り、領主でいらっしゃいます。しかも、毎日新聞に載るくらいの。……領主様の地位を狙った暗殺者やテロの可能性も否定できません。なのに、上の方で「予言のような類は鎮魂歌レクイエムが取り扱っている」と言われたので、ここに来たんです」

 ミゲルさんの言葉も否定できない。でも、予言で言われたからって、いくら教会騎士でも動くわけもない。

「秘書官の私が言うのもなんですが、閣下を失えば、この島の損失ですよ!」

 ミゲルさんがバンッとテーブルを叩き、レク君がミゲルさんを凝視する。

「閣下、やはり教皇様に直談判すべきですかね……」

 この言葉にヨハンソンさんが両手を振る。

「いやぁ、大丈夫!」

 そして、彼は大きく頷いた。

「承知しました。男ヨハンソン・レッド、身を賭して善処いたします」

 と、ヨハンソンさんが頭を深々と下げる。
 が、そこに予想外の声が。

大変てゃーへんなんだなぁ、公務員ってのも」
「まだいたの!?」

 なんと、本棚の影に帰っていたはずの、親父さんがずっと見ていたんだ。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.7 )
日時: 2023/09/25 20:01
名前: 匿名 (ID: Id9gihKa)

 というわけで、ぼくとヨハンソンさんは早速領主の護衛を頼み込むために、上の方へ向かったわけですが。……案の定。

「予言で言われたからって、騎士団を動かせるわけないでしょうよ。常識で考えなさいよ」

 つまようじを咥えたおっさん騎士が、ヨハンソンさんを呆れた様子でそんな事を言います。いや、確かにひと昔のフランスだったら、神の啓示だ! と叫んだだけで国家を揺るがすぐらいの騒ぎになったでしょうが。今は科学がモノを言う時代。"そういうの"は否定的になってきています。実際、ぼくもオカルト系は嘘っぱちだと思ってますし、幽霊は心の隙間が生み出した産物だとは思ってます。
 ヨハンソンさんは汗を拭きだしながら笑顔で、

「そ、そこをなんとか」

 と懇願してみるものの、おっさんはこちらを小馬鹿にしたようにしています。腹立つなぁ。

「チッ」
「あぁん? 今チッつったろ!?」

 ぼくが舌打ちをすると、おっさんは怒り狂って掴みかかってくるのですが、ヨハンソンさんは慌てて「まあまあ、悪い子じゃないんで!」と言いながら、おっさんを抑え込みます。

「ったく、鎮魂歌レクイエムの連中にまともな奴はおらんわ。総長のガブリエルだったか? 奴も他人を舐め腐った態度とりやがって」
「仰る通り」

 ヨハンソンさんがぼくの頭をつかみ、無理やり床に降ろしながら必死に謝罪している。うん、ヨハンソンさんは立派な受け皿ですね。優秀です。




 で、何の成果も得られませんでした。なので、とりあえず拠点に戻る事に。ルカさんも交えながら今後の作戦会議としゃれ込んでいます。使い方間違ってる? そんなん知ってますよ。

「はあ、やっぱ我々だけで、明日の警護にあたる他ないよなぁ。ルカ君、初任務がこんな危険な感じだけど、期待してるよ~?」

 ヨハンソンさんが給湯スペースからぼくらの分のココアを用意し、手渡しながらそう言いました。

「あ、はい。任せてください!」
「いいねいいね、若さっていいよねぇ。ぴちぴちだねぇ」
「ぶっちゃけめっちゃキモいッスね」
「レク君きついねぇ~……」

 ヨハンソンさんがルカさんの用意したチーズケーキを一口頬張りながら、そう言います。ぼくもそれには賛成ですね。教会騎士はいくら領主護衛とは言えど、予言でそう言われたからって、動くわけでもないですし、ぼくらもこういった仕事でもしないと、引き受けたりしないですし。今は産業革命の時代。スピリチュアルなモノがホイホイ信じられていた中世ではありません。

「ヨハンソンさん、チーズケーキなんか食べたら、糖尿病で死にますよ」
「あ、平気平気。もうほぼ死んでるから。この前の健診も引っかかったし」
「ヨハン"ゾンビ"さんですか」
「はははっ、こやつめぇ」

 ヨハンソンさんは苦笑しながらフォークを向けてくる。

「あ、あの」

 ルカさんが唐突に手を挙げるので、ぼくとヨハンソンさんは顔を向けます。

「はい、ルカ君」
「まず、「ローナ・ヴァルター」先生に事情聴取とかしておいた方がよくないですか? とりあえず、本当に未来が見えるというのなら、どうやって殺されてしまうのか。そういうの現状を把握するには、情報を集めた方が良いかと」

 ふむ。

「新参者にしてはナイスかつ"アンチョコ"なアイデアですね」
「……」

 ルカさんがなんとも言えない顔でこっちを見てきます。
 というわけで、早速アポを取って、ヴァルター先生の元へ行くことになりました。



―――



 「ヴァルター邸」と書かれた看板のある、立派な門構え。中は超豪邸。とてもじゃないですが、占い師の館というには、あまりにも大きすぎだし派手だし、立派過ぎる。どんだけ金を搾取してんだか。星占術師は儲かるんですね。
 とりあえず、ヨハンソンさんが教会騎士の十字架を見せ、中へ案内してもらえることに。うーん、こういうところは久方ぶりですから、高まりますねぇ!

「えへへへへへっ」
「えっ、何その笑い声!?」

 ルカさんがそう言ってきますが、気分が高まると笑いたくなるのが人のサガってもんです。

「ちょっと静かに、二人とも」

 ヨハンソンさんが口元に人差し指を立てて、小声で言いました。
 で、待合室らしき場所に通され、変な黒いローブの女の人が「ここでお待ちください」と仰います。待合室はこれまたおしゃれな空間です。まるでお城の一室だと錯覚するくらい広いです。その分、待合室で待っている人達のバリエーションも豊かで、ぎゅうぎゅうの缶詰状態とは、まさにこの事でしょう。

「待たせますね」
「流石一流星占術師」

 ぼくがそう愚痴り、ヨハンソンさんが感心していると、ルカさんがヴァルター先生の捜査資料を開きます。

「予約は1年先まであるそうですよ」
「んまぁ、流石一流……!」
「この島のあらゆる貴族様方だけでなく、他国……果ては東方やアメリカの要人まで、先生のウワサを聞きつけてやってくるほど、だそうです」

 わざわざ遠いところからご苦労様ですね。すると、開きっぱなしの扉の向こうに数人の大人が通るのが見えました。ヨハンソンさんがそれに気づいて、目を見開きました。

「あ、今のは……「ロッテンダム商会」の会長さんだよ。「週刊フロンティア」で見た」
「週刊フロンティアって、あそこに記者さんがいますけど」
「そうだね。大手の出版社だからね。こういうネタは読者も食いつきやすいって事でしょ」

 しばしそんな雑談で盛り上がっていると、先ほどのローブの人が僕らを呼びます。

「お待たせしました……いえ、こちらの方々です」

自分の番かと思って沸いていた貴族様からは、なんだか落胆したような顔と声、そして罵声のようなものを浴びせられましたが、ヨハンソンさんが頭を下げながら、

「すみません、順番抜かしとか横入りとかじゃなくて、捜査、事情聴取です。仕事」

 と言っていますが、こっちは正当な仕事ですから、気にする事も無いと思うんですがね。


 で、案内された先には、仰々しい祭壇とか、いかにもな天蓋とカーテンとか、まあ占い師と聞いて何をイメージするかっていう感じですが、とにかく中央に丸い陣が描かれているし、それを目の前に仰々しいギンギラギンの装飾のある大きな椅子がありますね。そこにウワサの人が座っています。女の人ですね。ラテン系の女性で、紫色のベールを被り、黒髪と青い瞳が綺麗で、ドレス迄着ちゃってます。しかもスタイル抜群。こりゃヨハンソンさんが鼻の下を伸ばすのも無理ないッスなぁ……。

「はじめまして、鎮魂歌レクイエムの皆さん。私は「ローナ・ヴァルター」です。どうぞご用件を。次の方まで5分しかありませんけど」

 ヴァルター先生はにこやかに笑い、毅然とした態度ですね。

「お手間はとらせません」

 ヨハンソンさんが笑うと、表情が一変しました。

「明日のパーテーでラプソン閣下が殺される、とお聞きしましたが」
「本当に残念ですわ。閣下に聞き入れてもらえなくて……」
「あの、冗談なら今のうちに撤回した方がいいのでは?」

 ルカさんがしかめ面でそう言いますと、先生は首を振ります。

「私には未来が見えます。未来は絶対なのですよ」

 彼女の毅然な態度に、ぼくは思わず挙手をする。

「はい、先生」
「何か?」
「"未来は絶対"と仰るのなら、200万払ったところで変わるもんなんですかねぇ?」

 ぼくがそう聞くと、先生が答えてくれます。

「未来を知れば今の自分を変えられ、自分を変えれば未来も変わります。……これ、「必定」って言うの。覚えておきなさい」
「ほぉ~」

 ぼくは思わず感嘆の声が出ちゃいました。

「お時間です」

 側近らしきローブの人が口を挟んできました。ああ、もう5分経ったのですか。

「どうか、お引き取りを」

 そう促され、ヨハンソンさんが深々と頭を下げた。と、同時にぼくはまた挙手をしました。

「はい、先生」
「どうしました?」
「できれば、ぼくらの未来を占ってほしいんですよ。そうですね……」

 ぼくはルカさんの肩を掴みます。

「ぼくと、この子」
「……いや、僕は別に――」
「例えば、ですね。今夜8時、ぼくらが何をしているのか、とかですね」

 ぼくがそう言い終わると、側近の人が心底呆れたようにため息をついた。

「先生、無駄な事はお止めになった方が――」
「いいですよ」

 先生が側近の人を制止しながら、そう言い放ちます。流石先生、懐が深い……ッ!
 すると、早速先生がこめかみに指を当て、ぐりぐりと回し始めました。

「ズォールヒ~~ヴィヤーンタースワースフェスツルオルプローイユクダルフェ スォーイヴォー……」

 と、何らかの呪文を唱え、両手で枠を作り、ぼくを捉えました。

「……見えます」

 先生がそう言い放つと、紙を取り出して何かを書き始めました。ルカさんも同じように呪文を唱えて枠を作り、何かを書き始めます。それを側近に手渡すと、側近の人は封筒に入れ、それぞれの名前を書いて、ぼくらに手渡してきました。ぼくらが受け取ったのを確認すると、先生は口を開きます。

「今夜8時以降にそれを開けてご覧になってくださいな」

 ぼくは気分が高揚し、先生を尊敬のまなざしで見つめました。

「当たってたら、ぼく……あなたの事信じちゃいますよ!」
「胡散臭いですね……」

 ルカさんはそういいつつも、封筒をまじまじと眺めていましたよ。そして、先生を見つめ、封筒を突き出します。

「確か、未来が見えると仰ってましたよね。では、もう一つお伺いしたい事があります」
「……何かしら?」
「ラプソン閣下は、どのようにして殺されるのでしょうか?」

 おっと、それが本題でしたね。流石ルカさん、抜け目ない。将来立派な教会騎士になりますよ。

「先生、後がつかえて――」
「僕が思うに、先生が閣下を殺害する計画を企てている可能性もあります。未来が見えるなんて言って、あなたが恐喝しているという事も十分ありえますから」
「なんて事を言うんですかあなたは!」

 ルカさんの推理に側近の人が怒鳴ります。ですが、先生は毅然とした態度を保ったまま、側近の方を制止します。

「いいえ、私は未来が見えるだけ。私は一切関与していません。閣下は確実に明日のパーティーで"毒殺"されます。これは確定事項ですよ」
「どくさつぅ?」

 ぼくが首を傾げます。

「あの、それを証明する為に、先生。一度教会まで同行をお願いしてもよろしいですか?」
「……いいでしょう。私の身の潔白を証明する為に、教会に拘束される事にしましょう」

 ルカさんの思いがけない提案に、周りがざわざわと騒ぎますが、先生は余裕の笑顔を見せていました。ヨハンソンさんは困惑しながらも、先生を拘束し、外へ連れ出しました。……ルカさん。彼にこんな一面があったとは。意外ですね。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.8 )
日時: 2023/10/01 13:01
名前: 匿名 (ID: z.RkMVmt)

 2時間後。
 僕達はパーティー会場であるラプソン領主の居城に来ていた。残念ながら護衛は僕達、鎮魂歌レクイエムと、外部の民間軍事会社等、複数社となりますが。合同で警護に入るとのことだ。そして今僕達は、ミゲルさんの後についていき、会場のホールへ向けて足早に移動してる。ちなみに今日もガブリエルさんは不在。なんでも、野暮用だってヨハンソンさんが言ってたような。

「あれでも忙しいんだよ、一応……俺達には言えない裏の上の上の上の……レベルのお偉いさんらしいから」
「なんですかそれ、胡散臭いですね」
「でしょお。俺もそう思うのよねぇ」

 ヨハンソンさんがそう言いながら警戒に階段を上っていく。僕もそれについていく。後ろの方で何かが倒れる音と鈍い音がした。

「おぐぅ」

 濁った声も聞こえたんで後ろを見ると、レク君がつまづいていました。しかも息を切らしていた。反射的に近づいて、レク君に寄り添う。

「だ、大丈夫?」

 僕の質問に、ハァハァと肩で息をしながらレク君は僕を見つめてきた。光の無い目がこっちを捉えてくる。

「ぼく……もやしなんで。んはぁ……体力には自信ありません……はぁ……はぁ……」

 この子、毎日ニンニク入りのギョーザとかラーメン食べてる割に体力ないのか……一体この子の摂取した膨大なカロリーはどこに吸収されて消えているのだろうか。僕がそう言った意図で彼を見ていると、彼の背後から何か絵の様な巨大なパネルが運び込まれていた。作業員さん達がせっせと運び込んでいるみたいだ。

「ああ、あれ。閣下の巨大な肖像画ですよ。独身なんで、でっかい顔パネルになります」
「お偉いさんの考えはよくわからないね。パネルをホールに飾って何がしたいんでしょうか」
「自分の権力を誇示する為ですよ。あと、もしかしたあお嫁さん候補を探してるかもしれませんね。んふっ、ウケる」

 レク君がそう言うと、立ち上がった。

「元気百倍、エネルギーチャージ満点です。行きましょう、童顔野郎」
「……」

 腹立つな、絶妙に。



―――




 ミゲルさんの案内で会場についた僕達は、今回警備の指揮を執るヨハンソンさんの指示を聞くべく、整列する。他の軍事会社の黒服さんとかも混じってるね。

「当日の招待客の出入りはあの入り口一つだけだ。他の入り口は封鎖し、出入りを制限する」

 ヨハンソンさんが普段の頼りない感じとは打って変わって、キリッとした表情で皆に指示を出す姿は、素直にカッコイイと感じた。
 僕は改めて会場を見回す。パーティーの準備に皆さんが、せっせとせわしなく動き回り、ホールはきらびやかに飾られていく。ギラギラと、室内の照明を反射しているね。このホールはとても広いので、数百人という人数が収容されても多少余裕があるかもしれませんね。

「パリの民間軍事会社「ヴァント・ネル」や他社の警備に近隣施設や城を巡回させていますが、大丈夫でしょうか?」

 ミゲルさんは少々心配そうな様子でヨハンソンさんに聞く。確かに万全に万全を期しているんだけど、「暗殺」というのはその隙間すら入り込んで、確実に喉元を狙ってくる。それに、なんだか軍事会社の皆さんはなんとなく気が抜けているような感じがするなあ。ヨハンソンさんは大きく息を吸い――

「気を抜くな、敵の姿が視認できない今、警戒を怠るなよ。いいな!」
「……ハッ」

 その場にいる全員が規律良く大きく返事する。僕達もだ。

「では仕事にとりかかれ、解散!」

 ヨハンソンさんの指示で、黒服の皆さんは散り散りになり、持ち場へ戻っていった。ヨハンソンさんの事、見直したかも。さて、僕らも――

「あら、ミゲル先生ぇ!? ご部沙汰しておりますわぁ!」

 突如女性の黄色い声が近づいてきて、綺麗な赤髪の女性がミゲルさんに向かって会釈していた。……綺麗な人だ、貴族の方みたいだね。

「あ、ああ……えぇ、マリエリさん?」
「はい、昔お世話になった、マリエリですわ♪」
「随分お元気にされているようですね」
「ええ、おかげさまで……その節は誠にありがとうございました」

 マリエリさんがにこやかに微笑み、手元のファイルを開いた。

「あ、こちら誕生パーティー会場の見取り図ですけど、どなたに?」
「では、私がお預かりします。どうもありがとうございます」

 ミゲルさんがファイルを受け取ると、マリエリさんはニコニコ微笑みながらミゲルさんをじーっと見ていた。なんかいい雰囲気なんでしょうか、これは?

「じゃ、失礼いたします♪」

 と、マリエリさんがそう言って、小走りでホールを出ていっちゃった。それを尻目にミゲルさんはヨハンソンさんに、ファイルを手渡している。

「こちらが見取り図です、そしてこちらが招待客のリストです」

 ページを捲りながらそう説明してくれた。

「この中に、閣下に恨みを抱く者がいたりしませんか?」
「いや……まさか」

 ミゲルさんはそう言うけど、僕は昨日読んでいた閣下についての資料や新聞を調べたところ、人気を博している一方で、汚いやり方でのし上がってきた過去や、普段のかなりの高圧的な態度は、やはり嫌われているようで。それに、地位と権力を狙っての暗殺というのも捨てきれないや。とにかく、恨みを抱かれないと言い切れない。

「ちなみに」

 会場を見て回っていたレク君が、いつの間にかミゲルさんの近くにいて、口を開く。

「ヴァルター先生の予言では、「毒殺」されるらしいですよ」

 それを聞いたミゲルさんは目を見開いて、声を上げた。

「ど、毒殺!?」
「ぶっ、タダできいちゃいました。ククク……」

 何が面白いのか、レク君は例の不気味な作り笑いで、くつくつ笑っている。

「では、食事と飲料の入念なチェックをしなければなりませんね」
「現代技術では、毒味と検査薬での分析等が限界ですが、当日は出される食事は全てそれでチェックしますので、ひとまずそれで一安心ですかね」

 レク君がそう言うので、僕は首を振って待ったをかけた。

「レク君、「毒殺」という言葉に惑わされてはいけません。毒殺だけで振り回されていたら、警備の本質を見失いますよ」
「……一理ありますね。肝に銘じましょう」

 レク君が素直にそう答えると、ヨハンソンさんは満足げにこっちを見て、微笑んでいた。なんというか、生あたたかい目とはあの目の事かも。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.9 )
日時: 2023/09/27 19:42
名前: 匿名 (ID: zPsmKR8O)

 まあ、そんな話をしていると、怒り狂った閣下が怒鳴り散らしながらこっちに向かって走ってきていた。

「ミゲル、なんだ今日のあのスタイリストは!」
「は……。ご指定のブランドで揃えさせましたが?」

 ミゲルさんの答えに、閣下はさらに大きな声を張り上げる。

「なんでいつものスタイリストが「アンナちゃん」じゃなくて、男なんだっつってんだよ!」
「はッ。申し訳ございません」
「それで、今日のパーティーに参加予定の「ルルちゃん」も、急遽参加不可だってな?」

 閣下の怒鳴り声が会場に響く中、レク君はパネルが上げ下げする様子を見守っている。大人の事情に我関せずって感じで、レク君らしいっちゃレク君らしいかも。

「はい。どうも、「ルルーノ」候女は本日は体調不良でして。代理で兄上の「イージス」候子がご参加予定だとお聞きしましたが――」
「使えねぇな、タコ!」

 そう吐き捨てて閣下はその場を立ち去っていった。幸か不幸か、彼の態度を気にしている人はほとんどいなかった。まあ、閣下のイメージを把握しているのか、それとも自分の作業に必死なのか。どちらでもいいけどね。

「貴族って大変ッスね」

 レク君がため息をつくミゲルさんに近づいて、顔を見上げている。

「え、ええ。今日は特に……閣下のお気に入りである「サンリア」侯爵の御息女が、参加できないと聞いて、かなり苛立っているのでしょう」

 ミゲルさんの苦笑にレク君は、「ふぅ~ん」と返しながら、何かメモを取っていた。そして、メモを書きながら口を開く。

「自分の思い通りにならないと怒り出す。貴族って古今東西そんなんばっかですね。マジクソ野郎ですよ。そんなワガママに振り回されて、さぞ心労が絶えないでしょう」
「それでも閣下は、この島や自身の領地の為に日夜睡眠を削ってまで、努力なさっております。この島の治安が良いのは、教会の力が及ばないところまで、閣下の力が及んでいる証拠でしょう」
「ふむ。ミゲル先生は素晴らしい秘書官というところですなぁ。いずれ、大役を任されるかもしれません」
「えっ?」

 レク君の言葉に、ミゲルさんは驚いてレク君を見る。レク君の死んだ魚みたいな目が、ミゲルさんを捉えて離さない。

「さっきの、マリエリさんでしたっけ。「先生」と仰っていましたけど、ぶっちゃけまんざらでもないんでしょう? 出世とか」

 この島では六領主という、ラプソン閣下を含めた6人の公爵によって統治されている。もちろん、教会が島の秩序を管理しているんだけど、六領を治める公爵達は、基本的に税金を徴収して領地の治安を守っているんだ。公爵達は市民や企業から税金を受け取り、公爵達は教会に税金を払う。税金という名の布施ではあるけど。とにかく要約するなら、教会は公的機関で、公爵の擁する騎士達は私兵。で、その公爵っていうのは実は世襲制ではなく、独身の公爵だと秘書官や補佐官、前公爵が生前に指定した人物が公爵になれるという仕組みなんだ。だから、閣下に何かあったなら、自動的にミゲルさんが公爵になれる。大出世だよ。
 しかし、ミゲルさんは困ったように笑った。

「いやはや、人前で間違えられるのは、お恥ずかしい限りですね」

 レク君に対し、ミゲルさんは答える。

「秘書官はあくまで裏方です。私のような者は領主などと、荷が重すぎますよ」
「とぼけちゃってぇ……」

 「ぐふふ」と笑うレク君を、ヨハンソンさんが脳天にチョップを入れた。

「はい、そこまで。行くよ」
「いぢっ……おつかれやまです」

 レク君がそう言って頭を下げた。僕もそれを追いかける。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.10 )
日時: 2023/09/27 19:44
名前: 匿名 (ID: zPsmKR8O)

 さて。俺はこの街で評判のスイーツカフェまで来て、ワクワクしながらカップル用のクリームいちごミルクドリンクのクリームを、ストローで啜っていた。後ろめたさはある。なんせ、こっそり仕事抜け出してきちゃったから……。まあ、ガッちゃんも後で合流するって連絡きたし、それに最悪レク君とルカ君だけでも大丈夫でしょう。俺、もうアラフォーだから全然身体動かないしね。それに……今日は大好きなシオンちゃんとの待ち合わせ! まあ、妻との離婚はうまくいかないけど……。な、なんとかなるでしょう、うん!
 
「あ、シオンちゃん、こっちこっち!」

 俺が手招きすると、シオンちゃんが近づいてきて、俺の目の前に座る。どこか不機嫌そうな顔だが、いつも通りかわいらしい顔だ。

「……えへへ、サボってきちゃった♪」

 シオンちゃんはこちらに目もくれず、持ってきていたカバンの中身を漁っていた。

「うーん、意外だったよ。まさか、教会騎士になっていたなんて。就職したってきいてはいたけど、まさかねぇ……」

 俺がそう言った後、シオンちゃんが俺に顔を近づけてくる。

「で、いつ結婚するの? 私達」

 その言葉に俺は思わず変なところにクリームが入ってしまい、ゲホゲホと咳き込んだ。涙で目の前がぼやけてくる……!

「ゲホッ、ゲホッ……いや、あのね……」

 しばらくして落ち着くと、俺はシオンちゃんに向き直った。

「り、離婚が進まないのよ……調停中でね。アハハ……」
「アハハじゃねえから」

 シオンちゃんは機嫌を損ね、頬杖をついてそっぽを向いてしまう。
 俺とシオンちゃんは現在、不倫関係にある。シオンちゃんはというと、それも合意でこうやってコソコソ付き合っているわけなんだけど。それをだいぶ長く続けてるもんだから、シオンちゃんも業を煮やしているわけだ。いや……わかるのよ。俺も妻との離婚に向けて色々やってきているけど、妻はというとそれを全面的に拒否。離婚届も破り捨てられるし、穏便に済ませようと弁護士も立てて、離婚調停に入ってるんだけど……。妻も弁護士なんだよね。しかも、凄腕の。だから、全くの平行線で長引いて現在まで離婚ができていないというわけだ。いやぁ、モテる男はつらいよね。……なんて。

「シオンちゃん、ご飯は?」

 俺は汗をダラダラ流しながら、精いっぱい笑って見せて、そう聞いてみる。シオンちゃんは髪の毛をクルクルと巻き付かせながら弄り始めた。

「いらなぁい。門限あるもん」
「そ、そう。お嬢様だもんねぇ……アハハ」

 俺が力なく笑った。シオンちゃんの御実家は伯爵家らしく、門限に厳しいらしい。まあ、そうでなくても、若いお嬢さんが一人でどこかに出かけてるなんて、親からすれば心配になるのは理解できるし、俺も心配になっちゃう。
 そう思いながら、俺が今まさにドリンクを飲もうとした瞬間、シオンちゃんがそれを奪い取って、ふくれっ面でクリームを飲んでいた。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.11 )
日時: 2023/10/06 17:20
名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)

序ノ廻ノ転

「しっかし……今日の様子からして、ラプソン公爵閣下を襲撃しそうなヤツってごまんといそうですよねぇ~」

 一旦拠点の地下に戻ってきた僕達。そこでレク君が何かを見ながら、くつくつと笑っている。相変わらず無表情なんで、無表情のまま笑っている姿は本当に不気味だ。

「閣下の功績。「イーヴン・アカデミー」在学中に投資顧問会社を設立。23歳という若さで、採鉱会社を買収。以後十五年間、製薬会社等の製造業会社を40社弱を買収。そのあくどいキャラクターを生かしたキワモノとして日夜、多数の出版社を始めとしたマスコミの取材、果ては講演会等で活躍中……その数年後、「ラプソン領」を継承。か。しかもあの敵を作りそうな態度。命の一つも狙われますわなぁ、くっくっく……」

 何が楽しいのか、くつくつと笑い続けている。「イーヴン・アカデミー」。確かこの島を代表する、国立アカデミーだよね。僕は詳しくは知らないけど、様々な著名人を輩出した大学だって、ママから聞いた気がする。そんなすごいところにいて、若くして会社を立ち上げて、採鉱会社を買収した上に、40社もの会社を吸収して、しかも公爵にもなってしまうなんて。あくどいけど、実力者何だって事は理解した。……でも、それでも閣下を排除して得する人間がいたとしても、そんな理由で命を奪うなんておかしいよ……。僕は自分勝手な人達や、閣下を消して迄のし上がろうとする悪意、自分勝手な理由で命を奪おうとする犯罪者に、僕は無性に腹が立ち、デスクを拳で叩きつけた。バンッと大きな音が響き、一瞬静寂が訪れる。

「いい加減にしてください、くつくつと!」
「……?」

 レク君は首だけ曲げながらこちらを見る。死んだ魚みたいな目で見られると、本当に不気味だ。……いや、それよりも。

「人一人の命は重いんですよ。それがあくどい奴だろうと、公爵だろうがなんだろうが……ゲームじゃないんですよ、これは。立派な犯罪です!」

 僕が強く叫ぶと、レク君はむっとしたように口をとがらせる。

理解わかってますよ。ぼくも教会騎士ですから」

 レク君が僕にドスドスと音を立てながら近づき、僕のデスクをバンッと叩いた。だけど、その時は何故か無性に腹が立ち、さらに大きな声を出す。

「だったら、そんな笑ってないで真剣に取り組めよ!」
「うっさーにゃ、おみゃーはよォ!!」

 ぼくらが睨み合っていると、ガコンと昇降機の大きな音が、地下室に響き渡った。

「はい、そこまで~!」

 すると、ヨハンソンさんが満面の笑みで昇降機から降りてきたんだ。なんだかかぐわしいスパイスの効いた香りを漂わせながら。

「遅くまでおつカレーカツカレー、チキンカツカレー南蛮、かつカレーなる一族ぅ~なんつって~」

 ヨハンソンさんが満面の笑みを見せながら、紙袋を僕とレク君に手渡す。中身を見ると、プラスチックの容器に入ったカレーライスだ。カツカレーと言いながら、カツ入ってないんだけど……。

「俺の行きつけの近所のカレー屋さんの「マハロガネーシャ」ってお店のカレーライスだよ。いやぁ、本場インドのカレーは夜食にもお勧めだよぉ」

 だけど、ヨハンソンさんが差し出してきた紙袋を、レク君は受け取らなかった。

「すみません、これから所用があるんで。ぼくはこれでおつかれやまさせてもらいまッス」
「どこにいくんですか?」
「餃子とラメーン食べに行くだけですよ」
「お昼も食べてこっぴどく叱られたのに?」
「いちいちうっせーな。今日は中華の気分な・ん・で!」
「明日もニンニク臭かったら承知しないからね?」
「しつこいよ金髪もやしがッ!」

 レク君がそう吐き捨てると、さっさと荷物をまとめてしまっていた。そこでヨハンソンさんが間に割って入り、はははと笑う。

「まあまあ、二人とも優秀な教会騎士だね。約120人の招待客と、ラプソン閣下の擁する私兵、使用人に至るまで全てのデータを把握しようと思ったら、俺なんか2回くらいスコルとハティが現れちゃうよ」
「東洋で言う「送り狼」ですな」

 レク君がそう言うと、カレーの入った紙袋を手に取る。

「すみません、今日こそ起きるかもしれませんので、これも持っていきます」

 そう言って、レク君はまとめた荷物と紙袋を持ち、昇降機を下りて行った。僕が不思議に思って首をかしげると、ヨハンソンさんが少し表情を曇らせる。

「……またあの子」
「どうしました?」
「ん? ああ、ごめんね。なんでもない」

 僕が尋ねると、ヨハンソンさんが何かを隠すように手を振って誤魔化す。

「……食べる? 美味しいカレー」

 僕が手に持ったままの紙袋を指さしながら、ヨハンソンさんが笑った。

「い、いただきます。折角なんで」
「食べたらお仕事、頑張ろうね」
「あ、はい……」

 ヨハンソンさんにそう言われたら、頷くしかなった。デスクの前に座った彼は、引き出しから、何か半透明のモノを取り出す。

「そいじゃいただくとしますか……よいしょ」

 突如ベルトを外し、シャツを脱ぎだす。僕は慌てて目を覆い隠すが、腹だけ出しているようだった。そこにそこそこ長い針の注射器を突きつけるヨハンソンさん。何をしているんだろう?

「ジーザス……!」

 注射器の針が突き刺さり、注射の中身がヨハンソンさんに注がれていく。僕は何をしているのかと思いながら、口をぽかんと開けてそれを見ていたが、ヨハンソンさんが笑みを浮かべながらこちらを見る。

「ハハ、レク君もこれを最初に見た時も、同じ顔をしていたねぇ」

 ヨハンソンさんがそう笑い飛ばすので、僕は率直に疑問をぶつけた。

「あ、あの、大丈夫ですか?」
「ハハッ、大丈夫大丈夫。これしないと、俺死んじゃうかもしれないから」

 さらっと恐ろしい事を言う人だ。……そういや、ヨハンソンさんは糖尿病。つまり、注射の中身はインスリンか。

「糖尿ですか」
「……うん」
「お大事に」
「…………うん、ありがと」

 ヨハンソンさんは何とも言えない笑顔でこっちを見ていた。そして、手を合わせたかと思うと、頭上を見上げてニヤニヤと笑い始めた。

「いただきます、シオンちゃん♪」

 と、つぶやいて。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.12 )
日時: 2023/10/04 22:06
名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)

「ふん、明日もニンニク臭くしてやる……! ぐふふ」

 ぼくは「寧幸むしろしあわせ」に訪れて、ギョーザとラメーンを注文し、夜なのでさらに「チャハーン」を注文して次々に口に入れる。相変わらずこのお店のラメーンにギョーザはうまい。ホントうまい。どんどん入っちゃいますよ。

「うんまぁ~! 親父さん、追加。茹で5、焼き5、ニンニクマシマシで」

 ぼくの注文に親父さんは元気よく返事をしてくれます。

「はいよ~。財布しゃーふ忘れてなぁい?」
「もろちんですよ、こうやって……」

 親父さん、流石に釘を刺してきましたね。ですが無問題もーまんたい。こうやって財布を――ってあれ?
 ぼくはバッグの中身を探し回りますが、見当たりません。財布。確かに持ってきたハズなのに!? ……まてよ、さっき橋ですれ違った銀髪のナイスバデーなお姉さん……もしやあいつが!?

「また落とした、かも……」
「今度こそ逮捕しちまうぞ?」
「ローブのフード、その中にあるよ」

 突然店に入ってくるなり、そんな声が財布を探し回るぼくの耳に入ります。ぼくは入り口の方を見やると、白いファーがついた、金の刺繍が入ったジャケットを羽織る男が立っていました。ぼくは「うげぇ」と声を出します。

「……「左利き」」
「ちゃんと名前呼びなさい。俺は「マルクス・セントラ」お兄さんだぞ」
「何の用ですか」

 ぼくが警戒しながら彼を睨みますと、左利きが近づいてきて、僕のフードの中にあった財布を取り出して手渡してきます。

「ほら」
「なんスか、これで恩でも売ったつもりですか」
「そんなわけねーよ」

 左利きはそう笑いながら、ぼくの向かい側へ座り込みます。……ってか、普通に座ってんじゃないですよ!

「俺、この辺で塾講師やってんだよ。まだ大学生だしね。あ、「名古屋あんかけチャーハンセット」一つ」
「はいな」

 左利きが注文を出し、ナンシーさんが返事をします。つーか、席なんか他にもあるっつーの。

「ほーん。じゃあ別の店行って下さい。目障りです」
「いーじゃん、減るもんじゃないし」

 ぼくは机をバンッと叩き、彼をまっすぐ見据えた。

「ぼく、あなたを許した訳じゃありませんから。早く真実だけを語り、自首してくださいよ。「マリアさん」も、それを望んでいますよきっと」
「……マリアの事は残念に思っている。だけど、俺じゃないよ。あの時の事は……」
「¡Cállate!(黙れ!)」

 ぼくがそう言うと、険悪なムードだというのに、親父さんがテーブルまで追加のギョーザを運んできてくれました。

「早っ! ちゃんと茹でてます?」
「他人の3、4びゃーは早ぁ動けるんだわ。親父だからってナメちゃいかん」

 親父さんがそう笑いながら厨房へ戻っていく。すると、ナンシーさんが左利きに向かって満面の笑みを見せてきました。

「¿Qui ere estar asegurado?(保険に入りたいか?)」
「No lo haré.(俺はやらないよ)」
「Es una pena.(残念でした)」

 左利きがそう断り、ぼくはギョーザを頬張りながらぷぷっと笑います。ナンシーさんはあんぐりと口を開けてこっちを見てきました。なんだか何か言いたげな顔ですね。そう思いながらギョーザを飲み込むと、左利きがぼくの方を見て口を開きます。

「君は何か勘違いしているよ。俺はマリアさんが襲われるのを助けようとしたんだ。……本当に残念に思ってるし、いたたまれない気持ちでいっぱいだよ」

 左利きが申し訳なさそうにしながら、ぼくのギョーザをハシでひょいとさらい、口の中に入れてしまいました。

「あぁー! 食うなよ左利き!」

 ぼくの取り分がなくなっちゃうでしょうが!

「そんな薄っぺらい言葉はぼくに言わないでくださいよ。マリアさんに言えばいいでしょ!」

 ぼくがため息をつきながらそう言うと、左利きが首を振ります。

「彼女は今、眠っているだろう? 森の奥のお姫様みたいにさ」
「うっせぇ。ウザい、キモい」
「……」

 何ともウザいすまし顔。……こいつさえいなければ、マリアさんは……。
 と、ふと壁に掛けてあった時計に目をやります。時計の針は8時ちょうどを差していました。

「……時間ですね」
「なんの?」
「予言です」
「予言……?」

 ぼくはローブの中にしまっていた封筒の封を切り、中身の紙を取り出して広げる。左利きも覗き込んできました。……仕方ないので見せてあげましょう。紙にはこう書かれていました。

<運命の人には、会えましたか? そんなにギョーザを食べていたら、明日もニンニク臭くなるわよ。気を付けてね>

 ……運命の人? ぼくは無意識に眉間にしわをよせていたと思います。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.13 )
日時: 2023/10/01 20:27
名前: 匿名 (ID: z.RkMVmt)

 ところ変わってぼくは教会直属の病院「サンタマリア病院」へと訪れていました。左利きに今日の晩御飯の支払いを押し付けて、ここまでやってきたのです。カレーの入った紙袋を抱え、ぼくはある病室までやってきました。病室の前にある札には、「マリア・シエルフィールド」の名が。……ここに彼女がいるのです。

「こんばんは、マリアさん」

 ぼくがそう言いながら引き戸を引くと、中にはもう先客がいらっしゃいました。

「おお、おつかれちゃん」

 銀髪の美女。という印象が強いですね。胸元を大胆に開き、長い髪が跳ねまくってボサボサ。全く、女性としては60点です。そんな彼女は、ぼくの師匠でもあり、育ての親でもあり、上司でもあり。……名前は「ガブリエル=ラ・ピュセル・サ・ザカリヤ」。なんでも、若い頃は教会騎士でブイブイ言わせてたらしく、教会騎士でも特に功績を残した上位の勲章「ラ・ピュセル」を教皇様から賜ったそうです。教皇様にため口で話せるくらいの関係のようですが、その詳細は……謎です。とにかく、上の上のそのまた上の……よくわからんですけど、とにかく上の立場らしいです。すごいですよね。

「おつかれやまです、師匠」
「ん、このにおいは、カレー……あ、もしかして「マハロガネーシャ」のやつ!?」
「これはマリアさんのです」

 師匠がガッカリしながら肩を落としていました。

「マリアはまだ起きないぜよ。だから私がもらっても構わんだろう?」
「ダメです」
「はふぅん」

 師匠がよだれを垂らしながらカレーに手を伸ばしてきましたが、僕はそれをスパンと叩き落とします。師匠は手の甲を撫でながら、「おーいた」と笑っていました。

「いやはや、まだ起きないねぇ」
「そりゃあそうでしょう。人は銃に勝てません」
「……御最もだなぁ、ハハハ」

 師匠が椅子にもたれかかり、目の前を見やります。
 白いベッドの上にはたくさんの管に繋がれて眠っている、マリアさんの姿が。くすんだ金髪は毎日洗ってもらっているからか、ちゃんとつやつやです。呼吸はしているのか、胸が膨らんだりしぼんだりしてますね。……口にも気管挿管を装着されている姿は、とても痛々しく思います。こうしてみると、本当に眠ったままにも思えます。今にも目覚めそうですが……。

「師匠、明日はラプソン閣下の誕生パーティーだそうです」

 ぼくは師匠の顔を覗き込んでそう言うと、師匠は明らかに嫌そうな顔をしました。

「あぁ、知ってる。馬糞野郎チャールズの誕生パーチーだろ?」
「知り合いですか?」
「アカデミーの頃の同級生だよ。何かと鼻につく奴だったんよねぇ。試験結果を見せびらかして、勝手に敵認定して一方的に喧嘩売ってきてさァ。貸した37フラン、まだ返してもらってねーし」

 師匠の様子から、仲は最悪だったんでしょうね。

「ヨハンソンから聞いたけど、あいつ殺されるんだってな」
「はい。まだ予定ですし、犯行予告もありません」
「じゃあ死ぬんじゃね。あいつ、そこらへんに敵がいるし、呼吸してるだけでもムカつく~とか言われて殴られそうになったらしいしさ。……まあ、そう言うわけで私はパーティー参戦は却下却下ド却下って事で。おつかれ山脈~」
「あ、はい」

 ぼくがそう返事すると、師匠は何かを思い出したかのように顎を撫で始めました。

「あぁ、いや。その前に貸した金返してもらわねえと……」
「細かいッスね」
「そりゃそうじゃ。私は金の貸し借りだけはしっかり覚えてるタイプなんだよ。とくにあいつに貸したのはもう10年以上前だからな、借用書だって作ってるし、血判も押してもらってる。利子付けてもいいくらいなんだからなぁ?」
「うーわ」

 ぼくの反応に師匠は不満なのか、ぼくの頭を掻きまわしてきます。

「金の貸し借りだけは契約書とか借用書とか、絶対作っておけよ。場合に寄っちゃ裁判で有利になるからな」
「は、はあ……」
「と、話が逸れたね。こんな話してたらマリアが飛び起きて、「ダメですよ、お金の話はとにかくややこしいんですからぁ!」なんて説教してくるところなんだが……起きないな。……いつになったら起きるんだろうなぁ」

 師匠がそう言うと、マリアさんの手を握りました。

「……レク。お前はさぁ、マルクスの事を憎むのはやめときな」
「……」

 ぼくは唐突にそう言われて、つい声を荒げてしまいます。

「っ……なんでですか!?」
「意味がないんだよ」
「でも、ぼくはこの目で見たんですよ!? あいつが……あいつが、あいつ自身が、マリアさんを――」
「そんな話は死ぬほど聞いた。でも、証拠ないだろ。出てこなかったし」

 ……そうですよ。ぼくが子供だったからというのもあり、マリアさんの裁判ではあいつは無罪放免です。ああ、嫌だ。どうしてマリアさんがこんな目に遭わないといけないんですか……!

「マリアさんが何したっていうんですか……「アッシュ」さんだって未だ行方不明ですし。鎮魂歌レクイエムの仲間達は「あの事件」で半数以上殉職しちゃいましたよ……」
「まぁ、教会騎士だからね。平和の為の殉職なら神も天へ導いてくださるでしょうさ」
「……帰ります、不愉快です」

 師匠はずっとこちらに顔を向けず、淡々と語るので、ぼくもいい加減腹が立ってきました。ぼくは腹の虫がおさまらないので、病室を出る時に力いっぱい引き戸を閉めます。バァンと大きな音が響き渡り、引き戸が閉まらず開けっ放しになってしまいました。

「……病院ではお静かに」

 師匠がそう言っていたのが、耳に入ってきました。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.14 )
日時: 2023/10/01 20:29
名前: 匿名 (ID: z.RkMVmt)

 夜も更けて……大聖堂地下留置所。
 ここでは逮捕された人間が一時的に収容される。しかし、逮捕された人間はまだ犯罪者だというわけではない。ここに収容されるのは、あくまで容疑をかけられた人間である。
 レク達に身柄を拘束され、この場所に連行された「ローナ・ヴァルター」は、静かに時が過ぎるのを待っていた。地下なので、ボロのランタンの光が無ければずっと真っ暗だ。だが、人は光を求めるもの。光さえあれば、なんとなく安心できるものだ。ローナも、そのランタンの光源のおかげで普段通りに、静かで穏やかな心持ちでいられたのであった。
 ローナがランタンの火がゆらゆら燃えているのを眺めていると、鉄格子の外から何か足音が近づいてくるのに気が付く。

「ローナ・ヴァルター」

 名前を呼ぶ声に、顔だけそちらに向けるローナ。鉄格子の外には、教会騎士のローブを羽織った人物と、他二人の教会騎士が立っていたのだ。

「「スクレ・ドゥ・ロワ」の「マトゥー・カラヴァジオ」だ」
「スクレ・ドゥ・ロワ……馬鹿な、存在していたのか?」

 スクレ・ドゥ・ロワ。かつて存在していた、「王の秘密機関」である。だが、当時の国王であるルイ15世の死去後、解体されたのだが……。

「出ろ、移送だ」

 ローナの疑問に答えることなく、マトゥーは背後の教会騎士に命じ、ローナを連れ出す。その際、ローナは黒いアイマスクを装着させられ、視界が奪われた。
 二人の教会騎士に連れられ、ローナとマトゥー達は、黒く分厚い布に覆われた蒸気自動車に乗り込んだ。自動車が動き出し、夜のフローレイズを駆け抜ける。外の様子が見えないので、どこに向かっているのか、どこに連れていかれるのか……わかるはずもなく。ローナは思わずそこにいるであろうマトゥーに尋ねた。

「こんな時間にどこへいくのです?」
「占い師なら占ってみろよ。未来、見えんだろ?」

 マトゥーがローナのアイマスクを取ってやり、彼女の目を見据えながらそう笑う。訝しげにマトゥーを睨んだローナは、マトゥーの瞳を見つめる。

「あの、指で枠を作らないとよく見えないんです」
「あ、そう。じゃあ、拘束解いてあげる」

 マトゥーはそう言って、ローナの手首に縛っていたロープを外すと、ローナは早速両手の指で枠を作り、マトゥーに向けた。

「……」

 ローナの顔色がみるみる内に青ざめていき、ローナは震える唇から、声を絞り出した。


「……わ、私を、殺すのですか!?」

 ローナの問いに、マトゥーは「うふふ」と満面の笑みを見せる。

「だったら、どうする?」

 マトゥーはそれだけ言うと、ローナの目をアイマスクで隠した。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.15 )
日時: 2023/10/01 20:31
名前: 匿名 (ID: z.RkMVmt)

 翌日、午後1時。
 僕達はパーティー会場へ警備に赴いていた。当日だけあって、かなりバタバタしている上に、警備も抜かりなくやらなければならない。……「毒殺」という言葉に惑わされるなと、僕自身が言ったのもあるんですが、やはり口にはいるモノはすべてチェックしなくてはならないだろう。今日は特別にアースナ研究学会から技師の皆さんをお呼びした。技師の皆さんがどうやって毒物を検出するかを説明してくださっている。そこには僕やレク君、ヨハンソンさんはもちろん、閣下やミゲルさん、そして軍事会社の黒服の人も何人かが集まっていた。

「毒物はこちらの分析器を使用します。まず、料理を採取いたしまして、こちらの試験官に入れます。そして、この試験官をセットしまして……こちらの――」

 と、丁寧に説明してくれているのはわかるけど、僕にはちんぷんかんぷんで、頭が痛くなってくる。レク君は興味深そうに技師さんの話を聞きながらメモを取ったり、分析器を凝視したりとかなり自由に行動していた。

「――というわけで、先ほどオレンジジュースを分析いたしましたが、毒物は一切検出されませんでした」

 と、僕達に分析結果の用紙を配ってくれる。そこにはよくわからない波みたいな絵が書いてあるだけで、どういうことなのかさっぱりわからない。僕は顔をしかめた。

「この分析器を使えば、とりあえず、今日ラプソン閣下が食べる料理全てをチェックすれば、毒物を口にするという事が無いというわけですな」
「ええ、万全は尽くしますよ」

 ヨハンソンさんと技師さんはそう話しているので、僕は口を挟んだ。

「何も食べなきゃ問題ないのでは?」

 ラプソン閣下が「それもそうだな」という顔でこっちを見ている。

「ふむ。これで……ヴァルターの予言も回避されそうだな」

 と安心しきった顔でため息をつくけど、レク君が手を挙げた。

「そうですかね? ヴァルター先生の予言能力、本物っぽいですよ」

 ヨハンソンさんが何かに気づいたような顔で、目を見開いた。

「……って事は、昨日のあの予言……!」
「当たってたんですよぉ。怖い怖い。本当に霊能力者かもしれないッス!」
「マジじぇぇえ!?」

 ヨハンソンさんが両手を頬に当てて、声を上げる。レク君は僕を見た。

「ルカさんはどうでした?」
「破りました」
「さいですか。まあ、兎に角ぼくの予言はぴったんこカンカンでした」

 と、レク君はどや顔でピースサインを作っていた。だけど無表情だ。

「だから言ったろう、ヴァルターは本物だって……それを、20万フラン払えなどと……元々胡散臭い詐欺師やってたところを、有名にしてやったのは、この私だぞ? それを昨夜から電信を送っても返事を寄越してこない。使用人にも行かせたが、留守だとか言って追い返されるしな」

 その話を聞いて、ヨハンソンさんが申し訳なさそうに言う。

「あ、あのぉ……彼女でしたら昨日俺達が身柄を拘束いたしまして――」
「なんだと!? 俺に断りもなしに!」

 閣下がヨハンソンさんにつっかかりそうなところを、僕は慌てて口を挟んだ。

「ヴァルター先生があなたを殺す可能性だってあるでしょう? なので、念のためです」

 僕がそう言い終わると、閣下が僕に指をさす。

「流石だ」

 ……納得してくれたようだ。

「閣下、とにかくご安心を。お食事にせよ、お酒にせよ。事前にこの分析器で検出し、万全に万全を重ね、安全を確認したうえで提供させますので」

 ミゲルさんがそう言った後、受付のお姉さんが扉を開いた。

「開場いたします」

 それを聞いた僕達はそれぞれの持ち場につく事に。僕達は閣下の身の安全を守るために、会場でパーティーの様子を見ていた。会場にどんどん料理が運ばれてくる。そして、会場には様々な貴族や著名人、新聞で見たことのある有名人が多数来場してきていた。貴族のお嬢さんやお兄さんたちは、僕達の姿を見るなり、

「なんてみすぼらしい恰好なのかしら」
「田舎者かな?」

 なんて言ってくるんだけど、気にしている余裕はなかった。あの中に閣下の命を狙うヤツが潜んでいるかと思うと、警戒せざるを得ない。

「此度はチャールズ・ラプソンの誕生37年の記念パーティーに足を運んでいただき、誠にありがとうございます――」

 と、司会の声が耳に入る。そして、優雅なオーケストラの音楽も響き渡り始め、貴族の皆さんのダンスも始まった。ふと、レク君の方を見ると、欠伸をしている。

「本当に今日、殺人が起きるんですかねぇ~」
「警戒を緩めない! 今この瞬間に起きたらどうするの」
「真面目君ですねぇ、ルカちゃまは~」

 レク君はまたふわぁと欠伸をする。

「ただ、敵は多い方ですからねぇ。この中に閣下の邪魔をしようと考えている人が、いないとも言い切れません。今ああやって笑いながら踊っている貴族連中にも、閣下の命を狙ってやろう……なぁんて考えてる人が確実にいるってワケですなぁ」

 レク君は例の作り笑いと「クックック」と引き笑いをしていた。……全く、遊びじゃないのに。僕はそうため息をつく。
 ダンスが終わり、閣下の挨拶が始まる。

「――我が故郷であるこの島、そして中心都市のフローレイズの、さらなる発展の為に、金鉱脈の獲得に力を入れております。来月には……」
「……ミクラ公爵がお見えです」

 演説の途中で、ミゲルさんがそう言っているのが耳に入る。すると、閣下は笑みを浮かべ、皆を見回した。

「皆さん、ミクラ公爵がお越しになりました!」

 そう言い終わると、ホールに入ってきたのは、金髪の壮年の男性。だいぶ歳も上じゃないかなぁ。その人が自信ありげな足取りで、閣下に近づいていく。皆はそれを拍手で出迎えていた。ヨハンソンさんがレク君に近づく。

「予定通りか?」

 彼の来場は一応プログラムに組み込まれていた。……レク君は眉間に皺を寄せて、首を振る。

「予定外のお土産があるみたいですよ」
「お土産?」

 ヨハンソンさんが見ると、ホールに運ばれてくる酒樽。匂いからして、ワインだろう。

「公爵、わざわざありがとうございます!」
「君のおかげで私も随分助けられている。今後ともよろしく頼むよ!」

 二人がそう言って握手を交わし、酒樽が閣下の前へ置かれた。

「こちらは私からのせめてものお礼だ、皆に振舞ってくれたまえ」

 酒樽を指し示しながら、ミクラ公爵がニコニコの笑顔でそういうんですが……

「あいやしばらく! 待った、待ったなう!」

 ヨハンソンさんが手を挙げながら、急いで閣下に近づいた。僕らもそれに続く。

「しばらく、お待ちください! ……お耳を拝借」

 ヨハンソンさんがミクラ公爵に耳打ちし、申し訳なさそうな顔で彼を見ていた。その後すぐ、彼は目を見開いたかと思うと、顔が熱した鉄球のように真っ赤に染まっていく。

「君はッ、私がこのワインに……故郷の酒に毒を入れたと、そう言うのかねッ!?」
「あいやそういうわけでは――」
「馬鹿馬鹿しい……ならば私が毒見をするッ!」

 公爵がそう言って、テーブルに置いてあったグラスを一つ奪い取り、ワインを酒樽から注いだ。しかし、そこでミゲルさんが走って寄っていく。

「いえ、閣下! 私が……私、ミゲルが毒見をさせていただきます」

 と、ミゲルさんがグラスを受け取ると、口に近づけた。

「流石秘書官ですねぇ……」

 レク君がつぶやくと、周囲がざわざわと騒がしくなる。

「教会騎士は何やってんだよ……」
「お前らが飲めよなぁ」

 その不穏な空気にヨハンソンさんが笑いながら、ミゲルさんからグラスを奪い取った。

「いやぁ~はっはっは! ここは不肖、この私がグビッと、一飲みさせていただきます!」

 ヨハンソンさんがグラスを両手で持つと、皆の前に出て、震えたてでグラスを見つめる。皆の視線がヨハンソンさんに集まり、時が止まったかのように静寂が流れた。ヨハンソンさんが唾を飲み込み、グラスがブルブルと震えている。うっすらと涙目で、正直かわいそうだと思った。

「シオンちゃん……!」

 ヨハンソンさんが何かを覚悟したかのように、そうつぶやいて、グラスの中身を一飲み! ごくりと喉を鳴らす。皆が顔を近づけるように、視線をヨハンソンさんに向けた。

「う゛っ……!」

 ヨハンソンさんが突如唸る。会場に緊張が走り、僕達も驚いて目を見開いた。もう、目が乾くんじゃないかってくらい、瞬き一つもできず、ヨハンソンさんを見守る。苦し気に顔をしかめ、唸り続けるヨハンソンさん。……まさか、本当に毒が!?




「……ッうまいっ!」

 ヨハンソンさんが満面の笑みでおかわりを頂戴しようとする様子に、会場の皆さんがズッコケてしまった。……もう、お騒がせだよ!

「ほら、教会騎士が安全だと証明してくれた。早く皆に配らんか!」
「は、はい!」

 使用人たちがワインを注いで、慌てて会場の皆さんに配っていく。……良かった、ワインに毒が入ってないみたいで。僕は胸を撫でおろした。

「ふぅ、良かった」

 皆の手にワイングラスが配られ、先ほどまでの和やかな雰囲気を取り戻すかのように、空気が柔らかくなったことを感じた。レク君も心なしか、安心したかのような表情……かもしれない。閣下もワインを飲み干し、にこやかに笑っていた。再びオーケストラが音楽を奏で、皆が和気あいあいとし始める。このまま何事も起きず、終わってくれればな……。ヨハンソンさんがワインのおかわりを飲みながら、会場の様子を渋い顔で見ていた。
 だけど、突如閣下が胸を押さえる。

「あ゛……っ!」

 会場の視線が一気に閣下に注がれた。閣下は胸を押さえつけ、唸り声を上げながらその場からふらふらと歩く。ついには会場のど真ん中に倒れ込み、尚も胸を押さえ込んで、大きく息を吸おうと口を開けていた。
 そして、閣下は目を見開いたまま、その体勢で事切れ、会場は悲鳴が響き渡ったんだ。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.16 )
日時: 2023/10/06 17:22
名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)

序ノ廻ノ結

 そのまま動かなくなった閣下、そして悲鳴とざわめき。それらが混ざり合ってまさに阿鼻叫喚だった。

「閣下ァ! 閣下!」

 ミゲルさんが驚いて声を上げて閣下に近づいて、彼を揺らす。その様子を我先に撮ろうと、マスコミたちも押し寄せてきた。ヨハンソンさんがすぐに行動し、怒声を上げる。

「救急車! それと、会場の閉鎖! 急げッ! それと、来場者全員の持ち物検査!」

 ヨハンソンさんの適格な指示に、黒服さん達は速やかに行動し、そのホールにいる全員の持ち物検査が始まった。




―――




 閣下は救急車に運ばれ、本格的にホールの捜査が始まる。来場者の持ち物検査を並行しつつ、現場検証や撮影等が行われている。その教会騎士達による捜査の中、僕達3人は、とある教会騎士に呼ばれ、整列させられていた。

「お前がいながらこんな事になるとはな……なぁ、レッド係長?」
「あっはっは……も、申し訳ありません」

 ヨハンソンさんがペコペコと平謝りしている相手は、灰色と白髪が目立つ壮年のおじさん……「ビッシュ・ポワロ」警部だ。そして、目の前の3人組の右のビッシュさんと左の茶髪のお兄さん、「サグリエ・クロワ」警部補、真ん中の偉そうにしている金髪眼鏡のお兄さん、「シュメッター・レーレ」管理官。3人は僕達を小馬鹿にしたように見下ろしている。

「全く、かつて「鬼騎士」と謳われていた頃から、落ちぶれたものですなぁ?」

 ……なんて、ビッシュさんが皮肉交じりにそう言うと、シュメッターさんが口を開いた。

「事件の概要は概ね聞きました」

 すると、レク君がにまりと作り笑いをする。

「まあ、ヴァルター先生という占い師の予言通りに毒殺事件が起きてしまいましたが。えへへへへっ」

 例の笑い声に、目の前の三人も目を見開いて驚く。当然の反応だ。

「ま、まあ。事件の犯人ですけど……私、犯人わかっちゃいました……」

 ヨハンソンさんもクスクス笑いながら確信づいている。……えぇ、僕はちんぷんかんぷんなんだけど。

「閣下にワインを手渡したのは、あそこで一安心して胸を撫でおろしている使用人……名前は……」
「「アスベル・エストニクス」さんですね」

 ヨハンソンさんはレク君に指摘され、咳払いをする。

「そう、その、エスカレーターさん!」
「は……?」

 名指しされたアスベルさんがぽかんと口を開けてこちらを見ていた。いや、当然の反応ですけど。

「ワインを手渡した後、袖に隠していた瓶とかで、なんやかんや毒を入れたんです!」
「なんやかんやってなんですか?」
「なんやかんやはなんやかんやです。とにかく、犯人は……スパッ! お前だ!」

 途中レク君がツッコミつつも、ヨハンソンさんはアスベルさんに突き刺さる勢いで人差し指を指し示した。ヨハンソンさんは「決まった……」というどや顔をしているんだけど……

「いや、え、いや……おかしくないですか!?」

 当然の反応だ。アスベルさんは戸惑っている。

「マジックに心得があるなら可能なはずだ」
「流石ヨハンソンさん。こじつけなら世界一ですね」

 レク君はこれ見よがしに追従していた。多分、面白いから乗っているだけだろう。

「そんなわけないでしょう、俺はたまたまその場に居合わせただけで……」

 アスベルさんがこちらに向かって移動しようとすると、そこをビッシュさんとサグリエさんが両腕を拘束する。

「逃げるつもりだな! スパッスパッ! そうは問屋が卸さねえぞ!!」



―――




 数分後。

「何も見つかりませんでしたね」

 サグリエさんがアスベルさんのベストを彼に返しながらそう呆れている。

「だからそう言ってるでしょうが!」
「そ、袖口に何か仕掛けをだね。例えばほら、袖口を毒物に浸しておいて――」

 尚もヨハンソンさんが食い下がろうとするので、見かねたシュメッターさんが歩み寄ってきた。

「大変申し訳ございません、アスベルさん。ラプソン公爵閣下の死因は、心臓麻痺だという事が分かりました」

 それを聞いたヨハンソンさんが「えっ」と声を出し、シュメッターさんを見る。

「心臓麻痺?」

 レク君が目を見開く。

「デスノート?」
「いや絶対違う」

Re: Requiem†Apocalypse ( No.17 )
日時: 2023/10/06 17:25
名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)

 別室にて。
 ショックで動けないであろうミゲルさんを運び、ソファに座らせ、僕達は解剖結果をミゲルさんに手渡す。

「解剖結果、死因はやはり心臓麻痺と、正式に結果を出しました。……お力になれず、申し訳ございません」

 ヨハンソンさんが静かにそう言うと、頭を下げた。僕達も、深々と頭を下げる。原因不明の心臓麻痺……偶然なのか、それとも別の理由が……? 僕はそんな考えがふとよぎったけど、睡眠を削ってまで閣下は頑張っていたんだ。きっと、その疲労で倒れたんだろう。僕はそう思う事にした。
 ミゲルさんは、俯いて両手で顔を覆う。

「……閣下も、お疲れが溜まっていたのでしょう。反省すべきは、私の方です」

 彼がそう言うと、レク君は欠伸を始め、そしてふらっと部屋を歩き回り始めた。……こんな時にこの子は。
 ヨハンソンさんが悔し気に顔をしかめ、無言でまた頭を下げた。すると、ミゲルさんは顔を上げてヨハンソンさんを見る。

「それで、ヴァルター先生は?」
「教会騎士のお偉い方が直々に取り調べる事がありまして、ちょっと連絡が取れない状態です」

 そしてヨハンソンさんは顔を上げた。普段の態度からは一変、とても怖い顔だ。

「インチキな予言で20万フランを騙し取ろうとした点から見て、恐喝の成立は見込まれそうではありますな」
「処分の方、よろしくおねがいしま――」

 その瞬間、ダンッと音が鳴り響く。音の方に目をやると、レク君がワイン瓶を倒していたんだ。

「なにその一連の注意を引く動作は!?」

 僕がそう聞くのを無視して、レク君は瓶を直す。

「ヴァルター先生は、今までずっと予言を当ててきたんですよね?」

 レク君の質問に、ミゲルさんが目を逸らし、困ったような渋い顔をした。

「ええ、まあ」
「ぼく、ヴァルター先生の能力はやっぱり本物だと思っているんですよ。だって、たまたま当たるもんじゃないッスよ、予言なんて!」

 レク君が懐から取り出したメモをひらひらさせながら、部屋を歩き回っている。それを僕らは目で追っていた。

「だから、なんですか?」

 ミゲルさんの疑問はごもっともだ。僕もレク君の言おうとしている事がよくわからないでいる。

「もう一度ヴァルター先生に会ったら、なぜ20万フランもの大金を吹っ掛けたのか、聞いてみようと思うんです」
「……金が欲しかったんでしょう」
「そう、お金が欲しかった、間違いない!」

 ミゲルさんの答えに、レク君も肯定してソファにどかっと座った。

「でもねでもね、あれれぇ、おっかしいぞ~? ……って思うんですよ。だってだって、ラプソン閣下が殺されちゃったら元の子も数の子もないわけですねぇ~。だったらだったらぁ? 値下げすりゃよかったのにぃって思っちゃうんですよねぇ。そう思いませんか?」
「……何が、そんなに気になっているのですか?」

 レク君がミゲルさんの目を真っ直ぐ見つめる。死んだ魚みたいな目に、ミゲルさんの顔が映り込んでいた。

「値下げしなかった理由……それは」

 彼が顔をミゲルさんに近づけた。

「閣下が死んでも、20万フランを誰かから引っ張れると、そう確信していたからなんですよ」
「ニンニク臭い……」

 ミゲルさんがそうつぶやくと、レク君が「失敬」と一言。顔を離した。

「誰からですか?」
「やっだなぁもう。もろちん、閣下を殺した相手。つまりはこの事件の真犯人なんですよ、常識でしょ、どんだけ~!」

 レク君がそう不気味な作り笑いを見せならが、手を振っている。……彼には真犯人が解っているのだろうか? そんな確信すらも伝わってきた。

「……訳が分かりませんね」

 ミゲルさんはぽかんとした表情で、レク君を見ている。

「チッ」

 レク君が舌打ちをし、そっぽを向いた。

「ヴァルター先生の能力が本物だとすれば……閣下が殺される事を予知した」

 レク君の推理はこうだ。
 ヴァルター先生は、閣下が誰かに殺される事を予言し、20万フランを吹っ掛ける。それを聞いた閣下は当然値引き交渉をするけど、先生は「あなたの命がかかっているんですよ」などと言い、それに応じない。なぜならそれは、真犯人が口止め料としてその20万フランを払ってくれるのを確信しているから。

「そして、今も黙秘をしている。20万フランを真犯人から脅し取ろうと、狙っているんですよ」

 レク君がそう言い終わると、ミゲル先生はため息をついた。

「なら、私は……30万フランを払って、真犯人を教えてもらいますよ。閣下の仇は、必ず、何としてでも……取らなければなりません」

 ミゲルさんの強い意志を感じ取ったレク君は、死んだ魚みたいな目でミゲルさんをじっと見つめていた。

「ぜひ、お願いします」

 そう、静かに口を開いた。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.18 )
日時: 2023/10/06 17:29
名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)

 結局僕らはあのまま帰ってきた。死因ははっきりしているし、捜査も終了した以上、後始末は教会騎士の皆さんに任せるしかなかった。しかし、帰る支度をし始めているというのに、レク君は唸ったまんまだった。何かを考えている様子だ。

「……真犯人は……ぶつぶつ」

 彼が一生懸命に書いていたメモをバラバラと読み返しているのを、僕はため息をつきながら首を振り、彼に言ってやることにした。

「いつまでグダグダやってるの。死因は心臓麻痺、捜査は終了。レク君、どれだけ探しても毒は1ミリも出てこなかったんだよ。現場からも、それに、閣下の身体からもね」
「……そうですね」
「適当な事言ってないで、現実を見ようよ」

 僕がそう言い終わると、レク君が突然立ち止まり、天井を見上げた。瞳を閉じて、瞑想するように。

「……何してるの? いい加減な事言ってないで――」
「気が散るッ!」

 レク君が大声を上げ、バッグから分厚い本を取り出す。それをバッと開くと、レク君は黒い液体と筆と黒い器を取り出し、黒い液体を器に入れ始めた。

「集中する時は、シュウジが一番です」

 彼はそうつぶやきながら、筆に黒い液体を掬い、本に見たことのない文字を書き連ねていく。

「毒殺」

 レク君が一言言いながら、次のページを捲る。そして同じように文字を書き始めた。

「心臓麻痺」
「ミゲル先生」
「ヴァルターの予言」
「20万フラン」
「糖尿病」
「注射器」

 レク君が次々と単語をつぶやきながら書き連ね、次のページに何かを書く。この文字は、東洋の文字だろうか。僕には読めない。……次の瞬間、本をバタンと勢い良く閉じた。バァンと音が鳴り響くと、レク君がにまりと笑う。

「ごちそうさまでした」

 と一言呟いて。僕にはわからないが、彼の中で結論が出たようだった。

「ルカさん、犯人がわかりました。ぼくの睨んだ通りです」
「えっ?」
「行きましょう、すぐに戻ると思いますよ」

 レク君がそう言って、取り出した道具を全てバッグにしまい込み、部屋を出ようと歩き出した。

「ちょ、待ってよ! 犯人は誰なの!?」
「犯人は現場に戻ってきますよ。それまでに、やる事が山ほどあります。まずは天井まで届く梯子。さっさと用意しますよ。それと、証人。早く行動!」
「ちょ、ちょっと!」

 レク君が早口で言うもんだから、僕は全く理解できていなかった。……一体何がどうなってんの!?

「次回、序章最終回です。お楽しみにって奴ですよ」
「ちょ、ちょっと、何言ってるか全然わかんないんだけど!?」

Re: Requiem†Apocalypse ( No.19 )
日時: 2023/10/06 17:33
名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)

 暗闇が支配する、ホールの中で、ぼくはある人を待っていました。東洋の美味しいおやつ、「ワラビモチ」を食べながら。……今日、「寧幸むしろしあわせ」に行ったらナンシーさんからもらったんで、食べているんですが。めっちゃうま、ばかうま! つるんとぺろりと平らげちゃいそうです。ぼくは「ほふっほふっ」なんて声を出しながら足をバタバタ。そして横に揺れながら、今か今かと待っています。
 バチッ 大きな音と共に、ホールの照明がついて、明るくなりました。……来ましたね。

「どうしたんですか?」

 「彼」が尋ねてきますので、ぼくは顔を上げました。……ミゲルさんが、そこに立っていました。なぜか片手に、拳大のボールを、3個。透明なケースに入った物をぶら下げて。

「もうすぐここに犯人が来るんで、ワラビモチ、食べてます。……あ、ミゲルさんもいただきます? 美味しいですよ」
「いえ、私は……それより、犯人!? まだ、そんな事を言っているんですか。閣下は心臓麻痺です。いい加減にしてください!」

 ミゲルさんが怒鳴り声を上げるんで、ぼくはふぅっとため息をついた。

「いやいや、毒殺ですよ。ガ・チ・で毒殺です」
「ガチって何ですか」
「そういやそのボール、テニスでもするんですか?」

 ぼくの質問に、ミゲルさんは答えませんでした。

「ですが、毒物は見つかっていないんですよね? ……会場からも、閣下の身体からも」
「ふっ……後で食べよ」

 ぼくはそういって、ワラビモチを脇に置いて、座っていたテーブルからジャンプして降りました。

「確かに、毒物は見つかりませんでしたね、1ミリも。あ、ところでカリウムって知ってます?」

 ミゲルさんを見つめます。

「人間の体内に必ずある成分なんです、カリウムって。しかも、人体に必要なミネラルの一種なんですが……一気に多量に摂取すると、心臓麻痺を起こしてしまうらしいのですよ~」
「まさか!? ワインの中にカリウムが大量に……!?」
「はははっ、白々しいなぁもう」

 ミゲルさんは驚いて目を泳がせていますが……クサい演技するなぁ、もう。演技派なんだから。

「ミゲルさん、あなたよくもまあ、ぼく達を罠にはめてくれましたなぁ?」
「……罠? 人聞きの悪い……」

 ぼくはにまーっと笑って見せる。笑顔は苦手なので、精いっぱいの笑顔なんですが。ま、それはそうと、ぼくはミゲルさんに近づきました。

「覚えてますか? 昨日の打ち合わせの時の事。まさにここで行われた、打ち合わせですよ」


 <ヴァルター先生の予言では、「毒殺」されるらしいですよ>
 <では、食事と飲料の入念なチェックをしなければなりませんね>


「マヌケッスよねぇ~。「毒殺」って言われたら、食べ物か飲み物かってまんまと思い込まされちゃったですもん……あなたに、ね♪」

 ミゲルさんは少し怒りが混じったように、怒気をにじませながらぼくを見てきます。

「……どういうことですか?」

 ぼくはふっと鼻で笑いました。

「だぁってぇ~。毒殺って、食べ物飲み物などから、だけじゃありませんからね。毒をもったハチとかサソリとか蛇とか~、大日本赤斑吸血角虫ダイニホンアカマダラキュウケツツノムシとか」
「ダイニ……?」
「まあ、今回は注射器でしたが」

 ぼくがそう言いながら、ミゲルさんを見ると、彼はひどく困惑している様子だ。

「注射!? ちょ、待ってください!」

 ぼくは鼻をほじりながら、彼の言い分を聞きます。

「パーティーの真っ最中に、私が閣下に注射を打ったと、そうおっしゃるんですか!? 閣下や、来場者、誰にも気づかれないように!? ありえない!」
「知ってます? マジシャンはすごい数の客相手に堂々とトリックぶちかましてんですよ~。例えば、客の目をどこかに惹きつけたりとか、ね。そういや、あのパーティーでもある一点を注目させる、大イベントがありましたなぁ」

 ヨハンソンさんがワインを毒見するあの瞬間。あの瞬間は恐らくミゲルさんにとっては好機だっただろうな。あの瞬間、閣下の背後に近づき、注射を打ち込む。何かに夢中になっていると、人間はその他の感覚はよっぽどの事がない限り、一点に集中して、疎かになる。つまり、気が付けないんですよね。ぼくも集中すると他が見えなくなります。……閣下みたいに日頃の疲れも重なれば、猶更です。
 ぼくはバッグからあるものを取り出しました。

「ちなみにこれ、ヨハンソンさんが使っている糖尿病患者用の――」

 そう言いながら取り出したものをよく見ると、それはワリバシ。……違った、これじゃない。再びバッグから、あるものを取り出しました。

「ちなみにこれ、ヨハンソンさんが使っている糖尿病患者用の注射器なんですが。この針、実はスゴイんですよ。技術の進化で針は従来の物より細く、痛みはチクリ程度なんですって。……そして、背中や胸は痛みを感じにくい部位ともされています。まあ、少々強引ですが、何かに集中している上に、そのあたりをチクリとやられても気づかないとあれば、閣下は本当にお疲れだったんですね。ご愁傷様です」

 ぼくは注射器を持ったままミゲルさんに歩み寄ります。

「念のため、閣下の御遺体を調べてみましたら、背中辺りに赤い斑点がぽちっとついてましたよ。そこからカリウムがちゅぅ~っと注入されちゃったわけですねぇ」

 注射器をミゲルさんに向け、首を傾けます。

「まだ、お聞きになりたいですか?」

 ですが、ミゲルさんはため息をつきました。

「面白い推理ですが……素人の僕では、そんなマネできませんよ。注射器? カリウム? 本当にいい加減にしてくださいよ」
「はあ……」

 ぼくも思わず笑ってしまいそうになります。

「すっとぼけないでくださいな、ミゲルせ・ん・せ? まあ、閣下が死んだ今、あなたが公爵の有力候補っぽいですけど、それより前に、既に先生だったんですねぇ」


 <あら、ミゲル先生ぇ!? ご部沙汰しておりますわぁ!>
 <マリエリさん?>
 <はい、昔お世話になった、マリエリですわ♪>


「あれって、単なる言い間違いか、お世辞かとか思ってたんスけど……」

 さらにミゲルさんに近づき、顔を寄せました。

「言い間違いでしょう……あと近い」
「ミゲルさん、あなた以前……お医者様とかされてませんでした?」
「ニンニク臭いです」
「そん時に、先生って呼ばれていたんですよね? つまり、つまりですよ。あのマリエリさんって方……以前、ミゲル先生の患者さんだったんじゃないですかね?」

 ミゲルさんははあっと、大きくため息をつきました。

「……調べればわかる事でしょう。てか、もう調べてんでしょ? やだな、こういう芝居がかったトリック解説」
「いやぁ、一度やってみたかったんスよ。ホームズみたいな感じの」
「シャーロック?」
「いえ、三毛猫。クックック……」

 ぼくが作り笑いをした後、バッグから一枚の紙を取り出して、ミゲルさんの前に差し出してみました。

「以前お勤めされていた病院の、勤務証明。ヨハンソンさんに写しをもらってきちゃいました」

 ミゲルさんはふっと笑います。

「では……芝居がかった反論をちょっとやってみますよ」

 すると、ミゲルさんは顎を撫でながら周囲を歩き始めました。

「……その推理には、重大な欠点がある。僕が使ったという注射器は、どこにあるのですか? この部屋中探したんですよね? しかし、注射器どころか、毒もカリウムも見つかっていない」

 おっ、乗ってきたねぇ。

「そうなんスよ。どさくさに紛れてどこかに捨てられたりしたら終わりですもんね」
「ええ」
「「駄菓子菓子」。失敬、しかしですよ。この部屋に残っていたとしたら……真犯人は、必ず現場に戻ってくると、ぼくは思ってました。だって……隠してある注射器を処理しないと、完全犯罪にはならない。だから戻る必要がある。それに、この後ヴァルター先生が20万フラン欲しさに、あなたを脅したとしても、20万フランを支払わなくて済みますからね」

 ぼくがそう言い終えても、ミゲルさんは黙ったままこちらを見つめてきていました。

「ミゲルさん。あなたがここに戻ってきたってことはぁ……やっぱここに証拠があるんッスねぇ」

 ぼくがそう言いながら天井の方を見上げていますと。

「僕はたまたま、ここに来ただけですよ! ……馬鹿馬鹿しい話にはもう付き合いきれません」

 苛立ったように、ミゲルさんは言いますが……ぼくはふふっと笑ってみます。

「あなたの使った注射器、どこに隠してあるか、当ててあげましょうか?」

 ぼくが顔を彼に近づけ、「聞きたい? 聞きたい?」と聞いてみると、彼はふぅっとため息を吐く。……聞きたそうですね。

「ぼくらが唯一探していない場所……即ち、このホールの天井ですよ」

 ぼくがそう言いながら天井に向かって指をさすと、ミゲルさんは大笑いを始めました。

「ははははっ!」

 おかしいと言わんばかりに、腹を抱えていますね。

「どうやってあんな場所に隠すっていうんですか? ハルクやベストマンじゃあるまいし!」
「ハルクやベストマンじゃ注射器壊れてますね」

 ぼくは続けました。

「投げて突き刺したんですよ、ダーツみたいな要領で」
「あんな高いところに?」
「ええ、すごい身体能力ですね。素直に尊敬です」
「馬鹿な…‥」
「イナバウアー」

 ミゲルさんが認めようともしないんで、ぼくは望遠鏡をバッグから取り出して、天井に向けます。

「あ、ああ。見えますよ、注射器。刺さってます。回収したら、カリウムとあなたの指紋が検出されると思いますよ。あなた、素手だったもんですね~」

 あぁ、どうやって回収しよっかなぁ。なんて考えてると、ミゲルさんはテニスボールを一つケースから取り出し、大きく振りかぶって天井まで投げました。

「ひあぁ、すっご……実際に見るとヤベェですねぇ。ですが、人間の脳は1割しか使われてなくて、残り9割にどんな特殊能力が秘められているのか、まだ解明されてないんですよねぇ。……こんな事に使われるなんて、特殊能力がかわいそうです。ぼく達人間にはまだ未知なる可能性が秘められていて、それが人間の未来を切り開く可能性すらあるというのに……」
「……」
「全ての人間に可能性がある。明日、人類の誰かがその特殊能力に目覚め、可能性を開拓してくれる。折角あなたの肉体に特殊能力が目覚めたというのに、このような陳腐な殺人事件に使われただなんて、本当に残念です」

 真っ直ぐ天井に、空を切りながら飛んでいったボールが、落ちてきて、跳ねていました。

「これで証拠はなくなったな」
「いえ、証拠はありますよ」

 ぼくがそういうと、ホールの奥の方を見やります。

「ルカさん、ヨハンソンさん」

 ぼくの呼びかけに、二人が登場――しませんでした。

「……寝てやがんな?」

 ぼくがイラっとしながらドスドス二人に歩み寄ります。

「おい、もやしと不倫野郎。寝てんじゃねーよ」

 ぼくの声に、二人とも飛び起きました。

「……長いよチビ」
「誰がチビだもやし」
「やめなさい二人とも、ミゲルさんが見てる!」

 ヨハンソンさんがふぅっと、ため息を吐いた後、立ち上がって注射器の入った袋を見せながら、前に出る。

「ミゲルさん、あなたの使用していた注射器、ここに回収してあります。天井にくっつけてあったのは、偽物ですよ。あなたにボロを出させるための、芝居って奴ですね」
「ちなみに、写真も撮っておきました。いやはや、便利な世の中になったもんですなぁ」
「これで、言い逃れはできませんね。自首してください」

 ぼくらがそう言った瞬間、ミゲルさんが大きく振りかぶり、ルカさんの肩にボールを投げつけました。ルカさんは悲鳴を上げ、後ろに倒れ込みます。ルカさんが動かなくなりました。死んだ!? ……かと思いきや、呻いていました。

「痛い、じゃないか……!」

 ヨハンソンさんがルカ君を庇うように前に出ます。

「ルカ君!?」
「ちょ――」

 ぼくが反論しようとすると、二投目がぼくのあたまに直撃し、ぼくはそこで意識が途切れてしまいました。一瞬の出来事……その後の記憶は完全に吹き飛びました。不覚です……。